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トロールは恐いです。


「待って、トロールです」


義姉とジザベルの快進撃でこれまで魔物の脅威にさらされることなく山登りできていたぼくとトロロンプさんだけど、とうとう懸念された最大の脅威がやってきたようだ。


義姉の静止に背を屈めて様子を伺うと、そこにソレがいた。


醜い鉤鼻と顔面を凸凹とおおう肉厚な表皮。

腕はまるで丸太のように太く、さらに腹は大木の幹のようにでかい。

ダンジョンで見たどの魔物よりも巨大で存在感のある生き物がいた。


トロール


Bランクの魔物ではあるが、その回復力は並の冒険者では傷つけるよりも回復が上回り、絶対に勝てない凶悪な壁になりうると言う、『中級殺し』の異名を持つ魔物だった。


「と、トロール・・・!」


そのトロールが3体。まだこちらには気付いておらず、木々の間をゆっくり餌を探しながら歩いている。


「三匹か・・・グーグ君、一匹時間稼ぎしてもらっていいかよ」

「グー君に危険なことをさせないで下さい。ガロに任せますよ。いいですかグー君。グー君?」


ぼくは答えられない。

トロールから目が離せないのだ。

心臓が早鐘を打ち冷や汗が背中を伝う。


───こわい


勝てない、と言うことが頭でわかっている。ぼくはアレに勝てない。


体は硬直し、視線はトロールから外せなくなっていた。

ダメだ、こわい。恐い恐い恐い恐い恐いこわ


「シャッキリしやがれ!」


バチン と、耳元で小声で怒鳴られて背中をはたかれた。


「おいラーテリア、おっさん、一度後退すっぞ」

「わかりました」

「そ、そうですな。了解ですぞ」


言うとジザベルはすぐさまぼくを肩に担いでもと来た道を走り出す。

完全に荷物のそれである。

・・・いや、実際お荷物か。

ぼくは動けなかった。

トロールを見て。思い出してしまったのだ。


───村が消えたあの夜のことを。




「あいたっ!」


ドサリと地面に放り投げられたぼくは、尻に走った衝撃に声を上げた。


尻を押さえつつ顔を上げると、かなーりお怒りのジザベルがこちらを見下ろしていた。ギザギザの歯がギャリギャリ音を鳴らしている。非常に不機嫌なことを隠しもしない。


「あ、そ、その、・・・ごめん」

「てんめぇ、ふざけんなよっ」


ジザベルさん超お怒りだった。


「なんなんだてめぇ、ぶるぶるコジカみてぇに震えやがって。トロールが恐いのか、アタシのことが信じられねぇってことか!」

「う、いや」

「くそっ、どうすっか。アタシと先輩でやるか?」

「山にトロールが出るなら時間をかけてならした方がいいです。3匹だと怪我を負うかもしれません」

「グーグ君必要ねぇだろ」

「必要です」


ジザベルと義姉が言い合っている。

ぼくはうつむき項垂れたまま、それを聞いていた。


自分でもこんなことになるとは思わなかった。

まさか7年前のことが、こんなにトラウマになっているなんて。


トロールが村を襲ったあの日、村はなんとか持ちこたえられそうだった。

柵をたて、冒険者を雇い、トロールを囲める場所におびき寄せて戦っていた。


怪我人が何人も出た。でもそれは冒険者やぼくの幼馴染みが癒し、治していた。

柵も壊された。それはぼくが鍛冶のスキルで張り直した。


みんながみんな頑張った。武器を持てる者は戦いに、持てない者も避難や手当てにと頑張ったんだ。

けど、あいつが・・・門扉に磔にされて他のトロールを呼び込む囮にされていたあいつが、突然の進化を起こした。


『トロール』だった魔物が『バートロール』に進化したのだ。


異常なほどの自己治癒能力と狂暴な暴力性を孕んだその進化体は、冒険者や村人の持つあらゆるスキルでも倒せなかった。攻撃を食らうそばから瞬く間に治癒してしまうのだ。


村人が殺された。冒険者も殺された。父が、母が殺された。おじさんも、おばさんも、お姉さんも。みんなみんな殺されたのだ。

いや違う。

みんなが死んだのはその後だったか。


ぼく───いや、

オレの持つ魔王のスキル《災歌》を彼女が使ったから。

バートロールを倒すために、圧倒的な破壊力を持つあのスキルを使って、そして───


村は黒い汚泥に飲み込まれたのだ。





パチパチと焚き木が燃えている。

一行は道を少しもどり、周囲から見られないような窪地のある場所にテントを立てた。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


