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白き嫋(たお)やかなる夏の少女  作者: シン之助
3/15

第3話 道場破り 1/2

王閨大学付属高校の特別奨学生入試が終わり、家路につこうとした浅間翔と牧野薫は、在校生の友田由香に声を掛けられ、剣道部の見学に行くことになり・・・。ひょんなことから試合をすることになってしまう。


「あれ?君たち・・・今朝の受験生じゃない?見学かな?」


 俺たちに声をかけてくれたのは、今朝道案内をしてくれた「くるり先輩」であった。


「君達も剣道に興味あるの?もしかして君たちも剣道やるの?中学はええと?・・えっ?・・・やちよ・・・八代北?・・・剣道ではあまり聞かないわね・・・」


 くるり先輩は驚いたように目を見張る。この人が言うとなんか嫌味に聞こえない。得な性格の人だ。だが牧野はそう取らなかったようだ。バカにされた気分・・・。うっかりそのことを顔に出してしまったようだ。


「あっゴメン、ゴメン・・・、うちの剣道部レベルが高いから、みんな中学の頃から割合知られた子なんかが多くて・・・君たちもそうかな~って」


 そう言いながら俺たちを剣道場の方に連れて行こうとする。


「失礼のお詫びに見学して行きなよ。私は友田由香。ここでマネージャーをやっているんだ」

「あっ・・俺たちは今日の受験生です。浅野翔って言います。」

「僕は牧野薫。今朝ほどはありがとうございました。」


「ねえ。剣道やってるんでしょ。マネージャーやってると、歩き方で分かるよ。今朝すぐわかったよ。」


 だから声をかけてくれたんだ。


「さあさあ、遠慮しないで」


 くるり先輩、改め友田さんは、そう言って俺たちの腕を取り、半ば強引に中に招き入れる。


「うん?」


 その時、俺の二の腕をつかんだ友田先輩が怪訝な顔をする。そして俺の身体をしげしげと見つめると、今度は腕だけでなく胸や脚や腰までべたべたと触り始める。


「えっえええっ?」


 俺はおもわず恥ずかしくなって、飛び退る。きっと顔は真っ赤だったに違いない。先輩の甘いほのかな香りがうっすらと漂う。年上のしかも美人の先輩に触られ悪い気はしないが、初対面の人に、これはないよな。男女逆だったら絶対セクハラすよ。


「なっ何すか急に?」


 俺は最初どぎまぎしながら、何とかべたべた攻撃から退避行動をとると、友田先輩は全く悪びれずに、


「ふむ・・・君、見学だけじゃもったいないな。手合わせして行かない?」


 友田先輩は「ニコッ」とそう言うと、今度は牧野に手を伸そうとする。さすが牧野、俺に対する行動を見ていたので、さっさと俺の後ろに逃げおおせる。


「先輩。何すかそいつら?あっ中坊か。見学?」


 中から剣道部員と思われる男子生徒が、剣道着のままにっと顔を出す。


「特別奨学生の受験生だよ。剣道やってるんだって」

「先輩流石に手が早いっすね。でも特奨か。君たち凄いんだね」


 そう言って俺たちを値踏みするように見つめる。その間にまた何人かの生徒がぞろぞろとやってくる。


「全国で優勝したりした子たちだろ」


 ひときわ背の高い先輩格の人が、俺に話しかける。


「いや俺たちは、そんなんじゃ」


 眼鏡をかけやたらインテリっぽい先輩が続ける。


「ああっ学力組か」


 ここでは学力以外の何があるのですか?と聞きそうになった。多分大人の事情がたんまりありそうなので、ちらと牧野を見る。だが、控えめな何時もの牧野と何か雰囲気が違う。


「僕たちはまだ後輩になるとは決まっていない。部外者だ。名前も名乗らず問いただすのは、年上とはいえ少し失礼じゃないですか?」


 牧野の凛とした声が響く。ここは師匠譲りだ。確かに正しいが、小賢しいとも言える。おいおい、中坊が高校生相手に上から目線で言うんじゃありません。俺はともかく、お前は入れる可能性あるだろうが、そんなこと言うなよ。


