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白き嫋(たお)やかなる夏の少女  作者: シン之助
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第9話 蒔苗(マキナ)と胞衣(エナ)

千葉沙苗先生から口頭で伝えられる事実・・・それは浅野が想像すらしなかった王閨学園の秘密の在り様だった・・・。

「さきほどのビデオ資料にあったように、三坂財閥・・・つまり当時の坂巻商会の頭首だった坂巻竜頭が出した跡継ぎは変わった方法で選出されました。次期頭首は、二人の娘婿にふさわしい有能な人材を互いに競わせ、有能なものの中から娘が気に入った相手と結ばせる、というものです。当時はこれでも民主的な手法だと思われたのです。これで血縁は絶えず、有能な婿を頭首とすることで会社を発展させ続ける事が可能となりました。こうして、いつの頃からか両家の婿を『蒔苗マキナ』と呼び、その制度を秘匿するようになっていきました。その事実が世間に知られると、三坂コンツェルンを手中に収めようと画策する輩が現れてもおかしくないからです。見栄えばかり立派で下らない操り人形のような男が女系筆頭に近づき、外部から三坂財閥を乗っ取り、凋落させる可能性も出てきます。そのために、有能な人材を総合的に育成し、見極めていく組織が必要になったのです」


 千葉先生はそこで言葉を切って俺たちを見つめた。


「その・・・も・・・もしかすると・・・王閨学園はその「蒔苗(マキナ)」を養成するためだけに創学されたというのですか?」


 水川聡が驚きの声を上げる。八木と俺も同じ表情をしていたに違いない。だが、横堀と千葉丈太郎だけは表情を変えずにその事実を受け止めているようだった。


「極論すればそうなるかもしれません。王閨学園はそのために存在し150年以上の歴史を誇ってきました。ただし、その任を直接担う教員は限られています。「『蒔苗(マキナ)』選定委員」です。だれが「蒔苗(マキナ)選定委員」なのかは三坂財閥の限られた重役しか知りません」


 そう言って全員を見つめた。千葉先生がその「蒔苗(マキナ)選定委員」であることはこれではっきりと分かる。そして、特待生がなぜ男ばかりなのかも・・・


「彼らは中立を誓い、三坂財閥と関係が深い血縁者で固められていて、あらゆる私情を挟まずに教育・選定に徹します」

「俺たちの中の誰かが・・・無理やり結婚されるということですか?」


 この部屋に連れて来られてから急に無口になった千葉丈太郎が、やや不遜な感じでそう言った。


「もちろん、君たちに「蒔苗(マキナ)」候補になることを拒絶する権利はあります。拒絶後も成績を維持すれば特待生待遇を取り消されることはありません。それに最終決定は「胞衣(エナ)」つまり「高坂家」と「三園木家」の跡取り娘の二人であることもお忘れなく。もちろん100年以上の歴史の中で「蒔苗(マキナ)」を拒絶した候補者は未だかつて一人も居ません」


 そう言って今度は千葉先生が丈太郎を睨みつけるように見据える。二人の苗字は一緒だ・・・。この二人は全く似ていなかったが、もしかすると親戚なのかもしれない。


「待ってください。頭首はひとり・・・。その方法だと高坂、三園木両家の「蒔苗(マキナ)」が一人づつ二人になってしまいませんか?」


 今度は八木が疑問を口にする。それで交互に頭首を務めるのだろうか?・・・・


「それで交互に頭首を務めさせるのですね」


そう言ったのは水川だった。


「いいえ違います。両家の蒔苗(マキナ)が決まった時、二人のどちらを頭首とするのかを決める「最終決定委員会」が召集され、その委員会の場でどちらの蒔苗(マキナ)が頭首としてふさわしいか協議の上決定されるのです。何日もかけて、それまで二人に課せられた試練を乗り越える様子を基にね・・・。交互に蒔苗(マキナ)が選ばれたのはここ数回だけの偶然よ。最後の選出は25年前、三園木家の蒔苗(マキナ)であった三園木玄随が選出され、今なお采配を振るっておられます」


 俺たち一同は一言も発することもできずに千葉先生の言葉に聞き入っていた。だがそこに現れた表情はみな違っている。ただただ驚き、あきれ返っているのは俺だけで、水川と八木は驚きこそすれ、畏敬の念でその事実を受け止めているようだった。横堀はまるでその事実を知っていたかのように小馬鹿にした表情を浮かべながら挑戦的な眼ざしで一同を見渡していた。ただ千葉丈太郎のみが、諦めたような薄ら笑いを浮かべ、非難する様に千葉沙苗先生を睨みつけている。


「その時、個人の事情は一切斟酌されない。すべては日本およびそれを支える三坂財閥の発展のため、冷徹な選考が行われます。そして両家の蒔苗(マキナ)は、謳歌すべき青春を全て三坂財閥筆頭の娘に捧げられ、個人の意思など全く振り替えられることはありません。前頭首が引退するか亡くなるまで、二人の娘とその蒔苗(マキナ)は常にライバルとして互いに切磋琢磨し、競い合いながら与えられた試練と戦うことが義務付けられます」


 そう言っていったん言葉を切った。皆、瞬き一つできなかった。


「そして君たち特待生は蒔苗(マキナ)の最有力候補・・・選ばれる可能性が非常に高い。だから今から覚悟してもらいたい。あなた達が蒔苗(マキナ)に選ばれる時・・・それはもしかすると不孝の始まりなのかもしれない・・・」


 誰も何も言うことが出来なかった。横堀ですら、その皮肉な笑いを引きつらせていた。


----------------------------------

 その後、特待生5人は、高校入学組の3つのクラスにそれぞれ分かれて配属されていった。1組が横堀と八木、2組が水川、3組が俺と千葉丈太郎だった。3組に遅れて入っていった俺たちに一瞬だけ視線が集まる。だが、すぐに視線は教卓の方に向けられていった。


「君たち二人の席はそことそこだ」


 担任と思しき教師が、そう言って俺たちの席を示した。ほぼ中央一番後ろの席と、その前の席。一番目が届く席に俺たちを置いて監査しようというのだろうか?


