里帰りの護衛を募集します。
「ただいま帰りましたー」
夕方より少し早い時間に帰宅すると、師匠ではなく義姉が出迎えてくれた。
「お帰りなさいグー君。もうすぐご飯なので手を洗ってきてくださいです」
「はーい」
久々の義姉のご飯だ。
ぼくは家に上がり手を洗って師匠を探す。
師匠は廊下の突き当たりの木でできている床に寝転がりながら草紙に何か書き込んでいた。
「師匠、そこ涼しいんですか?」
「涼しいよ。すきま風が通るから」
・・・後で修繕しておこう。
「冷風の魔道具使ってください。それで師匠、さっき村に行って二重の強化方陣の技術と寝照明の技術を登録してきました」
「わぁ、ありがとう?」
微妙に疑問系なのはあまりお金を稼ぐことに頓着しない性格だからだろう。
自分のやった偉業が商業にどういかされるか、あまり気にならないようだ。
「ふへへ、ならきっとみんなびっくりするね。寝たまま灯りがつくなんて!って」
「いえ、そっちはダメかもしれないって」
「えっ?何でだよ」
「寝たまますごすのなんて貴族か師匠くらいしかいないからです」
「なら貴族が喜ぶね」
「貴族は付き人が消してくれますから、自分で消さないんです」
「えー・・・」
まぁ寝照明はあれだけど二重に強化できる技術は何かの役に立つだろう。
「師匠、ご飯です」
「おきられなーい。グー君おこしてー」
「もーっ」
ぼくは師匠を起こしてやって洗面台で手を洗わせ、食卓に座らせる。
ちょうどご飯ができたようで義姉が皿を運んでくるのを手伝い、席につく。
「いただきましょう」
「「いただきます」」
義姉の料理は薄味だ。卵焼きと焼き魚、そして切られた野菜サラダがこんもりと飾られている。卵焼きに唯一砂糖が使われているくらいであとは素材そのままの味を楽しむ献立である。
エルフは薄味を好む。師匠からこの味を教わった義姉はもとより、この食卓で育ったぼくも今では薄味になれていた。
ただ、最近は学園で食事をしていたので何か物足りない感じがある。
サラダにドレッシングとか欲しいかも。
ちょっとだけ濃い味付けになれてしまっていた。
「グー君、食事が進んでいないようですね」
「え、いや、そんなことないですよ。いやぁ、この卵焼きおいしいなぁ」
「グー君は男の子なんですからもっと食べないとだめですよ」
そう言ってぼくの皿に義姉の卵焼きが一切れおかれた。
優しさはうれしいけど味がなぁ・・・。
ぼくは表情筋に気を使いながらモソモソと食べる。
食事も一段落した辺りで村で教えてもらった話を切り出した。
「二人とも、村に行ったときに聞いたんですが、ソラリア連峰の入山規制が春頃から解除されたそうです」
師匠は首を傾げ、義姉は驚いた顔を浮かべた。
「師匠、ソラリア連峰はぼくや義姉さんが育ったケイフ村があった場所です」
「ケイフ村・・・そっか。そうだったね」
今はなくなってしまった村だ。
村の周囲を含め、今は大きくえぐれた大地があるという話だ。
「で、ですね、師匠。この夏休みの間に見てきたいんですが」
「うん?、里帰りってこと?」
「そうです。何もないらしいですけど、あぁ、あの山には龍がいるらしいので、山主様には会って話を聞けるかもしれません」
山主はまだあの山に棲み、山を管理している。
行けば会って話すこともあるかもしれない。
まぁ、何を話せばいいのかという戸惑いもあるが。
「うーん、そう言うことなら行ってもいいと思うけど」
「やった」
「でも誰か大人と一緒に行ってね」
行こうね、ではなく行ってね、である。
自分がついていく気がまったくない。いつもの師匠であった。
「師匠は行きませんか」
「元気で帰ってくるんだよぉ」
見送る気まんまんだった。
「義姉さんはどうします」
「行きます」
義姉は即答だった。
ぼくと義姉と、そして幼馴染みだった少女。
その三人の思い出がまだ残るの場所だから、義姉も行っておきたいと思ったのだろう。
義姉が行くなら大人はいらないかもしれない。
「義姉さんがいるなら大人は・・・」
「ギルドで護衛を雇うのとかどうかなっ」
どうかな、ではないが。誰かと一緒に行くのは決定事項らしい。
まぁぼくも冒険者をしている大人の知り合いくらいいる。その人にあたってみてもいいだろう。
翌日、再びトンベ村にやってきたグーグは今度は冒険者ギルドに向かっていた。
半年以上ぶりの冒険者ギルドは少し懐かしい感じがする。
あのドブさらいの日々・・・いややめよう。積極的に思い出したいものじゃないし。
ギルドの受け付けに行って声をかける。
「すいませーん、冒険者さんに仕事を依頼したいのですけど」
「ご依頼ですね。ではこちらの紙に記入をお願いします」
ぼくは渡された紙に依頼の内容を書き込んでいく。
護衛依頼で、希望の冒険者ランクは一応Dランク以上、期間は十日間かな。依頼料は1日800Gで、日数が伸びたらその分は1000Gと。
あとは待遇か。食事代はこちらもち、移動は馬で馬代、馬車代はこちらで出す。
護衛対象は二人。学生の男女で、どちらも戦闘経験あり、冒険者資格所持。目的地はソラリア連峰で旅の目的は里帰り、と。
そして追記欄があるけどここに書くのかな?