「ほう?」


 剣道をやるには割合とひょろとした感じの、いわゆるイケメンな感じの生徒が目を細めて牧野を見返す。何やら剣呑な雰囲気だ。とっその時だった。奥から主将と思われる生徒、まるで先生然とした人物が現れた。


「まあまあ、今のは悪気があって言ったんじゃないんだ。ここにいる部員の半数以上は中学の時から全国出場経験者だ。だから、特奨の君たちを自分達と同じと思ったんだよ。許してくれないか」

「あっそうそう、僕は王閨大学剣道部2年・副将の小山田と言います。付属高校の剣道部OBなので今日は指導に来ているんだ。こっちの大きいのが、高校3年生の主将の安部、このインテリメガネが高校3年の部長の蜂須賀、この優男のイケメンが高校2年生の副将、堀江です」


「あらあたしは?」


 くるり先輩・・・じゃなくて友田先輩が割って入る。


「君はさっき自己紹介していたじゃないか?」

「あら見ていたの」

「君があのセクハラまがいの動作をするときはスカウトの時だ」


 小山田副将がそう答える。


「いたいけな少年が毒牙にかかると思ってみんなハラハラしてたんだよ」

「まあ。でもこの子の実力を見てみたいわ!」


 友田先輩が期待の目で俺をキラキラと見つめる。


「やはり見学だけじゃもったいないな。特に君!防具を着けてみない。」


 俺は思わず牧野と顔を見合わせる。師匠の厳命で他流試合は厳禁だ。それに胴着も何もない。


「胴着もないし、俺たち、他流試合は禁止されているんです」


 そんなこんなで、人だかりができているのを不審に思ったのか、学内から先生らしき人がやってくる。


「おや君は・・・、たしか浅間君だったね」


 あなたは確か「板垣」と言ったっけ。これで今日3度目の出会いだ。


「先生。この子に剣道をやらせてみたいんですけど。良いですか?」


 友田先輩が食い下がる。


「俺たち胴着も持ってきていないし、師匠から他流試合は禁止されているんです」


 板垣教諭は困ったように頭を搔く。


「ふ~ん。多分、うちの部とは他流試合にならない」

「えっ?」


「ところで君たちは、学校教育で剣道をやっている感じじゃないが、何派何だい?」

「神明一刀流です」


 俺がそう言うと、場にいた一堂が顔を見合わせる。


「ふふふっ・・・うちの部も神明一刀流だからさ」

「一応、学校教育剣道に合わせてはいるが、本学はもとは神明一刀流だよ」


 それに応えるように小山田先輩が、剣道部の歴史を語り出す。


「我部は王閨大学剣道部と一緒だ。王閨大学は日本で一番古い大学なのは知っているね。お札にもなっているから君らも知っているだろ。坂巻竜頭が作った大学だ。その当時は当然、学校教育法も体育指導要領もない。だから坂巻先生が修めた神明一刀流がこの部活の正式な流派だ。」


 俺は何も知らなかったので、驚いて牧野を振り返る。牧野は、どうやら知っていたようだ。坂巻竜頭が神明一刀流の使い手だったことは師匠から聞いていたが、この大学の開祖であったことまでは知らなかった。


「何だ~、ではうちと一緒だよ。他流ではない」

「ますます、君たちの腕前を見てみたくなっちゃった」


 俺は意外な成り行きで言葉が継げない。困って牧野を振り返る。だが今日の牧野はどうも様子が変だ。


「良いんじゃないの。浅間、一つお手合わせいただいたら」

「えっ~」


 勝手に試合したなんて知ったら師匠に半殺しにあう。


「牧野さんには僕から言っておくから大丈夫だよ」


 何?板垣先生と師匠が知り合いだと!


