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村の商店にくりだしました。


冬の終わり――というか、春の訪れを感じる、あたたかい日のことだった。

オレは母にお散歩だと言われ、村の中心にある雑貨屋に連れられてきていた。

他の町からの馬車がまだそれほど来ていないせいか、商品は多くは無い。けれど少しずつ品物が増えつつある。そんな時期の買い物だった。


村の商店は”ベルの店”と言われる、ベルラールさん夫婦が切り盛りする、小さな店だ。店というものはここだけ、村に一件しかない貴重な店だった。

ここでは村のみんなが作った野菜や鍛冶道具、冬の間に縫った服や布を交換するのだ。

店の一画にはテーブルと椅子が置かれ、暇な主婦たちの井戸端会議の場としても活用されていた。


「グーグちゃーんっ!」

どぎゅむ

唐突に横合いから突撃体当たりされる。

胸にまわされた両腕がオレをしめつけ、オレの中身が出そうになる。

「な、ナーサっ。かいものにきていたの?」

「そうだよーっ。ママときたのっ。んとねー、いえをなおす、おねがいにきたんだよっ」

そうか。春になれば雪も融けて壊れた家をなおす準備がはじまる。

そのための手配をはじめるということだろう。

…ナーサ一家との共同生活もあとちょっとで終わりか。

それは少し、さみしくもある。

「ナーサちゃんはほんにグーグちゃんのことが好きなんよねぇ。見ててほほえましいわぁ~」

「そうねぇ、ずっと仲良しだといいわねぇ」

「家が隣同士だもの、兄弟みたいなものよね」

一角で井戸端会議をしていた主婦たちがこちらをニコニコした顔で見ながら雑談していた。いつの間にか母もまじっており、ナーサの母親ともども話に花を咲かせる。

冬の間はあまり顔を合わせていなかったのだろう。こうして集まると積もる話もあり、話題が尽きないようだった。

「そういえば聞いた?いつもなら凍る南の泉が、今年は凍ってなかったんですって。便利ではあるのだけどね…不安になるわよね」

「泉がなぁ。最近は水がおかしくなっとるなぁ。山のほうでも黒い雪が降ったとか降らないとか、氷室から蟲がわいたとか聞くかんなぁ。たいへんだわぁ」

「水がおかしいからだけど、そのせいか野菜もあまり良く育たないのよね。今年はきちんと育てばいいのだけれど…」

「野菜は高くなったわよねぇ。でもお肉もあまり獲れなくなったらしいわよ。山から獣が少なくなったらしいわ」

「大変よねぇ」

「ね~」

彼女たちの話題はもっぱら山が、水が、野菜が、と生活にかかわることが多かった。ともあれ、聞いていてもしかたないのでオレはナーサに目を向ける。

「…ナーサ、ぼくらはどうしよっか」

「ん、おみせにはいろんなものがあるよっ。ナーサがおしえてあげるね」

オレはナーサにひきずられながら店の商品の説明をうける。

鍬やスコップや野菜の種なんかの農具類から、服やタオルや絨毯なんかの布類、それに食べ物も売っているし、武器防具なんかもある。

本当にいろいろなものがあり、”雑貨”というのがよくわかる品ぞろえだった。

ただ、オレは村一番の店にやってくるとなったとき、個人的にほしいものがあった。

本だ。

できれば今の年号や世界の情勢がわかる物でもいい。

魔王であったオレが死んでから、今までの情報となるもの。そういった物が置いてあるのではないかと期待してやってきたのだが…。

ないじゃん。

紙すらほとんどなかった。

商品のために書かれた値札はほとんどが木の板だ。紙は壁に貼られている極一部の物しかない。『冒険者組合からの募集』や『火事の際の対処法』なんかのよそから配られただろう物だけだ。

…この村では紙自体あつかっていない。

なんてこった…あてがはずれた。

いや、これははずれるとかいうレベルではないかもしれない。この村では”文字”自体が使われていないかもしれない。

田畑を耕し、野山を駆け、獣を追う。その生活のどこにも、”文字”の必要性がないのだ。

”文字”はあくまでも趣味的な娯楽でしかない。

この村の文化レベルは…”必要最低限”だった。


文明圏に行ける時までガマンしよう…

いつか…いつかきっと!



