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白き嫋(たお)やかなる夏の少女  作者: シン之助
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第6話 神楽舞

 主人公・浅間翔はひょんなことから親友・牧野薫の勧めで有名大学の付属高校・王閨高校の入学試験を受け、なんとか合格することが出来た。そうこうするうちに、二人は中学生活最後の年の瀬を迎えていた。そんな時、浅間は牧野の実家の柊木神社で初詣の参拝客をこなすため、アルバイトをすることになる・・・

 12月半ばで、受験勉強から解放された俺たちは、他の生徒がまだ一生懸命に勉強しているのを横目に、大いにその青春を謳歌した。申し訳なさも手伝って、あまり派手に騒ぐようなことはなかったが、道場で過ごす時間は長くなり、土日はほぼ剣道漬けになった。

 ただし、クリスマスを過ぎたころから、牧野の方は一年の大稼ぎ時、初もうでシーズンに向けて神社の仕事に忙殺されるようになり、正月の松が明ける1月7日までは、ほとんど道場に来れないだろう、ということだった。当然師匠は輪をかけて忙しい。毎年、この時期は俺一人ではどうするわけにもいかず、受験勉強に専念したり、家の手伝いを増やしたり、ゲームに明け暮れたりしたのだが、今年は王閨高校合格の恩返しにと、柊木神社の社務所の手伝いを買って出た。


 牧野も師匠も「この忙しい時期に助かる」と喜んでくれた。アルバイト用の神官の一番下っ端の格好をさせられて、おみくじなどを売る売店のお手伝いをすることになったのだ。


「えっ?浅間君も社務所の手伝いをするの?」


朝5時に始まる朝礼を終えて、俺が挨拶をすると、わらわらと巫女さんアルバイトの方々が集まってくる。


「浅間君は剣道着が良いのに・・・、神主っぽい格好は爺臭くてやだわ」


と言うのは近所の主婦の徳田麻衣子さん。きっとまだ20代前半・・・。


「ええっ、この格好も良くね?」


と言うちょっと崩れた感じの大学生・白州頼子さん。多分まだ20代前半・・・。


「見慣れてないだけよね~」


幸田忍さんも近所の主婦だが徳田さんより年上の感じ・・・。まだまだ30代前半・・・


「その点、若様は何を着ても格好いいわね」


牧野びいきの山辺園子さんも近くの女子大に通う大学生だ。この前成人式だった・・・。


 女三人寄れば・・・じゃないが巫女さんアルバイターがこんなに集まるとピーチクパーチクかしましい。後ろの方で巫女さんバイト連中がその後も「キャッ」「えええぇ?」とか言った、いかにも主婦や女子大生のアルバイトっぽい歓声が上がっては消えていった。しかし、巫女頭の桜木瑞穂さんが、やって来て腕を組むと、皆なにがしかの仕事を始めて雲の子を散らすようにいなくなってしまう。ぽつんと取り残された俺を見ながら、桜木さんが師匠に向かって平然と言い放つ。 


「こ奴を巫女連中の間に入れておくのは危険なのではないですか?」


 桜木さんはアルバイトの巫女ではなく、正式な巫女としてこの神社を師匠と一緒に取り仕切っている。巫女としては別格の存在だ。年齢不詳ながら未婚の女性で、30代前半と見たが怖くて詳しい年齢は聞けない。多分、合ってると思う。責任感が強いのは分かるが・・・ヒトを強姦魔か何か勘違いしていませんか?こんな純朴な青年に向かって?!


