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02 魔王ミモザの誘惑

 「待ちわびたぞ」


 魔王ミモザはそうつぶやいた後、ふわあ、とあくびをしながら氷狼フェンリルから降りた。


 コツコツとヒールの音を鳴らしながら近づいてくる魔王ミモザ。

 時折ドレスのスリットからはすらりと伸びた白い足がのぞく。

 少しでも気を緩めると、その色香と魔力に精神を奪われ、(ひざまづ)いて足の甲に服従のキスを捧げてしまいそうになるほどだ。


「さて、勇者テオ・リンドール。

 わらわと相対して、情欲を抱かぬ男なぞおらぬぞ?

 この色香と魔力がそうさせるのだから、恥じ入ることはない。

 わらわに服従し、そなたのすべてを差し出すのだ。

 さすれば、そなたを満足させるため……少しだけわらわが戯れてやってもよいぞ?」


 ミモザは銀髪をかき上げ、自らの肢体の曲線に指を這わせた。


れ者が、戯言ざれごとは大概にしておけ」

 

 ミモザに心を奪われないよう心身に気合を入れなおすと、重心を低く構え、いつでも飛び出せるように剣を構えた。


「しかしなあ、テオ」

「何だ」


 急に優しい声を出すミモザに、張り詰めた気を崩されて、オレも緩んだ声を出した。


「お前の仲間、弱すぎやしないか?」


 ミモザの瞳からは、哀れみという感情しか見つけられない。


「う、う、うるさーい!」


 ヒュイーーーン


 オレが怒りのあまり剣を振るうと、いまにも復活しそうだった白骨騎士スケルトンたちは剣圧に破壊され、すべて微細な骨片になった。


「お、オレの仲間を…ば、馬鹿にするなああああ!」


 オレの体は怒りでぷるぷると震えていた。


「わ、わらわが悪かった。

 すまないな。

 仲間を馬鹿にされるのは、気持ちの良いものではないものな。

 こ、この通りだ!」


 ミモザは素早く土下座をした。


「え? は? 何やってんの?」


 魔王が土下座をするというあまりの事態にオレは狼狽し、友達に話しかけるような口調になってしまった。

 魔王ミモザは土下座の態勢を緩めず、上目遣いでオレを見つめながら話している。


「わ、わらわは…聖剣の勇者テオのことを知っている。

 部下から事細かに報告をさせてるのだ。

 だから、仲間が全滅して、その後テオはいつも一人きりで戦うことを知っているのだ。

 だから、テオは大変だなと思っていたのだ」


 ミモザの赤い瞳から、ぽたぽたと涙が流れている。


「え…ちょ…ま…」


 オレは「えっと、ちょっと、待てよ」と言いたいが、動揺してもごもごしている。


「だ、だから、仲間を馬鹿にするつもりはなかったのだ」


 ミモザは、先ほどまでのように流暢❨りゅうちょう❩な話しぶりではない。

 自らの謝罪の気持ちを正確に伝えようと、腐心しているようだった。

 今から斬り結ぶ相手ではあるが、その誠実さに正直言って少し好感を持ってしまった。


「…わかったよ。

 ミモザ、お前の気持ちは伝わった。

 とりあえず顔を上げてくれ。

 今からお前と戦うのに、その調子じゃオレもやりづらい」


 ミモザは涙で濡れた顔を手の甲で拭い、土下座を解いておそるおそる立ち上がる。


「テオ、許してくれたか?

