第5話 合格発表
主人公・浅間翔はひょんなことから親友・牧野薫の勧めで有名大学の付属高校・王閨高校の入学試験を受けることになってしまった。しかし、試験の当日、剣道部で騒ぎを起こしてしまい捻挫した挙句に、運ばれた医務室の中で「不合格」の結果を偶然耳にしてしまう。
こうして翔は失意の中で合格発表の日を迎えていた・・・。
「お兄ちゃんそろそろ、起きないと牧野さんを待たせちゃうわよ」
いつも元気な妹・瞳に枕元でがなりたてれれながら、俺はそれでも布団からでようとはしなかった。それでも牧野ファンの瞳は布団の上から俺を揺さぶってくる。
「ああっ俺は多分ダメだから行かない・・・」
とは言えないので、しぶしぶ起きることにした。
「何だか、お兄ちゃんだらしないあ~」
ボケっと虚ろな俺を振り返って、瞳が無邪気に言う。あれから5日、足の痛みもほとんどなくなり、俺はほぼ正常な生活を取り戻していた。もっとも、冬休みになっていたので、授業には行かなくて良い。怪我のおかげで剣道の朝練もない。何か良い事づくめのようだが、あの話を聞いたからにはそうもいかない。牧野は神社の神主の息子=家族枠でほぼ合格をもらっているようなもの。俺は不合格なようなので、地元の公立しかなくなった。できれば進学校へ行きたいので、再び受験勉強漬けの毎日だった。
昨日は深夜まで勉強したのと、気乗りがしなかったので、合格発表はバックレて今日は昼まで寝てようかと思っていた。どうせ牧野は迎えに来ない。実は受験した日の翌日。心配そうにやってきた牧野に、そっと医務室で聞いた会話の内容を告げていた。
「ごめんな」
俺は牧野に平謝りした。
「いや。謝るようなことじゃないよ。誘ったのは僕だし、3位だったら凄いじゃないか」
そう牧野は励ましてくれたが、やはり元気がない。
「でも俺は・・・うちの収入じゃ、王閨には行けないんだ」
「分かっているって。僕もそうだ。神社関係のおかげだし。気にしなくていいよ」
これが現実なのだ。厳しい現実。いや、戦争をやっているような国に比べれば、たいして厳しくもない現実だ。
「だから合格発表は見に行かなくてもいいよな」
「う~ん。しょうがないか・・・。とりあえず僕が君の分も見ておくよ」
お袋も察してくれたのだろう、「良いから寝かせといてあげなさい」と言って、俺をそのままにしておいてくれた。昼近くに起き、することもないので部屋でぼぅっとPSPをやる。ただぼーぅと。機械的に・・・。何も考えず。理不尽や不運を感じない様に。ミサイルを避けて、爆弾を避けて、地雷を避けて、ひたすらビームを打ち続ける。打ち続ける・・・・。無意味な時間が過ぎてゆく。
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「ピンポーン」
誰かが玄関のチャイムを押した。宅急便?パタパタとお袋の足音。お袋の応対する話し声。すると、またパタパタとお袋の足音が近づいてくる。
「翔ちゃん・・・起きてる?何か・・・王閨高校っていう方が・・・・」
俺は不合格のはずだ。受かってはいない。とすると・・・やばい。道場やぶりの件だろうか。これは下手をすると、入学どころか何か犯罪者扱いを受けてしまうのではないか?とりあえず居間に行くと、サラーリーマン風のきちんとした身なりの男が座っていた。
「私は王閨高校、入試室の川田と申します。君が、浅間翔君だね」
ぎろっと睨まれた感じがした。ヤバいマジヤバい。ここは先手必勝・・・。
「どうもすみませんでした!」
俺は平身低頭、その場で最敬礼をした。
「お前、やっぱりなんかやったのね!」
お袋が、驚いて俺を見返す。
「いやっ・・・あの・・道場やぶ・・・」
俺がもごもごと言い淀んでいると、川田という人はニコニコしながらこう言った。
「いえいえ。今日は本学への入学手続きのご確認に」
「えっ?えええええっ?」
「浅間翔君。あなたはこの度、王閨高校の特別奨学生に選抜されました。奨学金をお受けになりますか?ご辞退されますか?」
お袋も俺もしばし唖然としてモノが言えない。
「あの~これは何かの間違いでは・・・。王閨高校ではわざわざ、合格を告げに来てくれるのですか?」
