第4話 道場破り 2/2
王閨大学付属高校の特別奨学生入試が終わり、家路につこうとした浅間翔と牧野薫は、在校生の友田由香に声を掛けられ、剣道部の見学に行くことになり・・・。ひょんなことから試合をすることになってしまう。
「道場やぶりだ!」
どこから聞きつけたのか、いつの間にか、道場の外に人垣ができている。
「川本と吉田がやられた。1年生9人は全滅したぞ。次は南のようだ」
誰かが大げさに喧伝する。面白そうに尾びれを着ける。逆に部員の面々からは俺を馬鹿にしたような表情がなくなっている。どうやら真剣にさせてしまったようだ。川本と吉田以外の1年生は全く手ごたえがなかった。初心者に違いない。適当に合わせて試合するだけの余裕がなかったので、手加減無しで秒殺してしまった。しかし、異様な空気は感じている。何かまたやっちまったようだ。牧野を振り返る。だが、あきれたことに牧野の表情は場外に居る野次馬と似たように、無責任な期待と興奮しかみてとれない。
「おいおい!」
小山田副将が板垣先生に相談する。
「もう1年生は全員出てしまいました。中学生相手に2年を出すのは・・・」
だがまったく斟酌しない板垣先生の檄が飛ぶ。
「次、南君、行きなさい」
「先生、南は2年の筆頭ですよ。しかも中学生の時は全国優勝者だ。いくらなんでも・・・」
小山田副将が驚いて叫ぶ
「南が負けると思うか?」
板垣先生が不敵に笑う。
「まさか中坊にやられるとは・・・」
小山田副将が改めて俺を振り返る。
「牧野。俺なんかやばいことやっちまってないか?道場破りとかなんとか・・・。もう帰ったほうが良いんじゃないの。」
「そおか?どんどん行けよ。」
「なんか今日お前変じゃないか?」
俺が牧野に文句を言いながら、逡巡していると、逃がさんとばかりに南と呼ばれる生徒が俺の前に立ちはだかり、もう一合わせとばかりに一礼する。
「しょうがない」
9試合連続はかなり酷だ。少し足がもつれる気がする。だが、こいつらが許してくれないのもわかる。潮時か?とっとと負けて楽になっちまおうか?牧野を振り返ると、猛然と首を横に振っている。何?勝てというのか!
「三本勝負、はじめ!」
鍔迫り合いを始めたばかりというのにもう息が上がっているのが分かる。ここのところ受験勉強一色だったので明らかに運動不足だ。さすがに2年生だけはある。今までのように全く隙が無い。逆に、疲れの出始めている俺は、時々隙ができるのが自分でもわかる。だが、相手もまだ攻めあぐねているようだ。有効な打突に届かない。俺も付きが禁じられていると思うと、打ち込みがいまいち決まらない。神明一刀流の奥義が「付き」であることは、高校剣道においてはかなりハンデだ。一進一退、互いに一本が決まらない。互いに場外をひとつづつ犯し、後がなくなった。こうなると9戦目の俺は残存体力の面で不利だ。
「面~!」
「胴~!」
ほぼ同時に二人の剣が交錯する。気づくと俺はライン際に追い込まれている。
「付きを出せなくて、どう出るかな?」
板垣がつぶやく。
「え?」
訝しげに小山田副将が聞き返す。板垣が答える。
「神明一刀流は付きにその極意がある。それを封じられてどこまで戦うか見ものだな」
ライン際から遠ざかかろうと左右に揺さぶりをかけるが、さすが2年生だ。この辺の老獪さは抜け目ない。間合いやスペースの取り方がうまい。などと感心している暇はない。背水の陣だ。次の一手が勝敗を決める。すかさず南が振りかぶる。
「小手~」
思わず「付き」を入れそうになるのをこらえ、南の小手を躱しながら抜き胴を放つ。
ズバーン
南の出鼻を完全に挫き、振りかぶった状態で一本が決まる。
「一本」
だが無理な体勢から放った抜き胴は、付きを意識した脚運びだったため、態勢に無理があった。再び開始線に戻ろうとしたときに、足首に痛みが走った。
(しまった)
足首を軽くひねってしまったようだ。蹲踞の姿勢に入ろうと屈んだだけで、足首が悲鳴を上げる。俺の足さばきが重くなる。何とかびっこを敷くような真似はしなかったが、どこまで騙せるだろうか。動きが衰えた俺に、南が容赦なく猛攻撃を仕掛ける。
「疲れが出ているのか?足が止まったぞ」
だれかがヤジを入れる。悔しいが確かに今までのようには動けない。すぐにまたライン際まで追い込まれる。だが今回は脚が利かない。速度頼みの抜き胴は使えまい。南が仕掛けてくる。面から胴、小手、と素早い連続技が俺を襲う。一打一打が足首に響く。そう思った瞬間
・・・カクンと膝をつくように重心を失い、ラインを割って倒れ込んでしまった。
「場外、一本」
牧野が倒れ込んだ俺に駆け寄る。
