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黒い雪が舞っていました。


岸に足をつけ、そこに倒れるようにひざをついた。

ようやく空が明るみはじめ、周りの景色も色がつき出している。

振り返ればそこにはただただ真っ黒な湖があった。

村は元々山間のくぼ地にあったのだ。

それが、丸ごと沈んでしまった。

あの黒いドロリとした淀みの中に、産まれてから過ごしてきたすべてが沈んでいた。

寒さにブルリと体を震わせる。

…何なんだ

…何なんだこれは

黒い、液体。

ナーサから生まれたモノ。

ナーサが二度目の魔王技を使ったときに出てきたモノ。

前世で、今まで何も疑問に思うことなく使って来た技だ。


魔王技


いったい魔王技とは何なんだろうか。

おそらく二度目の代償が足りなかったのだろう。魂値を消費する技だから、たりなければ自分が死ぬことだと思っていた。

けれどそうじゃない。


足りなければその技は、他のモノからでも代償を求めるとでもいうのだろうか?


いったいオレは、何を覚えさせられていたのだろうか。

身体が震える。

怖い

何も考えずに使っていた”スキル”というものは…そもそもどこから来たのか。

星神が創ったとされている。

世界には何物でもない根源があり、そこを『根源の獣』が守っていた。『星神』はその根源を『根源の獣』から奪い、創り上げた。

”無色”であった根源を、『星神』たちが色を与えて形にしたのがこの世界である。


獅子の星神が赤を与え、世界に火が灯される。

竜の星神が青を与え、世界に潤いで満たされる。

馬の星神が緑を与え、世界は揺らぐことを覚える。

花の星神が黄を与え、世界は根ざす安定を得る。

剣の星神が白を与え、世界は朝を迎える。

蛇の星神が黒を与え、世界に夜が訪れる。

天使の星神が生命を与え、世界は循環を得る。


それらは――《鍛冶》と同じように造ったのなら基になる素材が必要ではないだろうか。

その素材とは何を基にして創り上げたのだろうか。

怖い

震えがやまない。

ナーサを、家族を、知り合いを、そして村のすべてが一瞬で呑み込まれてしまった。

なぜ

なぜ。

ナーサの顔が目に焼き付いている。

目を見開き、顔や体から黒い液体を垂れ流していた。

ナーサはどうなったのか。

無事なのか?