「あの、特定の冒険者さんに仕事をお願いしたいときはどうすればいいですか?」
「お知り合いの冒険者さまでないならこちらでその冒険者さまに依頼をお伝えします。ですが依頼を受けていただけるかは冒険者さまの都合にもよりますので確実ではありませんよ。返事が帰って来次第ご連絡いたします」
「あ、知り合いです。トロロンプさんっていう」
「トロ・・・あ、はい。確かその方は現在は冒険者ではなく、何でも屋をなされていたと思いますよ」
「あ!そうだったかも!」
冒険者どうこうって話をした記憶があったから依頼できるかなとおもっていたけれど、現在冒険者ではないならここで依頼を出しても意味がないだろう。
直接何でも屋に頼みに行くしかない。
「その、それとですが、そちらの依頼は少々難易度の高い魔物のいる場所への護衛依頼ですよね?、でしたら先程の何でも屋さまでは力が及ばないと思われますよ」
「・・・ですね」
移動中の魔物は義姉の魔獣バトルホースのガロに頼るつもりだった。
足の速さは馬以上だし、戦闘力もオーク以上だ。ぼくとトロロンプさんという護衛対象がいても道のある場所を行くなら問題はないと思っている。
ぼくはお礼を言って冒険者ギルドを後にしようとした。
「ありがとうございました。何でも屋の方に行ってみますね」
「はい、ギルドへの依頼が必要でしたらまたいらしてくださいね」
そう言ってにこやかに見送られる。
この顔はきっとまた戻ってくるだろうと思われているな。
トロロンプさんの冒険者時代のランクが低かっただろうから、実力不足でぼくたちが別の人を探すか、トロロンプさんが断るだろうと思っているのだろう。
・・・あり得るなぁ。
ぼくはトロロンプさんをどう説得しようかと悩みながら何でも屋の場所を探しはじめた。
トロロンプさんの何でも屋はトンベ村ではなく、隣のカッコロ村にあった。
カッコロ村はトンベ村より小さく、冒険者ギルドも商人ギルドもないのでトロロンプさんも隣村まで出稼ぎに来ていたようだ。
小さな、一般家屋に看板をつけただけのような何でも屋の扉を叩き取っ手を引く。
「すいませーん、トロロンぴああああああぁあっ!?」
ぼくは急いで扉を閉めた。
が、その扉は中からすごい勢いで開放される。
その勢いに道の真ん中にまで吹っ飛ばされながら扉を振り返る。
「おおーい、そりゃないぜグーグ君よぉ、せっかくグーグ君に会いにアタシが来てやったってのによぉ、その態度はいただけねぇなぁ?」
「がぎぐぐぐ、ジ、ジザベルさん?!なんで!?」
ジザベルだ。ジザベル・R・グラハイム。
魔王を殺すための勇者候補として模擬聖剣を持ち、そして何日か前にはその模擬聖剣を作るように依頼してきた本人がなぜか目の前にいる。
「キシシ、進捗確認しにきてやったぜ?」
「迷惑な!」
いやまぁ、大金かけて依頼したのだから進捗状況は気になるだろうけども!でも勇者候補を相手にするとぼくのストレス値がゴリゴリ上がってしまう。
「あぁ?休みにアタシに会えてうれしいだろうが」
「あ、はぃ」
否定する度胸はなかった。
そんなやり取りの中、ジザベルの後ろから見覚えのあるおじさんが顔を見せた。
「おやや?、グーグ君ではないですか?久しぶりですね。学園とやらは終わったのですかな?」
「お久しぶりですトロロンプさん。学園は夏休みですよ。長期の休みなので帰って来ました」
「でしたか。あぁ、グーグ君を探してこちらの・・・お嬢さんが私に案内を依頼したいと来ていたのですがね。まさかグーグ君の方から来られるとは思いませんでしたぞ」
ぼくだってまさかトロロンプさんの所にジザベルが来てるなんて思ってなかったよ。
タイミングの悪いぼくの不運を呪いたくなる。
「運がいいねぇ。さあて、これからみちっと話を聞かせてもらうぜ」
ぎゃー
「ま、まってジザベルさん。それはいいけど、その前にトロロンプさんに話をさせてもらっていいかな!?」
ここに来るのにも時間がかかるので、トロロンプさんに依頼の話をしてからにしてほしいのだ。
「ん?なんだ、なんか仕事を頼むのかよ」
「ま、まぁね。ちょっと夏休みの間に里帰りしようと思ってさ、その付き添いにを頼みに来たんだ」
言外に、里帰りするからジザベルとは長く付き合えないぞ!という意味を匂わせての発言だ。
仕事の進捗を聞いたらささっとお帰り願いたい。
「どこに行くんだよ」
「えーと、や、山・・・」
「どこの」
「・・・ソラリア連峰」
「そいつはまた、ハードな場所じゃねぇか」
ジザベルは思案顔になる。
それはぼくに嫌な予感を感じさせるものだった。
「ならアタシもついていってやるぜ。護衛としてな!」
いやだ!
とも言えず。トロロンプさんより先にジザベルがついてくることが決まってしまうのだった。