表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/44

17-1 赤獅子将軍ナシル・バクラムの憂鬱(ナシル視点)

 憂鬱だ……。

 うちの部下にスパイがいるとは……。

 それもまさかスパイというのは魔王ミモザ様に傷をつけた勇者テオで、我が牙爪隊に潜り込んでいるとは……。


 しかし、その「スパイ勇者テオ」を監視せよという命令、ミモザ様の手前、「ははー」と言っておいたが、うちの部隊に裏切りものがいるというだけで……

 身体中を小虫が這いずり回っているよりも気持ちが悪い。

 さらに、その小虫テオをつまみ出すわけにもいかんとは――

 くそ、指令室で飲む紅茶がこれほどまずく感じたことはない。


「ナシル様」


 扉を叩く音。


「ディーターか。

 入れ」


 声とノックの音からうちの魔術補佐官ディーターのものだとわかる。

 うちは牙爪隊と名乗るだけに武闘派が多いが、一人だけたたずまいが違う。


「失礼します」


 ディーターはできるだけ音を立てずに扉を開き、入口で直立している。

 種族の違いか、育ちの違いか。

 どんな時でも、ピシッと背筋を正して燕尾服を着こなしている。


「がはは、お前は硬いな。

 俺が座れというまで座らないというのは直せと言ったつもりだがの」


 俺がここまで言っても座らないのだから、もはやこちらが譲ってやるしかしかあるまいて。


「そこにかけろ。

 ああ、後、手短に報告をしろ。

 これで満足なのだろ?」

「ふふ、恐れ入ります」


 ディーターは、こちらの動きを幾通りも予測して準備をし、そして自分からは何もしようとしない。

 俺が報告をしろというまで、いつまでもずっと突っ立っているつもりだろう。


「先日の試験でのことです」

「ああ、あれか」


 テオが並みの物理攻撃では傷もつかないエレメンタルゴーレムをぶっ壊し、これまたテオが魔法攻撃に対する耐性を限界まであげた大岩をスパスパ斬ったことだ。


「我々の調査の結果、やはりシアドステラ軍の仕業に間違いありません」

「はあ!?」


 思わず机から飛び上がった。


「何言っておる、あれは……」

「あれは?」


 ……俺の失言だ。

 テオが魔王軍でスパイをやっていることは、我々将軍級以外は知らないことだ。


「いや……あれは……まさか、シアドステラがファラスまで侵攻してきたことに驚いただけだ」

「そう……ですか」


 ディーターは腑に落ちないといった顔を一瞬したが、すぐに取り繕った笑顔を浮かべた。

 主人へのこれ以上の詮索は、部下としての美徳にかけるとの判断だろう。


「シアドステラが、ある種の遠距離魔法を仕掛けてきたと思う他ありません。

 百を超える切断面がエレメンタルゴーレムから発見されました。

 まさか受験者の攻撃によるものではないでしょう。

 エレメンタルゴーレムへ攻撃を可能な距離にいたのはネコ族の少年のみでしたから」

「……ちなみに、近くにいたというネコ族の少年は何をしていた?」

「ネコ族の少年は、エレメンタルゴーレムの周りを器用に飛び回るだけで、剣を振ってすらいなかったとのことです」


「はあ!?」


 あまりのことに俺は驚き飛び上がった。

 誰も剣を振ったのを見ていないだと?

 100回以上切り刻まれているというのに、誰も剣を振ったテオの動きをとらえられなかったということか?

 でも、仕方ないのか。

 見せてもらった映像の動きは、俺でさえ目がついていくのがやっとであったからな。

 レベルの低い奴らは、動きをとらえることすらできないのだろう。


「どうしたのですか?」

「……恐ろしいな。

 笑い事ではないぞ」


「はい……ですが、あれほどの遠距離魔法をそう連発できるとは思いません。

 しばらくは危険は少ないかと。

 それにしても、あれだけのことが出来る遠距離魔法、真相を解明せねば。

 喉元に刃を突きつけられてるかのようです」


 実際のところ、テオは遠距離魔法ではなく近距離攻撃であれだけのことをやらかしてくれてるんだがな。

 やつがうちの部隊に潜んでいるってだけで、生きた心地がしなくなる。


「で、その少年は合格なのか?」

「剣術では剣を抜きませんでしたが、身のこなしはかなりのものでした。

 また、魔法の試験では幻術を使い、その場の受験者と観客に大岩を壊したように見せるという大技を使いました」

「幻術?」


 いや、ただ単に風魔法で大岩を切り刻んだだけだろ。

 ただ、俺はあのネコ族の少年が勇者テオだと知っているから大岩を切り刻んだことに納得しているが、そうでなければ納得できないか。

 魔王軍の将軍級より強い奴が、試験を受けに来るって思わないもんな。


「ええ。

 切り刻まれた大岩は、何事もなかったようにくっついていましたから。

 その後、石のかけらを持ってきました。

 とても、小さなものでしたけどね。

 まあ、その少年が斬ったものかどうかわかりませんけど」


 テオが斬ったやつに決まっとるだろ。


「とりあえず、合格となったわけだな」

「はい。

 名前はリン・テオドールと申します。

 人事はどうしますか?」

「ふん、癖のある新入りはティムールのところへやるのが習わしだ」

「え?

 ネコ族の少年ですよ、可愛そうではないですか。

 ティムール隊は特攻部隊ですよ、初陣で死ぬかもしれませんし」


 ディーターは知的で冷静な男だが、情の熱いところがある。

 それだから、この暑苦しい牙爪隊とウマが合うのかもしれないな。


「だからこそだ。

 優秀な新入りは、無茶な現場に挑戦して、自分の殻を破ってもらわんとな。

 それに、新入りが無茶をしたときに守ってやれるのも、ティムールならできるだろ」

「私のナシル様を疑うような発言、お許しください。

 そこまでお考えであったとは、浅学非才の私には思いいたりませんでした」


 正確に言うと、ティムールがテオを守って死なせないではなく、テオが刃を向けても一撃で死なない可能性のある男が、ティムールしか思いつかなかっただけだがな。

 

 ティムールは情に厚く、優しい男だ。

 なんとか、テオと仲良くなって、大虐殺だけは思いとどまらせてくれ。

 ……頼むぞ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