05 じゃあな、ミモザ
「そういえば、あいつらは……」
先に倒れた戦士たち3人は、オレが部屋の隅っこに寄せていたが、そこだけは奈落になっていなかった。
「ミモザめ、一応気を使ってくれていたのか」
オレはわずかな魔力を振り絞って風魔法で飛翔し、床が少しだけ残った部屋の端へ行き、ミモザに向かって手を合わせた。
「こら。
わらわは死んではおらぬぞ」
壁にめり込み、全身ぼろぼろになっているミモザだが、その表情は明るかった。
やっとの思いで壁を抜け出し、よろよろと空中を漂うと、オレの近くへ浮遊してきた。
わずかに残った床へ壁を背にしてへたり込んだミモザは、黒翼をたたみ、うずくまっていた。
「だが、わらわの負けだな」
ゆっくりと顔をあげたミモザは屈託なく笑っている。
「ミモザ。こいつらのこと、感謝する」
「何のことだ?」
「床を奈落にしたとき、ちゃんとこのあたりだけ奈落にせずに残してくれたんだろ?
こいつらがいるから」
「ああ、そのことか。
そなたが、仲間のことで怒っていたからな」
「ありがとう」
オレはしっかりと頭を下げた。
「そんなことより、テオ。
そなたが勝ったのだ。
早く、わらわの首をはねるのだ」
そうだった。
早く、戦争を終わらせないとな。
オレはその為に――ミモザを倒すために、ここに来たんだ。
「行くぞ」
「ああ」
オレは剣を振り上げる。
ミモザは口角を上げ、八重歯をちらりと見せて笑った。
「楽しかったな、テオ」
「……ああ」
楽しかった。
本当に。
子どものころの遊びのように、一生懸命、オレとミモザは戦った。
だから……
「どうした?」
ミモザは剣を振り上げたオレが、下を向いたままなのに気づいたのだろう。
「テオ。
さあ、早く。
この戦争は、どちらかの親玉が死なねば終わらぬのだ。
魔族と人間は、こじれ過ぎた。
わらわはそなたを恨んだりしないぞ、テオ」
オレはミモザを見つめる。
「……じゃあな、ミモザ」
オレはミモザの名前を呼んだ。
名前を呼んでくれたのが嬉しいのか、ミモザは笑っていた。
「さよなら、テオ」
ミモザは目をつぶり……オレは剣に力を込めた。
その時、あたりを揺るがすような大声が部屋の外から聞こえた。
グアアア!
大声の主は、重厚な扉をいとも簡単に開け、部屋をめがけて突っ込んできた。
「な、なんだこれは!」
部屋へ慌ただしく入ってきた獅子面の大男は、床がすべて奈落になってしまっていることに驚いていた。
大男は目線を泳がせミモザを探すが、黒翼を傷つけられた惨状を見て血相を変えた。
「ミモザ様! なんと無残な……
お前は……勇者テオ!
くそ、お前ら、早く来い!
ミモザ様をお守りしろ!」
扉が開け放たれているため、階段を上る音が大きく響く。
かなりの数の軍勢が、こちらへ向かってきているようだ。
あの大男は、赤獅子将軍ナシル・バクラムだろう。
主の危機を聞きつけ、いの一番に駆け付けたのか。
ナシル将軍は忠臣だというが、正しくその通りの人物のようだ。
しかし、人間たちの間でも武名とどろく、ナシル将軍が現れたか。
オレはもう体力、魔力をほとんど使い果たしてしまった。
ミモザの首をとるどころか、脱出も難しいぞ。
「ククク、もたもたしてる間に形勢逆転だな」
ミモザはそうつぶやいて、深紅の大鎌を魔力で呼び寄せ、手中に収めた。
「はあ!」
ミモザがオレに向かって鎌で斬りつけてきたため、剣で受け流そうとした。
衝撃を殺しきれずに跳ね飛ばされ、オレは部屋の角に追い詰められた。
「くっ……」
部屋の入り口では大勢の部下たちがごった返しており、土魔法で床を形成したり、ロープで柱まで飛ばしたりしてどうやら何とかして奈落を攻略し、ミモザの加勢に来るつもりのようだ。
「テオ、知っているか。
魔族は生きている限り、魔力は尽きぬ。
人とはけた違いの魔力を、体内を駆け巡る血液に宿しているからなのだ」
ミモザは爪で自分の肌を傷つけ血を流すと、それを大鎌に塗り付けた。
「テオ、まだ多少の魔法は使えるか?」
「…一応な。ただ、この部屋の入口にいる奴らを倒すほどの魔力は残ってないぞ。
ははは、今、追い詰められているのはオレのほうだ」
「風魔法と……先ほど使った光の鎖さえ、使えればよい」
「何でだよ」
ミモザはオレの質問には答えずに大鎌をぐるんと一周させて、空中に魔法陣を描いた。
すると、部屋の壁がいとも簡単にくり抜かれ、外から強風が吹きつける。
「どこ狙ってるんだよ」
オレが聞いても、ミモザは答えない。
「ミモザ様、今お助けしますぞおおおおおお!」
そうこうしてるうちに、ナシル将軍は天井に指で穴をあけ、指の力のみで、少しずつこちらへ移動してきていた。
なんつー馬鹿力だよ。
「くくくく、ナシル。
わらわの獲物だ。
せっかくの勇者の首、そなたに取らせるわけにはゆかぬ、わらわがいただくぞ」
そう言うと、ミモザは大鎌を旋回させ、オレたちに向けて風魔法をぶっぱなした。
「うわああああああ!」
オレ、戦士、聖者、魔導士は仲良く大空にぶっ飛ばされた。
「わらわの勝ちだ。
悔しかったら……また来るといい、テオ」
吹っ飛ばされながら見たミモザの顔は、少し寂しそうだった。
……オレは魔王を倒せなかった。
それでも、急降下しながら見上げた空は、雲一つなく晴れ渡っていた。