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生存するモノはいませんでした。



突然慌ただしい声があがる。正門の方からだ。

何だろう、とい様にみんながそちらに目を向けると人が飛んでいた。

大きく弧を描いて飛び、そして落ちてくる。


「ぐぎゃ」


村人たちの合間に落ちたそれは、人の色をしていた。

身体をつぶされ、足を折られ、歪んだ形に地面につっぷしているが、確かに――人の姿かたちをしていた。

「トロールだ!」

誰かがさけび、冒険者たちがいち早く駆け出していた。

向かう者と逃げ惑う者、その間に見えたその姿はトロールより大きく、そして薄暗い色をしていた。


――トロールの上位種

おそらく進化した姿だろう。

魔物の軍勢を従えていた過去のオレには、その姿に見覚えがあった。

特殊な進化体で高い”壁”性能を誇っていた。


進化体のクラスは『バートロール』


治癒と暴力をあわせ持った強力な個体だった。




「村人は下がれ!、一匹ならこっちでなんとかする!」

ドルハドがトロールに斬りかかる。

獲物を持たないトロールは防ぐこともできず肩から腹まで大きく袈裟ガキに切り捨てられる。

グラリと揺れる巨体は、けれど倒れることはなかった。

門柱に使われていた柱を引き抜き力任せに振り回す。

力自慢だった冒険者たちが吹き飛ばされる。

その狙いは村人へと向けられる。

一振りごとに何かがつぶされる音がする。

手が、足が、人が集まっていたことが災いした…そこには惨状が広がっていた。


「グーグ、ナーサちゃん、逃げるぞっ!」

父ゴダーダがそう言ってオレ達を両腕にかかえ、走り出そうとする。けれどその腕からナーサがスルリと抜け出した。

「おじさん、ナーサまだおしごとのとちゅうなのっ。ルーニエちゃんをなおさないといけないのっ」

忘れていなかったらしい。が、今はそういう状況ではないと思う。

危険がこれほど近い場所で怪我人の回復などということはやるべきではない。

安全な場所だからこそ、ナーサが回復魔術師として参加していいはずなのだ。

今は怪我人をほおってでもナーサは安全な場所に逃げなくてはいけない。

「ナーサ、ゴダーダといっしょに逃げるのじゃ!、メルーザ殿は先に家にっ…こ、これっナーサ聞いておらんのか」

待機所にタッタカ走るナーサはジルさんも素通りし、奥で倒れているルーニエの横に腰を下ろす。

「ナーサがしなやいけないのっ。ナーサとルーニエちゃんだけが《ちゆ》できるから、ルーニエちゃんはナーサがなおさなきゃいけないの」

村にいる人間で回復魔術を使えるのはナーサとルーニエだけだ。しかし今ルーニエが怪我で意識を失ってしまっている。ルーニエが起きず、ナーサが逃げてしまったら…誰も回復できないままになってしまう。

だからナーサは危険を推してでもルーニエを回復しようとしているのだ。

「ルーニエっ!」

「まってパパ、おじさん、ナーサにさせてあげて」

オレは父の腕をつかみ、そう訴えた。

「いや、今は逃げるべきだ」

「ルーニエがいないときっとあのトロールにはかてないよ。だからルーニエをおこすの。ナーサのことはぼくがまもるから、すこしだけじかんをちょうだい」

ドルハドだけではトロールの回復能力を上回ることができなかった。大振りの一撃を何度も打ちつけられるなら別だろうが、トロールの持つ柱を防ぎながらではそれもままならない。

あのトロールを倒すにはどのみちルーニエの攻撃魔術が必要になる。

そのためにはナーサに頑張ってもらわなければいけないのだ。

その時間を――安全を

オレが確保する。


「グーグ、いったい何を…」

オレは父の腕から抜け、待機所の入り口に走る。

そしてそのまま地面に手をついてスキルを発動させようとする。

「…あれ?」

ダメだ。どうもスキルの発動用空欄が出てこない。

地面の土に働きかけらればと思ったけれど、無理なようだった。

”粘土”じゃなく”土”だから悪いのか、それとも他の理由か。仕方がないのでオレは近くの石畳に手をついた。


<鍛冶:石⇒   >


出た出た。今度は《鍛冶》できるらしい。

「《鍛冶》壁」

オレの周囲にある石畳が持ち上がり、金色に輝きだす。

光がおさまるとそれは一枚の厚い石壁になって待機所の入り口を覆い隠していた。

「…うん、できたよ。これでナーサがかいふくできるね」

入り口を石で覆っても側面は木でできた壁なので集中的に攻撃されたら壊されるだろう。

けれどナーサが回復する時間をかせぐなら問題ない。

満足いくできだった。


「グーグ、これが《鍛冶》じゃと?。こんな節操のない《鍛冶》はみたことがないぞ」

節操がない?、ジルさんがオレのスキルで作った壁をコンコン叩きながらそう評した。

「柵を木の板にした時もそうじゃ。普通の《鍛冶》は自分のものではない物を変えることはできんはずなんじゃ。…もしかするとまだ自分とそれ以外の境界線が曖昧なせいかもしれんな」

