生存本能が解放されました。
※このあとしばらくショッキングなシーンが増えると思います。ここ数話のみでその後はいっさいショッキングなシーンは無い予定です。
日が暮れる。
夜になれば火が必要になる。
人種族は明かりがなければ闇の中で迷ってしまう。夜は魔物の方が有利だった。
薄曇りで月の明りもない、そんな夜の入りに村の正門へ一人の男が駆けてくる。
男は怪我をした肩を抑えながら、生きも荒く自分の後ろを指さしていた。
「トロールか!みんな、トロールが来るぞ!」
村人たちが武器を構えた。村人よりも早くに武器を手にしていた冒険者たちは、門の前に出て周囲の森へと意識を飛ばしていた。
「…どこだ?、どこからくる?」
「ドルハド、いないんじゃないの?。いつもならすぐ後ろから追いかけてきてるわ」
「いない?…いや、いるな。小さいが葉を踏む音が聞こえる」
イザが耳をすませ、少し遠めの木の影を指さす。
「あの辺りだ」
目をこらしている冒険者たちの後ろから、明かりが増える。よく見えるようにだろうか?。ただ近くが明るくなったせいで遠くが見えにくくなってしまう。
「おい、明かりが邪魔だ。少し暗く…」
突然隣から悲鳴があがり、ルーニエが燃えた。
彼女は体を転がして燃える炎を消そうとするが、勢いのある炎は簡単には消えない。
――彼女だけではない。他にも悲鳴があがる。
魔術。
後ろから魔術の攻撃を受けたのだ。
森の方から雄たけびが聞こえる。
何匹ものトロールがこの村を目指し、押し寄せていた。
グーグは隣家で、母のメルーザの腕の中に捕獲されていた。
ちょこちょこ危ない行動をするから目を離さないようにしよう、ということで捕まっているのだ。
外からは戦いの声が聞こえる。ナーサが治癒魔術師として戦闘に参加しているから自分もそばにいてやりたいが、出してはくれなさそうだ。
遠くから見るだけといってもダメだろう。
昼間、父をヒヤッとさせたばかりなのだ。
一応”壁”を作ることで戦闘の手助けをしたんだけどね。そのことの評価はされても、だからと言って戦闘の近くにいることは許可してもらえなかった。
あぁーどうなってるのか気になるなー…
強い冒険者がいるし、負けはしないはずだ。
ドルハドは大剣の一振りでなんでも壊せそうだし、ルーニエは魔術の扱いに長けている。他の面子も何かしらとがった技術を持っているだろう。彼らにまかせておけば大丈夫なはずだ。
それでもだ。
心配なものは心配なのだ。
ナーサが怖がっているかもしれない。手を握ってあげるだけでもいいから側にいてやりたかった。
…まぁ、以前トロールに家が襲われた時は怖がっていなかったが。
今回は怖がってるかもしれないし。
うん。
あーやきもきするっ。
「こら、グーグ、おとなしくしていなさい。パパたちなら大丈夫だから」
母メルーザに小声で注意される。
新しく再建されたジルさんの家はトロールが入ってこれないように木製の扉の裏に鉄板が付けられ、金属のかんぬきが二カ所かけられるようになっている。
ドワーフの細工として作られた、村で一番強固な出入り口だった。
なのでここに籠っていることが一番安全だと思うのだが。
「む~…」
気持ちが落ち着かないのだからしかたない。
ナーサはオレと違って中身も外見といっしょのお子様なのだから。
あーやきもきやきもきやきもきやきもき…………
ドンドン と扉が叩かれ、家で小さくなっていた全員がビクッと体を硬直させる。
『お~い、終わったぞ~。襲撃してきたのはみんな倒したぞ~ジルんとこはみんな無事か~?』
そんな声が扉の向こうから聞こえてくる。
扉を厚くしすぎたせいか、外の音があまり聞こえない作りだったらしく突然の来訪に驚かされてしまった。
「ほ、ほいほい、いま開けるからね。みんな無事だよっ」
イーダさんが立ち上がり扉を開けに行く。ガチャガチャと強固な扉鍵を開けて扉を少しだけ開く。
