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魔術よりも大切なものがありました。


山は花が咲く季節になった。

オレとナーサとラーテリアはいつものように近所の広場に集まっていた。


「きょうは、ナーサのスキルをそだてようとおもいます」

「はーいっ」

「わかりました」

ナーサに魔術を教えている間ラーテリアは手持無沙汰になりそうだが、最近は一緒に話を聞いていた。

ナーサが魔術を使う姿をみて興味を持ったらしい。


「まず、ナーサの《ちゆ(ヒール)》のことをおしえるね」

「うんっ」

「やまぬしさまのおかげでナーサの《ちゆ(ヒール)》がつよくなったから、すっごくきずをなおせるようになったんだ」

練度が100になり、性能が上がった。説明欄にこうある。


<要魔値。接触対象に治癒を練度/5%外発する。>


今練度が100になり、 100/5% = 20% の治癒を外発できるようになったわけだ。

20%の治癒、というのがわかりにくいが、たとえば体の20%部分の損傷を治せるようになっている。

はやい話し、腕一本くらいの傷なら失っても治せるくらいにはなるってことだ。

実際には損失部分は生えてこない。それは別のスキルになる。

けれど命を失うかどうかという時に、この20%は大きな効果となって現れる。

一回魔術を唱えるだけで身体の1/5が回復するのだ。五回唱えれば全快である。

練度をここまであげられたなら初級魔術でもかなり驚異の性能になる魔術だった。


「ひーる?」

「そう。けがしたひとにさわりながら、いたいのいたいのとんでけーておもいながら《ちゆ(ヒール)》ってとなえるんだ」

「…とんでけー…《ひーる》…」

今は誰も傷ついていないのでスキルが発動することはない。

「《ヒール》です…」

ラーテリアもいっしょにいるココとノノに触れながら《治癒》を唱えていた。

今は発動していないけれど、いつかできるようになるかもしれない。


さて、では本題にうつろう。

「《ちゆ(ヒール)》はだれかけがしたときにつかってみるとして、ナーサは《ちゆ(ヒール)》をきょうかしてもらったから、《ちゆ(ヒール)》のつぎのまじゅつがおぼえられるんだよ」

「つぎのまじゅつ?」

オレが知っている中級治癒魔術は二つだ。


状態の異状を回復させる《状態治癒キュア


範囲内の者の回復力をあげる《範囲治力リアリジェイン


《状態治癒》は《治癒》と同じく回復できる相手がいなければ発動しないが、《範囲治力》は回復できる相手がいなくても発動する。

なので《状態治癒》は説明だけをして《範囲治力》の方を特訓してみようと思う。


「りありじぇいん?」

「そう。《はんいちりょく(リアリジェイン)》。《ちゆ(ヒール)》とおなじようにいたいのいたいのとんでけーってかんがえながら、《はんいちりょく(リアリジェイン)》ってとなえてみて」

オレがそう説明すると、ナーサは目をつぶって痛いの痛いのとんでいけ、と小さくつぶやきながら呪文を唱えた。

「《りありじぇいん》っ」

…もちろん何も起こらない。

奇跡的に一回で魔術を習得できるかもしれないが、そういったことはほとんど無い。

あとはできるように試行錯誤を繰り返すだけだ。

「そう。いたくなくなれ~っておもいながらくりかえしていれば、いつかできるようになるからね」

「いつか?」

「うん。すぐにはつかえないよ。ナーサがもってるまじゅつは、みんなぼくがそうやっておぼえたものなんだ」

全くの無から覚えたわけでは無いけども。

少しくらい盛ってもいいだろう。それでナーサが覚えてくれるなら。

「そうなんだ…うんっ、ナーサがんばっておぼえるねっ」

「《リアリジェイン》…です」

そうしてなぜか二人は《範囲治力》の練習をはじめる。


「《りありじぇいん》っ」

「《リアリジェイン》です」

「《りありじぇいん》っ!」

「《リアリジェイン》です?」

「《りありじぇいん》だよっ」

「《リアリジェイン》なのです」

ラーテリアは《治癒》の練習をしたほうがいいと思うけど。

唱え続ける二人に、少しずつ角度を変えたアドバイスを試みる。風邪をひいた時を思い出して、とか。魔素を意識しながら、とか。何が魔術の獲得につながるかわからないため、色々と試してみるのだ。