「ようこそ1年3組に。僕が担任の中岡だ。今はオリエンティーリング中だ。今後の日程や日頃の心構え、学習方法などを指導している。君たちは別個に指導が有ったと思う。あと少しでオリエンテーションも終わる。その後自己紹介を各自でしてもらう予定だから、君たちも考えておくように」


 俺たちはおずおずと、指定された位置に着席した。改めて見る教室は拍子抜けするほど一般的な教室の風景であった。あまりにも大きな話を聞かされた後に感じるギャップ感が半端ない。新1年生の面々はみな一応に緊張し、名門校と言われる王閨高校に入学できたことに誇りと、不安を抱いている様子だった。建物の瀟洒な外観とは異なり、教室は華美なところは一つもなく、清潔で明るい雰囲気を湛えながらも、普通の高校と何ら変わりのない機能的な設計が施されていた。しかし、よく注意してみれば、使われている建材がどれも一級品で、とてつもなく金がかかっていることが見て取れた。素人の俺にもわかるくらいだから、きっと専門家が見たら目を丸くしていたに違いない。そんな何気ない贅沢が、この高校には随所に見られた。俺はだんだんそのことに気づいていったが、迂闊にもこのころはまだ何も分かってはいなかった。

 やがてオリエンテーションの時間が終わり、お約束の自己紹介タイムが始まった。大部分のクラスメートは帰国子女や有名私立一貫校からの受験入学組だった。自己紹介で出身校を言う義務はなかったが、その言説の端々にエリート階級の匂いがプンプンと感じられた。


「ニューヨークで生まれたため日本語よりも英語の方が得意です・・・」

「日本の雪はべたつくのでスキーはスイスの別荘で・・・・」

「外交官の父親のせいで各国を転々としました・・・」


 公立中学は俺を含めて数名、みな国立大学の付属中学の出身者で、都内の無名公立中学は俺だけだった。しどろもどろになんとか自己紹介を終える。


(もうこれはスクールカースト最底辺決定だな・・・)


 そう思いながら着席をすると、かえって教室内がざわつき始める。


(普通の俺が一番目立ってない?悪目立ち?・・・)


 理由はすぐに思い至った。声がでかすぎた。緊張しすぎてつい剣道の地声をがなり立てていたのだ。恥ずかしくて後のやつの自己紹介はほとんど聞いていなかった。


「明日からは、さっそく授業が始まります。オリエンテーションで言った注意を忘れずに、遅刻や欠席の無いように。それでは起立・・・礼・・・」


 気が付くと中岡先生の授業終了の挨拶になり、いつの間にかオリエンテーションが終わっていた。こうして怒涛の入学式とオリエンテーションが終わり、俺は心底ホッとしながら帰宅の用意を始める。他のクラスメート達もみな受験勉強から解放されたためだろう、ホッとしながら帰宅するものや、お目当ての部活に訪問する打ち合わせをしているグループもすでにいるようだった。


「ふーん・・・なるほどな・・・」


 そう言って丈太郎が後ろから俺に話しかける。


「君だろ・・・受験日に王閨高校剣道部に道場破りを仕掛けた中坊って?」

「なつっ・・・何だよ藪から棒に・・・」


「さっきから君の立ち振る舞いや今のあいさつを聞けばどのくらい剣道やっていかぐらいは分かる。その竹刀ダコや身体付きは隠しようがない・・・そして・・・どう見ても貧乏人だ」

「おいおい・・・貧乏と剣道は関係ないだろ・・・この高校では貧乏な方だけど・・・。それに道場破りは好きでやったわけじゃない・・・あれは偶発的な事故・・・って・・・何で道場破りの事を新入生が知ってるんだよ?」


「色々と伝手があるのさ・・・・」

「さすが全国大会優勝者は言うことが違うな・・・」


 俺は皮肉交じりにそう返したのを丈太郎はさわりとかわし、ひょうきんな顔にニヤリと笑いを浮かべながらこう言った。


「改めて自己紹介しておこう。俺は千葉丈太郎だ、よろしく。剣道をやるためにこの高校に来た」


 そう言いながら握手を求めるように右手を前に突き出してきた。その手にはやはり俺と同じゴツゴツとした剣道ダコが至る所に見て取れた。


「・・・おっ・・・おう・・・俺は浅間翔・・・俺は・・・何だか分からんがこの高校にいる・・・貧乏人だ・・・」


 俺はつられるように丈太郎に差し出された右手を強く握った。


「安心しろよ・・・俺もここにいる連中から見れば十分に貧乏人さ・・・」


 ニヤリとしながら握り返す丈太郎の力は剣道で鍛えた者のみが持つ異様に強い握力が加えられていた。俺も負けていない。そそくさと帰り支度を始めているクラスメートをよそに俺と牧野は力強い・・・力強すぎる・・・握手を歯を食いしばりながら交わしていた。


「アハハッ・・・」


気が付くと互いに手を摩りながら・・・二人で笑っていた。こうして俺は牧野につぐ親友・・・一生涯の友である千葉丈太郎と出会うことになった。


「俺はこれから道場に行く。お前も来いよ・・・」

最後10行ほど書き換えました(2022/10/28)

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