「おう、よかった。イーダは無事か。他のみんなも無事じゃろうか。こっちもみんな無事だぞい。間もなくジルやゴダーダも帰ってくるだろうて」
扉の向こうにいたのは村長だったらしく、隙間からオレたちを見て手を振ってくれる。
「村長、ナーサも無事なのかい?」
「無事だぞ。ナーサちゃんは今は怪我人の回復をしておってな、ジルとゴダーダがそばにおるわい。わしは二人の代わりにトロールを倒したことを教えに来たんじゃ」
ほっと安堵のため息がもれた。
よかった、ナーサも無事らしい。
「おそらく今夜はもう襲撃はないじゃろう。かなりのトロールを倒したから、もしかすると戦えるトロールも山にはいなくなったかもしれん」
どうやらさっきの襲撃がトロールたちの最期の抵抗だったらしい。
かなりの戦力が投入され、けれどその戦力ですら冒険者たちに敵わなかったらしい。
「冒険者様様だねぇ」
「初めから冒険者にすべてたよっておればよかったわい…。まぁ冒険者にも少なからず被害が出てしもうた…。今夜も魔術師様が大怪我を負ってな。まだ回復中なのじゃ」
依頼料をおさえるために冒険者に窮屈な思いをさせてしまったことを後悔しているようだった。結果的に、とはいえ、もし次に依頼する時に同じ失敗をしないようにしてくれればいいと思う。
さて、魔術師、と言ったがルーニエのことだろう。今回きた冒険者で専業の魔術師はルーニエだけだ。
《治癒》が最大値のナーサでも回復しきれないとなるとは…いや、ナーサの魔素量が足りなくて《治癒》が連続で使えないだけかもしれない。
魔素量はステータスの”魔力”に依るところが大きい。子供であるナーサは魔力が育っておらず、魔術をそう連発して唱えることができなかった。
魔素を使いすぎれば気絶してしまう。ルーニエの回復中に気絶してしまい、ナーサが目を覚ますのを待っているところなのだろう。
オレは母の服の袖をちょいちょいとひっぱって声をかける。
「ママ、おむかえにいこう」
「あら、グーグはナーサちゃんが心配なのね。でも危ないのよ。まだ魔物がいるかもしれないし」
「ナーサがいるところならぼうけんしゃさんがいるからへいきだよ。パパたちにあいにいこう」
母の袖をぶんぶんと振り回してお願いする。
行っても何もできないのだが、ナーサを見て安心したかった。
うーん、と少し悩んでいた母だが、イーダさんから「行っておいで」と声をかけられる。
「あたしとクーリアで帰ってきたときに食べられるものを用意しとくから、あんたたちはみんなを連れ帰っとくれ」
「いいんですか?」
少し驚いた表情で聞き返す。イーダさんたちもジルとナーサのことが心配だろうに、迎えに行くのをオレたちにまかせるというのだ。
「あぁ、いいさね。きっと帰ってきたら酒だ~メシだ~てうるさいからね。用意しといてやらないとね」
そう苦笑している。
長女のクーリアもうんうんとうなずいているのを見て、母は背中が押されたのだろう。父たちを迎えに行く気になってくれたようだった。
「わかりました、それじゃ行ってきます。グーグ、私の手を絶対に離さないでね」
手をつないだオレと母は家を出て暗い仲を歩き出す。明かりは松明しかない暗い道だが、村長もいっしょなのでそれほど不安はない。
正門のあたりには、まだたくさんの村人がいた。
怪我人の世話や倒したトロールの始末、あるいは次の襲撃の警戒にと、村人たちでにぎやかだった。
彼らの表情はみんな明るい。
どうやら今夜の襲撃では大きな犠牲者はいなかったらしい。
「おおいゴダーダ!嫁さんと子供が迎えにきたぞっ」
その声に大きく手をふる者がいる。
オレと母はその場所までいくと彼はオレたちをやさしく抱きしめた。
「メルーザ、グーグ来たのか。危ないから待っててくれてよかったのに」
「グーグが行きたいって。きっとナーサちゃんが心配だったのね。それにイーダさんもいってきなって言ってくれたから、きちゃったわ」
ニコニコとほほ笑む母を、父が改めて抱きしめる。