 わ、わらわを嫌いになってないか?」


 立ち上がったミモザは、今度は勢いよくオレに質問をぶつけてきた。


「何だよ。

 今からオレたち戦うっていうのに好きも嫌いもないだろ」


 ミモザは少しだけ悲しそうなまなざしをオレに向けた後、ふるふると首を横に振った。


「だからこそ、だ」

「え?」


 ミモザは視線を少しもずらさずに話を続けた。


「人間と魔族、勇者と魔王であるわらわたちは、おのれの使命のために戦うことが運命づけられているのやもしれぬ。

 だが、これから戦う相手だからと言って、殊更(ことさら)に人格まで否定しようとは思わぬ」


 ミモザは土下座したときに乱れた着衣をただし、銀髪をかき上げた。


「わらわは生まれて300年、ずっと退屈だったのだ。

 この体は生半可な武器や魔導の衝撃では傷一つつかぬ。

 それこそ、聖剣を持った勇者の奥義でないとな。

 ふふふ。

 わらわが、どれほどそなたと戦うこの日を待ちわびたことか。

 テオ、そなたにならば、わらわの気持ちがわかるのではないか?」


 不敵な笑みを浮かべたまま、ミモザは大鎌を上段に構えた。


「それほど待ち焦がれた勇者に、わらわのことを『仲間を馬鹿にする性格の悪い奴』と思われたら、死んでも死に切れん」


 ミモザのその気持ちは、オレにも少しわかる気がする。

 オレだって正直言うと、ミモザと戦ってみたかった。


「わかったよ、ミモザ」

「ホントか?

 テオ、さっき仲間を馬鹿にしたこと、許してくれるのか?

 わらわのこと…嫌いになってないか?」


 今から本気で戦う相手なんだ。

 誠実に答えないといけないんだろうな。

 なんだか少し気恥ずかしいが。

 ……はあ。


「ホントだよ。

 ミモザ、仲間の件はもう怒ってない。

 オレはお前のことを嫌いになってないぞ」


 今から真剣に戦う相手に、なぜこんな気の緩んだやり取りをしなきゃならないんだ。


「そうか、許してくれるか。

 わらわは嬉しいぞ。

 ありがとう……テオ」


 ミモザは、今までの相手を挑発するような不敵な笑みでなく、とびっきりの笑顔でオレを見つめていた。


 その笑顔はどんな色香や誘惑魔法よりも強烈で……気の緩んだ者であれば、あっという間に魅了されてしまうだろう。

 …ふと、気づけば心音が高鳴り、鼻息は荒く、頬はまるで高熱に侵されたかのように上気していた。


 ヤバい!

 さっき、気を緩めてしまったせいで、オレは魅了されてしまっているようだ。

 魔族は生まれながらに魅了する能力を持つが、ミモザも例外でなく、呼吸をするように周りのものを誘惑(テンプテーション)をしてしまう。


「さあ、そろそろ始めようか、テオ!

 わらわは今、最高に昂っておる!」


 ミモザはオレに許されたことで、最高のメンタルを保っているようだ。

 

「ミモザ、すまないが少しだけ時間をくれ」


 オレは構えた聖剣をいったん納刀し、呼吸を整えることに全力を注いだ。


「ど、どうしたテオ!

 顔が真っ赤ではないか。

 熱でもあるのか?

 正直に話してくれ。

 テオ、わらわは全力を出せないそなたを倒しても嬉しくなどないのだ…」


 ミモザは心配したのか大鎌をその場に置き近づいて来るが、誘惑テンプテーションは、近づけば近づくほどに強くなる。

 正直、これ以上近づかれるとオレは理性が保てなくなりそうだ。


「近寄るなッ!」


 今にも触れそうなほど近寄ってくるミモザの鼻先へ聖剣を突きつけ、じりじりと後退し間合いを取った。

 くそ、近寄ってきた分、甘い香りが強くなって、頭がおかしくなりそうだ……


 ミモザの間近で呼吸をすれば、一瞬で脳髄を支配されてしまいそうだったため、距離を取る。

 ジリジリと間合いを広げ、かなり距離を取ったところでようやく短く呼吸をし、心身を整える。


「そ、そうか。

 魔王には触れられたくないのか、テオ。

 わらわはそなたを心配したのだ…」


 しょぼんという声すら聞こえてきそうになるほど、悲しそうなミモザについオレは言い訳をしてしまう。


「違う、触れられたくないとかじゃなくて…

 ちょっと可愛いなって思ってしまって油断した。

 ミモザ、オレはお前に魅了されたんだッ!」


 ますます顔を真っ赤にして、オレは叫んだ。


「そ、そうか…」


 ミモザはほっと胸をなでおろした。


「魅了が効いたのか…わ、わらわは可愛くて魅力的だったか、テオ」


 オレよりも顔を真っ赤にして、ミモザは歓喜にふるふると体を震わせていた。

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