「君もよく監視しといてくれ。だが、猫の手も借りたい時期だからね」


 師匠それはないでしょ?俺は猫以下ですか?俺はやや不機嫌な顔を師匠に向けながら、顔を膨らましていると


「ああん・・・その顔も可愛いわね」


と木乃葉美紀さんがいきなり後ろから現れ、妖しい表情で言いだした。いつの間に現れたのだろう?きっと遅刻してきたに違いない。この人も多分女子大生だったと思うが、雰囲気が何だか他の方々と違っている。そう言えば俺の社務所の手伝いを知って、真っ先に反応したのは木乃葉さんだった。


「だってあたしは浅野派だから」


今度はいたって真顔で話しだす。


「ぇつ?『あさのは』って何?」

「やだ~知らないの?浅野君ファンクラブよ。最近、めきめき増えているんだから。気づいてなかったの?」


「いえ、全然・・・、俺モテたことないんで」

「うふふっ。薫がうるさいもんね」


「牧野は関係ないんじゃ?」

「もうっ・・・二人があんまり仲がいいから、中にはBLを疑ってるファンもいるのよ。ていうかか浅野派と牧野派両刀遣いのBLファンクラブもできつつあるわね」


「あの・・・そのオタクっぽいノリはやめてくれますか」

「あら、もう一派は牧野君派よ!もちろん断然多いのは牧野派だけど・・・うふふ」


 前から木乃葉さんはやばい感じがしていたがなんか今日はもっとやばい。この人にはあまり近づかない方が良いな・・・。

 しかし、巫女アルバイトの方々の中で一番男子人気が高いのも木乃葉さんだ。なによりそのルックスが良いのと、このおっとり感が巫女さんの雰囲気に合っているのだろう。だからおみくじ売り場の売店で、長い列を作るのも木乃葉さんの列になる。おっとりしていて仕事がのろいから・・・とは口が裂けても言えない。実はBLオタクだって知ったら、この長蛇の列はどうなるのかな?


「さあさあ、おしゃべりは後で。仕事について」


 桜木さんの一声で、しなくてもいい仕事ばかりをしていた巫女さんアルバイトの面々がそれぞれの部署について行く。俺はポツンとその場に置いてけぼりを食って、どうしたものかとキョロキョロしていると


「浅野君はあの列を担当して」


と、桜木さんから売り場の一番真中の列を示された。ここにちょこなんと座って、巫女さんアルバイトと一緒におみくじやお守りを販売する。

 俺の右隣は宮崎美沙さんで、アルバイト巫女の中では最も年長の方だ。たぶん、30代後半から40代前半の近所に住む主婦の方。実は俺も小さいころから知っている。左隣はちゃっかりと木乃葉さんが座っていた。

 もちろん、アルバイトに対する指導はベテランの宮崎さんから。宮崎さんの仕事の指導は適切かつ分かりやすかった。きっと木乃葉さんが指導担当だったら俺は1週間たっても仕事が覚えられなかったと思うが、宮崎さんの御蔭で半日もすると仕事内容が理解でき、コツも分かってきた。


「指導者って大事だな~」


等としみじみと思う。どうやら俺は指導者には恵まれているようだ。午後になるとメキメキと売りさばく手際が良くなり、俺の列の人だかりが見る見る減っていく。


「まあ。さすが浅野君!すごいわね」


等とおだてられるので、ますます乗ってくる。しかし、フト気づくと何だか俺の列だけ、人が多いようだ。あれ?宮崎さんの列は人がいないですよ??・・・って、ふと気づくと仕事ののろい木乃葉さんと俺のところだけに列ができてる!


「だって・・・お守りを渡されるとき、浅野君に手を握ってもらえるって聞いたから」


どこかで見たことのある近所のおばさんが「にこっと」笑って、嬉しそうにお札を受け取っていく。俺は嫌な予感がして、後ろでお守りや釣銭の補充をしている桜木さんを振り返る。


「御札を渡すときは念を入れるように、手を握るようにお渡しするんですよね?確か?」

「えっ?私そんなこと言った?」


「えへっ・・・それアタシが教えたの」


木乃葉さんがしれっと舌を出しながら、手を上げる。そうだ・・・宮崎さんが他の用事で出ていったときに、木乃葉さんから言われたんだ。


「あはははっ。それで浅野君大サービスしてたのね」


はめられた・・・。ひどい。このBLオタクひどい。やおい嫌い!