「そうか。ジルさんとナーサちゃんはそこの待機所の中だよ。ナーサちゃんが魔素倒れをおこしたらしくてね。怪我人がまだいるからから起きるのを待っているんだ」
やはりナーサは魔素を使い果たして昏倒してしまっていた。となると総魔素量の半分ほどにならなければ目を覚まさないだろう。
子供だから総魔素量も多くはないし、そのうち目を覚ますだろう。
オレは父にともなわれながら待機所の扉をくぐる。
「グーグちゃんっ」
ズドム
ナーサは目を覚ましていた。
待機所に入ることなく外に転がったオレの胸には元気に笑うナーサがいた。
「な、ナーサ…ぶじでよかった」
ゴホゴホと咳き込みながら、ナーサの顔を覗き込む。
うん、元気いっぱいな様子が伝わって来る。
「グーグちゃんもだいじょうぶだったんだねっ、ナーサもだよっ。それにねナーサいっぱいがんばったよっ」
ほめてほめて。と全力でうったえてくるのでオレはナーサの頭をなで、えらいえらいすごいと応えてやる。
「えへへ~♪」
はにかみ喜んでいるのはかわいい。が、オレはどうしても待機所の奥に見える光景が気になってしかたなかった。
まだ回復されきっていない数人の怪我人が、なんとも言えない表情でナーサを見ている。
すごくうれしそうなナーサにどう声をかけたものか…オレもちょっと困っていた。
戦いが終わり、今夜の襲撃はおそらくないだろう、という話になった。
なにせ、トロールを指揮していたらしい上位の存在を倒したからだ。
人のように姿を装い、ルーニエに《火矢》を放った存在。
知能の高いトロール。
おそらくは
魔族へと昇位したトロール
それを。同じように《火矢》による犠牲を出しながら、冒険者と村人とでめった刺しにして倒した。
上位のトロールが作った騒ぎに乗じて森から多数のトロールが走り襲い掛かって来る。
けれど、夜は村から人が出ない。
なので、夜の間だけ村の入り口すぐの場所には罠が用意されていた。
本来どこの村や町でも、魔物が近寄ってこないようにある特殊な水を撒くのである。
竜の糞尿の混じった土を水にとかし、泥水にして撒く。
竜は魔物でも恐れる。
竜は龍の下位種族にして魔物に分類されるものだ。
けれど他の魔物と相いれず、ほとんど単種族のみで群れをなす。
他の魔物が近寄れば容赦なく排除するという魔物の恐怖の対象でもある。
その糞尿の匂いでも魔物は恐れ近寄らないのだ。
それを撒くのはあたりまえの風景だっただろう。
だから知能のあるトロールも、いつものこととして見ていたはずだ。
けれどそれはちがう。
夜間村人たちが撒いていたのは燃焼に良い油であり…走り込んできたトロールたちが油の土を踏んだのを合図に放たれた”火矢”は
トロールを簡単に火だるまにしてしまったのである。
――自分の目の前で愛するつがいをめった刺しにされ、子を、仲間を焼き殺されていく。
そんな情景を彼女は観せられていた。
幾く本もの釘が打ちつけられた身体よりなにより、心が壊れてしまった。
心の痛みが自分の脳を溶かし、ぐちゃぐちゃにして目の前の景色を真っ赤に染める。
慟哭は喉を壊し、けれどそれでも”トロール”としての自己回復力が全てを回復しようと働き続ける。
「なぁ、こいつはどうすんだ?。トロールがいなくなったんなら殺してもいいんじゃねぇか?」
ずっと自分を傷つけていた村人がそう話している。
「まだ残っているかもしれないからそのままだってよ。きっと、こいつらの巣にはメスのトロールとか赤ん坊のトロールがいるだろうから、そいつらの始末が終わってからじゃねーかな」
何も知らず、自分からすべてを奪う算段をしている。
やめろ
やめろ
仲間を
子を
つがいを
自分から奪うな
壊れた心で彼女は吼えた
ヤメロ
自己治癒能力はずっと、ずっと発動している。
壊れた身体を、壊れた脳を、砕けたココロを治そうと。
それは一つの可能性を獲得させた。
”治癒能力特化の特殊進化”という可能性を。