絶望的なことはお袋にも告げていたので、俄かには信じられない。
「いえっ今回は特別奨学生の中でもさらに特別な枠でして・・・。たった一人しか枠がないのですよ。辞退されるようであれば次の順位のところにお伺いしますし、お受けになるようでしたら、手続きの方法を説明してまいります」
いや~これは妖しい。詐欺ってもんだろ?なぁっお袋・・・とおふくろさんを振り返ろうとする間もなく、
「もちろんお受けいたします」
お袋がきっぱりと言い切った
「なんで母さんが受けるの?」
「翔、それで良いわよね?」
全然聞き耳持ってないですよこの人・・・
「いや・・・別に即答する必要は無いんじゃ・・・」
「何言ってるのよ。王閨よ!王閨!良いに決まってるじゃない」
ちょっと母さん・・・何か目の色変わってますけど・・・。とりあえず、庶民丸出しの反応で、お袋がトントンと入学手続き書類を書き、話を進めていった。まるで川田さんが心変わりする前に、すべてを済ませてしまおうとするような感じで・・・。まあ、学費タダは親にとっては魅力的なのだろう。
などとやっているところに牧野からも電話。
「おめでとーっ。」
と開口一番。
「合格だよ!」
どっちが?と聞かなくても分かった。けど一応・・・
「おいおい誰が合格なんだよ?」
「君も僕も。二人して王閨高校生だよ!」
牧野がここまで喜んでいるのをついぞ聞いたことがないので、こっちもやっと実感がわいてくる。ふむ。それでは、目の前のこの川田という人は本物らしい。詐欺とかでなくて良かった。まあ、こんな金の無さそうな処からふんだくって行くような詐欺師もそうそう居ないだろう。
「母さん。合格だって。俺受かったみたいだ」
俺はフ抜けたようにそこに、へたれこんだ。
「だからそう言ってるじゃないさっきから・・・」
書類を書き上げ、川田さんが確認し、「ではこれで帰ります」と言ったところに、ちょうど牧野が高校から戻ってきた。
「浅野。合格おめでとう」
「おう。お前も合格おめでとう」
と二人してエールの交換をしているところに、
「おや。かおる様。合格おめでとうございます」
と川田さんがにこやかに話しかける。牧野は驚いた様子で、
「川田、来ていたの?」
二人は顔見知りのようだ。
「ええ。御前様が近くまで来られたので。送りついでに、合格を伝えるよう申し付かりました」
「ふーん」
と気のない返事を返していた。
「知り合いなの?」
俺が聞くと、
「ちょっとだけね」
といって、ばつの悪そうな顔をする。川田さんもそそくさと言った感じで帰って行ってしまった。なんだろう?
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そのあとは、ちょっとした宴会騒ぎだった。牧野も加わって、俺の大好物の海苔塩ポテチが食べ放題となった。部活帰りの瞳も嬉しそう。
「お兄ちゃんに続くぞ~」
と王閨高校進学を宣言していた。
「お兄ちゃんの学費がタダなら瞳は奨学生でなくても、学費が出せるかも」
とお袋もご満悦だ。
「タダほど安いものはない」
瞳も嬉しそうだ。ふと牧野と目が合う。
「久しぶりに、一手やるか」
牧野もそう思っていたのか即座に
「おう」
という返事があった。足首の捻挫もほど回復していた。日が暮れるまでは少し時間がある。腹ごなしとばかりに道場に向かう。ここのところ受験勉強詰めで、腕がなっていた。それに、口ききをしてくれた師匠にも報告をしたかった。実は道場やぶりの件も話していない。そのことも合わせて今のうちに報告しておこう。±ゼロなら御の字だ。
道場でひと汗かく前に、まず師匠に報告だ。社務所を抜けて母屋に向かおうとすると、前には黒塗りの高級車が止まっていた。ダイムラーやロールスロイスと言った外国車ではなく、国産の最上級の車。いかにも社用車と言った感じが却って凄さを醸している。案の定、運転手さん付きだ。白手袋をはめた初老の紳士が運転席で控えている。
巫女頭の桜木さんが俺たちを見つけて近寄ってきた。
「若、いかがでしたか?ぇ合格?おめでとうございます」
とさすが巫女さんらしく深々とお辞儀をする。
「んで、浅間君は気を落とさないで。王閨だけが高校じゃないから。公立で巻き返そうね」