そして…どうしてオレだけが平気だったのか。


――魔王技と魂が紐づけられているから


だから魔王技の元となったものがオレに害を与えなかったのだろうか。

だからオレだけが生き残ってしまったのだろうか。



湖をずっと見ていた。

この黒い液体の中から、誰かが現れるんじゃないかと待っていた。

オレと同じように現れるんじゃないかと。

「つめたっ」

足にひやりとしたものがあった。近くの枯草で作った靴に穴が空いている。

湖の液体だ。

この湖、ゆっくりとだが高さが上がってきている。

水が増えてきていた。

いや、水はずっと同じ勢いで増えているのだろう。どうやら下流に多く流れているようだった。


――これは、下流もダメかもしれない。

下はほとんどが針葉樹の森だったが、山麓近くには村がある。あの黒い液体が到達したあとどうなるかは不明だが、川に流れ込んで村に被害をもたらすだろう。

オレは重い腰をあげた。

ここには何もない。

誰もいないのだから山を下りようと思う。

あてなどないのだけれど、それでもここにいても仕方がないのだと思った。

オレは最後にもう一度だけ振り返る。

みんながいた場所。

みんなと生活した場所。

産まれてからたったの三年ぽっちの場所だったけれど、たくさんのことがあった。

なぜこうなったのか?という思いは今もある。けれど、ここにいてもオレにできることはなかった。

――行こう。


さよならと行ってきますを小さく胸に、オレは歩き出した。




どこをどう行ったのかはわからないけれど、どうも間違った方向へ移動してしまったらしい。

雪が降っていた。

地面を進む靴の裏にギュッと雪を踏む音がある。


「はぁ、はぁ、はぁ」

口から吐く息も白く、少し強くなってきた風に運ばれていく。

そろそろ夕方になろうという時間だ。これから夜にかけてどんどん気温は下がって来るだろう。

オレは少しだけできた岩陰に身を降ろし、土を掘り始める。風と雪をしのぐ場所を作るために。

掘るのはスコップだ。そこいらに落ちている石を《鍛冶》して作った物だ。

「はぁ、はぁ…こんな所にも草が…ありがたいな。今度は何を作ろう」

オレの体には道中でつんだ枯草で《鍛冶》した服で覆われている。

手袋やマフラー、コート、それからマントも作っていた。

乾燥していない草は丸めてポケットに入れておく。後でマントの外に覆いでも作ろうと思って。

引っこ抜いた草の根は別により分ける。

根も丸めて《鍛冶》で団子を作ることができる。団子はそのままる。

オレの唯一の食料になる。


ようやくできた穴の窪に腰を下ろし、作った団子をかじる。

硬く、まずい。

土の味と臭みがあり、食べていると口にしびれがある。

アク抜きもしていないそのままの根っ子だ。正直食べ物と言っていいのか悩むレベルだ。

それでも腹に入れる。

「…根っ子が《鍛冶》できてよかった」

覚えた当初は何を作ればいいのかわからなかった”根”だが、こんなところで役に立っていた。

根っ子についた土を除外できるだけで大助かりだ。

「はぁ、はぁ…さむ…」

雪は止む様子がない。灰色の雲がずっと先まで続いている。

もう少し壁を作った方がいいかもしれない。けれど次の《鍛冶》まではまだ時間がかかる。

いくつか石を見繕ってきて積み上げておく。あとで煉瓦にして壁を作ろう。

オレは体を縮こまらせながら、体力温存のために目をつぶった。



ゴウッ!

という突風が突然あたりを掻きまわした。

大きな柱状のナニカが斜めに空に向かって解き放たれている。

それはまるで黒い光の柱のような、とてつもないナニカだった。

少し遠くに見えるそれは、おそらくかなりの幅を持っていることがわかる。しかもここまで衝撃の風が吹いているのだ。

いったい何がおこっているのかまったくわからない。

黒い柱。

場所はあの黒い湖の下から放たれているようだ。

どちらも”黒”ではあるが、同じ”黒”でも、液体のような不安な感じはなかった。

黒い光の柱はしばらく山を削るように放たれ、そして細くなり消えた。




黒い雪が降っていた。

昨晩の下から空へと伸びた黒い光の柱が、小さくなって空から降ってきているように。

「いや…灰を含んだ雪、かな」

何を、どれほど焼却すれば辺り一面を真っ黒に染めるほどの灰雪が降るのだろうか。

雪がつもり、オレの体も黒く染まっていく。

色の白黒お構いなしに寒さは変わらなかった。

というか寒い。とっても寒い。

ピューピュー吹いている風が体温をうばい、寒さで流れる鼻水は鼻の下につららとなってぶら下がっていた。


ずびっ

と鼻をすする。

つららもゆれるがあまりの寒さにそれをなんとかしようとは思わなかった。

身体をおさえる手を動かすことすらやりたくない。

服のちょっとした隙間にも風が入り込んでくるから、動かさないことが最善でもあった。

「ううう…ここはどこなんだ…」

ただひたすらにまっすぐ、どことも知れない黒い山峰を下へとくだってゆく。

もう何時間――何日歩いただろうか。

手も足も、感覚が鈍くなって久しい。

ご飯もいつから食べていないのか覚えていない。

水分もとっていない。雪が黒くなってからは怖くて雪を食べることさえできなくなってしまった。

「あぁ、そうか…つららをなめればいいんだ」

鼻水が凍った物だが、そのつららは黒い色をしていなかった。

白く、透明。

このつららを舐めれば少なくとも水分はとれるだろう――しかし、鼻水である。

いや、生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。鼻水くらい舐めたっていい。

「うう…」

いいのだが…。

迷っているうちに足がもつれたのか、体が倒れた。

頭から雪につっこみ、少し埋る。

はやく立たなければ――そう思うが体は動こうとはしない。

疲れと空腹と低温に、気力すら奪われてしまっていた。


あ…死ぬのかな

そう思った。

これでみんなの所にいける…

それも悪くはないと。

二度目の人生は、たったこれだけしか生きられなかったけれど

悪くはなかったかな。


グーグはゆっくりと目をつむった。

何も聞こえない。

雪が全ての音を包み込み、覆いつくしていく。

黒の中に覆いつくしていく。


けれどその中にあって、一つだけ黒くないモノがあった。

グーグの鼻から折れたつららだった。

薄曇りの中、そのつららは弱い光を反射して少しだけ光ったように見えた。


「おとうさま、なにかひかりました」

「何か見つけたか?。こんなところに何もないとは思うが…」

少女の腕の中の二匹の獣も光に気付いているようだった。

「やっぱりひかってるみたいです」

男は少女が指さす方へ足を進める。

それは小さな狐の魔物を連れた、エルフの親子だった。






ある情報誌にはこう書かれていた。


ケイアレイ王歴12年。秋

イズワルド北西領ハルパストにて連峰にておおきな事件がおこった。

一夜にして連なる山脈の一つが消えたのだ。一つの村をまきこんで。

黒い、一条の光が通りすぎたあと、山を黒い雪が覆っい、そして連峰の一峰が消えたのだ。

付近の住民はこう口にする。黒龍様の怒りを買ったのだと。

真相は現在も不明のままである。


長かったプロローグがようやく終わりました。

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