雪が解けました。(魔術)
「グーグ、すまないが藁はもうあげられん。草ならなんでもいいのなら、別の草を探してくれないか」
父はそう宣った。
藁をもらえなくなってしまったのだ。
父の使う雪靴を作るための素材として、ある程度残しておかなければならないからだ。
まだ冬は始まったばかりで冬用の防寒具がどれほど必要か、正確な目算がたっていない。いざとなったら燃やすこともでき、暖を取ることもできる。冬が永くあけななればそういったことにも藁を使うからなのだそうだ。
けちくさい。
ともあれ、しかたないので外に探しに行くことにした。
オレは家の近所をまわりながら、雪を掘って枯草を探す作業をしていた。
手には自分で造った藁の手袋を装着し、小さなスコップを片手に雪を掘るのだ。
「グーグちゃーん、なにしてるのー?」
ナーサがオレの背中に声をかけてきた。
オレは振り返ってナーサに「ゆきかき」と答えた。
「あーっ、わかったっ。かまくらつくるんでしょっ。ナーサもやるっ」
ナーサはオレの隣にむぎゅっと入ってきて、それまでオレが掘っていた穴を掘り広げようとする。
「…ナーサ、てぶくろしないとてがつめたくなっちゃうよ」
手には何もつけておらず、素手のままだ。オレは自分の持つスコップをナーサに渡す。
「これつかって」
「ありがとうっ、グーグちゃんはてぶくろしてるんだね」
「うん。これはスキルでつくったてぶくろだよ。…そのうち、ナーサにもつくってあげるね」
「うんっ、たのしみにしてるねっ!」
こんなゴワゴワの手袋でいいのならすぐに作れるだろう。オレはせっせと雪を掘って枯れた雑草を拾い集めていく。
「きっのこーきのこーきっのこー」
ナーサのキノコの歌を聴きながら、雪を掘り進んでいく。
ふぅ。
大分集まっただろうか。
ナーサはいつの間にか子供3人は入れるだろうカマクラを作り上げていた。
いや、正確にはただの雪穴だが、その穴の中には雪でつくられた椅子とテーブルまであった。
「グーグちゃーん、おやつのじかんですよーっ」
オレは背後から唐突に抱えられ、テーブルにつかされる。
「はいっ、きょうはゆきだんごだよっ」
どん、と置かれたのは雪を握って作られたただの雪玉だった。
見事に、ただの雪玉だった。
「……ナーサ、これは?」
「ゆきだんごだよっ。おかわりもあるよ?」
ちらりと見るとナーサの足元に同じような雪玉がいくつも転がっている。
ナーサの手は雪玉を握ったせいだろう、霜焼けで真っ赤になっていた。
なのに彼女はニコニコとオレに純粋無垢な笑顔を向けてくる。
…断りにくい。
期待をちりばめ、彼女から一心に向けられるこの笑顔を…どう断るというのか。
いや、無理だろう。
しかし――
そう、これはそんな簡単な話ではないのだ。
この『おままごと』というのはそんな甘いゲームではない。
『おままごと』古来より伝わる子供の遊びの一つなのだが、実際に食べれるものが遊びに使われるとき、このゲームは思いもよらない凶悪さを垣間見せるのだ。
そう、喰わねばいけないという暗黙のルールが発動するのである!