落第前提だし。まあ、俺がそう言っていたので無理もないか。
「あっ何かわからないけど、俺も合格しちゃったみたいなんだ」
「えっ・・・うそ!・・信じられない」
と、仰け反り、ひたと俺を見返す。何?桜木さん、その反応マジすぎですけど。冗談になってませんけど・・・
「浅間君が合格なんて・・地震が心配だわ」
と辺りをうかがう。ほんとこの人マジすぎです。
「あらあら・・・俺の合格は災害レベルですか」
俺が不平を言っても聞く耳持たずの桜木さんはさらに先を行って
「奇跡ね・・・そう、これは奇跡だわ。そうよそう、柊神社の霊験だわ。ふふぅ・・・これは柊様の霊験以外何物でもないわ。そうよそう!うちの神社の御蔭なのよ。宣伝になるわ・・・・!合格祈願なら柊木神社!王閨行くなら柊木神社」
などと商売っ気丸出しで考え出す。
「偏差値30でも受かります。柊木神社の合格祈願」
「俺の偏差値はそんなに低くないっすよ」
「誰もあんたのことだなんて言ってないわよ」
「でもそれでは前提が・・・」
ほっておいて牧野と二人で師匠の部屋に向かう。すると中から話し声が聞こえた。師匠が誰かと話しているようだ。「御前」とか「御意」とか、時代劇のような単語が混じる。構わず牧野がノックする。
「お父様、薫入ります」
そう。牧野家では「父ちゃん」「母ちゃん」ではなく、ましてや「パパ」「ママ」でもない。「お父様」「お母様」である。さすが神社一家だ。すると中から
「おう。お入り」
という声。しかし、師匠の声ではない。師匠の話し相手の声だ。中に入ると、師匠の他にも一人の恰幅の良い中年男性が座っていた。どこかで見た覚えが・・・
(あっ・・・王閨高校の医務室に居た・・・)
危うく声に出しそうになった。牧野はこの人物と知り合いなのか全く気後れしない感じ中に入り込むと、挨拶無しで一気に報告を始めた。
「お父様、薫と浅間、両名とも王閨高校に合格いたしました」
全く前おき無しの直球の報告。嬉しさが満面に溢れている。牧野の顔はそんな感じだった。牧野はそう報告すると、深々と頭を下げた。俺も急いでそれに倣い頭を下げる。
「でかしたぞ浅間君」
と師匠。牧野のことは分かっていたのだろう。いきなり俺に向かってお祝いの言葉が飛び出た。
「良かったな。やっぱり君は運がいいようだ」
と、もう一人のおっさんが俺にも声をかけてくれた。やはり嬉しそうに俺を見てくれている。この人は誰なんだろう。だが、そんなことを言っている場合ではない。この空気を利用して、道場やぶりの件を反故にしなければ。
「実は師匠、お話しておかなければならないことがございます」
「うむ、何だね?」
俺は恐る恐る切り出した、
「その、王閨高校を受験した日に、剣道部で試合をしてしまいました」
「・・・申し訳ございません」
俺は今度こそ、最敬礼で詫びる。「ふむ」と師匠・・・そして・・・
「何?勝手に試合をしただと・・・」
と渋面で答える。
「如何したものかな」
と腕を組んで下を見てしまった。何かやばい感じでは・・・。とその時だった。もう一人の紳士が突然笑い出す
「はははっ・・・慶介・・・どうせ仕掛けたのは、お前だろうが」
したり顔で、その紳士が師匠を振り返る。師匠はバツが悪そうに、頭をなでる。
「いえ・・・薫・・・お前だね」
と、今度は牧野がバツの悪そうな顔をする。俺はと言えば訳も分からず、3人の顔を交互に見やる。
「浅間ゴメン。もしかしたらと思って、剣道部に行ったら、とんとんと話が進んで、ああなっちゃったんだ・・・」
「えっ?」
「君も僕も他流試合は禁じられているので、戦績が全くない。だが、そうなると奨学生入試では圧倒的に不利なんだ。だから、他流試合にならなければいいと思って。つまり、王閨高校の剣道部で、全国レベルの先輩と互角に渡り合ってくれれば、それで、もしかしたらと思ったんだ」
牧野はそこまで話すと、ちらと師匠の方を見た。
「そうなった時の事を考えて、一応お父様の許可はとってあったんだ」
今まで厳格な顔を取り繕っていた師匠もここで負けようだ。ニヤッとすると師匠がその言葉を受け継ぐ。
「だから、謝罪には及ばん」