「グーグちゃんっ、みてーっきいろいキノコっ」

食料品の棚から見つけてきたキノコをオレのところまで持ってきて見せてくる。

店で売られてるってことは危ないキノコではないだろう。

オレに見せた後は母親のイーダさんの所に持って行って、買ってほしいと要望しているようだった。

「ナーサは、何であんなにキノコが好きなんだろう…」

オレが初めて会った頃からすでにナーサはキノコ好きだった。

近所を歩いているときにもナーサは目ざとくキノコを見つける。

子供の目線が低いから、ドワーフの背丈が小さいから。地面にあるものが見つけられるのだろうと思うけれど、それでも非常にめざとい。


「グーグちゃーんっ、かっていいってーっ」

パタパタとキノコと代金をもってナーサが走って来る。満面の笑顔だ。

オレはナーサといっしょに店員の所にいく。


「これくーださいっ」

キノコといっしょに代金を渡す。料金を確認している最中、ナーサはオレの方を向いて得意げな表情を見せる。

「グーグちゃん、このおみせのものは、おかねとぶつぶつこうかんなんだよっ」

ナーサとてまだ3,4歳だろうに。すでに金銭でのやりとりを知っていることに少なからず驚かされる。

まぁ、『お金と物々交換』ではなく、『お金での購入』と『物々交換での取引』と言いたいのだろうけど。

そんなお姉さん気質全開でオレにモノを教えてくれているナーサに、店員…ベルラール婦人がすまなそうな顔を向けた。

「ナーサちゃん。これじゃちょっと足りないねぇ。お母さんにもう少し出してもらっとくれよ」

ナーサはキョトンとした顔でそれを聞いた。

「足りない?」

「そうだよ。このごろは野菜も獲れなくなってきたからねぇ。何でも高くなっちまったのさ、すまないねぇ」

「う、うん…」

しょんぼりと肩を落とす。

オレにお姉さんな所を見せられて、楽しそうだった顔が…沈んでしまった。

少しくらいまけてくれても、と思うが、店も商売なのだ。子供が買いに来ればまけてくれる店、と客に思われるのもあまり良くない。ならば…

あとオレが何とかするしかないだろう。

「…ナーサ、すごいっ。こうやっておみせでかうんだねっ。ぼくもやってみたいっ。おねえさん、そのキノコはどうすればかえるんですか?」

「これかい?、あと20Gあれば買えるよ。他にも、同じような食べ物や手仕事品との交換でも平気さね」

20Gは子供にまけてやれるほど小さい金額ではなさそうだ。オレは店の値段をおおざっぱに把握し、ならば、と服のポケットからある物を取り出した。

「これで、20Gになりますか?」

それは”ビノ”という雑草の根っ子だった。ビノは河原などに群生している雑草で、根に白い小さな球根を付ける。生で食べられ、食べるとたまねぎのような辛みがある食べ物だ。

オレはこの店に来る途中、母といっしょにみつけたこのビノを、集めて持ってきたのだ。

以前オレの《鍛冶》スキルに”根”という項目が追加されていた。その検証のためにビノをひと塊とってきていた。

「ビノかい。そうだねぇ、これなら足りるね。ナーサちゃん、グーグちゃん。それじゃぁそのキノコはナーサちゃんの代金と、グーグちゃんのビノの両方でお買い上げでいいかい?」

