10 勇者と人狼
ヒューゴーやライオネルはオレを死刑にしたくてたまらない様子だったが、ホワイト公の判断であれば、あいつらも従う他にないようだ。
ホワイト公に連れられ、執務室へ案内されたオレは、一人の少女と引き合わされた。
「ふーん、アンタがテオ・リンドールか」
黒いローブをすっぽりとかぶった少女は、椅子に座ったままオレを横目で見ると、椅子に座るよう促した。
……ローブをかぶってるのもあって、表情が読みづらいな。
「自己紹介なら自分から名乗るのが筋ってもんだぞ」
とりあえず、促されるまま座るつもりだが、文句の一つぐらい言っておかないとな。
「あたしとアンタは対等じゃない。
ここからは、私の指示に従ってもらうわ。
ホワイト公からの命令よ。
やり残したことを、やり遂げろ」
いつの間にか、ホワイト公はいなくなっていた。
「やり残したこと?
つまり、魔王ミモザを倒せってことか?」
黒いローブの少女は頷いた。
「『他の勇者の力は借りず、やり遂げて見せろ。
魔王軍に潜入でもして、一人で魔王ミモザを倒して見せろ。
そんなに他の勇者が信じられないのならばな』
これが、ホワイト公からの言葉よ」
黒いローブの少女から手紙を渡された。
「この手紙に、ホワイト公からのあなたへの恨み言が書いてある」
「恨み言?
どういうことだよ。
ミモザを斬りそこなった以外、ホワイト公に迷惑なんかかけてないぞ」
オレは丁寧につづられたホワイト公の手紙に目を通した。
そこには、オレへの恨みがぎっしりと綴られていた。
『他の勇者へ意地悪するな。
妬むな。
他の勇者の手柄を取り上げるな。
他の部隊の下着を盗むな。
ヒューゴーもライオネルも、細かくきちんと報告をしてくるが、テオはいい加減な報告ばかり送ってくる……』
「ちょっと待てよ。
オレがいつ意地悪したって言うんだよ。
妬んだり、他の勇者の手柄を取り上げたり、するわけないだろう。
そんな性格のねじ曲がったことしない。
オレはヒューゴーじゃないんだ。
おまけに下着を盗んだ?
ふざけんな!
そんなことするかよ!」
身に覚えのないことで恨まれても困るんだが……
ヒューゴーみたいな奴だと、オレはホワイト公に思われていたのか。
「いや、それにオレの部隊だってきちんと活動を記録した報告は送っていたはずだ……」
そう、オレはちゃんと報告書を書くように頼んでおいたはずだ。
「……気になるなら、見てみたら?
ここホワイト公の執務室だからさ」
机に積まれた報告書の束を片っ端から解き、読み進めていく。
まずはヒューゴーのものから目を通した。
「ヒューゴーの奴、本当にあいつ、嘘しか書かないな。
オレの活躍を、さも自分が活躍したかのように書き、オレのミスを完全にでっち上げて嘘ばっかり書いてやがる……ジャックやミリア、アイリーンがやらかしたミスも全部オレの指示ってことになってる。
ふざけやがって……」
他の勇者が書いた報告書は、ヒューゴーのとは違い、事実を書いているように思えた。
……ある時点までは。
それ以降は、他の勇者も段々と、オレのことに関してヒューゴーみたいなでたらめを書くようになっていく。
それは、オレが筆頭勇者になった日だ。
ライオネルやヒューゴーの頭越しに、オレが筆頭勇者に任命されたその時から……
「くそ、エディー以外みなでたらめ書いてやがる……」
そうだ、オレの報告書。
忙しくて、まかせっきりになっていた報告書は……
オレは、テオ隊と書かれた報告書の束を読み進めた。
「一日目、オレ達とても頑張った。
二日目、オレすぐやられたからわからない
三日目、テオがなんか難しい話してた
四日目、オレすぐやられたからわからない。
五日目……」
「何その子どもみたいな報告書、誰に頼んでたの?」
「……ジャック」
ジャックが書いたオレの部隊の報告書だけ、幼児が書いたみたいなとんでもないクオリティをしていた。
「ジャックの馬鹿野郎ッ!」
あー、頭痛くなって来た。
……オレはその場にへたり込んだ。
「要するにアンタは、ハメられたのよ」
オレはホワイト公の執務室で大の字になって寝ころんだ。
他の勇者たちから、ここまでの悪意をぶつけられたことは正直なかった。
今になるまで、その悪意に気づかなかったことにも……
「そうだな……まあ、ジャックはただのバカなんだと思うぞ」
「じゃあ、何でそのバカに報告書頼むのよ」
「……確かに。
それ言われると辛いな……」
黒いローブの少女は、寝ころんだオレのそばに来ると、両足を抱えて座った。
「テオ、アンタには選択肢がある。
ここから逃げ出すか、それともあたしについて魔王軍に潜入するか。
できれば、あたしについてきてほしいんだけど」
少女は座ったまま笑顔でオレに話しかけた。
「急に笑顔を取り繕うなよ」
「うるさいわね、あたしは目が釣り目なタイプで、ちょっと怖そうに見えるから、わざわざアンタのために笑ってあげたんじゃない」
「愛想笑いならもう少し自然にやれよ」
「……うるさいわよ。
せっかく、アンタが可哀そうだから……あたしだって少しは優しくしてやろうって思ったんじゃない!」
ちょっと怒ったみたいだな。
けど、あからさまな愛想笑いで喜ぶほど、今のオレはお人好しじゃない。
オレは起き上がり、ソファに腰掛けるとその少女に言った。
「逃げ出したなら、どうなるって言うんだ?」
「私が殺すわよ。
あたしは、そのための監視役だから」
「へー、お前にオレが殺せると思えないけどな。
お前、人狼だろ?
