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帰ってきました。


昨日は自分語りをしてしまい、みんなをしんみりさせちゃったな、なんて心配は杞憂だった。


「よっし、両足はぶっ壊したぜっ。グーグ!止めをさしな!」

「ひいい!」


ぼくの目の前にはボコボコにされた上に両足の膝がえぐられて立てなくなったトロールが、怨嗟の雄叫びを上げながら地面を足掻いている姿があった。


しかも三つも。


早朝からトラウマなぼくのために用意したらしい。

スパルタかな?


「おらっ、声上げる暇があんならその間に殴れ!」

「そ、そそ、そんなこと言っても!体が動かなくて!」

「けっ、ならアタシが手伝ってやらぁ!」


そう言うとジザベルはぼくの両足首をガシッと掴む。


「え」

「盾はしっかり構えとけよ!」


そしてそのまま振り回した。


「びゃぁぁああああぁぁあぁっ!?!?」

「グー君!?」

「キシシシシシシシシシッ!」


ブンブンと振り回される力に盾を構えることもろくにできず、ぼくはトロールの脳天へと叩き落とされた。


「げぶっ!」

「グーグ殿っ」

「グー君っ!?」

「─!」


たまたま良い所に入ったのか、直撃したトロールは意識を失ったのか動かなくなった。

ぼくの右背面がクリンヒットした形だ。

防具があっても痛いんだが!


「ごほっ、む、無茶苦茶だよ・・・!」


咳き込むぼくをジザベルが笑い声を上げながら見下ろしている。心配してくれたのか、つららがぼくに身を寄せている。

ありがとうつらら。でもぼくもつららに同じようなことをさせていた気がするんだ。

モンスターの気をそらすためにつららに体当たりさせていた記憶がね。

だから謝ろう。まさかこんなに大変だったとわああああああぁぁぁああああ!?


「それ、二発目ぇ!!」

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


謝る間さえなくぶん回される。

二発、三発、何度も何度もトロールが動かなくなるまで。

ぼくは防具のある硬い場所があたるようにだけどトロールにはそんな配慮もなく、頭を執拗に狙って叩きつけられる。


───ぼくがぼろ雑巾のようにボロボロのヨレヨレなる頃、トロールはもっとひどい有り様になっていた。


「よし、死んだな。で、どうするグーグ」

「・・・・・・ど、どうする、と・・・は?」

「まだトロールが恐えのかってこったよ」


答えなんて決まっていた。

恐いと答えたらおかわりが待っている。


ぼくは知っている。過去のぼくは知らなくても、今のぼくは知っている。

トロールなんかよりももっと恐ろしいモノがいるということを。


「・・・トロールなんか恐くないよ。なんだか慣れちゃったなぁ!」

「キシシ、そりゃあ重畳だぜ」


笑うジザベルは悪魔か天使か。

その笑い方だけ見れば完全に悪魔なんだろうけど。


「・・・ありがとう、ジザベルさん」

「へっ、おめぇのためじゃねぇよ」


そっぽを向きながら言う。けどさ、わざわざ瀕死にしたトロールを、早朝に三匹も用意する?しないよね?

このトロールはぼくのために探しだして半殺しにして連れてきたのだ。

トラウマを克服させるために。

トラウマがわかっているのかいないのか、やり方はかなり無理矢理な方法だけど。

・・・まさか、より大きな恐怖で追い立てられるとは思わなかった。


ともあれ、そんな切迫した状況のおかげか、ぼくはトロールを克服させられたのだ。


だからもうトロールは十分です。まって。おかわりとかいらないから!




山の生態系の頂点は、ほとんどトロールのものだった。

かつては人とトロールの縄張り争いが行われていた地だったが、人が姿を消して入山を制限されてからはトロールを脅かすものがいなくなり繁殖し放題だったのだろう。

道中あらわれるトロールどもはぼくのトラウマ克服に役立てられた。嫌と言うほどに。


まぁ、この山は山主様がいるので本当の頂点ではないのだろうけども。それでもあの頃の山とは違うんだなぁ・・・とセンチメンタルな気分になる。


「魔物ばっかじゃねぇか」

「動物がおりませんな。まぁトロールなんぞがいる山では動物が繁殖できる場所がないのでしょうね」


トロールに抗えるのは同じ魔物だけだろうから、そりゃ山には魔物しかいなくなるね。


「おいグーグ、村ってのはどこにあるんだよ」


ジザベルの声に顔を上げ、辺りの景色に目を向ける。

そこは針葉樹がまばらになり、山を越える風が吹きにくく穏やかになる窪地の地形。


何もないただの盆地。

けれどあの山を覚えている。

この風を覚えている。

この陽光を、空を、土の匂いを覚えている。


ここが村だ。


何もない、草が生えるばかりでも石垣も、家の跡も、畑も、井戸も。何もないここが確かに村だった。


「・・・ここだ」

「ここ?」

「ここが村だよ。あの山と、あの山の形が連なって見える、山歩きに出たときに村へ帰る目安になってた・・・あの頃よりも山が高く見えるけど。あの木は前にもあったと思う。村外れの境界線にちょうどいいからって目安にしていた木だ。あの場所ももう少し平らな場所だと思ったけど」

