確かめました。
山主の魔術によってスキルを換えられたグーグだが、魔術の代償か、体が本調子になるまで一週間ほどかかった。
毎日寝ては起き再び眠る毎日を送りようやく体からだるさが消えた。
家の近くから遠くにいっちゃだめよ、と言う母親の声に生返事を返しつつおれは玄関の扉を開けた。
村は白で彩られていた。
冬だ。
踏み出した足がサクッと音をあげる。家の玄関前は雪かきしてあるのか積雪は浅いが雪かきされてない庭の一部は30センチくらい雪が積もっていた。
おお、雪だ。
転生して初めて雪に触れた。
おお。うむ。おおお…
転生して思うことがある。
地面が近いということ。
春には草花が目の前にあった。
夏には川の輝きがさらに水中の魚影がくっきりと見えた。
今は…今は雪しかない。…雪が近い。
しゃがみこんで母につけてもらった手袋をはずし雪に直接手を触れてみる。冷たい。
そして寒い。
積もった雪に近いからなのか、寒く感じる。
……
よし。帰ろう。
オレは庭に一歩踏み出した足を戻し、扉を「ぐ~ぅ~ぐ~ちゃーんっ!」
べぎょむ と体当たりされた。
オレはその塊と共に玄関の外へと転げ出た。
オレを背後から襲ったのはナーサだった。
いつもより着ぶくれ、ドワーフであることも手伝ってダルマのような姿になっていた。
「…だるま?」
「ナーサだよっ。グーグちゃんあそべるの?あそぼーっ!」
雪の上でオレにくっつきながらナーサが笑顔を向けてくる。
体調が悪かったりはしないようだ。魔術の影響はオレのほうが重かったのだろう。
「ナーサ、ラーテリアはげんき?」
「え?、ラーテちゃん?。げんきだよ?。ラーテちゃんもいっしょにあそぶ?」
ラーテリアにもスキルのことで話がある。会えるのであれば会っておきたい。
「うん。ラーテリアにあいたい。あって、おはなししたい」
「おはなし?」
「うん。ナーサとラーテリアに、ぼくのスキルのことでおはなししたい。ナーサ、ラーテリアをつれてきて。おねがい」
「あっ、しってるよ!。ナーサがグーグちゃんからもらったスキルっ!。やまぬしさまからつかっちゃだめっていわれてるやつ!」
あぁ。うん。
山主もきちんと釘をさしておいてくれたか。
魔王技はその破壊力も危険ながら、スキルを発動させるための代償が”生命力”なのだ。命を削る。命とは生命の「活力」であり、生きていくための力だ。ご飯を食べれば増え、病気になれば減ってしまう。減っても時間がたてば回復してくるが、スキルで一気に消費することがあれば場合によっては魂が耐えられずに死んでしまうことがある。
特に子供の、生命力が成熟しきってない時期にスキルを使うのは危険なのだ。
「…うん。そうゆうはなしをするよ。ラーテリアにもね」
「わかったよっ。まっててグーグちゃん、ラーテちゃんよんでくるねっ」
そう答えてナーサは丸い恰好でトタトタ走っていく。
こういう時にはナーサの行動力はありがたい。母に遠くに行かないように止められていることもあるが、慣れない雪道を子供の足で歩くことが怖かったのだ。ラーテリアの家が近いのか遠いのかすらわからないオレでは途中でへばってしまうことも考えられる。
あと寒いし。
なのでこちらからラーテリアを呼びつける形になってしまうが、それはしかたのないことだとあきらめてもらおう。…あとでラーテリアにあやまっておこう。
ナーサが出て行ってから15分ほどでもどってきた。子供の足で往復15分。そこそこの距離のご近所さんといったところだろうか。
「ただいま~っ」
「おじゃましますです」
ラーテリアはナーサほどではないが暖かそうな白いポンチョを着ていた。白い毛糸の帽子もかぶっている。ラーテリアの金の髪と合わせて清涼な色合いできれいだった。
「ラーテリア、かわいいね」
「ですよね。わたしもこのふくすきです」
「ナーサもラーテちゃんかわいいっておもうっ」
「ありがとうです」
ほんわか。ラーテリアはエルフなためか、幼いながらも将来美人になりそうな雰囲気がある。
そのラーテリアがさらにかわいい恰好をしているのだ。大人の心を持つオレが見惚れてしまってもしかたのないことだろう。
「ラーテかわいいね~。グーグちゃん、ナーサもかわいい?」
満面の笑顔を向けられた。
ナーサもかわいい。かわいいが…
「ナーサはだるま」
「えーなんでー。…だるまってかわいいよね?」
「かわいいですね」
ラーテリアが応えると、ナーサはにっこりと笑う。
「ほら、かわいいって!。グーグちゃんにかわいいっていわれた!」
言っていない。どんな三段論法なのか。いいけど。
「それでいいよ。ナーサもかわいい」
「でしょっ!」
満足そうなのでよしとしよう。
