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35 元勇者はワニ隊長を回復する

 ヒューゴーたちと爆炎魔石を上空に飛ばしたため、天井に大穴が開いている。

 その穴から見える空には、大きな翼を広げた鳥が旋回していた。


 よく見ると、手足のようなものが見え、大きな翼は銀色にはためいている。

 あいつは見覚えがあるぞ。


 「銀翼将軍エルトゥール・シャヒン」


 魔王軍征空隊の若き将軍だが、どうやらクルトの街奪還作戦を上空から監視していたらしい。


 なんだか目が合った気がするが……気のせいだろ。

 この猫耳ローブを被っているから、勇者テオだと気付かれるわけがない。


 さて、それより戦いの後始末をしないとな。


 オレは気絶してしまったエセルの側に行く。

 東部から血を流して倒れているエセルだったが、すやすやと寝息が聞こえる。


 オレはヒューゴーから取り上げた杖で床に回復の魔法陣を描き、エセルをその上に運んだ。

 回復の魔法陣を発動させ、それに重ねて回復魔法を詠唱する。


「やはり魔法は杖の方が威力が上がるな。

 本当言えば、聖剣で魔法陣書いた方が威力出るんだけどな」


 ぼそぼそとつぶやいている間に、エセルの外傷がすっかり修復されていた。

 一応、心音と脈を確認しておく。

 うん、すぐに目を覚ますだろう。

 

 よし、ティムール隊長のところに急ごう。

 ただ、このままにしておくと、どの軍が来たとしてもギルか、エセルが殺されてしまうな。

 

 とりあえず、エミネを揺らした。


「むにゃ……テオ、私にチーズを塗りたくらないで……むにゃ」


 ったく、どんな夢見てるんだ。


 オレはエミネに≪微小なる雷撃(スモールライトニング)≫を放つ。

 自分の掌から、相手の手を伝って電撃を通す。

 すごいビリビリするが、安全な魔法だ。


「いやああああああ!」


 エミネはびっくりして飛び起きた。


「うわ……なんだ夢か。

 あたし、テオにいじめられてる夢を見たんだけど……」

「チーズを塗りたくられる夢か?」

「なんでわかるの?」

「寝言で言ってたぞ」

「そっか、寝言か。

 ねえ、テオ。

 ……その前後の話は聞いてないわよね?」


 エミネは妙に顔を赤くしていた。


「チーズを塗りたくられる話しか聞いてないけど」


 エミネはほっとしていた。


「そっか、じゃあいいわ」

「ったく、何の夢見てたんだよ。

 オレ大変だったんだからな、寝てるなんてひどいぞ」

「ごめんってば。

 眼をつぶると眠っちゃうの仕方ないわよ。

 それで、ヒューゴー倒したんでしょ?」

「まあな」

「ふふふ、さすがテオね。

 あたしが目をつぶった甲斐があったわね」


 エミネは笑ってくれていたが、姉を危険にさらす選択をさせてしまったのは事実だ。


「……助かったよ、必ず借りは返す」

「うん、その獣人の子が攻撃されてるとき、テオがすごく辛そうだったから。

 助けられて良かったわね」

「わかってるよ。

 ただ、もう一つお願いしたいんだ」

「え?

 何を?」


 エミネは急なお願いに戸惑っていた。


「エセルは魔王軍で、ギルはシアドステラ軍だ。

 今から、どちらの陣営が乗り込んできても、どちらかが殺されてしまう。

 だから、うまいことやってくれ

 オレは今から行くところがある」

「いや、何言ってんのよ、無理だってば。

 あたし、魔王軍にもシアドステラ軍にも面識ないから」

「じゃあ、仕方ないな。

 全員連れてくか」

「え?」

「とりあえず、エセルこっち連れてこい」

「もう、何よ」


 エミネは文句言いながら従ってくれる。

 

「よし、じゃあ縛るぞ」

「は?」


 ≪光の鎖(ライトニングジェイル)


「いやあああ」


 光の鎖(ライトニングジェイル)でエセル、ギル、エミネをぐるぐる巻きにした。


「味方に向かって光魔法ぶち込まないでよね!」

「だって縄がないんだよ。

 振り落とされるなよ」

「怖いってば!」

「まったくもう」


 オレはエミネの手を握ってやる。


「手、離すなよ」

「う、うん」


 ≪空中襲歩(エアリアルギャロップ)


 風が体に巻き付き、オレたちは勢いよく空中へ。

 移動魔法で、すでに瓦礫となった首長の屋敷を目指す。

 行ったことがある場所であれば、この移動魔法なら一瞬でつける。

 首長の屋敷には当然行ったことがある。

 オレが追放された勇者会議も、ここで行われていたんだから。


 瓦礫の中から、ティムール隊長を見つけるのは難しいと思ったが、空中でもあの巨体は嫌でも目立つ。

 地面に仰向けになって回復魔法を受けているティムール隊長を見つけた。


 オレは少し離れた場所に着地をする。

 着地の衝撃で傷つけるわけにもいかないからな。

 急いでいたので、かなら乱暴に鎖を解いた。


「きゃ!