「え、ええと、えと」

「はいっ、おねがいします」

ベルラールさんはにこやかに会計をし、キノコをナーサに渡してくれる。

「かえた?やったね。ね、ナーサっ」

「う、うんっ。グーグちゃん、ありがとうっ。グーグちゃんのいっしょでかえたよっ」

ナーサの顔に笑顔がもどってきた。

やはりナーサには笑顔が似合うと思う。うん。良かった。

「グーグちゃんは将来いい男になりそうだねぇ。ナーサちゃん、しっかりと捕まえときなよ」

「はーいっ」

いやいや。意味が分かって返事してるのだろうか。

ナーサはオレをぎゅっと捕まえられながら答えた。

…まったく、いいけど。


「…おや、まっとくれ、このビノを包んでるのは何だい?。誰の手仕事だい?」

ベルラールさんの手にはオレが採ってきたビノが、草で鍛造した包み布におおわれていた。

雑草を雑にまとめただけの荒い造りだが、土のついた野菜なんかを包むのにはちょうどいいものだった。

「それ、ぼくの」

「ははぁ、ゴダーダさんの手仕事かい。大分荒いけど、薄くて野菜を包むのに便利だねぇ。これ、簡単に作れるのかい?」

父の手仕事と勘違いされているようだが、確かに2歳の幼児が作ったなんて思わないよな。

オレは自分が作ったということを言わず、包み布のことを説明し始めた。

「きれいなざっそうでつくったの。ざっそうをかさねてね、おっきないちまいを、ちいさくきったんだよ。すぐにできたの」

『ササカマド』という河原に生えている草だ。乾燥した状態でも葉がちぎれにくく、口に入れても安全なうえ、今の時期でも多く集められるから使っている。

集めた草を鍛冶スキルで一枚の布に変換し、それを用途に合わせて切る。

薄く、軽く、布というよりも紙に近いものだ。

「何枚か数があるならうちで使いたいって言っておいとくれ。そうだね…草だけで作ってある紙みたいなものだし、『草紙』とでも呼ぶかね」

「…それ、うりものになる?」

「あぁ、なるよ。紙は高いからね、こういった使い捨てには向かないんだよ。そんなに多くの使い道があるわけじゃないけどね。うちみたいな店の商品を包むのにはよさそうじゃないかい?」

包み布が商品になる。

それはオレとしても非常にありがたいことだった。

文化圏に行くための足代や、鍛冶をするための材料費の問題があったからだ。

お金、大事。

やったぜ♪

「わかった。つたえておくね」


父への伝言を承り、オレはその場を離れる。

あの包み布を作ったのがオレだとわかっているナーサが不思議な顔でついて来た。

「…グーグちゃんがつくったんだよね?」

「うん。でも、パパがおはなししてくれたほうがいいとおもうんだ。おしごとのおはなしだから」

あの包み布が商品になるというのなら、子供であるオレが前に出て話してしまうのはいただけない。

そもそもオレが作ったなんて言っても信じてもらえないだろう。なら初めから父が作ったことにしてもらったほうがいい。

おれが作り、父に渡し、父がお店に売りに行く。

この形なら安く買いたたかれることもないだろうし、子供らしからぬ所業だと怪しまれることもないだろう。

うむ。

しかし、まさか売れるとは。

泥レンガの方が売り物になるかと思っていたが、これはありがたい。

…泥レンガもそのうち父に売り込みしてもらおう。

「グーグちゃんのつくったのが、おみせでかえるの?」

「うん。ベルラールさんのおみせでうってくれるって」

「そうなんだっ、すごいねーっ。おとなみたいだねっ」

ナーサが満面の笑顔を向けてくる。

オレもうれしい。

包み布はそれほど高くはうれないだろうが、これを足掛かりにしていつかすごい物を作って売れるようになりたいものだ。

ひとまず商売人に伝手ができたということで。



1メートル四方の大きさの『包み布』、改め『草紙』は一枚2Gで売られることになった。

10Gでパン1個の金額なので、まぁ大分安い。元が河原の雑草なことを考えると十分な気もするが、どうなのだろう。

そもそも需要がそれほど高くはないからしかたないのだろうけれども。

売ったお金は基本的に親のふところに入る。まだ子供ということもあってオレにお金を持たせるのは早いということだった。

ただし欲しいものがあるなら買ってあげるわよ、とは言われている。お小遣いではなく、物品での還元がなされるらしい。

……

まぁ、想定通りだ。くやしくはない。

別にいいし。うむ。

そんなこともあり、鍛冶に傾倒し始めているオレを見て、父親のゴダーダが危機感を覚え始めたようだった。


「……なぁ、グーグ、たまには森の方に気分転換に行かないか?。ずっと家の周りだけであきてきたろう。森はいいぞ。静かで、それでいて息吹の気配があるんだ。自分のすぐそばに神を感じるぞ」