「はい。あちらが村の入り口で、お店があったあたりはもう少し先でしょうか。グー君の家は右手のもっと奥の場所でした」


義姉が指差す方にはまばらな針葉樹しかない。

村端にあったぼくと幼馴染みの家も、もうなくなってしまっていた。


「ですが・・・全体的にもっと平らな場所でした」

「うん」


確かにここは盆地だけど、過去の記憶ではもっとなだらかだったはずだ。

まるで山崩れにあった後のような、地面を斜めに削り取った後のような違和感がある。


いや、実際にそうなのだろう。

ぼくの見ている景色は、過去に黒い汚泥があふれた時に、山に住む山主様────黒龍がその大地ごとブレスで吹き飛ばしてしまった後の場所なのだ。

山を斜めに削って汚泥を消滅させたのだ。


「山主様が山を削って地形が変わったんだ」

「山主様ってなんだよ」

「黒龍だよ。ここは七龍の一柱、黒龍が住まう霊峰なんだ」

「まじか」


世界を調停する裁定者。ルールでありジャッジメントでもある、生きる法律。絶対執政官。

最強生命体である七種の龍、その内の硬さと火力に振りきれた存在が"黒龍"だった。


龍は神の御使いであるため、神に代わってこの世界を調停している。

神に抗う存在である"魔王"とは、敵対する存在である。

・・・というのは魔王時代の自分の知識であるが、たぶん龍からすれば魔王などは地面をはい回るモルアントか飛び蛙みたいなものだろう。

こちらだけが一方的に気焔を上げていたと思う。


実際に魔王時代の時も龍に断罪されることもなく、放置されているようなものだったし。


けれど七年前、村が大変になった時は違った。

山主様が黒い汚泥を消滅させたのだ。

"魔王技"が産んだ黒い異物。それは龍であっては絶対に許せない世界の異物だったのだろう。

あの異物が何だったのか、今でもわからない。

全てを呑み込む泥。村の一切合切を呑み込み、黒に塗り替えた正体不明の液体。

幼馴染みを連れ去った黒いナニカ。


ここに来ればその正体がわかるかも、なんて、ちょっとは思っていた。


「何も、ありませんです」

「うん・・・」


ぼくらは村を歩く。今はもう山の草花がまばらに生えるだけの場所を。


「そっちにぼくの家があったんだ。隣にはナーサの家があって」


話ながら歩けばそれほどの時間がかからずに到着してしまう。

子供の頃はもっと長い道のりを歩いていた気がしたのだけれど、ぼくが成長して足の長さが長くなったからだろう。村は昔よりも小さく思えた。


ぼくの家もナーサの家もなくなってしまった。

たぶんこの辺りかな、という場所に足を止めて辺りを眺める。

ここでナーサと義姉と出会い、すごしていた。


ナーサが突撃してきてぼくが腹で受け止め、義姉が笑っていた。

懐かしい思い出だ。


「グーグ殿はどんな子供だったのですかな」

「ぼくは魔術が使える子供でしたよ」

「ほう、将来有望だったんですな」


過去、魔王だった頃に使っていた魔術を、生まれ変わった"ぼく"としても使えるように、親に見つからないように訓練しながら練度を上げていた。

まぁ山主様にナーサのスキルと交換されて魔術は使えなくなっちゃうんだけど。


「今は使えなくなっちゃったんですよ。山主・・・黒龍の魔術で制限されちゃって。あーあ、魔術が使えてればなぁ・・・迷宮都市のダンジョンもサクサクだったのに」


ガードナーより強いかはわからないけど、少なくともゴブリンキングよりは強くなっていたと思うね。


「チッ、黒龍ってやベェな。呪いみてぇな術を持ってるのかよ」


ジザベルがおののく。彼女も山主様に不興を買えば術で魔術を制限されると考えてるらしい。


「ホイホイ使える術じゃないみたいだけどね。すごかったよ、方陣円がいくつも重なってね・・・」


その時の状況を思い出す。

ぼくとナーサと義姉が方陣の中に入れられて、山主様が術を使う。重なり、結ばれた方陣が魔素を受けて輝き、複雑な魔術方陣を形成する。


「────あれ」


あれ?、なんだっけ、なんか最近似たような物を見たような・・・うーん?


「グー君!」


義姉が一点を見ている。

草花に埋もれるようにある、小岩を。

小岩にはまるで供えられたかのように、幾輪かの花と食べ物が置いてあった。


まだ枯れていない花、そして数種類のキノコだ。


それらがまるでここにいた故人を偲ぶように置かれていた。


ぼくは走り出した。

辺りに目を凝らしながら。ここに生えている植物は膝くらいまでしか高さがないけれど。

ドワーフである彼女ならそんな草花にも隠れられるんじゃないかと疑いながら。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、・・・ナァーサァッ!!」


声は山に響き、山彦を返す。

けれど応える声はなかった。


けれどいたのだ。

彼女はここにいた。

故人の手向けにキノコをお供えするなんてのは彼女しかいない。


山間の広い盆地。少し見渡せば端から端まで目が届いてしまう。


「はぁ、はぁ、いない・・・あのばか」


悪態をつく。こんなに会えそうなのに行き違うとは。なんとも運のない娘なのか。

それともぼくに運がないのだろうかね。わからないけど。


空は高く、鳥の影が一つ飛んでいた。


「─!」


音が聞こえた。つららの声とも言えない声かな、と左右を見る。つららはいない。ぼくの全力疾走についてこられずに後ろから義姉たちと一緒にこっちに来ているところだ。


「──グ─ゃん!」


なんだか上から声がする。

はて、と頭上を降り仰ぐと、空から幼馴染みが。




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