 ちょっと、もう少し優しくしてよね!」

「わ、悪い……ちょっと急ぐから」


 オレはティムール隊長の方へ走り出した。

  

「大丈夫か!」

「リン。

 どうしよう、ティムール隊長が……」


 遠目で分からなかったが、回復してたのはアイカだったのか。

 泣きながら回復魔法をかけ続けていた。


「くそ、ひどいな……」


 ティムール隊長自慢の青い鱗は灼熱を食らって剥がれ落ち、全身に建物の小さな破片が突き刺さっている。

 背中はさらに重傷で、熱で表皮の体組織を完全に焼かれてしまっている。


「呼吸が、どんどん浅くなってく。

 テオ、どうしよう……私、私」


 泣きながらも、アイカは回復魔法をかける手を緩めなかった。


「他に回復魔導士は?」


 アイカは首を横に振った。


「私が来た時には、ティムール隊長の他、数人しかたってる人はいなかった。

 私がお屋敷に入ろうとしたその時、大きな爆発が起こったの」

「アイカは、外にいたんだな」

「うん、ちょっと早くついてたら私もダメだったと思う。

 身体が丈夫なティムール隊長でもこんな状況だから。

 戦士が数人しか生き残ってない。

 魔導士は全滅したみたい」


 ティムール隊長を早く回復してあげたいが、オレは初級職の猫魔導士キャットメイジだから回復魔法は使えない設定なんだよな。

 普通に使えるんだけどな。


「くそ、オレも回復魔法が使えたら……」

「テオ、もしかして石板が光ってる?」


 アイカに言われるまで慌てていて気づかなかったが、バッグに入れてある石板が光っているようだ。


「今、石板チェックしてもな。

 一応見てみるか」


 石板に触れると、空中に青色で文字が浮かび上がる。


≪職業経験値を満たしたので、猫魔導士キャットメイジをマスターしました。

 ネコ族初級職共通マスタースキル:猫目、猫足を取得。

 魔導士共通マスタースキル:魔法威力アップを取得。

 猫魔導士マスタースキル:4つ足魔法を取得≫

≪さらに、猫魔導士キャットメイジをマスターしたため、転職が可能になります。

 暗殺魔導士、猫賢者キャットセージ……≫


「賢者になれるぞ!

 賢者になれば、回復魔法も使える」

「え?

 初級職マスターしたの?

 リン初陣なのに強くなり過ぎじゃない、何があったの?」


 敵の勇者のヒューゴー倒しましたって言わない方がいいよな、たぶん。


「わからん、でもオレは猫賢者になって、ティムルール隊長を治したいんだ!

 石板、リン・テオドールは猫賢者に転職するぞ!」


 オレが石版に手を乗せると石板から発した青い光に包まれると、魔力が増したような気がした。


「行くぞ、アイカ。

 回復用の魔法陣を描くから、その間ティムール隊長を回復しててくれ」

「うん、わかったけど……リン、回復魔法そもそも覚えてるの?」

「大丈夫、ちゃんと使えるからさ」


 オレはヒューゴーから取り戻した杖を使い、ティムール隊長を取り囲んで大きな魔法陣を描く。

 ティムール隊長の外側に書くから、多少面倒だけど、体を動かさないほうがいいからな。


 外側に魔力増幅の紋を何十にも書いて威力を高め、体力回復魔法、火傷の回復魔法、体組織の再生魔法小さい魔法陣をいくつも取り込んだ特大の魔法陣を描き上げる。


「え?

 何それ、見たことないんだけど……」

「よく見ろよ、初級魔法の組み合わせだから。

 体力回復魔法、火傷の回復魔法、体組織の再生魔法……な」

「あ……そうか、なるほど。

 でも、この増幅魔法って知らないよ?」

「これはな、伝説の武器や魔法に彫り込んである文様を解析して作り上げたオレ独自の強化魔法で……」

「冗談やめて。

 魔法作れるのって、上級魔導士マスターして何十年も研究して作るんだよ?

 もう、リンったら転職できたからって浮かれないで」

「あ、ごめん」


 そうか、割と伝説の武器がよく宝箱に入ってたから研究してたんだよな。

 書いてある文様全部書けるようになってから、ホワイト公に献上してたから。


「さ、魔法陣ができた」

 

 魔法の詠唱じゃなくて、魔法陣にしたのは、光の魔法で回復魔法を強化したかったからなんだよな。

 詠唱だと、さすがに光魔法だとアイカも気づくだろうし。


 オレはティムール隊長とアイカの側に行く。

 ティムール隊長を回復し続けるアイカの手にオレの手を合わせ、回復魔法を発動させる。


全回復(ヒール・オール)


 魔法陣から発するまばゆい光がティムール隊長を包み込む。

 すると、破片が体が取れ、みるみるうちに体の組織がよみがえっていく。

 身体を包む青い鱗も輝きを取り戻していった。

 顔は血色がよくなり、目には生気が戻っていく。


「リン、ティムール隊長の呼吸が強くなったよ」

「ああ、もう大丈夫みたいだな」

「む……ううん」


 ティムール隊長は瞼をこすりつぶやいた。


「……アイカ。

 リン……か」

「「隊長!」」


 ずっと泣いていたアイカだったけど、隊長が目を覚ましてもやっぱり泣いていた。


「お前が回復してくれたのか」

「……えぐ」


 アイカは泣きすぎて嗚咽を漏らしているから、うまく隊長に答えることができないようだ。

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