「多分、お参りしてきた主婦の評判になっちゃたのよ。きっと」


宮崎さんも満更でもない様子で答える。


「浅野君・・・これからもそうしないと、後の方ががっかりするわよ・・・今度私にそうしてね!」

「あっ私はハグでもいいわ・・・何ならキスでも・・・」


木乃葉さんが俺をからかいながら流し目をしてくる。BL怖い・・・やおい・・マジ怖い・・・ていうか怖い、怖すぎ!


「あはは・・・遠慮しておきます・・・宮崎さんももっと早く言ってくれればいいのに!」


こうして俺はおばさん相手のお札売り兼、握手会をバイト時間いっぱいまでやらされた。


「初のアルバイト神官はどうだった?」


牧野に聞かれて、俺はさんざんな初日の件を話した。


「あははは・・・木乃葉さんにやられたね。浅野のアルバイトはちょっとした評判になったようだよ。御蔭で売り上げが伸びたそうだ」

「これってある意味セクハラなのでは?」


「まあまあ・・・硬いこと言うなって」


牧野が明るく笑って、応えると急に真剣な顔になって


「実はお願いしたいことがあるんだ。浅間・・・悪いんだが神楽舞を踊ってくれないか?」


と切り出した。


「はあ?俺が神楽舞を踊るだと?」


牧野が申し訳なさそうに手を合わせると、俺を覗きあげる。


「実は神楽舞の舞い手の一人が、怪我をして踊れなくなった。急に頼んでも踊れるような人がすぐに見つかるとは思えない。君なら、運動神経が良いからすぐに覚えられるよ」


と無責任なことを言うのだ。しかし、王閨高校のことがあるので、今の俺はスパッと断ることが出来ない。俺が逡巡している間に、牧野一人が合点して


「良かった~、君なら僕も助かるよ・・・うん、良かった~」


とあまりにも爽快にそう言われたものだから、今更断るわけにもいかなくなった。


「ほほぅ・・・浅間君と牧野の神楽舞か・・・これはちょっとした見ものだな」


などと師匠も満更でもないようだ。こうして俺は師匠から剣道ではなく神楽舞の特訓を受けることになった。何と怪我をしたのは男役の神官ではなく、巫女の方であった。さすがに難しい女方をいきなり俺はできないので、牧野が女方に入り、俺が牧野の代わりに男方をやる羽目になった。


 それからは猛特訓だった。販売を夕方まですると、道場にいって牧野から男方のふりを徹底的に仕込まれる。最初はぎこちなく、牧野をまねして振りを覚えるのに精いっぱいだったが、数日たつと何となくこつがつかめてくる。次第に振りも覚え、リズムに合わせて踊りに強弱を付け加えていけるようになる。

 確かにこれは剣道における型の振り付けに似ている。なんとか一人で覚えた振りをできるようになるまでに1週間を要してしまった。そして牧野の女方の踊りと合わせて踊る稽古に移っていく。ここからは師匠も入って、二人合わせての動きを指導される。だが俺が踊りを全くやったことがないため、二人の呼吸を合わせるのがなかなかうまくいかない。 牧野の女形は最初からほぼ完ぺきだった。だが、俺と牧野が互いに「雅楽」という芸術を表現しようとするとうまくかみ合わなかった。そんな時は女方になれていないせいもあったが、俺の踊りがまず徹底的に下手だからだ。


「浅尾君は薫に合わせようとして却ってぎこちなくなっている。浅野君は一人で踊っているときのように踊りなさい。薫が浅野君に合わせるんだ。いいかね?」


 師匠が一声かけてくれる。そうか…へたくそな俺が変にふるまうから、牧野が戸惑って余計おかしくなっていたのか…。そう思ったとたん、何となく気が楽になった。俺は自分のことだけ考えて動けばいいのか!