他人の物は《鍛冶》できない。それもそうか。勝手にあれこれ変えられてはたまったものじゃないよな。

石畳が壁になるなら石の家が漬物石に変えられることだってある。

寝ている間に自分の家が漬物石になっているのだ。財産どころか命さえ失いかねない。

けれどその境界をどう認識しているのか、それは《鍛冶》スキルをもつ者の意識のありかたで決まるということだろう。

子供であるオレは、まだその線引きができていないのだろう、とジルさんは言っている。

のだが…オレは子供ではない。

中身は立派に成人している大人である。

なので、ジルさんの説はあてはまらないことになるわけだ。

うーん…でもさっき地面の”土”は《鍛冶》できなかったしなぁ。

あれは”粘土”だからだめなのか、それとも自分の物じゃないからだめなのか、はたまた他の理由か。

村の共有財産ではないってことかもしれない。

石畳や柵は村の物で土地は領主の物。そういった区分があるのかもしれなかった。




「《ちゆ》っ」

ナーサの魔術で最後の怪我人が回復される。

「よし、終わったな。では逃げるとするかのっ」

「はいっ」

父とジルさんはナーサとオレをかかえ、待機所の窓から外を確認する。母メルーザはここから出て、先に家に向かっているはずだ。

「ナーサっ、感謝するわっ。後で必ずお礼するからね!」

目を覚ましたルーニエは待機所に置いてある自分の荷物の中から新しい装備品を取り出している。

燃えてしまった帽子やマントを取り換えるようだ。

オレたちはそれに返事を返しつつ、父たちにつれられて窓枠を乗り越えようとしていた。

その時、ひときわ大きな咆哮が聞こえ、入り口を覆っていた石壁が衝撃と共に吹き飛ばされた。

あの石壁は柵から《鍛冶》した板よりも強固なはず――なのに、今、大きく破壊されてしまっていた。

これは――スキルだ。

打撃系の武器スキルが放たれたことにより、壁はあっけなく壊されてしまった。

土煙をあげながら崩れる石壁の穴の向こうにトロールの姿が見える。

「っ、ドルハドのやつっ!」

ルーニエは悪態をつきながら穴に向かって《火炎弾》を放つ。

爆発音と共に穴の向こうが赤く輝き、その衝撃で穴も大きく崩れる。

その穴からシュウシュウと煙をあげながら、緑の体色をした大きなトロールが顔をのぞかせる。

目が、真っ赤になっていた。

怒りに彩られたその表情は、オレたちを見つけたことで変わることは無かった。

柵を壊したトロールは同じように穴を開けたとき、獲物を見つけたように笑ったというのに。

このトロールはオレたちを獲物として見ていなかった。

完全な復讐の相手として――一人残さず殺す、その対象として。

オレたちを捉えていたのだ。


トロールの体についた《火炎弾》の跡がどんどん回復していく。

ルーニエ一人ではトロールをおさえることができず、奴は再び石壁を壊そうと門柱を振り上げたようだった。

「グーグ、手を伸ばしてこっちへ」

窓の外に出た父に体を持ち上げられる。

そのままオレは外に引っ張りだされる。

外もひどい有様だった。

たった一人のトロールに人がなぎ倒され、辺りに転がっていた。

直視するのがつらくなるような惨劇があった。

その中にオレが頼りにしていた姿がある。

――ドルハド

彼は村人を逃がすために体を張ったのだろう。体には何度も打たれたようなあとが残っていた。他の冒険者は見えない。

冒険者は仕事できているのだ。命を賭けてまでこのトロールを倒す必要がないのだ。ドルハドが倒れたということはトロールを倒せる手段がほとんどなくなったことになる。それを察してこの村から逃げ出したのかもしれない。

