20 元勇者、同棲生活始めます?
オレがたらふくチーズフォンデュを食べた後に、ティムール隊長が腕によりをかけたシチューを持ってきた。
大鍋でドーンと山盛りのシチューだ。
「「うわあ、おいしそう!」」
その場にいるみんながシチューのいい匂いに集まってきた。
「ぐははは、美味しいのができたぞ」
「へへ、おかわりしちゃおうっと」
エセルは尻尾をぶんぶんと回して喜んでいる。
「あたしも」
アイカも隊長のシチューは大好物のようだ。
尻尾がぐるぐるしてるからな。
「あ、そうだ。
隊長、メルテムさんいなかったよ」
「ぐはは、いないなら仕方ないな。
また、次にでも声かけよう」
その頃には、昼休みが終わっていて他の兵士たちは仕事に戻ったので、今残っているのはティムール隊のアイカ、エセル、オレ。
「ワシが乾杯の挨拶をしよう。
手短にな。
リンが、ティムール隊に来てくれたことにカンパーイ!」
「「カンパーイ!」」
ティムール隊長以外は、酒じゃなくて果実水だったけど、とっても楽しいパーティーだった。
ティムール隊長のシチューは絶品で、チーズフォンデュをたらふく食べたオレでもペロリと食べてしまえるくらい。
っていうか、おかわりしたんだけどな。
★☆
ああ、もうお腹に入らないぞ。
オレは食堂で皆と別れ、寮へ向かう。
さんざん食べて笑って、パーティーはお開き。
エセルに聞いたところによると、ティムール隊は、隊長が子どもをお風呂に入れてあげるため、パーティーはいつも仕事中に休みを出して行うそうだ。
はは、良きパパしてるティムール隊長も見てみたいな。
ご飯もおいしくて、休みもとれる。
……牙爪隊はなんて、待遇がいいんだろう。
特攻部隊だから、いつ死んでもおかしくないからいい思いさせてくれてるってことか?
いや、それにしてもシアドステラ王国ではそんなことはなかった。
兵士なんて使い捨てだからな。
そんなことを考えてたら、もう寮についた。
角部屋の1階がオレの部屋だ。
さて、鍵をあけるか。
あれ、鍵開いてる。
そっか、エミネがまだいるのか。
「ただいまー」
「あ、ちょっと待って……今ね……」
扉を開けると、傘立てに刺さった聖剣が目に入った。 おい、もう少し丁重に扱え。
それ、すごい剣なんだぞ。
バタバタとエミネが出迎えに来る。
エミネは、はにかんだような表情をしていた。
「どうした?
何か顔赤いぞ」
「そ、それは……」
「顔が赤いのは、彼氏に会えて嬉しいからじゃないですかね?」
奥からひょっこり牙爪隊、受付のメルテムが現れた。
「メルテム、何でオレの部屋にいるんだ?」
「それはですね。
リン君の部屋の掃除を、エミネちゃんがやるって言ってですね、受付の私に道具借りれるか聞きにきたんですよ。
それで、私エミネちゃんと一緒に荷ほどき手伝ってたってことですね!」
「それは、助かったけど」
「……それにしても、リン君。
まだ若いのに羨ましいですよ。
こんな綺麗な彼女がいるなんて」
メルテムがニシシと笑いながら、オレの腕に肘でつんつんしてくる。
「え?
いや、エミネとは別にそういう関係じゃない……」
「まあまあ。
ティムール隊のみんなには、ちゃんと黙っておきますから」
「いや、違うってば……」
「あはは。
じゃあね、エミネちゃん。
リン君とよろしくねー」
メルテムはとても楽しそうに帰っていった。
「……」
「……」
「さて、夕ご飯作ろうかな、テオもお腹減った?」
「こら、普通に会話をしようとするな。
説明しなきゃいけないことがあるんじゃないか?」
オレはエミネを睨んだ。
エミネは眼を泳がせながら言い訳を始めた。
「ち、違うの」
「何が違うんだよ」
「う……うぐ……だ、だって……」
あ、やばい。
エミネはからかい過ぎると泣くんだよな。
「まあ、いいや。
ご飯はたっぷり食べてきたから、おやつでもつまんで話しようぜ」
「おやつ?」
エミネは眼をキラキラと輝かせている。
「元気なんじゃないか。
ま、いいけど」
おみやげに持たせてもらったチーズフォンデュ掛けパンを袋から取り出した。
「チ、チーズ?
え?
これ、食べていいの?」
「いいぞ、オレはたっぷり食べてきたから」
「いただきまーす!」
我慢できない、といった勢いでエミネはチーズフォンデュ掛けパンに噛り付いた。
「お、美味しすぎるじゃないのッ!」
エミネはもりもりと食べていた。
「テオは仕事に行ってたんじゃなかったの?
