18 元勇者は牙爪隊に歓迎される
宿屋に戻った時点でだいぶ遅く、牙爪隊宿舎が閉まっていたため、その日は引っ越しをあきらめて荷造りと明日の支度をして早く寝た。
「おはよー、テオ」
エミネが起こしに来た時にはオレはもう支度を終えていた。
かっこいいフォーマルのジャケットと短パン。
うおお、足がスース―して寒い……
「いつまで短パンなんだよ」
「え?
テオは18でしょ?
それぐらいの年の獣人はまだ子どもだからずっと短パンよ?」
「オレは人間だッ!」
人間のオレが魔王軍に潜入してるんだからたいていのことは、我慢するが……
ただし、短パン。テメーはだめだ。
恥ずかしい。
「はいはい、わがまま言わずに行くよ、遅刻するわよ」
ぐずぐずしているオレをエミネがぐいぐいと押してきて、宿屋から追い出された。
数日間滞在をした宿屋を離れ、牙爪隊宿舎へ移動する。
入口で石板を見せて、問題なく通過。
うまくいったようで、オレとエミネは目くばせをした。
昨日、慌てて勇者から猫魔導士に転職してよかった。
寮に荷物を持ち込んだら、寮での荷ほどきなんかはエミネがしてくれるとのことだったので、任せて牙爪隊へ出勤することにする。
門をくぐったところに建物があった。
赤レンガ造りのしっかりとした建物。
門をくぐると同時にあいさつをする。
はじめは元気よく言った方がいい、とエミネが言ってたからな。
「こんにちは!」
「はーい」
オレがあいさつすると、受付のエルフのお姉さんが立ち上がり愛想よく出迎えてくれた。
「あ、今日うちに来るリン・テオドール君ってやっぱりネコ族のキミだったんですね」
「試験の受付してた女の子か」
「女の子呼ばわりするのは別に嫌じゃないですけど、私、キミよりお姉さんだと思いますよ?」
オレが短パン履いてるせいで妙に子ども扱いされるな。
「とりあえず、今日からよろしくな」
「あはは。
生意気な口調ですね、リン君。
私は好きですけどね。
軍の先輩には敬語で話した方がいいと思いますよ」
どうやら、オレのことを心配してくれているようだ。
「私は、軍所属と言っても、庶務担当で戦闘員じゃないからいいですけどね」
「わかったよ、戦闘員の先輩と話すときには努力する」
「いい返事ですね。
リン君、これから頑張ってくださいね」
「ああ」
「さて、リン君は牙爪隊特攻部隊ティムール班所属ですよ。
まっすぐ行って右の階段を上がってください。
そしたら、すぐにわかりますから」
「ありがとう、行ってくる」
オレは教えられたとおりに道を歩き出した。
「リン君。
私、メルテム・カヤって言います。
リン君はこれから、ここを通って出勤すると思いますから、私とおしゃべりしましょうね。
ここ、紅茶もありますからね」
メルテムはティーポットを持ち上げた。
朝早起きして紅茶を入れて飲むより、ここでメルテムと飲むのもいいかもしれないな。
「早起き出来たら来るよ」
オレはメルテムに手を振り、階段を上ってティムール班へ向かう。
「班長!来たよ!」
階段の上から、甲高い声が聞こえた。
子どもか?
2階へ着いた時には、3名の隊員が一列に並んでオレを迎えてくれた。
「お前がリン・テオドールか」
青い鱗に覆われた表皮の大男がオレに話しかけた。
他の二人とは発するオーラがケタ違いだ。
威圧感を感じるほど、どっしりとした存在感がある。
「はい、これから、お世話になります!」
「特攻部隊の班長を務める、ワニ族のティムール・ゾルタンだ」
「ネコ族のテ……リン・テオドールです」
「よろしく頼む」
うわ、腕も信じられないくらい太いな、丸太かってくらい。
「……どうした?」
「いや、すっごい強そうな腕だなと思って」
「ぐはははは、何だワニ族を見るのは初めてか。
ワニ族はみな、このくらいだぞ。
まあ、それでもワシの腕は一族でも一番太かったがな。
ぐははははは」
ティムール班長は、大きな口をがばっと開けて大笑い。
どうやら、ご機嫌のようだ。
「キミ、ワニ族は腕が太いって言われると、喜ぶ。
口がうまいね。
知ってた?」
「え?
知らなかったけど……」
水着みたいな格好をした女性が話しかけてきた。
あれ?どこかで見たことあるぞ、黒い尻尾がくりんって……
「あ、試験場にいたサキュバス」
「私は、お手伝いしてた。
休日出勤」
サキュバスはふわふわと浮遊しながら尻尾を動かしている。
歓迎してくれてはいるのかな?
「私、サキュバスのアイカ。
回復魔法が、使えるよ」
「よろしくな」
「うん、よろしく。
リンは剣士?
キミ、重い剣持って、頑張ってた」
「あああああ!」
「どうしたの?」
「聖剣預けたまんまだ?」
うわあ、そういえばこのサキュバスに聖剣預けたままだった!
聖剣だとバレるとやばいな、オレが勇者のテオ・リンドールだってばれてしまう。
「「セイケン?」」
やばい、慌てて「聖剣」って口走ってしまった。
みながポカンとしている。
良かった、あまり聖剣という言葉が身近なじゃないみたいだな。
「いや、せえけん、しぇけん、しけん……試験の時に、剣を預けたまんまだ」
「私が預かった、剣のこと?」
「そうそう」
なんとか、聖剣って言ってしまったことはごまかせたかな。
「ふふ、リン。
おっちょこちょい。
剣は、寮に届けた。
後で見て」
「ああ、ありがとう」
ほっと胸をなでおろす。
聖剣を返してくれるってことは、少なくともあれが聖剣だってことはバレてないってことだろう。
「もう、アイカさん。
あいさつ長いよ、僕の番でしょ」
甲高い声が獣人の子どもから聞こえてくる。
オレと同じくらいの背で、全身体毛で覆われていて、体毛は白と黒が混じっている。
「ボクは、イヌ族のエセル。
リンはボクの後輩だから、何でも教えてあげるね!」
「ああ、でもオレ、エセルより年上だと思うぞ」
「え?
リンは何歳なの?」
「18」
「じゃあ、ボクの方が年上だよ。
ボク、22才だもん」
どう考えても子どもみたいなエセルにめちゃくちゃ先輩面されるのが気になる。
「いや、それは種族が違うからさ」
「えー、だってネコ族と、イヌ族は大人になる年同じくらいだよ?」
「いやいや、オレはにん……」
やばい、人間っていいそうになった。
「にん?」
「にん……オレは人間出来てるからさ、大人っぽいの!」
意味の分からない主張をしてしまった。
「ぐはははは、そうか。
エセルも、リンもみんな背伸びがしたい年ごろか。
ぐはははは。」
ティムール班長は腹を抱えて笑っていた。
「ぷふふふ、リン可愛い」
アイカはふわふわしながら、くるくる尻尾を回している。
「……笑いすぎだろ」
それにしても、ティムール隊の皆は楽しそうだな。
「よし、そろそろ仕事に戻るか。
エセル」
「はい、分かってますよ、班長。
リンに牙爪隊本部『アイギス』を案内しろってことですよね」
「ぐははは、その通りだが、エセル。
お前が案内したくてたまらないって感じだな」
「行くよ、リン。
ほら、急いでってば」
オレはエセルに引っ張られるように階段を下りて行った。
んー、エセルの手はもこもこして気持ちがいいな。




