09 売られた勇者
会議場はざわめいている。
筆頭勇者にスパイの疑いがかけられているのだから、ある意味当然かもしれない。
だが、オレは誓ってスパイ行為などしてはいない。
「ジャック、おれが何したって言うんだよ」
「……」
オレが話しかけても、ジャックはこちらを見ようとはしなかった。
「くくく、ここは私が説明しますよ」
爆炎の勇者、ヒューゴー・フレアウッドが挙手しながら立ち上がった。
「テオさん。
筆頭勇者の君にですね、怪しい動きがあるって言う話を……小耳にはさんだんですよねえ」
ヒューゴーはジャックに近づきながら、話し続けた。
「ウフフフフ。
この私が、ジャックさんに頼んで……テオさん、君を見張ってもらっていたんですよ」
オレはヒューゴーの良くない悪癖を知っている。
気に入らない奴を見つければ、その周りの奴に小金をつかませ、そうして得た小さな悪癖をさも大げさに言い募り、上官に報告するのだ。
何が……テオさん、だ。
だれかれ構わず、ヒューゴーはさん付けで話すが、結局こいつは皆を見下してるんだ。
まさかオレと同じ村出身のジャックを手駒として使っていようとは正直思ってなかったけどな。
「……それで、オレが何したって言うんだよ」
パーティーの仲間であるジャックの前では、オレだって多少の愚痴や弱音だって口にしたことはある。
だが、敵である魔王軍を利するような裏切り行為などしているはずがない。
「ウフフフフ、どうですかねえ?」
ヒューゴーはいやらしい笑みを浮かべながら、ジャックに発言を促した。
「さあ、ジャックさん。
君の口から、話してあげるといいですよ。
テオ・リンドールが魔王軍のスパイであるという、その証拠を」
ジャックはちらりとオレを盗み見たが、振り切ったように机に両手をつき、話し始めた。
「魔王城に突入したオレたちは、すぐにテオを残して全滅。
オレはしばらく気絶してたんだ。
だから、魔王ミモザとテオの間に何があったのかは知らない。
……少したってオレが目を覚ました時には、魔王ミモザは息も絶え絶えで……だけど、生きていた」
ジャックはオレの目を見据えた後、話し続けた。
「テオは、ボロボロの魔王の前に立ち、そして……斬るのを躊躇した」
「「何だと!」」
あたりはざわめく。
……オレがすぐにミモザを斬れなかったこと、ジャックに見られていたんだな。
「そのあと、すぐに魔王の部下が大勢がやってきて、テオは戦おうとしたけど……。
多勢に無勢、オレたちは逃げ帰り、結局魔王ミモザを倒せなかった」
皆の視線がオレに集中している。
「テオさん。
あなたたちが魔王ミモザを倒せなかったのは、皆が知るところですよねえ」
つかつかと靴を鳴らし、ヒューゴーはオレに近づいて来た。
「……テオさん、何とか言ったらどうなんです!」
……オレはなぜ斬るのを躊躇してしまったのか。
ふと、魔王ミモザの顔を思い出した。
俺と戦った後、あいつ、楽しかったなって笑ってたんだよ。
「さっきから、ずっと黙っていますが……いいですか、テオさん。
あなたは疑われているんですよ。
沈黙はスパイだと認めたと、みなされますからねえ。
……なんとか言いなさい、テオ・リンドール!」
「オレはスパイじゃない」
オレは、ジャックを見つめた。
ジャックは慌てて目をそらした。
ジャックは借金で困っていたらしいからな。
おおかた、ヒューゴーに金で釣られたんだろう。
でも、良かった。
ジャックは嘘なんか言わなかった。
大袈裟に脚色してもいない。
ただ、事実を述べただけだ。
だから、ジャックは俺を裏切っていない。
だって、オレとジャックは同じ村からずっと一緒の友達だからな。
……そうだよな、ジャック。
オレの目頭は、少しだけ熱くなった気がした。
「では、なぜ躊躇したのです?