「挫いたのか?」
俺は何とか強がった
「軽くやったようだ。さすがに高校生は力がすごいや」
牧野は心配そうに俺を起こしあげてくれる。
「続けられるのか?」
意外にも俺は立っていた。
「まだ勝負はついていない」
これで一本ずつ。次が勝負だ。何とか立ち上がったが、もう隠しきれなかった。まともに歩ける状態ではなかった。びっこを引くような醜態は曝さなかったものの、不自然な歩きで中央線に戻る。
「ほぅ・・・根性はあるようだな。だが容赦はせん」
蹲踞の姿勢もままならなかったが、何とか立ち上がり正眼に構える。南も余裕が出たのか、もうがむしゃらに打ち込んではこない。互いに狙いすます。多分次の一撃で雌雄が決するだろう。刹那の静寂が訪れる。次の瞬間、南が目にもとまらぬ速さで俺の面を捉える。
スパーン
「一本それまで」
だが審判の上げた軍配は俺の方だった。俺の抜き胴が、南の脇腹を痛打しそのまま抜き去る。
「捨て身の一本だな」
「この場面で、まさか同じ技で返すとは・・・」
「しかも先ほどより早い!」
信じられぬ面持ちの南。俺は蹲踞の姿勢を取ろうと振り返ろうとした。が、板の間が急速に傾き、俺の方に迫ってきた。誰かが照明を暗くしたようだ。意識が遠のいて行く・・・・俺はその場に倒れ込んでしまった。
「浅間!」
牧野の心配そうな顔がぼやけて消えていった・・・
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「大丈夫・・・もう痛くなくなる・・・大丈夫よ」
誰の声だろう。透き通った声音が聞こえたような気がした。牧野の声?いや・・・違う。もっと高い。女性の声だ。夢うつつの中で、何か子守唄のように心地よく、温かい。この暖かさは夏の木陰の清々しい温かさ。直線的で、そよぐ風が爽やか。そう・・・
(白き夏の美少女)
ふとあの少女のことが頭によぎる。俺はうつつの中で、その少女の存在を確かめようと手を差し伸べる。向けられた手に美少女はふと驚いたように俺を見返す。が、俺の唐突な行為が面白かったのか、安堵の表れなのか
「フッ」
という朗らかな笑顔が、その美しい唇にのぼる。あの時の笑顔だ。まるで優しく俺に微笑んでいるかのよう。そして差し伸べられた俺の手をそっと握り返してくれる。ほわほわとしていて、しっとりしていて・・・女性の手とはなんと滑らかなのだろう。だが、温かく包み込まれる感じはしっかりとしている。その時、俺は自分が横たわっていることに初めて気づく。起き上ろうとしたとき、足首に激痛が走った。ああっ足首を捻挫したんだっけ・・・。そう気づいた時には遅かった。態勢を崩しその美少女の方に倒れ込んでいた。
「まだ寝ていなければだめよ・・・」
少女は驚いて逃げるかと思った。だが、まるで知人を介抱するように、その少女は俺を抱きしめると、そのまま横にしてくれた。少女との距離が縮まり、ほつれ髪が俺の顔にかかる。良い香りが鼻腔をくすぐる。うっすらと下石鹸のような香り・・・。夏の美少女らしいさわやかな香り。寝かしつけてくれた少女にお礼を言おうと思ったが、口がうまく回らない。もどがしげにもぐもぐ言った気がするが気付くとまた眠りに落ちていた。
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それからどの位たったのだろう。気づくと俺は、学校の医務室のようなところに寝ていた。当たりを見回すと、簡素なベットに白い壁、カーテンの衝立。間違いない。高校の医務室だろう。衝立越しにぼそぼそと声が聞こえてくる。
「10人抜きをしおったか?」
「怪我をしなければ、2年生も総崩れだったかもしれません」
「ふむ。全国三位の南を打ち破ったか」
「もちろん合格なんだろうな・・・」
「いえ。残念ながら彼は学業枠です。今年の学業枠は2人。彼は3位でした。」
「なんでスポーツ枠で来なかったんだ?」
「彼は中学の部活ではなく、町の道場で剣道をやっているのです。だから大会での戦績がありません」
「しかし、全国経験者をなぎ倒せる実力があるのだろ」
「おっしゃる通り。おそらくスポーツ・剣道枠の2名より、実力は上でしょう。しかし、それを示す実績がないと入試には通らないのです。それが公平性が原則の入試の大前提なのです。いくら御前でもそれは覆せないでしょう」
「う~む」
どうやら俺の事のようだ。そうか。やはり俺は落ちてしまったのか。英語の問題が半端なかったもんな~。牧野、許せ。俺は心の中で牧野にわびた。牧野は確か家族枠とか言っていたな。師匠ってそんなすごい家系なのか?
