32 元勇者のセンパイ、奮戦する
「ウフフフ、あなたみたいな獣人の子ども一人で何ができるというのです?」
「そうだね、できることと言えば、奇襲してヒューゴーとかいう勇者をびっくりさせるくらいかな?」
先ほどエセルに奇襲され、無様に慌てていたヒューゴーは、エセルの言葉にイラっと来たようだ。
「……生意気なイヌですねえ。
ペットの分際で人間様に歯向かうとは。
身の程をわきまえない悪い子犬は、特別に私自ら躾けてあげましょう」
ヒューゴーは腰に掛けた細剣を抜き放った。
ヒューゴーのような魔導士は非力なため、筋力がものを言う大剣や斧よりも、ナイフや細剣を護身術としてたしなむことが多い。
「へえ……魔導士なのにボクと武器で戦ってくれるっていうの?」
エセルは槍をくるくると回した後、重心低く構えた。
「ウフフフ、特別ですよ。
さあ、どっからでもどうぞ」
細剣を構えたヒューゴーは余裕の表情でエセルを手招きした。
「……じゃあ、お言葉に甘えるよ!」
軽く助走をつけてエセルは一気にヒューゴーの間合いへ飛び込んだ。
「もらったよ!」
エセルの槍がヒューゴーをとらえたかと思えば、エセルの槍は宙をついた。
≪陽炎≫
残像は消え、エセルのちょうど横に現れたヒューゴーがエセルの脇腹を貫いた。
「く、くそ……体をつらぬいたと思ったのに……」
「甘いですねえ、魔導士が剣で戦うって言うんだから、罠を疑わなきゃいけませんよ。
残像を見せるって言う炎魔法の補助術です。
私をびっくりさせた代償として後一つだけ魔法を食らってくださいね」
≪熱伝導≫
エセルの体を貫く細剣を伝ってエセルの体内を高温が駆け巡る。
「ぎあああああ!」
「はッ!」
ヒューゴーはエセルを蹴っ飛ばし、細剣を収めると魔導士たちの元へと戻った。
「……お返しは十分です。
指揮官たる私はとっても忙しいのですから。
ギル、後は適当に遊んで殺してあげなさいね」
「ふん。
アンタと違って、オレは弱ってる奴をいたぶる趣味なんてないんだがな」
ギルはエセルの前に立った。
「てめえは、ガキのようだから殺しやしねえよ。
さっさと降参しろ、ちゃんと捕虜として取り扱ってやる。
大人しくしてれば、いつかはママの元へ帰れるぞ」
ギルは優しくエセルに語り掛けた。
「ボクは負けないんだ、だってリンを助けに来たんだから」
痛みに耐えながら、エセルは槍を杖代わりにして立ち上がった。
「あーあ、もうフラフラじゃねえか」
「立てるし、槍も握れるよ」
「ねえ、もうやめてよ」
黙ってみていたエミネが、エセルに声をかけた。
「君ケガしてるし、テ……ううん、リンだって捕虜として生き延びるかもしれないでしょ?」
オレはスパイなんだから、エセルが戦っても、戦わなくても殺されることはないだろう。
エミネは獣人の子どもが傷ついているのを見ていられなかったようだ。
「そうだ、エセル。
オレのことは、ほっといてくれ」
「ほっとけないよ、リンがよりによってヒューゴーなんかに捕まってるからね。
ボクの村もヒューゴーが奴隷狩りしたんだ。
歯向かった村の仲間はみんな……」
男は殺し、女は奴隷にする。
ヒューゴーは獣人をただの所有物としか思っていない。
「ボクがこの剣士を倒すからね。
リン、一緒にティムール隊長のところに帰るよ」
「……チッ、怪我人をいたぶる趣味はねえって言ってるだろが」
エセルが構えると、ギルは文句を言いながらも剣を抜き、構えた。
「戦うってんなら、手加減できねえぞ」
「こっちだって!」
エセルは跳躍して、ギルに槍を叩きつけた。
ギルは交わすのではなく、大剣で槍を受け流す。
「わわわ」
態勢を崩したエセルの隙を見逃さず、ギルは懐のショートソードを投げた。
エセルは体をひねって交わすのが精いっぱい。
「はあああああッ!」
ギルは大剣で横薙ぎし、エセルは真上に跳んで交わすが、その動きすらギルに読まれていたのだろう。
ギルは腰に巻いたベルト状の鞭を振り、空中に浮いたエセルの足を絡めとる。
「く、くそ……」
「床でもなめてろ、ボーズ」
ギルは鞭をしならせ、エセルを床にたたきつけた。
「ぎゃあああああ」
エセルの頭から血が吹き上がる。
「立ち上がるなよ、そしたら血くらい止めてやる」
「い、や、だ……」
頭の血を手で押さえながら、それでもエセルは槍を握り立ち上がった。
「もういい、立ち上がるなエセル」
一人奮戦するエセルが傷つくのをこれ以上見ていられなかった。
「いやだ、ボクは先輩なんだ。
リンを助けに来たんだから」
「どうしてそこまでしてオレを助けようとするんだ、エセル……」
「リンも、さっきボクを助けてくれた。
それに、今リンは辛そうな顔してた、だからボクは助ける。
助けたいから、助けるんだ!」
エセルの心からの叫びは、オレの心を突き動かした。
「助けたいから助ける、か」
エセルの言葉を、もう一度つぶやく。
「もう立ち上がるな、これ以上戦うと殺しちまう!」
ギルはエセルに言い聞かせようとしていた。
「いやだ……」
血で片目が塞がれているエセルの死角に入り、ギルはエセルの首筋を峰うちした。
「う……」
エセルが地面に倒れる寸前、ギルは首根っこをつかみ、ゆっくりと地面に寝かせてやる。
「お前、よく頑張ったよ……って聞こえてないだろうけどな」
ギルは、子どもながらに奮闘したエセルに好感を抱いているようだ。
「いけませんねえ、ギル。
あなたは傭兵ですから、私に敬語を使わなくても許していましたが。
依頼主の依頼を守れないような傭兵じゃあ、困るんですよねえ」
ヒューゴーが近づいて来て、杖から特大の≪火の矢≫をエセルに向けて飛ばした。
「おい、やめろ!」
気絶したエセルに≪火の矢≫が今にも命中しようとしていた。
タタ……バコーン。
オレはエセルに駆け寄り、手錠のついた両腕で炎魔法を壁に向けてぶっ飛ばした。
「テ、テオ!
何のつもりです、歯向かう気ですか?」
「いや、そんなつもりはないけどな。
いい加減、手錠を外して欲しくてな。
いやあ、さすがヒューゴーの魔法だな。
手錠なんか簡単に溶けちまう」
オレは手錠の取れた手をヒューゴーに見せつけた。
「な、な……」
ヒューゴーは驚いて後ずさった。
「う……うわああああ」
ヒューゴーは慌てて魔導士たちの後ろに隠れた。
「エミネ、オレはエセルを見殺しにできない。
エセルを助けたいと思ったから」
「……テオなら、そうすると思ってた」
エミネはオレに優しく笑いかけてくれた。
「でも、私は……お姉ちゃんを守りたい」
オレが命令違反を犯したならば、エミネはオレを殺さなければならない。
エミネは笑いながらも体を震わせていた。