「おおっ!なんだ急に良くなったじゃないか。その調子。うむ、薫しっかりとフォローしてあげなさい。そうその通り」


 不思議なことに、俺は牧野と乱捕りしている気分なってきた。俺がどこまで我が儘にふるまって牧野がついてくるか見極めながら、それでいて少しずつ牧野のペースにはまっていく自分を感じた。これが踊りというものだろうか?ちょっと逸脱しても、牧野が合わせてくる、ギリギリのところで俺が見極め、牧野が合わせる。逸脱がまるで呼吸を合わせたように自然な展開になり、決まった動きの中に個性が現れだすと、動きが決まった時に心地よい爽快感が残る。まさに俺たちが普段やっている乱捕りのような様相になった。


 ふと気づくと、巫女さんアルバイトを中心にギャラリーが道場を囲んでいた。


「凄い・・・・若様凄い!」

「きれい~キャー」

「若様~!」


 牧野人気はものすごい。巫女さんアルバイトだけでなく、いつの間にか周辺の女子学生まで集まってきているようだ。


「お前、あい変わらずすごい人気だな!」


ひと段落して、息をついているとき、思わず悪態をつく。そんな俺を牧野が怪訝そうに見る。


「君…気づいていないのかい?」

「えっ何が?」


 牧野が怪訝そうに俺を見る。


「取り囲んでいる連中の中には君が目当な娘が相当いるよ」

「やだな…その気になるじゃないか」


 牧野は買いかぶりすぎだ。せいぜい、木ノ葉さんぐらいしか俺のファンはいないだろう。しかも変人だし。


「だべっている暇はないぞ。もう一度、今度は通しでやってみよう。本番を意識して、正確に踊ってみなさい」


 雅楽独特の不思議な音が響き渡り、再び踊りに集中する。気づくとあっという間に踊りの終盤に差し掛かっている。


「何この!神楽舞!!すごい・・・まるで社交ダンスの競技大会のよう!」

「牧野君の女形、チョー綺麗!!見惚れちゃうわ」


 きっと漫画だったら、ギャラリーの女子どもの目はハート形に描かれているだろう。踊り終わった後、練習だというのにあたりから拍手が巻き起こった。


「うむ。これなら良いだろう。十分使えそうだ」


 師匠もまんざらではない様子で頷く。そして本番のお正月を迎えることとなった。


 例年の大晦日なら、紅白を家族と見てそのまま寝正月になるところなのだが今年は違った。三坂神社は晦日から大忙しになり、大晦日、元旦は怒涛の戦争状態だった。これはかなわん。師匠と牧野は毎年こんな戦場を経験してきたのか…。そして、参拝客がやや落ち着く正月の3日、いよいよ神楽舞の奉納になった。練習の時と違って、雅楽の音楽は専門の雅楽士の方々が呼ばれ、生演奏となる。雅楽堂の袖を見るとまだ1時間以上あるというのに見物客がごった返し、すごい人だかりだ。


「うわー緊張してきた!牧野は緊張しないのか?」


 ふと牧野を見やる。


「ああっ。もう慣れているから。それより、君と一緒に踊れると思うと嬉しいよ」


といたって冷静…。俺はというと、どうも落ち着かない。いや、自分で言うのもなんだが、かなり上がっている。震えこそ出ていないものの、場の雰囲気にのまれてしまいそうなのだ。


「やらかしてしまいそうで怖い…」


 俺は正直に牧野に打ち明けた。牧野が驚いたように俺を振り返る。


「ごめん。剣道の試合ならことな弱音は吐かないんだが…、踊りとなると…」


 牧野の目が一瞬見開かれる。ふと目を伏せたかとと、クスッとほほ笑む。


「しょうがないな…、じゃあおまじない」


 牧野はそういうと、ふと俺の額に、自分の額を押し当てた。


「!」


 雅楽の女形の衣装を着て、女性の化粧をしている牧野は、その端正な顔立ちと相まってどこをどう見ても女性そのものだった。俺の落ち着かない理由の半分は実はそれだったのだが、当の牧野は気づいていない。


「君は絶対に失敗しない!うまく踊れる!」


 俺の目をまっすぐ見つめながらそう言った。まるで念を押すように…。その思いがあまりにも真面目で真摯だったものだから、俺は思わず自分が恥ずかしくなってしまった。その時初めて俺の心の震えが止まった。俺たちは互いに10秒以上は見つめ合っただろうか、やがて雅楽のおはやしが響き始めた。