食事が終わった後、ぼくが過去の記憶を思い出しながら何があったのかを語った。


あの日、義姉であるラーテリアと義父のデイナードは村にいなかった。

だから二人は村が黒い泥に飲まれたのから助かったし、その後で一人で山麓を歩いていたぼくを見つけて世話をしてくれたのだ。


「父は村に住んではいても、村の一員ではありませんでしたから。エルフの国から龍様の元に様子うかがいに出された観察員なのです」

「龍以外にも、この国のこととか知らせる潜入員みたいなこともしてるよね」

「ですね」


わりとしょっちゅうあっちこっち旅しては本国にその情報を知らせているらしい。

なので1ヶ所に根をはって引きこもる師匠とは年に何度も顔を会わせていない。不思議な夫婦だった。


そんな根なし草の生活だが、おかげか何なのか、行方不明だったもう一人の幼馴染みの痕跡を見つけて知らせてくれていた。

もっとも、その幼馴染みも入学するはずだった学園をぶっちして再び行方不明らしいのだけれども。


ともあれ、そんな壮絶な幼少期の話を聞かされた二人は面白い顔をしていた。


「ぐっ、うぐっ、それはっ、たいへんでしたなぁっ。うう~」


トロロンプさんは鼻水たらしながら泣いているし、ジザベルは尖った歯をギシギシさせながら空を見上げて不機嫌そうな顔をしている。


「チッ、あたしの知ったこっちゃねぇからな」

「わかってるよ。ぼくのミスだ。ぼくもトロール見ただけでああなるとは思わなかったよ」


過去の傷跡がまだぼくを苛んでいた。

克服できるならしたいけれど、どうやればいいのかもわからないしなぁ。

まぁ、山を降りれば今後はトロールに会う場面も無いだろうし、困らないだろうけどさ。


「トロールが出たらぼくは置物になったとして対処してください・・・」

「・・・わかったです」

「チッ」

「ですかな。できる限り守りますよ」


ぼくはしょんぼりしてテントに引きこもる。今夜の見張りは後組みなので時間になったら起こしてくれるだろう。

それまでは横になることができるけど、ぼくはその間も寝ることができないだろうと思った。




「おい、時間だぜ」

「ん~」


寝たのか寝てないのかいまいち判然としない頭で返事して起き上がる。

うーん・・・ちょっとぼーっとするなぁ。


モソモソとテントから出ると同じく交代に出てきた義姉と顔を会わせた。


「グー君、眠そうです」

「そうかなぁ。そうかも」


眠そうでも寝れるとは限らない。今のぼくは悩み事で気持ちも、身体も休まらない感じだ。


「ふふ、トロールが弱点でしたね」

「そうだね。魔物のことは得意分野だと思ってたのになぁ」


過去に魔王軍の大将を数百年していて魔物のあれやこれやに詳しいつもりだった。トロールだって配下にしていたし、見慣れていると思っていたんだけどね。


人に生まれ変わって弱くなってしまった。


スキルのある無しではなくて心の強さも弱くなったと思う。

自分を語る時に"オレ"ではなくて"ぼく"になったのもそのせいだろう。もう"ぼく"で慣れてしまったけれども。


「グー君」


義姉さんがぼくの頭を引き寄せる。

頭を胸に抱き締められて、その温もりが感じられた。


「恐いなら恐いでいいですよ。お姉ちゃんが守ってあげますから」


それはカッコ悪いと思う。

義姉はあの事件があってから、戦うために努力を始めた。

召喚能力があるからと集められて報酬につられたぼくらとは違い、自分から"力"を求めたのだ。


「きっと守りますよ。もう後悔するようなことはありませんから」


・・・そうか。

義姉はあの日のことを後悔していたのか。


あの日、義姉と義父は村にいなかった。

村の正式な住人ではないから、いる義務などは無かっただろう。でも心は違う。

一緒にいなかった、とか

守れなかった、とか

悔しい気持ちになることがあったのだ。


だからもう、そんなことが起こらないように。

次は大切な誰かを守れるように。

そう思って義姉は戦う技術を学び始めたのだろう。


「・・・義姉さんはすごいなぁ」


つらいことから逃げていたぼくとは違う。

師匠の家に引きこもっていた間に、義姉は後悔しないための方策を探していたのだ。


「グー君だって、強くなれる」

「そうかな」

「だって、グー君にも強くなる理由ができたのでしょう?」

「え?」


迷宮都市のことだろうか。ダンジョンの崩落から町を守るためって理由もあるにはあるけれど、結局その報酬が良かったからだしなぁ。

それでも浅い所までしか潜れてないけど。


「ナーサのことです」

「あ、そっちか」

「ナーサを探しだして、守るのではないのですか?」

「うぐ、確かに・・・」


そうだね。過去に守れなかった幼馴染みを、今度こそ守りたいと思うよ。

でも当時もぼくのスキルでぼくより強かったからなぁ。守るの?って疑問も少なからず出てしまう。


「頑張って下さい、男の子。もしダメでもお姉ちゃんがなんとかしますから」

「はぁい。お義姉ちゃんはカッコいいなぁ」

「お姉ちゃんですから」


ぼくは義姉の胸に抱かれて、沈み込んでいた気持ちがゆっくりと、融けるように浮上するのがわかった。

あの事件で心にナニかを負ったのは、ぼくだけじゃない。そして克服するために頑張っていたのもだ。

義姉の覚悟がちょっと重いけど、そんなところを見せられて抱き締め守られてるだけだなんてダメだと思う。

男の子ならなおさらね。


てことで、ぼくもちょっとは頑張らなきゃなと思うのだ。


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