何でチーズ持って帰ってくるのよ!」
「おい、食べるか文句言うかどっちかにしろ」
「食べるわよ!」
恍惚の表情を浮かべ、エミネはチーズ掛けパンを腹に収めていった。
「ああ、美味しかった」
エミネは食べ終わってとても嬉しそう。
「ほらよ」
オレは紅茶を入れてやった。
「気が利くじゃない、テオ」
エミネはずずずと紅茶を飲んだ。
「チーズとパンと紅茶、今日は最高ね、テオ!」
「そりゃあよかった。
さて、エミネ。
オレとエミネが仲良くなったいきさつを聞かせてもらおうか」
「だから、違うの」
「何が違うんだッ!」
「う……うぐ……」
エミネは観念したように話し出した。
「……テオの荷ほどきするのを、メルテムが手伝うって言って家に来たの」
「それで?」
オレはエミネが泣きださないよう、とても優しく話しかけた。
額には血管が浮き出ていた気もしないでもないが。
「荷ほどきしてあげるなんて仲良しだねって言われて」
「ふんふん」
「二人は付き合ってるのって」
「うんうん。
それで?」
「違う、兄弟なんだって言ったの」
「へー」
「どうして、狼の姉で、猫の弟なのって……」
種族の違う兄弟なんて生まれないよな、そりゃ。
オレたちの関係性をごまかすのに、言ってはならない言葉を言って、墓穴を掘ったってことか……
「付き合ってるのを隠さなくても、って言われて……あわあわしてるうちに……」
「否定しきれなくて、付き合ってることになったってことか」
「……そうなのよ」
はあ。
オレとエミネは息ぴったりにため息を吐いた。
「……仕方ない。
付き合ってるって設定で行くしかないな。
まあ、どのみち試験場でのことを見ているやつがいれば同じか」
「……うん」
オレとエミネの間にもやもやとした空気が流れる。
「まあ、いいや。
とりあえずオレ寝るぞ」
「うん」
寝具を探し出し、床に敷く。
割とふかふかの布団が用意されてあった。
今日も魔王軍に潜入するとか慣れないことしたから疲れたな。
寝るか。
寝具に着替えてオレは布団に入った。
「……エミネ」
「何よ」
何よ、じゃねえ。
オレが着替えだしたら女の子なんだからキャーぐらい言えよ。
まだ家にいるのに気づかなかったよ。
ったく。
「帰れよ」
「帰れないわよ、あたしはテオの監視役だって言ったでしょ?」
「え?
おい、この寮ひと部屋しかないのに一緒に暮らす気かよ?」
「私だって、隣の部屋が開いてて借りれるなら借りてるわよ」
いや、監視するにしたって一緒に住むのか?
「布団一個しかないぞ、どうするんだよ」
「あたしは床で寝るわよ」
「いいよ、オレが床で寝るよ」
「いいってば。
魔王軍の訓練も大変でしょ?
寝不足だったら、スパイなんじゃないかって疑われるかもしれないでしょ?」
「意外と優しいな」
「うるさいわね、あたしは鍛えてるから床でも平気よ」
ゴロンとエミネは横になった。
「あっそ。
じゃあ、オレ布団で寝るからな」
「そうしなさいって言ってるでしょ」
ほんとに強情だな。
「もう知らないからな」
オレはエミネに背を向けて布団に入った。
「へっくし」
ぶるる、とオレの背中からエミネが体を震わせる音がした。
ったく、強情だな。
がばっと布団を跳ね上げ、起き上がった。
オレはエミネの側に行き、体をぐいっと持ち上げた。
前も抱っこしたことがあったから、慣れたもんだ。
「ひ、ひゃあう」
急だったので、エミネはびっくりしたのか、甲高い叫び声をあげた。
「風邪ひくぞ」
「ちょ、ちょっと……」
「はいはい……」
エミネはぽかぽか叩いて来るが、気にせず敷布団の上に乗せる。
「ほら」
オレとエミネの間に枕を置いて、掛け布団をかける。
「これなら、くっつかずに一緒の布団に寝れるだろ」
「む、無理やり布団に連れ込まないで」
「エミネがくしゃみするからだ」
「……明日は、あたしの布団買いに行く」
「わかった。
頼むから今日は一緒に寝てくれ」
「……テ、テオがそこまで言うなら一緒に寝てあげてもいいけど……」
「はいはい。
オレはエミネと一緒に寝たいですよ、エミネ、一緒に寝よう」
「……ううう……」
エミネはなんだか、顔を赤らめて布団をかぶった。
「とりあえず、寝ようか」
「うん」
とりあえず、目をつぶってみる……
……眠れない。
オレは小さな声でエミネに話しかける。
寝てるなら、それでいい。
「……エミネ」
「何よ」
「……チーズ、旨かったな」
「うん、あたし初めて食べた。
あんなにおいしいチーズ」
「オレも」
魔王軍は、想像してたより悪いところじゃないみたいだ。




