16 元勇者、転職神殿へ
昼前に起きたオレは着替えを済ませて部屋を出ようとしたら、ファサっと扉に挟まった紙が落ちた。
≪食堂で待ってて≫
メッセージからすると、エミネか。
わざわざ扉に挟むってことは、疲れたオレを起こさなようにという配慮だろうか。
指示通り食堂に行く。
「試験お疲れ様、ゆっくり寝れた?」
食堂についたオレをすでに待っていたエミネが手招きした。
「ああ、そうだな。
ゆっくり寝れたよ」
「ふふ、良かった」
エミネは楽しそうに笑うと、オレに紙を渡してきた。
「何だこれ?」
「見ればわかるわ」
エミネが嬉しそうだから見なくてもわかる――と言うのは野暮か。
合格と大きな文字が書いてあった。
「おめでとう、牙爪隊隊員リン・テオドール」
エミネは拍手をしてくれた。
「まあ、何だ。
嬉しいもんだな、合格するってのはさ」
「でも、その名前どうかと思うわよ?
リンとテオをひっくり返しただけじゃない」
エミネは小さい声でオレに話をした。
よっぽど、この前の件で懲りたみたいだな。
「そう言うな。
慌てて名前つけたんだから仕方ないだろ」
「そうね、結局あたしもテオも眠っちゃったから、昨日は偵察の注意点の話をし損ねたのよね」
エミネはため息をついた後、指を折りながら話をした。
「一つ、偽名は、本名と遠い名前をつけること
二つ、光魔法を使わないこと
三つ、聖剣を使わないこと
四つ、早く転職すること」
「さすがに光魔法と聖剣は使わないって。
聖剣はオレしか使えないし、光魔法だって使い手が数えるほどしかいないからな」
「一番ヤバいのが、職業で、そのままで試験受けちゃったんだけどね」
エミネが石板を渡してきた。
「握ってみてよ」
オレは石板を握ってぐっと力を入れた。
青色に光って浮かび上がってくる文字をエミネが読んでいく。
「名前:テオ・リンドール
職業:勇者
レベル……」
「おいおい、やばいな。
丸わかりじゃねえか」
「シアドステラ軍で兵士を募集するときは、石板チェックは必須だけど、牙爪隊はやらなくて助かったわね。
石板見られると、職業と主なスキルくらいはわかっちゃうからね」
エミネが石板に触れると青い光はふうっと収まった。
「さて、転職に行くわよ」
「え、どこに?」
「転職って言ったら神殿に決まってるでしょ?
テオ、まさか転職したことないの?」
「したことないぞ、生まれた時から勇者だったからな」
「うわ、何それ自慢?
元勇者のくせに」
「……あのさ、マジで怒るぞ」
★☆
城塞都市ファラスから少し離れた場所に、ハルリ・クラウ神殿がある。
エミネから聞いたところによると、魔王領の者たちは軍に所属する前にみな神殿へ行き、何らかの職業につくらしい。
神殿でなれるのはあくまで戦闘職だけどな。
「豪華な作りの神殿だな」
「まあ、百以上の神を祭っているらしいからね。
それぞれの神に祈って、職業につけてもらうってわけだから」
大きな柱にはすべて彫刻が施してあり、壁に埋め込まれた色ガラスからは、華やかな光が降り注いでいる。
「職業に就くってのは、人生の一大イベントだからね。
煌びやかな思い出にしたいってことなんじゃないの?」
「新しい生活が始まるってことか」
新しい生活か。
今のオレにとってもそうなのかも知れないな。
「あたし達にとってもそうなのかもね」
「今、オレも同じこと思った」
オレとエミネは顔を見合わせて苦笑した。
何かあったときオレを殺すために、エミネはオレのそばににいる。
でも、その時までは魔王軍潜入のたったひとりの相棒だからな。
「じゃあ、行くか」
「行ってらっしゃい」
オレは受付を目指して歩き出した。
★☆
「では、始まりの業火に身を捧げてください」
受付を済ませたオレはメラメラと燃える炎の前に立っていた。
ここは、炎の間というらしい。
大きなツボからはみ出る蛇のような炎は、ぐるぐると螺旋を描いていた。
「これ、死ぬんじゃないの?」
「大丈夫ですよ。
トリクル・フラミア神が新しい人生を歩むあなたのため、今までのあなたを燃やしてくれます。
まあ、ツボの中に落ちたら死んじゃいますが」
説明係のエルフが冗談を言った。
「身も蓋もないな」
気乗りはしないが、あの炎、ものすごい魔力を感じるんだよな。
「ここに立てばいいのか?」
「ええ」
炎の前に立ったオレを、ひときわ大きな蛇が螺旋を描いて取り巻いた。
どうも炎が段々大きくなっていくようだ。
「え?
さっきよりすっごい大きいんだけど?」
「対象の生命力によるとは言いますが……これほど大きいのは初めてです。
あなたの生命力が規格外なのでしょうね」
「おい、大丈夫なのかよ」
「これほど大きいのは初めてって言いましたよね?
大丈夫かどうかなんて、わかるわけがありません」
「ふざけんな!」
きわめて冷静なエルフとは対照的に、炎は勢いを増してオレを取り囲んだ。
「う、うわああああああああ!」
オレの周囲の炎が一気に激しさを増して、オレの体へぴったりとへばりつくと、激しい光を放って消えた。
「あああ、生きてはいるが……なんだか体調が変だな」
「生きてて良かったですね。
さあ、次はあちらへどうぞ」
「いきなり事務的だな」
「今日混んでるんですよ」
振り返ってみると、ずらっと炎の間には待っている奴らで列が出来ていた。
炎の間を出た後、待合室で長い間待たされた暇つぶしに石板で自分の状態を確認してみる。
(名前:テオ・リンドール
職業:勇者→無職
筋力、体力、魔力:105%→100%
闇耐性:180%→100%
他耐性:150%→100%)
おー、何だか体調悪いなって思ったら、パラメータが下がってる。
「あ、終わった?」
エミネが待合室に来て、オレのとなりに座った。
「終わった終わった。
炎の間、マジで熱かったぞ」
「あーわかる。
すっごく熱いよね」
「……お前、熱いの分かってて一緒に来なかっただろ」
「だって、炎の間に近づくだけで熱いじゃない」
エミネはそう言いながらオレの石板を覗き込んだ。
「あら、テオが勇者から無職になった」
「ぶっとばすぞ」
「うわ、勇者って魔法効かないの?
すっごい補正なのね」
「気づかなかったな。
まあ、もともと魔法何て食らっちゃいけないからな」
「あとさ、テオのパラメータ、桁間違ってない?」
「知らないな。
パラメータ見ても強くならないからな」
「このパラメータ、あたし倒せるかな?」
「倒すのをあきらめてくれると嬉しいけどな」
「リン・テオドール様、石板の間へお進みください」
軽口を叩いていると名前を呼ばれたので、エミネとともに神殿の中央、石板の間と呼ばれる場所へ。