オレたちは居間の暖炉の前に移動した。子供部屋だった場所はナーサの家族の部屋になってしまっている。この家にはあと、オレたち家族の部屋…元両親の寝室だった部屋しか人の入れる部屋はなかったからだ。
母に飲み物とおやつをもらい、暖炉前の床の敷物の上に腰を下ろした。
「おやつ~」
甘味のうすい芋クッキーを食べながら、オレは二人にスキルのことを話していく。
「ナーサとラーテリアはぼくのスキルをもってるんだよね?」
「もってるっ」
「わたしも」
「ふたりはスキルのかくにんした?」
「スキル?」
「かくにんですか?」
どうやらステータスを開いて確認はしていないようだった。
オレはふたりにステータスの開き方を教える。
「こう、ステータスをみたいなーておもいながら、てをしたにふるの」
「こう?。あー、なにこれー。ナーサのなまえがかいてあるよっ」
「わぁ、なにかでてきました」
無事に開けたらしい。が、どうも二人とも自分の名前しか文字が読めていないらしい。
…名前だけでも読めたことが幸いなのだろう。
オレは二人に聞きながら、どんなスキルがあるのか確認していく。
「ナーサのはねー、いっぱいあるよ。ひとつふたつみっつーよっつーいつつーむっつーななつーむっつーここのつー、じゅっこ、じゅいっこ、じゅにこ。んーと、…いっぱい」
数えられてはいないが、まぁいっぱいだな。
ナーサのスキルはオレが獲得した魔術全般をそのまま獲得しているらしい。魔王技《災歌》含めて14スキル。そりゃいっぱいとも言いたくなる。
「わたしのはひとつです。あ、したにもひとつあります」
ラーテリアはスキル一つに固有スキル一つか。
オレは敷物に指で「魔」の文字を描く。
「したのスキルは、こういうじがかいてない?」
「あー、それです。グーグちゃんもじがかけるんですか、すごいですね」
なぜか頭をなでなでされた。
ラーテリアの固有スキルにはオレの《魔獣召喚》があるようだ。
二人のスキルはオレが想定した通りみたいだな。
オレのスキルはナーサのスキルと。固有スキルはラーテリアの固有スキルと交換されてしまったのだ。
…まぁ、無くなったり取り上げられなくてよかった。
いつでも使えるというわけでは無いが、ナーサとラーテリアがいるのなら彼女たちに使わせることで間接的に発動できるというもの。
ただ、そのためには二人にオレのスキルを理解してもらう必要があった。
「ナーサ、ラーテリア、ふたりのスキルはすごいスキルなんだけど、つかうとあぶないんだよ。だから、おっきくなるまでつかっちゃだめだからね」
「グーグちゃんはスキルのこと、しってるのですか?」
「ぼくのスキルだからね。ふたりにスキルのことおしえるね」
オレはまず、ラーテリアに《魔獣召喚》のスキルを説明する。
「ラーテリアのスキルは《まじゅうしょうかん》っていってね、けいやくしたまじゅうをよびだせるんだよ」
「すごいですね。まじゅうってこわいまものですよね。まものがよべるんですね」
「うん。でもけいやくしないといけないんだ。けいやくはまじゅつでね、けいやくまじゅつってまじゅつでけいやくしないといけないの。けいやくまじゅつはおみせのひととかがつかえるから、おみせのひとにけいやくしてもらってね」
「けいやくまじゅつですね。わかりました」
「まじゅつ、ってなに?」
ラーテリアとの話を聞いていたナーサが魔術に疑問を持つ。確かに魔術はスキルのうちだが、使うために代償が必要なものだ。ナーサに渡ったスキルはすべて代償のあるものばかりなので、ここで説明してしまってもいいだろう。
「ナーサのスキルはほとんどがまじゅつだね。スキルっていうのはいろいろあるんだけど、スキルのなかでまそっていうのをつかってつかうのがまじゅつなんだよ」
「まじゅつもスキルなんだ?」
「そうだよ。でもまそをつかうから、つかいすぎるとたおれちゃうんだ」
魔素が無くなれば意識を失い、魔素が一定量回復するまで目が覚めなくなる。魔術は連発して使える代わりにそういったストッパーのような機能が付いていた。
「ふーん。つかいすぎちゃ、だめなんだ」
「そうだね。どれくらいつかえるか、こんどいっしょにためしてみよう」
「あれ?、つかってもいいの?」
さっき使うなと言われたので当然の疑問だった。
「やまぬしさまがあぶないっておもったスキルはナーサのなかのスキルのうち、いっこだけなんだ。だから、それじゃないスキルならつかってもいいよ」
「そうなんだっ、うんっ。グーグちゃんのスキル、つかってみたい」
よかった。倒れると聞いて忌避されても困る。興味を持ってくれたなら魔術の練度をあげることもやっていけるだろう。
「でもね、いっこだけ、つかっちゃダメなスキルがあるんだよ」
「ダメなの?」
