29 爆炎の勇者、街を爆破する(ヒューゴー視点)
「南門が突破されました!」
急を告げる偵察兵が息を切らしながら、私に報告をします。
「き、北門も突破されました!」
またひとり偵察兵が、私に報告をしてきましたねえ。
そんなことは言われなくてもわかっているんですけどねえ。
私の前にはとてつもなく大きな白い布。
私の横には、魔力で光を放つ水晶玉がいくつも並べてあります。
その水晶玉と同じものが、このクルトの街各所に置かれています。
街の水晶玉から、この部屋の水晶玉へ。
魔力を介して映像を送ってきますから、北門の様子も、南門の様子も、一歩も動かなくても私には手に取るようにわかるのです。
この魔力監視システムを動かすため、精鋭魔導士を数十人動員しているのですからねえ。
ウフフフフ、白布の下部には特大の魔石を配置してあり、これが魔力監視システムの肝です。
奮発しましたよお、これがあれば一歩も外出しなくても、にっくき魔王軍を木っ端みじんにできるのですから。
それにしても、劇場型レストラン「ペルルノワール」に指令部を構えた甲斐がありました。
これほどの大きな白布は、劇場でもないと所持してないでしょうからね。
「そうですか、ご苦労さま。
休んでいなさい」
「あ、ありがとうございます!
それで、クルトの街はどうなるのです?
どうやって、獣人たちを追い出すのですか?」
「北門付近、南門付近を爆破しなさい」
今、私の耳がおかしくなったのでしょうか。
南門からの偵察兵が、無駄口を叩きましたか?
「……偵察兵ごときが、私に質問ですか?」
「く……」
南門の兵士は兜を叩きつけ、私を睨みつけました。
「質問して何が悪い!
テオ様が統治してる間、クルトの街は平和だったんだ。
ヒューゴー、あんたが獣人の村を襲うから、こんなことになったんだろうが!
オレの弟は、ついさっき獣人どもにやられたが、オレはあいつらを恨むつもりはねえ。
先に牙をむいたのはオレ達シアドステラだ。
いや、お前だ!
ヒューゴー・フレアウッドぉおお!」
南門の兵士は剣を握りしめ、私に突撃してきました。
私は、慌てて杖を拾おうとします。
「あわ、わわわ」
「ははは、魔導士は近づかれたら終わりなんだよ!」
そろそろ剣の間合いに入ろうかという頃、私の呪文が発動しました。
バアアアアアン!
「ぎ、ぎやああああああ」
兵士は顔の表面を爆破され、見るも無残に床を転がりまわります。
「ウフフフフ、先ほどのキミの意見、私も賛成ですよ?
魔導士はどんなに高威力の魔法を唱えることができたとしても、近づかれると案外、脆いものですから」
私は、ゆっくりとしゃがみ杖を拾いました。
「な、何をした……」
兵士は顔面を爆破されながらも、私に言葉を投げかけました。
「杖がなくても、私は魔法が使えますからね。
さっき慌てるふりをして魔法陣を空中に手で書いて、魔法で攻撃しただけですけどね」
「まったく見えなかった……」
「一応、冥途の土産に教えてあげましょうか。
火属性の中級魔法≪火爆破≫を薄―く広げていたんです」
私は杖で魔法陣を描き、≪火爆破≫を起動させた。
空中に火球が浮かび上がり、一瞬で大きくなったかと思うと見えなくなった。
「こうやって、薄くしてあなたを包み込んだんですよ。
こんな風にね。
フフ、パイに包まれるクリームみたいですよねえ」
「やめろ、やめろ! やめろおおお!」
薄赤い霧が兵士を包んだと思うと、兵士に胸の上に小さな玉を作りました。
すうっと、その球は兵士の胸に吸い込まれて……
バアアアアアン!
