07 勇者と妖しいお店
ホワイト公に連れられて、勇者たちが移動したのは、音楽家を多数抱える劇場型レストラン「ペルルノワール」。
先代魔王が作らせたという、ここクルトの町のシンボルだ。
ホワイト公からこの街の攻略にあたり、「ペルルノワール」を何一つ壊さず手に入れろとの命を受けたため、お抱えの音楽家と料理人たちは健在である。
魔王領からシアドステラ王国統治下となっても、ここペルルノワールでは、荘厳な演奏とともに贅を尽くした料理が味わえるのだ。
もちろん、平民上がりのオレの給料では到底来れやしない。
濃いめのメイクを施し、きわどいミニスカートの衣装に身を包んだメイドに、一人ずつ勇者たちが案内され、奥へと消えていった。
オレの番が来て自分専用の個室に通されると、そこには既にテーブルを埋め尽くすほどの料理が用意してあった。
肉、魚、果物……貧乏育ちのオレには、いったい何をどう調理したのか、わからないものもたくさんあった。
ふう……遅いな。
オレがテーブルの上の料理をあらかた片づけ終わったころになっても、誰からもお呼びがかからなかった。
かれこれ、2時間ほどたっている気がするが……
「はい、テオ様。
あーん。
美味しい赤梨だよ」
個室にはメイドがいて、肉を切り分けたり、皿によそったり、かいがいしく尽くしてくれた。
胸元のプレートには、大きな文字で「シャオファン」と書いてある。
オレの給料でメイドは雇えないので、やはりこうまで尽くされると嬉しいものだなとは思うが……
問題は、その衣装だ。
さっきのメイドよりも、さらにきわどい衣装。
ありえない短さのスカートと、極薄の透ける羽織のせいで、ボディラインがかなりはっきりわかる。
オレについてくれているのは、金髪ショートカットのネコ族のメイド。
褐色の健康そうな肌に、ほっそりとした体つき。
さらに、出るとこは出ているといった美少女だ。
体毛は薄く、あまり人間と変わらないように見えるけど、頭上にはネコ族らしいネコ耳がついている。
勇者会議の最中で、考え事をしているオレには気が散ってしょうがない。
「……今、大事な会議の途中の休憩だから、赤梨あーんしてる気分じゃない」
「えー、テオ様、おっかしー。
ここは、いろんなサービスが受けられるお店なんだよ?
あーんしたい気分の人しか来ないんだよ?」
「あーんしたい気分の人って何なんだ。
それに、ここは音楽と料理の店じゃないのか?」
「確かに看板はそう書いてあるね。
『最高の音楽と料理、そして最高のもてなしをあなたに……』」
「へー、それじゃ、最高のもてなしってのが……」
「あたり!
私たちのことだよ!」
メイドは両の手で自分の頬を指さした。
可愛いポーズだとは思うが、すまん。
あのさ。
オレは、考え事をさせてほしいんだ。
「お前たちが最高のもてなしだってのか……」
「テオ様、お前って呼ぶのやめてよね。
名札見てほしいんだけど。
私にはね、『シャオファン』ってかわいい名前があるんだよ?」
ネコ族の女の子「シャオファン」は、ほっぺを膨らませて怒っていた。
「シャオファン、いつもこういった接待をしてるのか?」
「あ、ふふ。
嬉しい。
テオ様、嫉妬してるの?」
シャオファンはとても楽しそうにけらけら笑っていた。
「んー、私、普段はこういうサービス、避けてるんだけどね。配膳だけしてるんだけど。
でもさ、テオ様に会いたかったから」
シャオファンは真剣にオレを見つめていた。
「無血でこの街を明け渡させた英雄、テオ・リンドール様は一体どんな人なんだろうって思って、ね」
「無血か……」
オレは、クルトの街を制圧した時のことを思い出していた。
オレの策で、町から少し離れた場所に魔獣を呼び寄せた。
この街の守備隊を魔獣退治におびき寄せ、残ったわずかな守備隊に隊長が残っていたため、一騎打ちにて打ち倒し、隊長以外は無血でこの街を解放させた。
「無血だとは思ってない。
多勢に無勢の中、一騎討ちに応じてくれた隊長はオレが斬った。
策を弄したオレが無血だと主張するのは、ムシがよすぎる気がするな」
シャオファンはオレに抱きついてきた。
「おい、オレにそんなサービスはいらないって言ってるだろ?」
「テオ様、真面目だね。
そんなんじゃ、いつか損するよ?」
抱きついてきたシャオファンは、とても嬉しそうに笑っていた。
「何が楽しくて笑ってるんだよ」
「ふふ、テオ様と話せて嬉しいからじゃない?」
「はいはい、そろそろ離れてくれるか。
昼食後から、大事な会議があるんだからさ」
こんなにシャオファンにくっついて来られると、オレも脳みそが働かないぞ。
あの……ムニッとするんですけど。
「……はーい」
返事はいいけど、シャオファン全然離れてくれないんだけど。
コンコン。
ノックの音がして、黒服が昼食は終わりだと伝えてきた。
「長かったな。
……長く拘束された割に、オレはここでご飯を食べただけだ」
「もう、私とも話をしたでしょ?」
オレは手早く衣服を正し、立ち上がる。
……シャオファンのやつ、好き勝手オレの服をわしゃわしゃしてくれたな。
しわだらけじゃないか。
「……なあ、シャオファン」
「え?
何、テオ様」
「ここに、身分の高い貴族が来ることってよくあるのか?」
「そうだね……よくあるよ」
シャオファンはオレの質問の意味を理解してくれたのか、オレへくっつき、耳元で話してくれた。吐息が耳にかかるのでくすぐったいが、この際仕方ないな。
「……今回の勇者様たちの接待、私たちはね、かなり高い給料をもらってる。
その代わり、見聞きしたことは誰にも話すなって。
どう考えても、身分の高いだれかが、勇者のみんなに内緒話をしに来たんだよ。
もう少しだけ教えると、テオ様を相手するのが一番お給金が安かった」
シャオファンは、オレにしか聞こえない声で話してくれた。
「……ありがとう。
その身分の高いだれかは、オレとは内緒話をする気がないってことだな。
ちなみに、その身分の高いだれか、ってのが誰か教えてくれるか?」
シャオファンは首を横に振った。
「……あはは。
私、それ以上しゃべっちゃうとこの街にいられない」
シャオファンは今までとは違い、少し憂いを含んだ顔をした。
「お給金が安くても、私、テオ様と話がしたかったんだからね」
シャオファンの気持ちが少しうれしかった。
オレはシャオファンの頭に手を乗せ、髪をくしゃくしゃっとした。
「わわわ……あー、またセットしなきゃ」
「じゃあな」
防音が行き届いている、このぺルルノワールで……ホワイト公は、勇者たちに何を話したかったのか。
オレは嫌な予感を抱えながら、勇者会議へ戻った。