課題は完成しました。
3日が経った。
宿題がはかどり、魔導銀の性質にちょっと詳しくなり、あとはぼくの鍛冶レベルではミスリルとエーテルが扱えないとわかった。
「ー」
「へへへ、なんだろう、身体は休まってるのに全然心が休まらない気がする。冷や汗出てきた」
つららがぼくの額に乗っかって冷気を降らせてくる。
冷たくて気持ちいいね!
それはそれとして、流石に進展していないのはまずい。
ぼくは師匠の作った堕落ベッドから起き上がり、打開策を求めて先駆者にアドバイスを求めるため歩きだした。
「う、部屋の外は暑いな。師匠は部屋まで涼しくしてたのか」
夏の準備は万全だったらしい。
その師匠は今、娘に連れ出されて家の周辺の魔物狩りをしている。
本来なら暑い時期にはやらないのだが、ぼくや義姉が学園でいないので帰ってきたこの時期になってしまった。
庭に出て日陰のベンチでボーっと待つ。
傍らではパモクルスたちが仕事したり日光浴したりしている。
つらら用に冷えた氷入りのコップをベンチに置けば、つららがその上にかぶさって冷気を逃がさないようにしていた。
「・・・鍛冶の訓練でもするかな」
レアな金属が扱えなかったのでスキルレベルを上げて解決するんじゃないかと。
錬金術のスキル練度は軒並み種族限界で止まってしまったし。
保存も店で付与しまくっているからもう50になってしまった。人種族の限界だ。
鍛冶スキルは職業スキルなので種族限界とか関係なしに育つ。
しかも鍛冶は鉄鎚をトテカンと振るうだけで練度がもらえるのだ。ゆとり仕様だね。
「鍛冶、魔銀で糸」
<鍛冶:魔銀⇒糸>
糸を作り、これを曲げたりくっ付けたりして方陣を描いていく。
できたのは《増加》の方陣だ。サイズは指の第一関節までの長さくらい。
「さてさて、魔素は通るかな?」
師匠の作った《明光》の方陣とくっ付けて魔素を流していく。
けれど《明光》が輝くことはなかった。
「だめかな?、方陣として認識されてないみたい?」
流石に小さすぎたかな。糸で書いた方陣では細かい部分が潰れてしまって効力を発揮しないようだ。
「もっと細い糸で細かく作るか、それとも方陣を大きくするか・・・」
細いと武器に組み込んだ時、斬ったり受けたりした衝撃で糸が切れてしまうかもしれない。
しかし方陣を大きくすると今度は武器に組み込むのが難しくなる。
「細いのはないな。それに、できれば衝撃を受けにくい鍔か握りのとこに入れたい」
ブーストはいいけどハイブーストは入らない。
ん、仕方ない。
剣の根元だけちよっと幅広くしていれるか。これならハイブーストなんかの中級魔術が入るだろう。となると
鍔 (ブースト) → 剣根元 (ハイブースト) → 剣 (初級魔術) + 『属性』
か
鍔 (ブースト) → 剣根元 (中級魔術) + 『属性』
もしくは
鍔 (ブースト) → 剣根元 (ハイブースト) → 『発動系属性』
のどれかしかない。
武器自体に発動スキル付きのものを選べればべつだけど、魔道具武器を買って実験に使うのはちょっと金銭的に怖いものがある。
「うん、三つ目が面白そう。・・・だけど一つ目かな。ジザベルさんが求めてるのは」
ぼくの付与が既存の技術の足しになるかって話しなので三つ目みたいな特異な技術は求められてないだろう。
でも面白そうなのでそのうち試してみたいけど。
初級となると主要な四属性が使えないのなら、あとは光か闇か無か治癒かマイナーな魔術か、となる。
「闇と無と治癒の初級は攻撃魔術が無いから・・・光。《光矢》しかない」
おぉ、すごい、あんなに停滞していた思考がこんなすんなりと解答を見つけられた。
遊ぶってだいじなんだね。
これなら師匠のアドバイスはいらないかな。次は《光矢》に合う『属性』の選択だ。
よし、やるぞー!