食べた。
冷たかった。
まだお腹の中が冷えている気がする。
お尻も冷たくなってきたし、いったん家に戻ることにする。家に帰ってあったかい暖炉の前でひろってきた草を乾燥させよう…そうしよう。
「ナーサ、さむくなってきたからかえろう。…なにやってるの?」
ナーサは雪玉を大きくしてダルマを作り、雪のテーブルの前に並べていた。
「んとねー、これがパパっ、こっちがママっ!」
『おままごと』に『人形遊び』が追加されはじめた。
熱心にだるまを作るナーサをどうしたものかと迷う。一人おいていくわけにもいかないし。
「…しかたない、まつか」
オレはナーサが満足するまで、少し離れた場所で待つことにした。冬の日差しでも、あたっていると少し暖かい。
冷えたお腹がゆっくりもどっていくようだ。
はぁ、あったかい。
「できたーっ!」
ナーサの声が聞こえる。
テーブルの周りにはいくつものゆきだるまが並んでいる。
パパママの他にナーサの姉、ナーサ、それにオレやオレの家族も造っていたらしい。
冷たい雪でつくられた、あったかいナーサの大切な人たち。
うん。
…なんか、いいな。
そう思った時だった。
ナーサがふらつき、雪穴の壁に手をついたのだ。
ずっと永い間寒い場所でしゃがんでいたせいだろう、足が思うように動かなかったせいでナーサはうまく立ち上がれなかった。
ついた手は雪に埋まり、どさどさっ、という音と共に天井部分が崩れる。
ナーサの姿が雪に埋まる。
片足だけを残して――。
「なっ、ナーサっ!」
ナーサの足がバタバタと動く。けれど雪の中から出てこない。子供の力では背を覆い隠すほどの雪の重さから脱出することができないのだ。
オレはナーサのばたつく足を捕まえ、力を込めてひっぱる。
――ダメだ。重い、重すぎるっ。
「ナーサぁ!くそっ、ドワーフは重いんだよっ」
つい子供らしからぬ発言が出てしまった。あせりに、子供を装っていた偽装を忘れオレの中身が言葉に現れてしまった。
それがナーサにも聞こえていたらしく足がいっそうバタバタと動く。
手をけとばされて離してしまう。
早くひっぱりださないと呼吸ができなくなって大変なことになる。
けど、どうするか、人を呼びに行くか。……いや、その前に声が聞こえるのなら。
「ナーサっ、あったかい暖炉の火をおもいうかべて、その火はナーサの手のなかにある。あったかくて、やさしくて、みんなを安心させるナーサみたいな火だ。そしてその火を明るい方向に向けて《火矢》って言うんだ!」
できるか?、ナーサ、魔術の発動が。
ナーサはまだ一度も魔術を使ったことがない。体を巡るマナの流れを感じたことも、方陣円を描いてマナが形になる感覚を知ることもまだない。そんなナーサが、魔術を使えるのか?。
できてくれ…たのむっ
「……ナーサ…だめか。なら人を―」
雪の中からうっすらと赤い輝きが漏れ出でてくる。
――火属性魔術の方陣円の光だ。
ごぉっ
っと空に向けて真っ赤な火矢が放たれた。
火矢が通った周りの雪が、熱で融けて湯気をあげていた。
「ひやぁ、あ、あちっ、あち」
熱水になったものがナーサにかかる。
「ナーサ、よかった。魔術つかえたねっ」
オレはナーサを引っぱり出す。まわりの雪は融けてナーサの服が泥まみれになっていた。けれど…けれどそう。
撃てた。撃てたんだ。
これが…魔術。
オレの魔術だったモノであり、今はナーサのモノになった魔術。
「あーん、かまくらこわれちゃったーっ」
本人は魔術よりもかまくらの方が大切なようだ。
「ナーサ、魔術…」
「まじゅつ?どろだらけになるやつっ」
違うが、まぁそういうこともないわけでは無い。
ナーサにとって初めての魔術の印象はそれほど良いわけではないようだ。
ともあれ、無事でよかった。
「まったくナーサは…。ほら、ナーサ、からだがひえるまえにふくをかえにいくよ」
オレはナーサの手をつかんで家に戻り、玄関をあける。