「家柄枠や家族枠は使えんんか?」
「残念ながら、彼の家は一般サラリーマンの庶民の家柄です」
「そうか」
「今年は家柄枠、家族枠ともに人数が多いため、学業枠が少ないのが彼の不運でした」
「そうか」
ここで、ノックの音が聞こえる。
「受験生。牧野薫入ります」
ああっ・・・牧野だ。俺は急いで寝たふりをする。つかつかと牧野が俺のベットそばまで一直線にやってくる。カーテンの仕切りがさっと開けられる。
「大丈夫か?浅間」
牧野が容赦なく俺を揺さぶる。
「あい痛たた」
「大丈夫。足を捻っただけよ。骨折とかはしていないし、せいぜい捻挫でしょう」
校医と思われる女性が、いつの間にか牧野の後ろから声をかける。
「やあ、申し訳ない。突然試合をさせてしまって。」
声の主の一方は板垣先生であった。そうそう、はっきり言ってあんたのせいだ。とはさすがに言えないので、
「はあ」
と生返事。一方が板垣だとすると、では御前と呼ばれていたのは後ろにいる、恰幅の良いおっさんか。そういえば何か偉そうオーラ満開だ。
「じゃあわしはこれで。君、受験生なのに申し訳なかったね。だが君は案外運がいいやつかもしれないぞ」
御前はそう言うと、カカカツと笑って出て行かれた。何言ってやがんで~さっき落第だって、板垣が言ってたじゃねえか、内心そう思いながら俺はなぜかぺこりとお辞儀をしてしまった。体育会系の悪い癖だ。
「ところで、君はどこに住んでいるんだっけ?」
板橋教先生は俺に向き直る。
「はあ、**ですが」
「では、校医さん。タクシーを手配していただけますか?」
「いえ・・・いいです。歩けますよ」
俺はそう言うと、ベットから起き上がろうとした。だが、フラッとバランスを崩し、牧野に倒れ掛かってしまった。
「ああっダメだよ……」
牧野がとっさに抱え上げてくれる。この時、俺はふと違和感を覚えた。デジャビュー?俺は何だか分からないがその場で、立ち止まってしまった。この匂いは・・・?・・・
「やはりタクシーを呼んだほうが良いみたいね」
校医さんがそう言いながら電話をダイヤルし始めた。
「今日はそうしよう」
俺たちはこうして、受験生の分際で受験校からタクシーで帰宅した。
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「面白そうな子じゃないか」
「どうやらそのようですね」
「成績も悪くない。うちの高校ではもったいないくらいだ」
「しかし、特別奨学生となるとそう簡単にはいきません」
「板垣君。特別推薦枠があったね」
「御前。それには執行会議の招集が必要ですが。」
「いや。必要ない。」
「えぇ?」
「実は彼はマキナ候補なのだ。香のな」
「はい?お嬢様のマ・・?」
「いや何でもない」
「家柄枠ではなく親族枠が使えるのだょ」
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うちに帰ると家族はひっくり返したような大騒ぎになった。
「受験校からタクシーで送られた」
「足首に重傷を負った」
からはじまり「道場やぶりで敗れた」「面接で暴言を吐きまくった」とか根も葉もない尾びれがついて行った。とりあえず、軽い捻挫であること、受験校の先生の指導で試合をしたこと、などが王閨高校の校医さんから伝えられるとやっと落ち着いた。結局「どうやら落ちそうだ」ということはつたえられずにその日は終わった。