なんだ・・・、最初から仕組まれていたのか。何か不愉快だな・・・。
「だったら最初からそう言ってくれれば良いのに・・・」
俺は嬉しさのあまり、多分子供のようにむくれていたと思う。
「だから・・・まさかあんなにうまく事が運ぶとは思ってもみなかったんだよ」
牧野も嬉しそうにこたえる。
「それに、10人も抜くとは思わなかったし」
ここまで言われれば悪い気はしない。
「お前に比べたらみんな遅いように感じた」
と一応お返しをしておいた。多分それは実感だ。足首を痛めなかったらどこまで行ったのだろう。
「速さや力に頼っているようでは、まだまだだな。若いうちは分からぬかもしれんが」
初老の紳士は俺を見定めるように、まっすぐに俺を見やる。いったいこの人は誰なのだろう。俺の訝しげな顔を見越したのだろう、師匠が初老の紳士が紹介する。
「ああ失礼。この方は三園木さん。薫の叔父にあたる方だ。王閨高校にも顔が利くので、薫に関してはお世話になった。もちろん君の件でもね」
改めてその人物を見る。確かに、牧野とどことなく雰囲気が似てないでもない。いや、師匠よりも牧野と似ているかも。一連の件の内容が読め、師匠と牧野の叔父さんに俺は深々とお辞儀をした。
「いや、礼には及ばん。有能な人材を入れるのは当然のことだ。君は王閨高校の示すくだらない規格に合わなかっただけで、十分に合格たる素質を備えていると私は判断した。」
三園木さんのニコニコとほほ笑んでいるその顔は、長年の辛苦を思わせる深い皺とどことなく愁いを帯びたその瞳を備え、強い意志の感じられる太い輪郭で縁どられていた。
「牧野。君は面白い人物を育てたな」
「彼はまだまだ修行中の身。あまり誉めそやさないでください」
三園木さんは、相変わらずニコニコと俺を眺めていたが、やがて思い立ったように、俺の顔を正面から見据えてきた。その目が一瞬鋭さを増した。
「彼と手合わせをしたいが宜しいかね?」
「えっ御前が・・・。ふむ、面白いかもしれませんな。ぎっくり腰などにならないで下さいよ。」
「フン鍛え方が違うわい」
「かおる。申し訳ないが川田を呼んでくれないか。胴着一式を持ってきてもらいたい」
川田?どこかで聞いたことのあるような・・・。とっ思っていると、牧野が「つと」外に出て、誰かに話しかけているようだった。しばらくして胴着を抱えて入ってきたのは、先ほど合格通知を持ってきた人だった。一礼して入ってきた川田さんは、俺を見て一瞬ぎくりとしたが、すぐ三園木さんに近寄り、道具一式を手渡した。俺たちが持っている安物とは違う。何かどれも風格があり、本物の素材を使った逸品ぞろいの胴着と防具だった。師匠が牧野に着替えを手伝うように言うと、俺には先に行って用意と着替えをして待っているように指示した。
「牧野は今日はどうする?」
「僕は今日は観戦するよ」
とその場に残って、三園木さんの着替えを手伝いだした。何かいつもの牧野と違う雰囲気だったが気にせずに俺は道場に向かった。
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すでに日は傾き、社に長い影を落としている。あと1時間もすれば辺りはとっぷりと日も沈み、暗くなってしまうだろう。俺はそそくさと道場に向かうと、粛々と着替えを始めた。何よりも久しぶりの稽古だ。深々と静まり返った柊木道場は、身の締まるような冷厳とした雰囲気をたたえていた。俺は息を思いっきり吸い込む。気が充実してくるのが実感できた。
着替えを済ませ、道場内で正座して待っていると、やがて三園木さんが現れた。後ろには師匠・牧野・川田さんが従者のように従ってついてくる。今日は師匠が審判を買って出る。
「両者前へ」
蹲踞をし、正面に構える。三園木さんの構えは師匠が一目置く人だけあって威厳に満ちていた。師匠以外、高齢の方と手合わせをしたことがないので、どうしていいかわからずもたつくが、
「はじめ」
の合図とともにとりあえず探るように打ち込みを始める。三園木さんの動きは無駄が全くなく、最小限の動きで俺の動きをいなしていく。師匠の動きにも似ているが、より洗練されている形だ。いや、もっと厳しい、タイトなイメージだろうか。はたから見ていると俺が三園木さんの周りを行ったり来たりしているようにしか見えないかもしれない。久しぶりの運動に息が上がってくる。フト気が抜けたその時、三園木さんが、竹刀を動かした。
