01 魔王城突入
魔王討伐部隊の筆頭勇者テオ・リンドール。
それがオレの名だ。
パーティーはオレの他に、戦士、聖者、魔導士。
魔王に戦いを挑むため、オレたちは魔王城へ突入した。
押し寄せる敵を薙ぎ払い、螺旋階段を駆けのぼったその先には、幾何学文様を金色で彫り込んだ漆黒の扉。
その重厚な扉を押し開けると、そこは広大な魔王の間。
驚くほど高い天井を支えるべく、巨大な柱が並び立つその向こう、互いの刃をぶつけることを幾夜も夢に見た好敵手を見つけた。
魔王、ミモザ・レッドアイ・フローレス。
魔王ミモザは氷狼に寝そべっていた身体を起こし、不機嫌そうに深紅の鎌を持ち上げると、腰まで伸ばした銀髪をかき上げた。
居城に侵入を許し、ミモザから見れば、いわば喉元にまで刃が迫っている状況である。
だが、追い詰められているのは人間のほうとでも言わんばかりに、ミモザは濡れた深紅の瞳でオレを見据えた。
その背に大きく広がった六対の黒翼がなければ、少女と見紛うばかりの小さな体。
だが、その体躯に見合わぬ絶大な魔力を秘め、その大鎌で百の魔人を使役すると言われる魔族の長。
ミモザは、胸元の開いた黒いドレスに映える象牙のような白い肌と、まるで彫刻のように精緻に形づくられた美貌を持っている。
大きく見開かれたその赤い瞳に見つめられると、戦いに殺気立った歴戦の勇者ですら、ゴクリとつばを飲み込むほど、蠱惑的だった。
「わらわを退屈させるでないぞ、勇者テオ・リンドール。
わらわを眠りから覚ましたからには少しは楽しませてくれるのか?」
「望むところだッ!」
ミモザが自分の身長を優に超える大鎌をゆっくりと振り下ろすと、百の白骨騎士が召喚され、オレの眼前を埋め尽くした。
「人の子らよ。
忠実なる白骨騎士どもは、わらわの魔力のほんの片鱗であるぞ。
さあ、死人の群れと遊ぶがよい」
ミモザが鎌を薙ぐのを合図に、亡者の群れが行進を始めた。
「望むところだッ!
行くぞおおおお!」
こちらも負けじと突撃するのは、戦士ジャック・サーペンティン。
パーティーの盾役だ。
オレは豆腐と呼んでいるが。
理由は・・・
「ぎゃああああ」
誰よりも先に潰されるからだ。
スケルトンの剣の一振りで、ジャックは地面の味を確かめることになった。
「大丈夫かジャック!」
オレはいつもそうしているようにジャックに駆け寄る。
慣れた手つきで手早く回復魔法を詠唱する。
左手でジャックを回復し、右手に握った聖剣を振るう。
押し寄せるスケルトンの群れを衝撃波で吹っ飛ばすと、白骨騎士たちはガシャリと音を立てて崩れ、一瞬の静寂が訪れた。
しかし、無数に飛散した白骨騎士の骨片はすぐさま小刻みに動き出し、復活の準備を始めているため、時間の猶予はそれほどないだろう。
「いやああああ」
一方、部屋の入口で呪文の詠唱を行っていた魔導士ミリア・レンダースの元に、群れからはぐれて行動していた白骨騎士が近づいていた。
炎魔法の最高峰と呼ばれる究極魔法すら、ミリアは唱えることができる。
そのミリアは、牛歩のごとく歩み寄る白骨騎士に炎魔法≪炎の矢≫を連射。
杖の先から次々と火炎が放たれる。
「ど、どうしたのかしら?
ちっとも当たってくれません」
一撃も当てられないミリアはパニックを起こしていた。
一般に盾役が守ってあげないと脆い魔導士であるが、オレはミリアの≪炎の矢≫がモンスターに命中したのを3か月見たことがない。
モンスターが少しでも近づくと、一瞬で錯乱してしまうからだ。
「な、何て、す、素早い白骨騎士なの?
上下左右に、残像を残しながら進撃してくるッ!