「ぎあああああああ!」
兵士は心臓をくり抜かれて絶命したようです。
「あ、あ……うわああああああ」
北門からの偵察兵が、動揺して逃げ出した。
「私だって、歯向かう人以外は殺しはしませんけど……逃げるっていうんでしたら別ですけどねえ」
杖を手に、大きな魔法陣を描き、呪文を詠唱していきます。
高威力の魔法と言うのは、そのように威力を増幅して放つのです。
ほら、このように――
≪九十九の火矢≫
魔法陣から魔力が杖に流れ込み、次々と火矢が放たれていきます。
北門からの偵察兵を目掛けて飛んだ矢は、まるで意志を持つかのように四方八方から偵察兵に回り込み、一斉に襲い掛かりました。
「ひ、ひ、ひああああああああ!」
火矢が偵察兵の全身を埋め尽くし、毛や肉の焼ける音が空間中を満たしていきます。
悲鳴と共に黒煙が舞い上がり、やがて静寂が訪れました。
ウフフフフ、少しはすっきりしました。
ほんと、イライラすることばかりでしたから。
せっかく、テオがいなくなったのですから、この街の周りの村から獣人奴隷をたくさん持って帰ろうと思っていましたのに……
ちょっとつまんだくらいですぐに戦いを挑んでくるなんて……野蛮ですねえ。
牙爪隊は本当に。
それにしても、城門の警備に大半を割いたのですが、二つの門がこうも簡単に突破されてしまうとは計算外でしたけどね。
私はテオと組み、このクルトの街の攻略を任されていましたけど、主に影棲隊の相手をさせられていましたからね。
影棲隊はネクロマンサーや、ゾンビなど叩いても叩いても倒れない厄介な相手でしたから、テオが相手する牙爪隊よりも随分大変でしたが、ウフフ。
牙爪隊もなかなかやりますねえ。
それにしても、テオは影棲隊と、牙爪隊を必ず分断して戦っていました。
そして、私にいつも大変な影棲隊を任せてくれましたからねえ。
テオはいつも牙爪隊を選択し、戦っていましたが……ウフフフ。
テオも私と同じで獣人をいたぶる趣味があるんでしょうねえ。
いたぶってあげるときの悲鳴とも、鳴き声ともいえるあの声……ウフフフ。
あれを知るとね、人間の女の子では物足りなくなるんですよねえ。
ウフフフ。
思索を巡らせている間に、首長の屋敷にナシル隊が到着した様ですねえ。
さて、爆破してあげましょうか。
いやいや、まだまだ。
せっかく、街の中央の首長の屋敷から離れてこんなとこに潜伏しているんです。
ナシル隊の先遣隊くらいで満足できませんから。
やっぱり赤獅子将軍ナシル・バクラムくらいは食わないと私も満足できませんしねえ。
ウフフフ、ここにいる魔導士以外の幹部はすべて首長の屋敷に残しているんですから。
彼らごと爆破するんですから、彼らのためにも、できるだけ大物を食って弔ってあげたいですよ。
上官ですからね、ウフフフフ。
「ヒューゴー様!
テオを連れて来たぜ。
とりあえず、手錠をかけて寝かせているが」
手練れの傭兵剣士、ギル・ロッドマンが報告しながら、走ってきました。
「ウフフフフ。
敬語くらいできれば使ってほしいですけどね。
ご苦労様、ギル。
キミは品位には欠けますが、仕事のできる男ですねえ」
「……すまんね、俺は傭兵だ。
敬語は知らん。
様だけはつけさせてもらうから、それで勘弁してくれ
……指令室を血で汚す伯爵令息様に品位は言われたくないどな」
ギルは血肉や煤で汚れたこの部屋を一瞥した後、ひざまずきもせず、腕を組み私の前に立ちました。
「まあ、いいでしょう。
山猿を躾ける趣味もありませんから。
それで、テオでしたね。
ここに連れてきなさい、見せたいものがありますから」
ギルは顔をしかめた。
「テオにはさるぐつわと、腕輪、足輪もした方がいいと思うがね。
さらうときに、殴る振りでもいいかと思ったが、テオに一撃入れる機会なんてそうそうないだろうからさ。
俺が腹を思いっきり殴ったが、ちっとも利いてねえ。
失礼だが、ヒューゴー様、首輪もなしに飼える奴とは思えないが」
「ウフフフフ、能力的にはそうなのですけどねえ。
でも、テオは甘い男です。
手錠なんていりません。
テオは今まで通り私が飼いならして見せますよ、連れてきなさい。
手錠も、足輪もいりませんから」
「大した自身だ、忠告はしたからな。
フウ……いいぜ、連れてくる」
ギルは靴音を鳴らし、テオを呼びに行きました。
さて、街の様子を水晶玉でチェックしましょうかねえ。
お……赤獅子将軍ナシル・バクラムが首長の屋敷に入りましたね、もう少し屋敷深く侵入してもらわないと逃がしてしまうかもしれませんからね。
ウフフフフ、我が隊も士気高く戦っていますねえ。
援軍が来るとの知らせを信じて……
安心してくださいね、ちゃんと援護はしますから。
特大の爆発で、ね。
「連れて来たぜ、ヒューゴー様。
ただし、手錠だけはさせてもらった。
眼が、怒ってるからよ、八つ当たりされちゃたまんねえからな」
手錠をはめたテオが私を睨みながら歩いてきます。
「血肉の匂い、部下でも焼いたかヒューゴー。
人望がないから、離反されるんだよ」
「人望ね、ウフフフフ。
テオ、あなたがそれを言いますか。
筆頭勇者でありながら、全ての勇者に手のひら返されて追放されましたのに」