「面~」
スパンという強烈な面が、俺を打ち据える。
「え?」
あまりにも自然な動きのため、防御態勢が取れない。まるで当たったかのが間違いのように反動動作がなく自然な振りかぶりで、力みも感じられない。流れるような動作は無駄がなく、ゆったりした動きから即座の攻撃で虚を突かれた感じだ。いや、振りかぶった後の動作が早すぎて全く見えなかった。
「今のは、いったい・・・」
俺は茫然とその場に立ちつくす。師匠はにやにやとその成り行きを見守っている。もう一度試したい。俺は再び三園木さんに対峙する。しかし今度は全力で。だが、三園木さんの姿勢や動きに変化は出ない。俺が与える揺さぶりは、風にさやという感じで受け流されてしまう。
「小手~」
次の瞬間。またあっさりと小手を決められる。やはり・・・全くの不意打ちなのだ。予備動作というものがない。打ち込まれると全く考えられない態勢や状況で、スパンと有効打突が飛び出し、決められてしまう。これがこの人のやり方なのか?神明一刀流流の奥義なのだろうか?俺が首を振っていると、師匠が面白そうにのぞき込む。
「これが神明一刀流ですか?」
「これは少し違うかな。御前・・・三園木さんの奥義と言った方がよかろう」
確かに師匠の太刀筋とも違う。とにかく俺も、馬鹿正直に打ち込むのをやめた。お互いが待ちの態勢になる。いや、俺が手を出せないのだ。俺が逡巡している次の瞬間、三園木さんの身体がふらりと揺れた。次の瞬間、俺は猛烈な「突き」を食らって吹っ飛ばされていた。何が何だか分からなかった。
「それまで・・・」
師匠がそう言いかけた瞬間、跳ね飛ばされたはずの俺は、だが・・・しっかりと着地していた。三園木さんの「突き」を竹刀で受け止めていたからだ。
「なっ・・・何?」
俺を倒したとみていた三園木さんに隙が生じていた。俺は三園木さんの振り返りざまに胴を打ち込んだ。三園木さんも返し技を繰り出そうとしたが、甘い面であった。
「胴一本」
だが俺の反撃もそこまで、あとは良く分からないうちに立て続けに負けつづけ、日没終了となった。
「完敗でした」
蹲踞をし、面を取った時、俺は正直に三園木さんに言った。
「いや、君は一本取り返しているじゃないか」
だがあれは、ラッキーなだけだ。実力ではない。
「どうしても三園木さんの動きが読めなくて」
「もしわしの動きが読めていれば、勝てたと思うかね?」
「・・・・・」
いや。多分読めていても勝てなかった。あらゆるタイミングが微妙にずらされ、どれもうまくいっていないだろう。
「いえ。僕にはまだ何かが足りないんだと思います。それが分かるまでは勝てないでしょう」
「ほほぅ」
三園木さんの目がまた鋭さを増す。
「何が足りないんだと思うかね」
挑みかかるような感じで俺を見つめる。何かすごい雰囲気。思わず師匠を見る。だがその目は何も語ってくれない。牧野も何か思いつめたような表情だが、同様だ。これは何かのテストなのだろうか?まあいいや。思いついたことをしゃべろう。
「空からの視点、というか大局に立った見地というか、動きをとらえる視点と言ったものでしょうか?」
「そして・・」
「その動きを変えるというか、断ち切るというか、それを見極める判断力とかスピード、決断力・・・と言ったものでしょうか?」
「ふふっん」
三園木さんの目の鋭さが急に無くなった。初対面の時の穏やかな目に変わっている。師匠の方に振り替えると
「今の言葉うちの重役共に聞かせてやりたいぐらだな」
といって、笑い始めた。
(「うちの重役」?・・・・)
目の前の温厚な紳士が運転手付きの黒塗りの自動車に乗れる程の大物であることは何となく感じていた。だが、まさかこの人が三坂商事・三坂物産・三坂重工・三坂電機・三坂自動車・・・と世界を股に掛けた巨大企業を束ねる三坂コンツェルンの総帥にしてCEOである「三園木玄随」その人であることに、高校生にもなっていない俺が気づくはずもなかった。
(第6話に続く)