「はぁ、はぁ、ふぅ」

「つかれました、です」

練習を始めて2時間もしただろうか。流石に二人には疲れが出ていた。

ずっと口を動かしていたからな。のどもカラカラだろう。

「おみずもってこようか。のどかわいたよね」

「うんっ、のみたいっ」

「はい。ありがとうです」

家に向けて足を進めようとして、ふと思い出す。

「…そういやナーサ、《すいだん(ウォーターバレット)》はつかえる?、ナーサは《すいだん(ウォーターバレット)》でおみずだせるよ」

「おみず?、《おーたーばれっと》?」

そうつぶやいたナーサの目の前に、ポ、と水滴が浮かび、地面に落ちた。

おお、いきなりで使えるようになったか。

ならば、とオレは家からコップをいくつか持ってきた。

「ナーサ、コップもってきたよ。ここに《すいだん(ウォーターバレット)》でおみずをいれて」

「うん、やってみるっ」

ナーサは大きく息を吸った。

「《おーたーばれっと》っ」

声と同時にナーサの目の前に子供のこぶし大の水球がうかぶ。

オレはナーサが浮かべたままのその水球をコップの中に入れた。ナーサが息をつくと共に集中力がきれたのか、水球が崩れてただの水になってコップを満たした。

「…やったっ、ナーサ、成功だよ!」

コップには1/3ほどの水が溜まっていた。練度が低いからか、水の量は少ないがしっかり魔術で作られた水だった。

「おみずだーっ」

「ナーサさんすごいですっ」

「ナーサもまじゅつができるようになってきたね。すごいな」

「うんっ、ナーサすごいねっ」

ナーサとラーテリアと喜びをわかちあう。足元にいるココとノノもオレたちをまねて跳ねまわっていた。

「ナーサ、おみずのあじはどう?」

「うんっ、のんでみるね」

ナーサは少ない水を一気に飲み干した。

「…あれっ、グーグちゃん、このおみずおいしくないよ」

「おいしくない?」

オレはナーサにもう一回《水弾》を出してもらい、コップに入れて口を付ける。

…確かにおいしくない。

冷えていないのもあるが、何よりもほこりっぽい。

よくよく考えるとここは山の上。空気はきれいだし川を流れる水も透明で冷たい。

生活用水としては最高の水だった。

飲みなれていると気が付かないだろうが、そりゃ魔術で作ったよくわからない水よりおいしいだろう。

「たしかにおいしくないね。これはまじゅつだからかな。いつものみずのほうがいいね」

「ラーテものみたいです」

ナーサは三度目の《水弾》を使う。コップに入れられた水にラーテリアがおずおずと口を付けた。

「…へんなあじがします。おいしくないです」

だよね。

評価するなら”普通の”水ってところなのかな。《鍛冶》で造る物はどれも平均的な性能の物になる。それと同じように水も平均的な物が出てくるのかもしれない。

「…このみずはのまないほうがいいかもね」

変なものが入ってるわけでは無いが、どうしても飲みたいという物ではなかった。

「グーグちゃん、このおみずおいしくできないの?」

「みずを、おいしく?」

魔術で出した水をか。

魔術の水の味を変えたい。

そういった方法は知らなかったが…できるのだろうか。

外発の魔術は手の前に方陣円を描いてから魔術が発動する。

この方陣円に手を加えれば…味を変えることもできるかもしれない。

そのためには方陣円の文字や模様の意味を読み解かなくてはならない。

研究すればできなくはない。けれどそのためには《水弾》の魔術が手元にほしかった。

やはり、魔術はほしい…。

魔術をとりもどすには…

そうか。魔術を取り戻すのに正攻法でやる必要はないのだ。

ナーサがヒントをくれたように。

一部を変えるか、もしくは…もしくは、……そう。


持っている者をなくせば戻ってくるのではないか?