「分かった!行こう」


 おれはツト額を離すと、もはや迷いはなかった。なんか吹っ切れた。師匠に「喝」を入れられるよりも効いた。何か魔法にかかったように、俺は落ち着き、なぜかうまく踊れるような気がしていた…。

 それからは無我夢中でよく覚えていない。練習の成果は十二分に発揮できただろう。俺の踊りは妙に逸脱することもなく、ごく自然に牧野との踊りに合わせることが出来た。だが、それは不思議な経験だった。牧野の次の動きが、数秒といった単位ではなく、ほぼ踊り終わるまでの間予想できた。動きがごく自然にシンクロし、牧野の動きがいつも以上にピタッと俺の動きに張り付いてくる感じだ。

 ダンス競技のように体や手が合わさる瞬間はみじんもない。しかし二人の動きは常に呼応し、一体に見えたはずだ。そして、音楽はクライマックスにむかって盛り上がり、振り付けも互いの動きが激しくなっていく。激しい動きの中でも俺たちの動きは決して乱れずその精度を増していく。そして急な静寂とともに俺たちは動きを止めた。

 この踊りの最大の売りである「見栄」を決める。二人でタンと決めのポーズを打つと客席はシーンと水を打ったように静かになり、(かしわぎ)一つない。自然な「見栄」と思ったけど外したか?と思わず牧野の顔を顧みる。激しい踊りの後で、二人ともやや息が上がり、顔が紅潮している。ため息ともドヨメキともつかぬ


「はぁ~」

「ああぁっ~」


といった声が聞こえ、パラパラと拍手が上がったと思うと急に割れんばかりの拍手に包まれていった。その拍手に負けじと黄色い歓声が上がる。


「若様~」

「薫様~」


と言った声や「キャー」と言った叫び声がけたたましく浴びせられる。まるでアイドルのコンサート状態だ。相変わらず牧野の人気はすごい。こいつぐらいモテればどんなに良いことか…。


「浅野君~」


という声も混じっていたような気もするがきっと木ノ葉さんだから無視することにした。

 雅楽にはアンコールもカーテンコールもない。神に奉納されるためのその踊りは観客のためのものではない。見栄を解いた俺たちは、思わぬ歓声に困惑しながら、顔を見合わせた。


「おまじないありがとな」


 俺がそう言うと、めずらしく牧野が照れたような、苦笑いを浮かべた。


「てへっ」


と言ったはにかみの笑いだ。とその時、俺は突然ある光景が脳裏をよぎった。


「白き夏の少女」


牧野の涼やかなその顔が・・・・、

白っぽい女装をしたその顔が・・・・、

女形の化粧をしたその顔が・・・・、

舞台を照らす照明に後ろから照らされて眩しかったその顔が・・・・、

真冬だというのに踊り終えて汗を浮かべたその顔が・・・・


 「・・・・・・」


 俺は悄然と牧野の顔を見つめた。牧野の目が大きく見開かれる。俺たちは凍ったようにその場に立ち尽くし、はたと見つめ合う。


 「キャー、キャー!」


見つめあう俺たちを見て何を勘違いしたのか、一部の女子が猛然と騒ぎ始める。その動揺は熾火のように広がり、熱狂した群衆に感染してゆく。ついに一部の取り囲み連中が、警備員のバリケードを突破し、舞台に上がろうとしはじめる。危険な状態だ。舞台に上がり込んできそうな勢いに、師匠がたまらず声をかける。


