登山前の準備です。
当日、顔合わせの時にジザベルが義姉に絡みだした。
「お、先輩じゃーん、先輩も一緒に行くのかよ」
「・・・あなたですか」
二人は知り合いらしい。ジザベルはニヤニヤしながら義姉に近づき、義姉は嫌そうにしている。
「二人は戦技科だし、知り合いなの?」
「まぁな」
「はい、実技の授業でよく手合わせしています」
学年は違うが、実力のあるジザベルは一学年上の生徒に交じって授業を受けているらしい。
なので二人はお互いに実力を知っている程度には顔見知りのようだ。
「キシシ、先輩と組めるってのはうれしいねぇ。なんなら学園でもパーティー組んでくれてもいいんだぜ」
「ジザベルさん、まだパーティー決まってないんだね・・・」
思ったよりもかわいそうなこだ。
転入からこっち、まだパーティーに入れずに一人ぼっちでいるらしい。戦技科にもダンジョン踏破度による授業課題だあるはずなので、彼女はそれを一人でこなさないといけなくなるだろう。
でも学年が違うとそこのところはどうなるのかな?
上級生にキャリーしてもらって深い階層に到達してもいいのだろうか。今度教師に聞いておいた方がいいかもしれない。
「パーティーには困っていませんから。他をあたってくださいです」
「かぁーっ、やっぱダメか。あーぁ、二学期のテストまでに見つけねぇとなぁ・・・なぁ、テストの時だけでも入れてくんね?お試しみてぇな感じでさ」
「いりませんです」
「けっ、ならグーグ君に頼むかねぇ」
こちらをチラチラ見てくるジザベルを無視して、ぼくはトロロンプさんにこれまでの学園の生活を話していた。
「トロロンプさんに教えてもらった薬草採取の方法が役に立ちましたよ。モンスターと戦わずに稼げるんでとても精神に良いですね」
薬草を集めていると脳に安楽な電波が流れている気がする。
魔物との戦いもいいけれど、その合間に薬草を引っこ抜くことで心の安寧が得られていた。
「役に立てたならうれしいですね」
「薬草抜いてると戦闘でささくれた心が落ち着きますよ。緊張ばっかりだと疲れますからね。ほんとう助かりました」
ギスギスした義姉とジザベルはそのまま、ぼくはトロロンプさんとこれまでのことを話している。
この四人での旅は不安ではあるけれど、戦力としては頼りになるのでしかたない。
このまま何事もおこらないまま故郷の山に帰れることを祈ろう。
ソラリア連峰は山の上の方が白い。まだ雪が残っていた。
山裾に到着したぼくらだけど、平野部とは違う涼しい空気を感じていた。
「すずしーっ。学園とは大違いだね」
「あそこは人が多いですからね。ダンジョンの周辺は建物も多いですし。でも北のダンジョンも中層に行けば雪のマップがありますよ」
確か21階から30階までが雪原と雪山のマップかな。
11階から20階までが砂漠マップだったから、環境ががらりと変わるわけだ。
装備も一新しなきゃならないだろうし、ピーティッティ・・・リアラたちも大変だと思う。
ま、10階にすら到達してないぼくらからすれば他人事だけどね。
また装備や付与で稼げるといいなぁ。
さて、ソラリア連峰の麓には一つの村がある。
ヤハホ村だ。
馬車はここまでしか行かないので、ここで登山前の準備をすることになる。
「予想より涼しいね。もう一枚上着持ってった方がいいかな」
「そうですね。麓はまだ涼しいですみますけど、山に登るならあるといいかもですね」
では、と言うことで服屋を探しに行こうとするが、ジザベルは他のことに気が向いてるのか付いてこない。
「ジザベルさん?」
「あぁ、アタイは服はいいや。バッグに入れてあっからな。ちょっと別行動させてもらっていいか?」
「いいけど、どこに行くんですか」
「冒険者ギルドで山のこと聞いてくるわ」
ありがたい申し出だけど、ぼくらも知りたいのでどのみち後で向かうつもりだった。
「ぼくらも行きますよ。ギルドで合流しましょう」
「キシシ、了解だぜ」
ジザベルと別れて買い物をする。上着に靴下、携帯食料にといくつか買い込みながら店の人から話を聞いた。
「白峰に登るんかい。なら気をつけな。人が登らんくなって道が薄くなっとるらしいからね。変なところに迷い込んだら大けがするかもしれんよ」
「登らなくなりましたか」
「だねぇ。昔なら山の上にも村ができとったんだけど、もうなくなっちまったからね。調査隊とやらしか登っとらん。その調査隊も調査が終わったら帰っちまったからね。おっと、あんたらは知っとるかい?あの山で事件があったのをさ」
「ええと、黒い雪が降ったことですか?」
「だね。10年前くらいかね、山神さまの怒りだってんで、大騒ぎになったんだけど、それの調査をしに王都から調査隊がきちょったんだわ」
もう帰ったけどね、と店員はため息交じりに吐き出した。
「調査はどうだったんですか?」
「さぁなぁ。でも入山ができるようになったから、終わったんじゃないかな。領主さんは安全だから入ってもいいって言っとるけど、人が入らんくなって山の事情がわからんだろう、だから入る奴はもうほとんどおらんよ」
なかなかに大変なようだった。
ヤマハ魔物の巣窟になっていても不思議ではないってことか。
以前にいたトロールに生き残りがいたりしたら、あそこはトロールの縄張りになっているのかもしれない。
気を引き締めて登った方がいいだろう。
さて、そんな買い物をすませて大通りに看板を出している建物に向かう。
大きな村ではないのでわりとすぐに見つかる場所にある、冒険者ギルドだ。
「はい?ギザギザした感じの娘さんですか?、その人なら依頼の紙を持って『肩慣らししてくる』と出て行かれましたよ」
「え──?!」
あのアホ娘!合流の約束はどうなったのか!
前々から思ってたけど本当に戦闘狂か何かだよね!
置いていかれたぼくたちはポカンとしつつ、ため息をつく。
どうせすぐには戻ってこないだろうとトロロンプさんは宿選びに出て行き、ぼくと義姉さんは山の情報収集を始めた。
ギルドの職員からの話しは義姉さんに、ぼくはギルド併設の飲み屋でたむろしている冒険者に話を聞きに行った。
義姉のような美人をうらぶれた冒険者の前に出したくなかったからね。仕方ない。
手始めに革装備の二人組の所に足を向ける。
「ああん?白峰だぁ?んなとこ危なくって行けやしねぇよ。こないだなんて何が出てきたと思う?フローズンリザードだぞ。んな軍隊で相手するようなヤツまでいるんだ、おれらなんて登った日には氷像になって滑り降りてくることんなるぜ」
フローズンリザードはアイスリザードの亜種だ。リザード系よろしくトカゲの大きいヤツなのだが、アイスリザードが氷を操って飛ばしてくるのに対してフローズンリザードは触れると凍りつくブレスを放ってくる。なかなかに厄介な魔物だった。
「この時期は雪ラビや森エルクが獲れる季節だったんだがなぁ・・・いつからか動物が減って魔物が棲み付くようになっちまったぜ」
その冒険者は他にもゴブリンやオーク、ボアやウルフなどのモンスターのことを教えてくれる。
ぼくはお礼にと安酒の一杯でも奢ろうかとしたが、その冒険者たちに止められた。
「ガキが大人の真似事なんてすんじゃねぇよ。あとな、どうしても登るってんなら冒険者を雇え。その金は冒険者のために使いな」
確かに。聞く話ではかなり魔物が多いようだ。
これは追加で人員を増やした方がいいかもしれないな。