14 元勇者は魔王から監視されている。(魔王視点)
ここは魔王の間。
先日、わらわとテオの激闘があった場所だ。
わらわ達魔王軍は優秀な大工をたくさん抱えているので、部屋中が奈落になったところで、すぐ治せるのだ。
何たって魔族の大工は人間の大工と違って、腕が八本あるからな。
今日は月に一回行われる魔王会議の日。
魔王軍の5部隊を率いる5人の将軍たちが一堂に会す日なのだ。
牙爪隊、赤獅子将軍ナシル・バクラム。
炎を司り、獣人や魔獣を率いる獅子面の巨躯の獣人。
水龍隊、海龍将軍ルナラ・アシュター。
水を司り、水棲生物を率いる氷龍だ。
今は龍人化しているため、わらわよりも小さいがな。
影棲隊、操魂将軍カルリ・シオマネ。
闇を司り、不死生物と悪魔を率いる死霊術師だ。
いつも仮面をつけているから、本当の顔はわらわすら知らない。
魔精隊、精霊将軍ミレイ・フラマ。
土を司り、植物や妖精を率い、精霊を使役する古代種エルフだ。
何千年と生きているらしい。
征空隊、銀翼将軍エルトゥール・シャヒン。
風を司り、魔鳥や翼竜を率いる鳥人と龍のドラゴンハーフ。
ルナラと同じく人化できるから、今は人型をとっている。
「それでは、お集りの魔王軍五大将軍の皆さま、ただいまより魔王会議を始めます!」
司会はわらわの筆頭執事のダークエルフ、リフ・ブロンザイトが執り行う。
「フフ、先日のわらわと勇者テオとの戦闘についてだが……」
「その度は、魔王城に侵入を許し、申し訳ございません!」
赤獅子将軍ナシル・バクラムは座席から飛び降り、額を床にこすりつけた。
「いや、そんなことはどうでもよいのだ。
そなたを責めたりはせぬ。
皆に、わらわがいかに勇者テオと戦ったか見せようと思ってな」
「……それはとても気になりますわ。
強大な魔力を持つミモザ様に、どのようにして勇者テオが対抗したのでしょうか」
海龍将軍ルナラ・アシュターは話が気になったのか、ふわふわと浮遊しわらわに近寄ってきた。
他の幹部も随分、テオについては気になっているようだ。
ぐっと体を前にして、わらわの話を待っている。
「フフフ。
皆、気になっているようだから、話してやるのだ。
今から私がそのときの記憶を水晶玉で映してやろう」
わらわは水晶玉を魔力で呼び寄せ、水晶玉の光を白壁に向かって放射。
あの日の様子が映し出される。
「じっくり見せてやりたいとこなのだが……時間もないしな。
早送り……っと。
お、そろそろだ。
ここからが面白いのだ。
わらわが魔王の間を奈落にし、テオが光の鎖を放ってからが、本当の勝負なのだ」
水晶玉はわらわとテオの戦いを映し出す。
「ほ、報告です!」
黒カラスの鳥人がバタバタと飛んできた。
「どうしたのだ、今からがいいところなのに……そんなに急ぐことか?」
「……おい、どうしたんだ?
魔王ミモザ様に、どうしても伝えなきゃなんねえような、やべえことなんだろうな?」
部下である黒カラスに銀翼将軍エルトゥール・シャヒンが駆け寄った。
「もちろんです!」
「わかった」
エルトゥールは跪き、頭を下げたまま話しだした。
「ミモザ様、俺の部下に報告させてもいいですか。
もし、ミモザ様のお耳に入れるまでもねえ、くだらねえことだったら……オレとこいつここで腹斬って死にますから」
銀翼将軍エルトゥールはやることがいちいち大げさだが、部下の面倒見の良い奴だ。
「フフ、そこまでせずとも良い。
二人とも顔をあげよ。
さあ、話してみろ」
「「ありがたき幸せ!」」
エルトゥールは部下と二人で立ち上がると、部下の背を叩き、気合を入れた。
「おら、行け」
「は、はい! 報告します!
勇者テオが、我が国に侵入したとのことです!」
「「な、何ぃいい!」」
その場にいた皆が立ち上がった。
「それは確かな情報か、確かめたのであろうな?」
わらわはジロリと黒カラスをにらんだ。
「は!
国境をまたぎ入国する馬車をチェックしていたところ、勇者テオらしき人物を発見したため尾行しておりました。
しばらくつけていたところ、テオは獣人の少女と二人でファラスの街へ侵入しました。
その後、街中で聖剣を振り回していましたので、確かかと」
「がはは、さすがに勇者テオでも街中で聖剣を振り回しはせんだろう。
他人の空似じゃないのか?」
赤獅子将軍ナシルは大きな口をあけて笑った
「これがその映像です」
黒ガラスが握った水晶玉を、精霊将軍ミレイ・フラマが取った。
「ミモザ様に、写してもらうわけに行かない。
私やる」
「ミレイ将軍、助かるぜ」
銀翼将軍エルトゥールはミレイに頭を下げた。
精霊将軍ミレイは鮮やかな手つきで、魔法陣を描き、水晶玉から映像を投射した。
そこには、ファラスの街へ入った後、聖剣をすごい速さで振り回し、小石を斬っている勇者テオが映っていた。
「ふ、ふざけるな!