「早く舞台を降りなさい!」


 俺たちは、その言葉にハッと我に返る。観客に向かって一礼すると、そそくさと舞台のそでに引っ込み、そのまま社務所に駆け込んだ。牧野目当てのギャラリーが


「浅野~」


と凄みを聞かせた声で恫喝する。


「殺すぞー」「私の薫様が~」


何を勘違いしたのか


「浅野様~」

「素敵~」


などという声も混じって、大混乱だ。

 社務所の小部屋に駆け込んだ俺たちは、とりあえず観客の混乱が収まるまでここに居続けるよう、師匠から言われた。師匠は事態の収拾をするべく、すぐにいなくなり、俺たちはその小部屋にぽつんとおいけぼりを食らった。ふたりで無言で向き合う。俺は思わず探るような視線を牧野に投げかける。最初、照れたような笑いを浮かべ視線をそらし気味だった牧野の目もやがて正面から俺の視線を受け止める。二人の視線が激しく交差し、互いの心を真摯に受け止めようと向き直る。一体どれほどの時間がたっただろうか。俺は意を決して牧野に問おうとした・・・・。


 だが…機先を制し、先にしゃべり始めたのは牧野のほうだった。


「浅野君に言わなければならないことがある」


 その目は真剣そのものであった。


「ああっ」


 俺は牧野の言葉を待った。意を決したように牧野が話す。


「王閨高校に行けなくなった。3月になったら引っ越しがある。師匠の配属先神社が急に変わることになった。伊勢だ。僕もついていかなければならない。あちらの高校に行くことになるだろう。申し訳ない」


 思いがけないその言葉に、俺は最初何を言っているのかすぐ理解できなかった。その言葉はあらかじめ用意されていたかのように、機械的で、事務的で、淡々と語られた。やがて俺の腑に落ちていくと、思わず牧野を見返した。


「・・・・・・・」


俺は今までの浮ついた気分が吹っ飛んでいくのが、分かった。


「じゃあ俺もついて行く」


とは流石に言えない。それは俺の身勝手であり、牧野も望んでいない。つっけんどんな物言いは牧野が強く主張するときの癖だ。それに王閨高校に行くのは神社を継ぐためだった事を考えると、牧野の考えにぶれはない。だが俺は?


「安心してくれ。君の王閨高校への特別奨学生枠はしっかりと確保されている。」


 その目は、真剣で真摯であった。俺は何といっていいかわからなくてそのまま絶句している他なかった。


「・・・・・・・お前はそれで良いのか?」


 俺は何とか絞り出すようにそう言うのがやっとだった。


「そう・・・それが僕の望みだ。君には王閨高校に行って活躍してほしい」


 二人の視線が再び激しく交差した。牧野の目は本気だった。


 だが、俺の本気は?

 俺は何のために王閨高校に行くのだった?何となく高偏差値の高校だから?学費のため?家族の虚栄心のため?・・・・

 俺は何も持ち合わせていない。ただ、牧野について行くため・・・・それ以外の理由を持ち合わせていない。俺は急に突き放されて、放り出された子犬のように、ただ呆然と牧野の方を見つめる他なかった。その目は苦渋の決断を表していた。


「それで良いのか?」


 俺は牧野の真意を確かめるように凝視した。梯子を外されたというような思いは全くわかなかった。牧野の苦渋が良く分かった。俺たちはしばしば見つめ合った。


「それしかないんだ・・・ごめん」


 それで十分だった。牧野が謝る必要はない。家の事情なら仕方ないことだ。牧野の思いと俺の思いが交錯する。もっと一緒にいたい。だが口を突いて出た言葉は裏腹だった


「分かった。こちらに戻るようになったら絶対に王閨だぞ」


 その言葉が言い終わらないうちに、師匠がまた入ってきて熱狂した観客に気づかれぬよう、別々に社務所の外に出るよう指示があった。化粧を落とし、踊りの衣装を普段着に着替えれば、たいがいの観客が気付かない。俺たちは別々にこっそりと社務所を出ると、それぞれの自宅にひっそりと帰ることになった。俺は熱狂した踊りの感覚と突然の離別宣言の異なる感慨に翻弄されながら、ただ押し流されるように呆然と帰途についていた。悪夢を見ているような、異常な状況に、俺はただ流されているほかなかった。


 そして、本当に牧野は行ってしまった。


<第7話に続く>

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