「うん。まおうぎ《さいか》ってスキル。ナーサのいえのやねをこわしちゃったスキルなんだけど、あぶないからぜったいつかわないでね」
「わぁ…そうだね。やねこわれちゃったね。…うん。ナーサつかわないよ」
グーグちゃんもつかっちゃだめだからね、と釘をさされる。
うん。ごめん。使ってしまったのはオレです。…でもしかたなかったと言わざるおえない。
「でも、つかっちゃいけないスキルはいまはナーサのなかにあるから…。ぼくのなかにはナーサのスキルがあるよ」
「あっ、そうだった!」
ナーサはお尻をぴょこんとあげると、自分の服の中をゴソゴソと漁りだした。
そして服の中から取り出したそれを、ゴトリと敷物の上に置いた。
鉄鎚
子供の手には大きすぎる鉄鎚が置かれていた。
「これ、グーグちゃんにあげるっ」
どっから出したのか?、よりも、なんで鉄鎚が?という思いの方が強かった。
「ナーサ、これどうしたの?」
「おじいちゃんのおしごとどうぐ。パパがグーグちゃんにあげていいって!」
そりゃ、こんな大きなものは子供の手には余るだろう。
ナーサの祖父は確かもう亡くなっている。ナーサの父親と同じように、鍛冶に精を出していたらしいくらいしか知らなかった。
その祖父の遺した仕事道具を、オレに…。
「ナーサ、なんでぼくに?」
「だって、ナーサのスキルはグーグちゃんにあげちゃったから。こんどはグーグちゃんがおじいちゃんみたいになるんだっていってたよっ」
ナーサのスキル――
錬金術《保存》
鍛冶《鍛冶Lv1》
これを…このスキルは、ナーサに代わってオレが育てていかなければいけないのか。
自分のスキルのことばかりで、もらったスキルをどうするかなんて、考えてもみなかった。
獲得してしまったし、育てるか…。
しかし、地味な。
オレに鍛冶をやれと?
ムリムリ。
そもそも人間種族とドワーフ種族では基礎となる”筋力”や”耐久”の値がちがう。ドワーフには最初からある程度数値に補正がかかっているはずである。
力を込めて金属を打つための 腕力
鉄台を踏みしめ、熱さにも耐えられる体を作る 耐久
人間にはないのだが?
…まぁ、スキルを預かっている間にほどほどに育てるだけならできるだろう。
「グーグちゃん、あげるっ」
「ありがとう。これでナーサのおじいちゃんみたいにいろいろつくるねっ」
「うんっ!」
オレはナーサが置いた鉄鎚に手を伸ばす。…重い。
けれど鉄よりは軽いような気がする。材質不明の鎚だった。
山主様にスキルを換えられる時に、ナーサが『大事な物をあげる』と言っていたのはこれのことだろう。
本当ならナーサが使うはずだった鉄鎚。けれどスキルが無くなった今では、オレが使うしかないものだった。
「…わたしもグーグちゃんになにかあげたい」
ラーテリアが悲しそうな顔をしていた。
「ラーテリアにも、もらったよ。ラーテリアのだいじなスキル。せいれいをよびだせるスキルをもらったよ」
「そうですか?せいれい?」
「グーグちゃんはせいれいをよべるの?」
「…まだよべないよ。せいれいとけいやくしないとだめなんだ。けいやくしてないからよべないよ」
「わたしがもらったまものをよべるのとおなじです」
そう。契約すればオレは精霊を、ラーテリアは魔物を呼び出せるようになる。
契約魔術は”魔”属性だったか。オレが覚えてもいいが……今から”魔”属性魔術を育てて契約魔術を使えるようになるより商人あたりに頼んで契約魔術を使ってもらったほうが早いだろう。
「まものなら、ココとノノをよべるようになります」
「ココトノノ?」
「ココとノノはねっ、ラーテリアちゃんのともだちなんだよっ。しっぽがモフモフでね、おみみがぴょこっとしててかわいいのっ」
「モルフォクスのこどもなんです」
モルフォクス、確か狐系の魔物だったか。それの子供であればかわいいかもしれない。
そのココとノノが呼べるようになるということで、ラーテリアは非常にうれしそうにしている。
彼女にとっては精霊を呼べるより良かったのかもしれない。
ただ、それは結果論だ。
結局、スキルのことで二人に借りができてしまったことにはかわりないのだ。
オレは二人の手を取って「ありがとう」と告げた。
「ありがとう、ナーサ、ラーテリア。ふたりがぼくのためにスキルをとりかえっこしてくれて、すごくうれしい。どうもありがとう」
ペコっと頭を下げる。
二人にとってスキルがどれほど大切だったかはわからない。けれど、将来にかかわるスキルだったかもしれない。
ナーサは彼女の父や祖父のような鍛冶職人になっていたかもしれない。
ラーテリアはどこかで上級精霊と契約して精霊使いになっていたかもしれない。
そのスキルを…オレがもらってしまった。
――スキルを『換えた』オレたちは
どんな未来を歩むのだろうか