多少、腕に覚えがあるんだろうけど、オレは人狼と戦って負けたことはないんだ」
「せっかくフードまで被ってきたのにね。
種族までしっかり当てられちゃうとはね。
あたしは、体毛もないし耳以外人間とあまり変わらないんだけど」
少女は頭に被せたローブのフードを取った。
二つに結んだ金髪の上に、立派なオオカミの耳がついている。
目鼻立ちも整っているが、それよりも目立つのは大きく見開いた金色の瞳。
オレの挑発にいら立っているのか、金色の瞳はギラギラと光を放っている。
「ねえ、何で人狼だとわかったの?」
「今は夜だ。
月のある空を見ないようにする、人狼独特の視線の動かし方がある。
お前たちは、満月を見れば正気ではいられないからな。
今日は満月じゃないけど、幾夜も月を見ないように過ごしてきたその癖は、ごまかしようがないんだ」
「へー、気を付けてたんだけど。
さすが、筆頭勇者。
ああ、そうだったわ。
今は……元筆頭勇者だったわね」
おい、ちょっとカチンと来たぞ。
「それは、挑発のつもりか?」
「あれ?
テオ。
アンタ、もしかしてあたしと戦うつもりになった?」
少女は、目を細めてにやりと笑った。
「オレを殺せるって言ったな?」
「殺せるわよ。
だからあたしが監視役なんだから」
少女は、おもむろにローブを脱ぎだした。
「おい、お前何やってるんだ!」
ローブを脱ごうとしている少女から白い肩がのぞき、ほっそりとした足もあらわになっている。
少女はローブの下には、何も着ていないようだった。
「オレに色仕掛けは効かないぞ!」
「あはは。
変なの。
色仕掛けが効かないんだったら、そんなに慌てなくてもいいじゃない」
そう言いながら、少女はローブを脱ぎ、上空に投げ捨てた。
「おい、こら!」
ローブが床に音を立てて落ちたときには、オレの目の前には誰もいなかった。
「え?
おい、どこだ?」
あたりを見渡すが、どこにも少女の姿はない。
気配だけ、嫌に強く感じるが……
「ねえ、テオ。
あたし、キレイかな?」
誰もいない目の前から少女の声がする。
「お前……」
「あたし、エミネ・トールト。
人狼と、透明人間のハーフ」
部屋の窓から光が指してきて、目の前にはだれもいないはずなのに影が人の姿に伸びていく。
「透明人間……会ったのは初めてだ」
「あたしはアンタの監視を言いつけられているけどさ、できれば、あたしと仲良くしてほしいんだけど。
アンタとあたしは、二人っきりで魔王軍に忍び込むんだから。
それともここから逃げ出して、どこに潜んでいるかわからないあたしに、ずっと追い回される生活をしてみる?
別にそれでも構わないけど」
オレだって、どこにいるかわからない暗殺者に、四六時中追い回されたくはない。
「……わかったよ。
もう他の勇者に会いたくないからな。
魔王ミモザの顔でも拝みにいくか」
「あはは。
決まりね。
じゃあ、握手する?
ほら、あたし今、手を前に出してるから」
「……わかった」
オレは一歩前に踏み出して手を前に出してエミネの手を握ろうとした。
ムニュ。
「……ねえ」
「……今、どう考えても違うところ触ったよな」
「……ばか」
「あ、あとさ。
言いづらいんだけど」
「何よ」
「エミネ、うっすら体の形が見えてるんだけど……」
先ほどまでは何もなかったところに、月夜に照らされてエミネの体がうっすらと浮かび上がってくる。
半透明ってところか。
ローブで隠れて気づかなかったけど、すごくスタイルがいい。
「ば、ばか!
あっち向いててよ!」
エミネはオレの顔を真後ろに向けた。
ピキッ。
いや、ちょっと痛いんですけど。首の筋痛めたんだけど。
「ど、動揺すると透明じゃなくなるのよ。テオのせいだからね!」
読んでいただきありがとうございます。
次回から、いよいよ魔王軍に潜入します。
お付き合いください。
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