しかしドルハドがやられていたとは…。

本来火力役の彼が、突然進化したトロールを抑えるために守り役に徹したせいだろう。おかげでルーニエを回復する時間が稼げたのだ。


「よし、みんな出たな!逃げるぞっ」

そう言ってジルさんはナーサの目顔を自分に押し付けたまま、家の方に走り出そうとした。

ナーサにこの惨状を見せないために。こんな現実を直視するのはナーサにはつらすぎるだろう。

父ゴダーダもオレの目をふさごうとするが、オレは父の手をおさえてルーニエに声をかけた。

「ルーニエっ、ドルハドがやられてるっ!にげてっ」

「なっ、それじゃ、こいつは…どうすんのよっ」

止める方法はない。

オレの《鍛冶》スキルは一時間たたないと再使用できないし、ナーサの魔術は魔素が再び枯渇寸前だった。


村を棄てる


それ以外に生き残る方法が思いうかばない。

「にげてっ、もっとたすけをよんでっ」

領主の兵団に頼るしかないだろう。

けれど今から助けを呼んでも、それは完全に終わったあとだ。

この村から人が――一人もいなくなった後のことだ。


ルーニエは踵を返してこちらに走り出した。

そしてその勢いのまま窓を飛び出す。

「ドルハドはっ!?」

オレはドルハドの方に指を向ける。

いそいで向かったルーニエは、ふところから何かを取り出してドルハドに呑ませた。

「ナーサ!ナーサこっちにきなさいっ!」

ジルさんにかかえられ、すでに通り一本先にいたナーサはジルさんの腕でもがいている。

「ルーニエ、ドルハドはっ?」

「まだ、まだ死んでないわっ!ナーサっ!」

ルーニエはナーサを呼びながら、倒れて動かないドルハドに《治癒》魔術を使っていた。

一人では回復が追いつかない。回復力だけならナーサはルーニエ以上に回復することができる。その二人なら…。

けれどナーサがこちらに来ることはなかった。

ナーサが来るよりも前にあいつがきた。

トロールがルーニエを吹き飛ばした。

木偶人形のようにその体が転がる。

トロールは次に近くにいたオレとゴダーダを見つけた。

逃げようと背を向けた父にトロールは左手に掴んだ石塊を投げた。

それは父の背を大きくのけぞらせながらオレごと父を地面に倒し、そしてそのまま、門柱で叩いた。

赤いものがオレにかかる。

オレはそれを見ていた。

頭が働いていなかった。

何が起こっているのか、見えてはいても理解していなかった。

目の前で父が赤くなり、そして同じように赤くなった門柱をトロールが持ち上げる。

もう狙いを父からはずしていた。父はもう、トロールの狙いの外におかれていた。

トロールはオレを見降ろす。

そして少しだけ門柱を横に振ると、軽く、ゴミを払うようにそれを――


何かがネジレタ


払われようとした門柱が、まるで絵具を水にぐるぐる混ぜたみたいにネジレル


トロールの腕が景色と混ぜ合わせたように螺旋を描いている


やつの頭が、体が、ぐるぐる、ぐるぐると


ネジラレテイク


ねじねじねじねじ

ぐるぐるぐるぐるとネジラレて

やがて限界を迎えて解き放たれる。

圧迫されていた物々はその反動からはじけるように飛び散った。

赤い血肉が辺りに雨のように降ってきていた。

けれど

――けれどトロールは倒れない。

片腕と頭を失い、上半身をネジラレながらも立ったまま…ゆっくりと体を再生し始めていた。

再生能力に特化したその生命力が、まだトロールに死ぬことを許していなかったのだ。

だんだんと体が再生していく。

オレの目の前で再生していく。

頭を無くしても再生する――そのスキルの悪意ともとれる異常性をまざまざと見せつけられる。

終わらないのだ。

まだこの悪夢は、惨劇は続くのだ。

やつが頭を取り戻す。

眼球がもどり、そしてその眼がオレを見ていた。

赤い目がオレを見ていた。


ぎゅるりと


世界が歪んだ。


唄が聞こえた。

狂った音階の叫び声としか思えないような唄が。

《災歌》の連続使用――

”技”スキルには1時間の準備時間があるはずなのに

その時間をむりやり抑え込み、ナーサはトロールに《災歌》を放った。

今度はさっきよりも狙った場所へ、狙い通りの歌を向けて。


トロールがはじけ、そしていなくなる。

足首だけを残してはじけ飛んだソレは、もう二度と回復する様子を見せなかった。


オレはようやく呼吸と言うものを思い出したように大きく息を吐いた。

「はっ、はっ、はっ、はっ」

息があらい。

まだ体が震えていた。

まだトロールが復活するんじゃないかと、目線を外すことができなかった。

「ナーサっ!?」

ジルさんの声にオレは背中の方を振り返った。

ナーサはいなかった。

いや、ナーサの顔だけ残して、ナーサは黒いモノになっていた。

ナーサは黒い…粘液みたいなものに包まれていく。

目から、口から、花から、黒いものがナーサからあふれていく。

それに触れたジルさんが溶ける。


腕を溶かし、足も溶かし、動けなくなったジルさんに覆いかぶさり、ジルさんを溶かした。

黒いモノは急に広がる。

家々を呑み込み、そして正門前でおこった全ての惨劇を呑み込んだ。

黒いモノは全てを溶かしていく。

オレは黒い物に呑み込まれ


プカン とうかんだ。


黒いモノの上で浮かんで流される。


黒いモノはオレを溶かさずに、オレの身に着けた物だけ溶かしていた。


ナーサの顔が遠ざかる。


ナーサの顔に見えるものが、それだけが黒いモノのなかに浮かんでいた。


声をはりあげて彼女の名前を呼んだ。


けれどそれは何も返さなかった。


黒いモノは村を覆い、


村はなくなった。


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