08 勇者はスパイ?
全員が着席したのを見計らって、ホワイト公があたりを見回し、ゆっくりと話し始めた。
「午後の勇者会議を再開する。
それでは、採決を取り行いたいと思う。
まずは、亜人奴隷の取り扱いについてだ。
意見のあるものがいるか」
オレはまっすぐに手を挙げた。
ホワイト公はにこやかにオレに話しかけた。
「テオ君。
君の意見は、昼食前に十分に聞いた。
午前中の議論では、君が主張する時間が、会議の半分以上を占めた。
これはね、会議の記録官の公式な記録だよ。
……勇者会議は、皆の話を平等に聞くべきものだ。
午前中はね、公平に反する君の長い話を、あえて私は止めなかったのだよ、テオ・リンドール。
君のこの国を思う熱い心に、私は胸を打たれたからね。
さて、今度は、君がだれかの意見に耳を傾けるべき時間だ。
違うかね?」
「さすが、ホワイト公!」
オレの返答を待たず、この場にいた勇者全員から賛同の拍手があった。
「さあ、では、すばらしいテオ君の意見に、もっとすばらしい意見を言えるものがいるかね?」
すっと手を挙げたのは、伯爵令息「ヒューゴー・フレアウッド」。
火魔法が得意で、爆炎の勇者など呼ばれているものだ。
「ホワイト公、亜人達の取り扱いについて。
奴隷にすべきでないという、テオさんのご意見。
大変素晴らしいとね、私は考えますよ」
ヒューゴーは、オレに拍手を送った。
「ですがねえ、視点が少し違うんですよねえ。
為政者の視点が欠けてるというか。
私はシアドステラの民こそが、勇者である我々の守るべきものと考えております」
ヒューゴーはこぶしを振り上げ、熱弁をふるう。
「今、シアドステラの民たちは、度重なる戦いで大変に疲弊しているわけですよ。
そこでね、その民をねぎらうべく、亜人奴隷を各家庭に一匹配布することができれば……民は大変喜ぶことでしょう。
ウフフフフ、亜人奴隷は大変に素晴らしい。
こき使うもよし、可愛がってあげるもよし。
ウフフフフ、もっぱら私は可愛がってあげる方ですけどねえ…
おっと、私の話は置いておいて……
奴隷の処遇の改善は、この大戦後、ゆー―――っくり、考えればよいことかと。
今は、シアドステラの民に思う存分奴隷を使わせて、日ごろの疲れを癒してあげるのが、優れた政治というものではないですかねえ」
ヒューゴーの弁論に、一糸乱れぬ歓声が飛ぶ。
「「素晴らしい提案だ!」」
……胃のあたりがムカムカしてきた。
こいつら、午前中はオレの提案に納得したような様子だったのに……
奴隷にされた亜人の目を見ても、なんとも思わないのか。
「では、次の勇者の給料の平等についてだが……」
「ホワイト公。
その案は、もちろん否決です」
氷槍の勇者、「ライオネル・アーヴァイン」が手を挙げて意見を述べた。
公爵令息ライオネルは、オレに次ぐ実力の持ち主なのだが、いつもオレに突っかかってくるいけ好かない奴だ。
「まったく話になりません。
貴族は貴族、平民は平民。
人は、それぞれに身分をわきまえて生きていくべきなのです。
平民は田畑を耕し、貴族は平民をその武力で庇護し、亜人は奴隷として人間に尽くす……
それが、世を平穏たらしめる秩序というものです。
本当は、平民上がりの勇者という存在自体、私は間違っていると思いますが」
ライオネルの話に、全員一致の拍手。
おかしいな、平民上がりの勇者もいるはずだが……
オレは、ちらりとその平民上がりの勇者、エディー・パーカーと目を合わせた。
エディーは、オレより一つだけ年下で、勇者会議に出席する中で最も年が若い勇者だ。
随分、オレを慕ってくれていたものだが……
オレの視線に気づいたエディーは、申し訳なさそうに目線を外した。
その後、採決があった。
もちろん、オレの提案である亜人奴隷の解放や、身分差によらず勇者に給料を支給することといった2つの案はすべて否決された。
まさか、ホワイト公がこんな手段で真っ向からオレの意見を叩き潰してくるとは思わなかった。
いけすかない貴族連中の中で、軍務大臣ということもあって言葉を交わした回数も多く、それなりにオレを買ってくれていたと思っていたのだが……
「ホワイト公、今日の勇者会議はこれでおしまいでしょうか」
公爵令息ライオネルがホワイト公に問いかけた。
「……残念だが、君たちに報告しなければならないことがある」
勇者たちはざわめいた。
「筆頭勇者、テオ・リンド―ルが魔王軍と通じていると情報提供があった」
ざわめきはもっと激しくなった。
「な、何をおっしゃっているのです、ホワイト公!」
オレは思わず立ち上がった。
「テオが魔王軍と通じていると?」
ライオネルが立ち上がり、オレを見据えた。
「君たちが信じられないのも無理はない。
だが、確かな証言があってのことだ。
今から、勇者会議で証言を述べてもらう。
ジャック・サーペンティン、ここへ」
「な、何だと?」
ホワイト公の口から出たジャックという言葉に、オレは耳を疑った。
扉が開き、一礼の後、ジャックが議場に姿を現した。
ジャックはオレの傍を通りすぎる際、肩に手を置き、こうつぶやいた。
「テオ、お前が悪いんだからな」