「できた!」
光属性の片手剣だ。形状としては装飾のない普通の、少し短めな片手剣だ。
魔銀の方陣円でブースト、ハイブースト、そして光矢を入れ、付与で『光るっぽい』を付けたものだ。
『光るっぽい』は師匠がランプのために集めていた素材の中からみつけた、夜光虫素材から『保存』したものだ。
付与してあると剣の刃がうっすらと光を放つ。暗闇であればこれだけで周囲を把握できる程度には光量がある『属性』だった。
なお、発動させた光矢に効果があるかどうかはわからない。光矢の放つ光の方がずっと明るいので、『光るっぽい』の効果がわからないのだ。
いまいちシナジーが良くな・・・悪くない。光属性でまとめた一品としては悪くない出来だった。
「提出するのはこれでいいね。魔術三連続の他にも付与ができる。可能であれば普通の「属性」も付けたいけど」
それは追々かな。あとで町の鍛冶屋に行って光属性の属性石を見せてもらおう。
ぼくの『属性』が普通の「属性」と違うとは言っても、実際に同じ"属性"を重ねたことってないからね。せいぜいが『水っぽい』と「保冷」くらいだ。
なので同じものが付けられるのか確かめておきたい。
「ししょー、村行ってきまーす!」
どこかにいる師匠に聞こえるように声を張ると、いってらっしゃーい、と応えが帰ってきた。
完成品の他に師匠の作った寝照明の仕様書をマジックバッグに入れて家を出る。
「《合体》と」
玄関扉を錬金術で閉めて出発だ。
外は蒸し暑い。
自分用の保冷マントを羽織り、歩き出した。
村にやってきた。トンベ村。
西都に比べるとびっくりするくらい人も店も防壁もない寒村だけど、これでも教会や商業ギルドがあるし、近隣の村の中ではわりと大きな村である。
「秋になると鑑定祭かぁ。なつかしい・・・って、まだ一年たってないけど。使役科の次の世代っているのかなぁ」
同世代に魔王の転生者が複数人現れたから、それらをまとめて一クラスにしたのが使役科だ。
転生者がいない次の世代は使役科はないかもしれない。
商業ギルドにやってきた。
「おや、グーグさん。お久しぶりですね」
「こんにちはー。夏休みなので帰って来ました」
なじみの職員に挨拶をして属性石を見せてもらう。
「光属性の石はこれですね。でも、ここらのは高いですよ。獲れるダンジョンもありませんし」
「う、安いのでも5万5千G(55万円相当)・・・高すぎない?」
「光属性は四大属性に比べてドロップが希なんですよ。それにこのあたりは産出もしないし弱点のモンスターもいないしで、売れないので持ってくる商人も少ないんです」
「迷宮都市のが安いですかね」
「ほぼ確実に安いでしょうね」
輸送の僻地はたまにこれってモノがびっくりする値段だったりするけど、まさか欲しかった光の属性石が高いとは。
最近羽振りが良くなってきたぼくだけど、この値段は買えない。
あきらめよう。
剣の改造は迷宮都市にもどってからに決めた。
「じゃあ、こっちお願いします。部屋の灯りが立ち上がらなくても付けたり消したりできる技術です」
ぼくはそう言って寝証明の仕様書を提出する。
今度はきちんと技術料を貰わないとね!
「ははぁ。寝たまま灯りをいじれる技術ですか・・・強化方陣の二重仕様・・・すごい技術ですね」
「でしょう。師匠の作成です」
「なるほど」
職員はしばらく仕様書をペラペラ確認したあと、強化方陣の二重仕様で技術登録をしてくれた。
技術料は職員におまかせで設定してもらい、登録料を払えば完了である。
「あれ?寝証明は?」
「・・・登録しますか?」
「え、うん、一応?」
お願いして登録してもらったが、どうにも微妙そうな気配がある。
・・・なるほど、寝たまま灯りを消したいなんて思ってわざわざ部屋を改造するのは、せいぜい師匠くらいだらしない人間だけなのだろう。
勤勉な平民は自分できちんと消すし、だらけた貴族であっても消すのは自分ではなく控えているメイドや召し使いたちだ。
そく考えるとわざわざ登録するほどの技術料がもらえるのか、あやしいところである。
まぁ、登録すればアイデアは商業ギルドで共有される。なので遠くの誰かでもそういうアイデアがあるってことを知ることができるのでまだたく無駄って訳じゃない。もしかするとこの技術を発展させてすごい商品が産まれるかもだしね。
ぼくは肩を落としながら商業ギルドを後にしようとした。
「あ、待って下さいグーグさん。前に言われていたソラリア連峰の入山規制が解除されたそうですよ」
「えっ、本当ですか!?」
「はい。調査が終わったとかで、春頃に連絡がきていますね」
終わったのか。
ソラリア連峰では十年程前に大きな山の変動があった。
変動というのは山の形が変わったということ。
山崩れでもなく、噴火でもなく。
"龍"によって山が削られた。
───黒い水
そして
黒い雪───
龍を怒らせるほどの何があったのか、人々は同じ轍を踏まないように入念に山を調査していた。
それがやっと解除されたのだ。
あそこには行かないといけないと、ずっと思っていた。
ぼくの『罪』が眠る場所だから。