山主はこう言った。


『お主は未だにそのスキルを所持していることになっている』


所有権はオレにある。なら、今の持ち主がいなくなれば…戻って来るはずなのだ。

オレはオレのスキルを取り戻せる。

あぁ、あぁそうだ。

そうすれば取り戻せるのだ。






初夏になった。

水の味を変えることはまだかなっていない。

ただ色はかわった。

赤と青と黄色に変化させることができた。

方陣円に余計なものを追加することで、混ぜ物をできることがわかったのだ。

山主は方陣をいくつも組み合わせた巨大な魔術を使っていた。これはそれと同じ、方陣に何かを増やすことで効果を追加できる、ということの証明でもあった。

あぁ、魔術の研究がしたい。魔術をより強くできるかもしれない方法がわかったというのに、オレの手には入らないのだ。

ナーサが魔術を使う。最近はほとんどの初級魔術を扱えるようになってきた。オレの教育の賜物である。

治癒魔術も中級魔術《範囲治力》を扱えるようになっていた。

《状態治癒》はまだ使えない。治癒対象となる異常状態になる機会がなかったからだ。

こればかりは難しい。幻覚作用のある食べ物はラーテリアにあげてしまっている。

他に何か見つかればいいけれど。


そして

明日、ナーサが引っ越していく。


と言っても、うちの一部屋を間借りしていたのを隣に移るだけなのだが。

ようやく家部分の再建が終わったのだ。

今日の晩御飯は豪華だった。父が狩りで鹿を獲ってきて、母が腕によりをかけて料理したのだ。

引っ越し祝いとして華やかな夕食だった。

夕食が終わり、父親たちは酒を片手に話に花を咲かせるようだった。


「クーリア、二人をお風呂入れちゃっておくれね」

ナーサの母、イーダさんが姉のクーリアにオレたちの世話を頼んでいた。

「はーい。ほら、二人ともお風呂いくよーっ」

「お風呂ーっ」

「はーい」

ナーサと二人、クーリアに誘われて風呂場へとともなわれていく。

3人での風呂もこれで最後かもしれない。

オレとナーサの服を脱がせていたクーリアは、イーダさんが呼ぶ声に脱衣所から首だけを出して返事をした。

「なぁに、かあさん?」

「酒が足りなくなっちまった。ちょいとうちの奥からいくつか持ってきとくれよ」

「はーい。…二人とも、ちょっと行ってくるね。さきにお風呂入ってて」

「はーいっ」

「はーい」

オレはナーサに手を引かれながら風呂場に入る。

小さい風呂場は子供三人も入ればいっぱいになってしまう程度の広さだ。

大人二人入れるかどうかという大きさの湯舟には、お湯が湯気をたてていた。

「グーグちゃん、からだながしてあげるねっ」

桶で汲まれたお湯を、オレの体にかけてくれる。ただ水が重いのか、桶に入れられたお湯は半分もかかっていなかったが。

「…ナーサ、こんどはぼくがかけてあげるね」

「うんっ」

オレはナーサから桶を受け取り、お湯をナーサにかける。一回、二回。

体表面の埃を洗い流し、桶を下に置いてからナーサを湯船に誘った。

「はいろう」

「あれ?、おゆにはいるときは、だれかといっしょにねっていってたよ」

子供だけで風呂に入るのは危険がある。湯船で溺れてしまえば助けるられる人間がいないからだ。なのでうちでも、子供が風呂に入る時は誰か年上の人といっしょに、ということになっていた。