魔王を討つべく結成された、シアドステラ王国魔王討伐部隊の筆頭勇者であるテオ・リンドール。
なぜ、そんなあなたが魔王を討つのを躊躇したんです?」
ははは、良い言い訳が思いつかない。
でも、仕方ないな。
オレは子どものころから剣ばっかり振るってきた。
処世術なんて、覚えてない。
自分のしたことに、嘘はつきたくないしな。
「オレもミモザも一生懸命戦った。
戦っているうち、ミモザはそんなに悪い奴じゃないと思った」
「「は?」」
周りの勇者たちは呆気に取られていた。
「な、何を言っているのです!
魔王ですよ、人間を脅かすモンスターや魔族の長。
悪い奴に決まっているではありませんか!」
ヒューゴーはオレの言葉に驚き、叫んだ。
「ミモザは、倒れたジャックたちを巻きこまないように魔法を使っていた。
……悪い奴じゃない。
だから、一瞬躊躇した。
それだけだ。
魔王軍に通じているとか、スパイだとかいうわけじゃない」
「魔王がいい奴?
そりゃあ、あなたから見たらそうなんでしょうね!。
あなたはスパイなんですから、だから、悪い奴じゃ無く見えるだけですよ。
テオさん、あなたはスパイだ!
スパイなんだ!」
オレが動揺しないのに腹をたてたのか、ヒューゴーはヒステリックに叫びだした。
「スパイじゃない」
「いーや、スパイだ!
テオさんは、スパイスパイスパイスパーーーーイ!」
ヒューゴーはヒステリーが過ぎて語彙が不足しているようだ。
イライラしており、長い髪をガシガシかきむしっている。
「テオ・リンドール、君にもう一度聞く」
今まで黙っていたホワイト公が口を開いた。
「テオ君、きみは魔王軍のスパイなのか?」
「……いいえ」
「チッ」
騒いでいたヒューゴーも、騒然としていた周りの勇者たちも、今はホワイト公の話に耳を傾けていた。それにしても、まさかホワイト公、舌打ちしたのか?
「魔王ミモザを斬ることに、躊躇したのは本当か」
「……はい」
「その躊躇は、部隊を預かる筆頭勇者の振る舞いとして正しいものか」
さすがだな、ホワイト公。
部隊を率いるものとしての責任感を意識させているのか。
ミモザを斬らないことが「人間として正しいか」って言われるとオレなら『はい』って言うかもしれないもんな。
部隊長として、罪を認めろってことか。
「もう一度聞く。
その躊躇は、筆頭勇者として正しいものだったと思うか」
「……いいえ」
「その躊躇が、魔王討伐作戦の失敗に加担したと思うか」
「……はい」
あのとき、すぐに聖剣を振るっていれば、ミモザを斬れた。
それは確かだ。
その場限りの嘘はつきたくない。
「わかった」
ホワイト公は満足そうに頷いた。
「し、死刑ですよねえ! ええ、こりゃもう、死刑しかないですよねえ!」
ヒューゴーは嬉しそうに騒ぎ立てた。
他の勇者たちも口々に死刑だとはやし立てていた。
「すまないが、テオ君の身柄は私が預からせてもらう」
「なぜですか、ホワイト公!
テオはただの平民、命令違反ならば死刑がふさわしいかと」
氷槍の勇者、ライオネルが納得いかないといった様子でホワイト公に詰め寄った。
「テオ君はここ、クルトの街の民から慕われている。
占領したばかりの今は、人気者のテオ君を殺したなどと言われたくない。
正しく軍法会議にのっとり裁いたところで、クルトの街の民は新参者の我らを信じてはくれないだろう」
「で、ですが、示しがつきません!」
なおも、ライオネルは食い下がった。
「罰は受けてもらう。
筆頭勇者はおろか、勇者の職を剝奪する」
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