いやああああ!」
白骨騎士が震えているように見えるのは、ミリアがパニックを起こし、絶えず頭を振っているからだと思うが。
「こうなったら究極魔法! アルマゲドン!」
ミリアは自分の体から恐ろしいほどの魔力を発し、自分に向かっていた白骨騎士1体をチリ一つのこさず燃やし尽くした。
「白骨騎士を倒したわ!」
その後、ミリアはすべての力を失い、くるくると目を回してその場に突っ伏した。
「おお!
そなたの究極魔法、絶大な威力だ。
しかし……白骨騎士にではなく、それはわらわにぶつけるべき、究極魔法ではないのか?」
魔王ミモザは呆れたようにつぶやいた。
百体いた白骨騎士は魔導士ミリアの渾身の一撃で1体数を減らした。
あと、100体くらいそろそろ復活しそうだから、大して意味はないような……
いやいや、ポジティブに行こう。
よし、これで聖者と一緒に白骨騎士を倒すための時期稼ぎが出来たな。
…オレはそう思い込む。聖者の魔法亡者必滅の陣であれば、白骨騎士は復活しないのだ。
よし、ここまで回復させればもう少ししたら目を覚ますはずだ。
戦士ジャックを回復させ終わったオレは目線を泳がせ、あと一人生き延びているはずの聖者を探す。
聖者アイリーン・リュクセルは一人分の結界を作り、身の安全をキープしていた。
「ふふふふふ、白骨騎士の攻撃なんて効かないですよ!」
アイリーンは誰からも干渉されず、誰にも干渉できない光魔法≪五重の塔≫を生成し、一匹の白骨騎士の猛攻を耐えしのいでいた。
「うわあ、白骨騎士が顎をガクガクさせながら、攻撃してくる!
こ、怖いですよぉ。
テオ、助けてくださいよぉ」
情けない声を聞き届けたオレは、一瞬で間を詰めるとアイリーンを襲う白骨騎士を薙ぎ払う。
「よし、これで亡者必滅の陣が使えるな」
「モチロンですよお!」
アイリーンはコクリと頷くと、踊るように杖で地面に図形を描き、魔法陣を展開。
「行きますよー!」
アイリーンは杖に魔力を込め、歌うように呪文を唱える。
「万物の祖たる光、それを司る光の精霊よ、些末たるわれら生者の声に耳を傾けよ。
盛者必衰、生々流転と言えども、力を逸失せしものは現世から去るが道理。
常道の流れに逆らい、悪路を遡って現世を這いずる哀れな亡者に、永久の安らぎを与えたまえ。
亡者必滅の陣!!」
杖から発せられた光はだらんと垂れ下がったかと思うと、ぷしゅるるるる、と微かな音とともに消えた。
「こ、これは思うに魔力不足ですね。
『五重の塔』は誰の攻撃も通用しない防御系最強呪文ですが、魔力を湯水のごとく垂れ流さないと使えないのです」
アイリーンは魔法を不発したくせに、眼鏡をくいっとして得意げだが、誰だって今のは魔力不足だとわかるぞ。
あとさ、湯水のように魔力を垂れ流すのに、効果が一人分の面積しかない結界って意味あるのかよ。
「テオ。
知ってますか?」
アイリーンは知識をひけらかすときいつもそうするように―眼鏡をくいっと上げた。
「魔力を極限まで使い果たした人間は目を回して倒れるのです」
指を立てるアイリーンからは、えっへんと声が聞こえてきそうだ。
「知ってるよ、さっきミリアが倒れたからな」
オレがそう話し終わる前にアイリーンが叫んだ。
「来た来たー!
ほら、このとおり」
アイリーンは自分で言っていた通り、ミリアと同じように目を回してその場に突っ伏した。
しばし静寂が訪れたため、オレはいそいそと倒れた3人を回収し、安全な場所に運ぶ。
「待たせたな!」
さて、いつものことだ。
柔らかい盾役。
当たらない魔道士。
自分しか守らない聖者。
素敵なオレの仲間たちは、いつもオレを置いて先に全滅する。
オレは仲間を安全地帯へ連れてった後、いつもボスを一人でやっつけるんだ。
泣き言言わずに頑張るか。