36 操魂将軍カルリ・シオマネ
ティムール隊長を回復していたオレたちのもとに、すーっと紙が飛んできた。
「こちらに回復魔導士がいるな」
「紙がしゃべってるぞ」
なんだか偉そうにしゃべる紙だな。
「こ、これはディーター様」
ティムール隊長は、治りたての体を起こしぺこりと挨拶をした。
「ディーターって誰だっけ?」
「リンも、偉い人の名前少しずつ覚えていこう。
できるかな?」
「……ああ」
幹部の名前を憶えていなかったので、アイカに小さい子扱いされてしまった。
ショックなので、名前をちゃんと覚えておくことにしよう。
「魔術補佐官ディーター・リーラ様。
簡単に言うと牙爪隊のナンバー2。
用事のために式神をよく使うよ。
ぺらっぺらの紙の式神なんてディーター様しか使えないの」
名前に聞き覚えがあるな。
「ああ、魔術試験官を務めてた神経質そうなダークエルフか」
「……上官に向かって神経質そうとはいい度胸だな」
「え?
今の聞こえたのか?
式神で話すだけじゃなく、聞くこともできるってすごいな。
どうやるんだ?」
「クククク、式神に聞く能力をつけるのは難しいからな。
そこに目をつけるとは、もしやお前魔法愛好家か?
では、教えてやろう、これはな……」
「あ、ディーター様!
用は何ですか?」
恐ろしく早口でしゃべりだしたディーターの話を、アイカが止めた。
「ん?
なんだ、今魔法愛好家同士の楽しいディスカッションをしているところだったのに……」
ディーターの式神は、ぶつぶつしゃべっていた。
アイカがオレに耳打ちをした。
「ディーター様は、一言で言うと、魔法オタク。
魔法のことは早口でしゃべりだして止まらない。
放っておくと、2時間しゃべる」
「そういうタイプか、まあ魔法は楽しいから分からなくはないけど……」
「うわ、リンも魔法オタクのお仲間さん?」
アイカの顔が軽く引きつった。
「ちょっと待て、アイカも魔導士だろ。
魔法楽しいぞ」
「私は2時間も魔法トークしたくない」
式神が話してるオレ達の周りを怒ったように飛び回った。
「こら、話を聞け」
「わ、ディーター様。
すいません、ご用は?」
「用はな、ナシル様の回復をしてほしいのだ」
「ナシル様が!
すぐ行かなきゃ」
アイカは慌てて準備を始めた。
「こちらだ、紙について来てくれ」
「隊長……ちょっとナシル将軍に会いに行ってきますね」
「……」
「あら、寝てるぞ」
「ふふふ、隊長大口あけて寝てる」
安心したように寝てるワニ……ティムール隊長を見てると、何だか温かい気持ちになった。
ふとアイカと目が合うと、同じタイミングで笑い出した。
きっと、同じことを思ったからだろうな。
「おい、早く来い」
オレたちがほんわかしていると、ディーターにせかされた。
「は、はい。
リン、行くよ」
★☆
「ここだ、ナシル様はご自前の体力で命に別状はないが、足に大やけどを負ってしまい、歩けないほどだ」
式神を介して、ディーターは説明をした。
「もう案内はいいな。
ナシル様の代わりに最前線で指揮をとっているのだ、後は任せたぞ」
そう言い終わると、ひゅるひゅると式神はただの紙に戻り、ぽたりと地面に落ちた。
ディーターはどうやら他の場所にいて、式神を操作していたようだ。
魔法は、遠距離であればあるほど魔法力を消費する。
ディーターは確かな腕を持った魔導士なのだろう。
式神の紙が落ちたところまで向かうと、我らが牙爪隊を率いる赤獅子将軍ナシルが座り込んでいた。
「ナシル様!」
「おお、見た顔だの。
ティムール隊の……そうだ、アイカだ」
「覚えててくれたんですね」
「がははは、戦場でともに並び立つ仲間だからの。
部下の名前と顔はすべて覚えとるよ、明日には会えなくなったとて、後悔したくはない」
「さすが。
ティムール隊長が尊敬してるって言ってた」
アイカはナシルに畏敬の念を抱いたようだ。
「えっと、アイカの隣のボウズ。
ネコ族かの?
どれどれ、顔を見せてみろ」
「……」
ナシルとは面識がある。
あまり、顔を晒したくはないが……
「ほれ、ボウズ。
恥ずかしがっとる場合か。
ローブのフードを取って、顔を見せてみろ」
ここまで言われて断るのも変だよな。
オレは決心して一気にフードを取った。
「ふむふむ、中々賢そうな顔だな。
うーむ、どこかで見たことあるな。
そうそう、こんな目で剣を握りしめ、俺を睨みつけておったわ。
え?」
ナシルはオレの方を二度見した。
「うひゃああああああ、お前は、テ……テ……」
ナシルは足を引きずって思いっきり後退した。
「テ?」
ん?
もしや、オレが元勇者テオ・リンドールだとばれたのか?