「ぼくがいるからだいじょうぶだよ。ナーサのことはぼくがまもってあげるから」

――ウソだった。

ずっと考えていた。

オレのスキルを取り戻すにはどうすればいいのか。どうすれば、攻撃魔術やスキルをもった相手から安全に取り戻せるのか。

攻撃魔術も

魔王技も

どちらも”声”によって発動する。

だから――

「うんっ、グーグちゃんがいっしょならだいじょうぶだよねっ。グーグちゃんのことはナーサがまもってあげるからっ、いっしょにはいろっ♪」

オレを信じ切っているナーサは、誘われるまま、湯船のふちを乗り越えて湯の中につかる。

「あったかいねーっ♪」

「うん。あったかいね」

二人ならんでお湯につかる。二人が肩までつかれる深さだ。

オレはナーサに体を向けながら話しかけた。

「ねぇナーサ。ナーサはぼくのもってる《かじ》のスキルをとりもどしたいっておもわないの?」

「《かじ》?。うーん…ナーサはグーグちゃんがたのしそうだからいいよっ。ナーサがもってるよりグーグちゃんのほうがいいとおもうのっ」

「そうなんだ。でも、ぼくは《かじ》よりもとのまじゅつがあったほうがたのしいんだけどね」

魔術の便利さ、楽しさがまだわからないナーサは首をかしげている。

火や飲み水に困らず、寒暖にも対応できる魔術はあるのとないのでは雲泥の差なのだが。

「グーグちゃんはまじゅつのほうがいいんだねっ、なら、こんどやまぬしさまにこうかんしてもらえるようにおねがいしてみるねっ」

無邪気にそう言う。

オレがそっちがいいと言ったから、いつもの調子でもどすようにと考えたのだろう。

――ほんとうに、無邪気に。

「…ナーサ、山主様に言わなくても、戻す方法があるんだよ」

オレはナーサの肩に手をかけながら言った。

「そうなの?」

「…そうだよ。ねぇナーサ、ぼくのためにその魔術、返してくれる?」

ナーサの首に手をかける。

「うんっ、いいよ。ナーサかえしてあげるっ」

オレに笑顔を向けながら答えた。

わかっていない。

それがどういうことか、わかっていないのだ。

魔術の所有権はまだオレにある。だからもし、魔術を取り戻すなら…ナーサがいなくなれば元の所有権のオレに戻ってくるはずなのだ。

ナーサがいなくなれば。

そのことをわかっていない。

だからそんな簡単に『返す』と言い、無邪気に笑っていられるのだ。

――なら返してもらおう。

オレは首に一気に体重をかける。

攻撃魔術も魔王技も、”声”を使う。

使わせないためには声を出せないように


首と


水の中で


ナーサを


いっきに


「いい、よ」


ナーサの瞳はまっすぐにオレを見ていた。

オレはナーサを

ナーサを

……

ナーサを

――…殺せなかった。


殺せなかった


首にかけた手が滑り落ちる。

かわりにナーサの腕がオレの肩に伸び、包み込むように抱きしめられる。

「いいよ、グーグちゃんがいるなら、ナーサはかえしていいよっ」

ナーサの肌を感じる。

ナーサの鼓動を感じる。

ナーサの暖かさを感じる。

「ナーサ…」

ナーサがここにいる。

ナーサの命がここにある。

オレは、魔術よりも

魔王技よりも


ナーサがいたほうが、うれしいと感じる。


「ナーサ…ナーサのほうがいい…。魔術よりもナーサがいい。ナーサのほうが欲しい。スキルなんかいらないっナーサがいいっ、ナーサが好きっ。ナーサがいなくなるなんて、嫌だっ!」

嫌だった。

ナーサを失うくらいならオレのスキルなんて取り戻せなくていい。

「うん、いいよ。ナーサもグーグちゃんがすきだから、ナーサがグーグちゃんのかわりにまじゅつをつかってあげるねっ」

オレはナーサを抱きしめる。

ナーサが魔術を使うならそれでいい。オレの考えで使ってくれるというのなら、それはオレのスキルなのだから。

そう自分の心を納得させる。

ナーサがいてもいい理由を、心に染み渡らせるように。

「…ナーサごめんね」

怖い思いをさせて。

わかっていなかったかもしれないけれど、オレはオレのしたことを謝った。

ナーサならきっと許してくれる。けれどそれでも、オレはオレのしたことを謝りたかった。

「うんっ、いいよ。ナーサまじゅつをがんばるねっ」

…オレの代わりに魔術を使ってもらうことになってゴメン、ということではなかったのだが…。

「い、いや、首のことゴメンって」

「えっ?、ナーサだいじょうぶだよっ。グーグちゃんはナーサのくびがさわりたいの?。いいよっ、さわっていいよっ」

おう。

オレはナーサの首に触れる。

強くは掴めなかった。だからか、赤くなるようなことはない。

うん…。

それはそれとして。

なんか、ちょっとドキドキする。


「おまたせー、二人とも、風邪ひいてないかな?」

ガチャっと風呂場の扉が開き、クーリアが入ってきた。

硬直しているオレを見てクーリアはこう言った。


「あら、まぁ。うふふ」


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