山に魅入られている男の言い分である。

「でもまものがでるんでしょう?」

「それはデイナードがいるから大丈夫だ。あいつのおかげで魔物がいない安全なルートがわかっているからな。それに、パパだって戦える。魔物が出たって守ってやるぞ」

気分転換にエルフのデイナードさんを引っぱり出すつもりらしい。とんだ迷惑である。

「…あなた、森はまだ早いわよ。柵の中ならまだしも、柵の外は危険な場所なのだから」

「そうだが、山に慣れ親しむのためにも必要だろう。どのみちグーグはパパのあとを継いで木こりになるのだからな」

いや、ならんし。

というか森にも行かないし。

「そうだ、どうせならグーグ用のなたを買っていくか。鉈はいいぞ~、いろんな物が切れるようになる男のアイテムだぞ~」

う…鉈か。草刈りに使っている石ナイフよりはよさそうだ。

ともあれ、そんなことで行くとも答えにくい。

まだ2歳の身で魔物の出没する柵の外側の世界は、必要にかられでもしないかぎり踏み入るつもりはなかった。


「パパ、ぼくいかない」

「ははは、…ちょっとだけでも見に行かないか?」

「んーん。あぶないからいかない」

「……そう、か」

当然の選択である。

しかし父がこう言って来たのはさっきの科白、跡継ぎの問題のせいだろう。

父はオレを木こりにしたい。しかし木こりにするためにはオレがある程度育ち、外に出ても平気な身体を手に入れてからではないと危険である。

なのに、今までまったくかかわりがなかった隣の鍛冶場がオレを跡継ぎにしようとあれこれかかわってきている。

こうなると父もたまったものではない。

自分はオレを外に出せずに成長を待っているというのに、その間にジルさんがオレに唾をつけて取り込みにかかっている。

ひっじょーにまずい状況である。

これは父でなくとも不安を覚える状況ができあがっていた。


がっくりとうなだれている父にジルさんが声をかける。

「のうゴダーダ、焦らずともグーグはきちんとお主の背中を見て育つぞ。子供とはそういうものじゃ。今無理に興味を持たせようと思わなくとも、いつか自分で木をきりに外に出るじゃろう。わしはそう、確信しておるよ」

「ジルさん…」

ジルさんが父の肩に手をあて、安心させるようにポンポンとたたく。

「そのうち『鍛冶』スキルのレベルが上がれば木材を扱えるようになるじゃろう。そうなれば木の加工のためにも素材は必要になるからの。そこは安心していいのじゃ」

「……それはダメなやつでは…」

父はだまされなかった。

フヒヒと茶目っ気のある笑いをしながら明後日の方向を見ている。

父ははぁ、とため息をついてからオレに目を向ける。

「なぁ、グーグ。いつか森に行きたくなった時はパパに言ってくれよ。いろいろ教えてやるから。だから今は、仕事に向かうパパの背中だけでも覚えていてくれ」

「…うん、わかった」

父の気持ちは少なからず伝わって来る。

ともあれ、将来の話だ。

正直、鍛冶師にも木こりにも…魅力を感じないのだが。

ほら、オレってば王だしな。

元魔王だからな。

一般の仕事にはあまり興味がない。

などということを言えるわけもなく、黙っていることにしている。

「あ、わかった!。ナーサがきこりになってあげるよっ!」

唐突に手を挙げたのはナーサだった。

「うん?ナーサ、木こりになりたいのか?」

「うんっ。グーグちゃんがわたしのかわりにかじになるならっ、ナーサはきこりになるっ!」

将来を交換ということか。

…確かに、村の外に出るのなら魔術という戦闘方法を持っているナーサのほうが適任ではある。幸いドワーフなので腕力もあることだし、普通に木こりがやれるだろう。

「ふむ…できなくはないが…」

「きめたのっ。グーグちゃんとこうかんっこするっ」

「そ、そうか…ナーサちゃんがおれの後を継いでくれるのか…はは、たのもしいな」

「う、うむ。まぁやりたいのなら止めはせん。ならナーサの斧はグーグが打ってくれるじゃろうて」

父親二人はどちらかというと好意的にうけとめていた。

しかし、である。

しかし、オレは内心ではあせっていた。

ナーサが木こりでは、かなりまずいことになる。

ただでさえ横にひろ…大きくてかわいい体系なのが、ここに筋肉という付加価値が付与されることになるのだ。

それはもう、目も当てられないことになるだろう。

…いやだぞ。そんなのを嫁に、とか、絶対に嫌だからな。

まだ嫁に決まっているわけではないが、両家の関係がどんどんと離れがたいものになってきてしまう。そうなると本当に、木こりのナーサはありえる未来に思える。

なんとしてもそれだけは阻止しなくてはならない。

オレの未来のために。


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