「……はあ、はあ。
すまない、テ……いや、ボウズ。
えっとな……何で、取り乱したかというと……
そ、そうだ!」
ナシルはどうやら動揺しているようだ。
「お前の名前を忘れて取り乱したのだ」
ナシルは体から汗が噴き出していた。
「え?
さっき、みんなの名前覚えてるって言ったのに……」
アイカはナシルを責めるような視線を送った。
「えっと、がははは。
他の奴らの名前は憶えているが、このボウズは新入りだから忘れ取ったのだ」
「ナシル様、覚えてあげて」
「そ、そうだ。
思い出した。
リン・テオドールだったな」
「ああ……いや、はい。
そうです、ナシル様」
余計な疑念は抱かれたくない。
ナシルに向かってオレは恭しく礼をした。
「うむ、初陣だったな。
これからもしっかりやれ」
「ありがたきお言葉、嬉しい限りです」
オレとナシルの話が終わったのを見計らってアイカが話しだした。
「では、将軍。
いまから、回復していいです?」
アイカは敬語はうまくないが、きちんと話そうという意識はあるようだ。
「ああ、頼む」
アイカはオレが描いたのと似た魔法陣を、ナシルの周りに描き始めた。
「リンの魔法陣、すごく綺麗だった。
魔力の流れがスムーズ。
真似してみるね」
さすがに強化魔法の魔法陣は書けなかったみたいだが、火傷に効く皮膚再生魔法を中心に、体力回復魔法などを丁寧に組み込んである。
「よし、描けた」
「よく描けてあるよ。
これだけ、上手に描けてたらナシル将軍の火傷もきれいに治せると思うぞ」
褒められたアイカは張り切ってナシルの回復を始めた。
しっかりとした魔法陣の上で回復しているとはいえ、やはり回復には時間がかかる。
その間に、ナシルはオレに話しかけてきた。
「リンよ。
さっきから、ピタリと爆破が収まっとる。
なぜかわかるか」
「……」
オレがヒューゴーと魔導士をぶっ潰しました。
って言ったらお前何者だってなるよな。
少なくとも初級職の成果じゃない。
さて、なんて答えるか。
「オレが捕らえられ、同じティムール隊のエセルが助けに来てくれました。
その後……」
くそ、ヒューゴーたちをやったこと、どう説明する?
あの場にいたのはヒューゴー、魔導士。
それと、エセルは気絶。
ギルも気絶。
エミネは寝てた。
ん?
誰も見てないから、嘘だとしてもばれないか。
「オレはヒューゴーの雇った剣士、ギルに倒され気を失いました。
その後、目を覚ました時には上空で大きな爆発が起こり……その場にはヒューゴーの服と、杖が落ちていました。
だから、ヒューゴーは何者かに敗れたのだと思います」
「それが、その杖か」
「え?」
オレ、ヒューゴーの杖握ってた。
「はい、そうです!
これがヒューゴーの杖です!」
うーん、この杖持ってるとヒューゴー倒したのオレってばれないかな?
でも、話の流れ的にそういわないとしょうがなかったしな。
「そうか、良かった。
これ以上、仲間を爆破されたくないからの」
「大勢の味方を失って勝てるでしょうか?」
オレは冷静を装って話をつづけた。
「ヒューゴーは自分の味方がいても構わず爆破しとったいからの。
シアドステラ軍も無事ではなかろうて」
「そうですね」
「それに、夜が来れば、我々が負ける訳がない」
「夜……ですか」
開戦から時間が経過し、もうすでに夕方と呼んでいい時間だ。
そろそろ日没が訪れる。
「魔王ミモザ様は、クルトの街を取り返すべく、絶対に失敗しない布陣を敷いた。
我々牙爪隊だけでヒューゴーを倒し、この街を占領するのが一番だがの。
もし、牙爪隊が壊滅した場合、その場合にのみ、強力になる部隊を後詰めで準備しとる」
「壊滅した場合にのみ強力になる、ですか」
「ああ、あそこを見ろ」
ナシル将軍は、上空を指さした。
上空には黒いマントで全身を覆い、仮面をつけた人物が浮かんでいた。
「影棲隊、操魂将軍カルリ・シオマネ」
魔王軍要注意人物ナンバーワン。
戦場に出没すれば、対策をしなければ決して勝利はつかめない、魔王軍のキーパーソンだ。
「夜はあいつの時間だ。
日中の間、じっくりと準備をしてこの街に特大の魔法陣を仕込んだはずだ。
牙爪隊が壊滅した場合に備えてな」
カルリらしき人物はマントから大鎌を取り出し、横に一薙ぎして見せた。
「見てろ、戦場の勢力図があっという間に塗り替わるからの」
日没となり、暗く沈んだ地面から無数の白骨騎士やゾンビたちが起き上がる。
街中を埋め尽くした不死生物は、生き残ったシアドステラ軍を恐怖させるには十分だった。
悲鳴や、剣戟の音がにわかに大きくなり、街中に広がっていく。
「なるほど、両軍の死体がすべて魔王軍の兵士となってシアドステラ軍に襲い掛かったわけか」
夜に突然現れた不死生物に退却もかなわず、シアドステラ軍は完全に壊滅した。