「ぎゃーっ、ふたりともその恰好は何!?。早く脱いでっ、二人ともお風呂浴びてきなさい!」
泥でびっちょりしているナーサと、そのナーサをひっぱり出してあちこち汚れてしまっているオレ。
オレたちは二人ともひどい恰好で、母親を怒らせるには十分だったらしい。
「わーい。グーグちゃんとおふろだねっ、ナーサがあらってあげるねっ」
ナーサはオレと風呂に入れることがうれしいようだ。
もっと喜ぶべき事があるだろう。
…魔術が使えたことがどれだけすごいことなのか、ゆっくり教えていかなくてはいけないな。
「《ふれいむあろー》っ」
ぼびょうっ と積もった雪が融け、熱湯が地面付近の雪も溶かしてくれる。
「《ふれいむあろー》っ」
ぼびょうっ じゅわー
うむ。
「《ふれいむあろー》っ」
ぼびょうっ じゅわわー
「…よし、ナーサそれくらいでいいよ。ぼくはかれくさをあつめるから、ナーサはまそがかいふくするまですわってやすんでいて」
「はーいっ」
持ってきたイスに腰かけるナーサを尻目に、オレは枯草を集める。
ナーサが魔術を使えるようになったおかげで枯草集めがはかどるようになった。
融けた雪水がしみ込んだ地面は泥だ。
このままだと凍って融けるのに時間がかかってしまう。なので泥を集め少しの枯草と混ぜて泥のレンガを作る。
<鍛冶:粘土・草⇒煉瓦>
粘土ではないのだが、泥でも作ることができるようだった。ただちょっとまだ水気が多いが。
粘土を使った日干しレンガほどではないが、泥レンガもそこそこの強度を持っている。今はあまり使う用途が思い浮かばないが、ひとまずどこか屋根のある場所にでも置いておこうと思う。
一時的な外壁の補修とかに使えそうだし。トロール対策と思えば運ぶ苦労もそれほど苦ではない。
「グーグちゃん、それはなにーっ?」
「れんがだよ。これをかさねてかべをつくるんだ」
「かべ?。ふーん」
あまり興味がない様子だ。泥を集めて四角く固めただけなので、まぁ粘土遊びと同じに見えるからかな。
「そ、そうだ、ナーサにふくをつくってあげるよ。草だから、ちょっとごわごわするかもだけど」
自尊心回復のために秘策の一手を使ってしまう。我ながら少し大人げない。
「ほんとうっ?わーいっ。グーグちゃんのふくーっ♪」
くるくると喜びの舞を踊っている。
一度家から今まで集めてきた枯草の大半を持ち出し、改めて繊維を細く、そして柔らかくなるように鉄鎚でたたいていく。
集めていた枯草は夜の暇な時間を使ってほどいてあった。
なので、もうだいぶ素材としての『草』はできあがっていた。
「よし、こんなものかな」
「これがふくになるのっ?」
「うん。ぬのじゃないからしたにきるのはムリだろうけど…よし、それじゃいくよ」
オレは出てきた入力欄に作りたい服の種類を入力した。
枯草の大玉は金色に輝き、そしてその場に一着の薄茶色の『服』が現れる。
ポンチョだ。
マントのように肩を覆い、体を一周して冬風を遮る外套の一種。…蓑にならなくてよかった。
オレはポンチョをナーサにかぶせていく。
「わー…スカートみたいにひろがるんだー。これっかわいいねっ」
「うん。…ナーサににあってるよ」
「わぁいっ♪。グーグちゃんありがとうっ!、ナーサたいせつにするねっ♪」
ドワーフであるナーサは人族種族やエルフ種族よりも丸みを帯びた体格をしている。なので、ポンチョを着るとまるでぬいぐるみかなにかのようにぽっちゃりとしたかわいさが強調されるのだ。
うん。かわいい。丸くて。
手触りも思ったよりもゴワゴワしていなかった。素材の下準備がきちんと反映されているからだろう。
総じて、この服は成功だといえる。
「わーい♪」
くるくる、くるくると回るナーサを見ると本当にそう思う。
これと同じものを、いつかきちんとした素材で作ってナーサにあげたいな、と思うほどに。
「グーグちゃんっ!」
「はい?」
「だいすきっ」
どーん、と体当たりされながら抱きつかれた。
うむ。