牙爪隊本拠地、城塞都市ファラスに忍び込み、おまけに真っ昼間に聖剣を振り回すだとおおお!
な、なめやがってえええ!」
赤獅子将軍ナシルは自分が率いる牙爪隊のおひざ元、城塞都市ファラスでの出来事に憤慨しているようだな。
「んー、やっぱりあれは聖剣だ。
柄に聖龍の彫刻が見えるから間違いねえ。
聖剣持ってるってことは、あれは勇者テオだわ。
へへ、お前なかなかやるじゃねえか」
「あ、ありがとうございます!カカ」
銀翼将軍エルトゥールは黒ガラスの背中をバシバシ叩いているが、黒ガラスは褒められてうれしいのか、思わず笑いがこぼれている。
「しかし、テオは何のために侵入して来たって言うんだ?」
エルトゥールは首を傾げた。
「わらわたちすべてを一人で倒しに来た……というほど、テオは自信過剰ではない。
以前の戦いは、勇者隊それぞれが魔王軍各拠点を攻撃したから、出陣したお前たちが魔王城から出払っていたときがあった。
その隙を見逃さずに勇者テオ隊が進軍してきて、わらわとようやく戦えた、というわけだ」
皆がうなづいている。
「テオもここにいる将軍たちを、すべて一人で相手しようとは考えてないと思うのだ。
わからぬ。
テオはなぜファラスに来たんだ?
筆頭勇者自ら偵察に来ただけとも思えぬが……」
「ご報告です!」
ケンタウロスが猛スピードで走ってきた。
「何だ、お前。
ミモザ様の御前であるぞ。
急ぎの報告か?」
赤獅子将軍ナシルが部下であるケンタウロスの元へ駆け寄った。
「は、はい……」
「……嫌な予感がするな。
報告を許す」
「「ははー」」
ナシルとケンタウロスがわらわに向かって平伏した。
ケンタウロスは水晶玉を持っていた。
「ここにその映像があります」
「貸して」
精霊将軍ミレイが、水晶玉から映像を投射した。
そこには、ネコ族の少年が映っていた。
「すごく美形の少年だな。
わらわは、こういう顔がもしかしたら好きなのかもな」
「へ、うらやましいな。
このネコ族の少年、ミモザ様に気に入られるとはよ」
銀翼将軍エルトゥールはすねているようだ。
その映像に映るネコ族の少年は、受付を済ませ、剣技試験でゴーレムをあっさりと倒した。
「「はあ?」」
皆が口をぱっくり開けていた。
「あのゴーレム、エレメンタルゴーレムだぞ?
魔法ならいざ知らず、
剣技の試験で倒せるわけがない!」
赤獅子将軍ナシルは、部下のエレメンタルゴーレムが倒されたことにえらく動揺していた。
さらに続いて、ネコ族の少年は魔法試験を受け、大岩をいとも簡単に切り裂いていた。
「「強すぎる!」」
あまりのことにみなが騒いだ。
さらにその後、そのネコ族の少年に叫んでいる獣人の少女が映し出された。
《スパイだから、目立ったらダメでしょ!もう、テオのばか!》
「「テオ? ……ああ!」」
みな、ネコ族の少年の正体に気づいたようだ。
「な、なぜテオが牙爪隊の試験を受けに来ている?」
赤獅子将軍ナシルは自分の部隊の試験に、勇者テオが現れたことに慌てふためいていた。
「ちょっと巻き戻しできるか。
この少女の発言をもう一回聞きたいのだ」
「わかった」
わらわの頼みに、精霊将軍ミレイが答えてくれた。
少女が叫ぶ映像がもう一度流れる。
《スパイだから、目立っちゃダメでしょ》
やはりか。
「勇者テオはスパイとして魔王軍に来たのだ」
「「ええええええ!」」
皆が飛び上がって驚いた。
「しかし、人間たちは愚か者ばかりか?
世界一有名な人間を、筆頭勇者をスパイにするとはどういうことだ?」
ナシルは首を傾げるが、誰も答えなど持ち合わせていない。
「「……さあ?」」
わらわ達魔王軍はテオがスパイに来たことに対して、ああでもないこうでもないと議論を交わしていたのだが……結局、何のために来ているのかわからなかった。
「よし、これからスパイとして潜り込んだ勇者テオを監視し、その目的を明らかにする。
これはこの場にいるものの守秘事項とする。
良いな。
親兄弟にさえ、言ってはならぬぞ」
「「ははー」」
皆がひざまずいて魔王会議は終わった。