「おい牧野・・・どう言うことだ?お前知ってた?」


 さすがの牧野も、顔をぶんぶんとふる。

 こうして俺は、入学もしていない、というか合格もしていない高校の剣道場の真ん中で、見知らぬ先輩から借りた胴着を着て、茫然と立っていた。部活用の防具は手入れもいい加減でかなり臭かった。それによく考えれば大人相手以外の剣道は、牧野としただけで中学生はおろか高校生も初めてだ。俺の実力はどの程度なのだろう。

 これまた借りた竹刀をぶんぶんと振ってみる。さすがに竹刀の手入れは行き届いている感じだが、俺たちが普段使っている竹刀の半分ぐらいの重さだ。師匠のこだわりで、俺たちは大人用の少し重めの竹刀を振り込んでいたせいだろう。


「どうしたら良いんだ?」


 学校での剣道の礼儀を全く知らない俺はどうしたものかと牧野の聞いてみる。


「礼や蹲踞(そんきょ)はいつもと同じで良いはずだ。だが高校剣道では僕達がやっているような「突き」は禁止されているから駄目だ。何時もの調子でうっかりやると、慣れていない奴は大怪我するぞ」


 いやまて、俺の心配ではなくて相手の心配かよ・・・。


「それでは、最初は一年生、そうだな、大谷、お前いっちょもんでやれ」


 小山田主将が1年生を指名する。それを板垣先生が遮り


「いや、1年なら川本君、君が良い。君が行ってくれないか」


 そう呼ばれた1年生は、小山田主将が示した生徒より一回り大きな体格の良い、なかなか強そうな感じ。


「先生いきなり川本ですか?」


 小山田副将が、怪訝そうに聞き返すが、板垣先生はすましているだけだ。小山田先輩に呼ばれた川本は、中坊が相手と知ると見下したように笑う。


「双方前に」


 審判をかってでた山名主将の合図で、俺はずいと前にでると深々と相手にお辞儀をする。相手もそうしているところを見るとこれは同じようだ。続いて神棚のご神鏡である神明鏡にあいさつをする。と川本はそれをしていない。おもむろに竹刀を構え蹲踞(そんきょ)の姿勢になっている。これはしないのか?牧野を振り返ると、どうやらそのようだ。ならなんで神鏡を飾っているんだ?不思議に思いながらも、蹲踞(そんきょ)の姿勢に入る。


「三本勝負。始め!」


 山名主将が始めの合図をした。だが、俺は腑に落ちない。「三本勝負」とは3振りしかできない、という意味か? 正に真剣勝負。とにかく俺は正眼に構え相手の出方を見る。

 だが、俺の慣れない挙動に、川本の顔がさらに見下したように笑っているのが分かる。だがその姿勢は隙だらけだ。しかし三振りで勝負を着けなければならない。すこし様子を見るか。お互い鍔迫り合いをしながら時が過ぎてゆく。


「中坊相手に怖気づいたか」


 誰かがやじる。そのヤジをきっかけに川本が猛烈な打ち込みを始めた。1振、2振、3振、4振、5・・・おやおや3振りでなくていいのか。しかし、こいつの馬鹿力はすごい、集中的に面と胴を打ち込んでくる。こちらの防御姿勢も崩れがちになり、そこをまた巧みに打ち込んでくる。


「さすが、全国3位、川本は圧倒的ですね」


 防戦一方の一方的な成り行きを見て小山田が、板垣を批判するような感想を述べる。


「有効打は一つもない」


 付きを禁じられているということは、そこに対する防御は全く配慮されていない。俺がこいつをガラ空きだと感じたのはそのためだ。この手の猪突猛進型には付き一発が有効なのだが、しょうがない。軽い竹刀も何か性に合わない。巨体におしこめられている割に威圧感がない。簡単にいなせてしまえる感じだ。俺は、一振りも返せぬまま、何かの線を越えてしまい、「場外」と言われて中央に戻る様に言われた。相手の打突が急にやみ、開始位置まで戻る。牧野の方に振り返って、道場にひかれた線を指し示す。


(この線を越えてはいけないの?)


 アイコンタクト。


(そうだ)


という感じで牧野がうなずく。ふむ。なかなか細かい規則がうっとうしい。再び「はじめ」という掛け声がかかるや否や、川本が再び猛ラッシュを仕掛けてくる。だが俺を見くびっているのだろう、初手の打ち込みより隙が増えている。その代り、打突の衝撃が、倍加している。この馬鹿に軽い竹刀でも、姿勢を維持するのがやっとだ。気づくと再び線を越えてしまっていた。「場外」。そして「一本」と言われた。あっ?打突は全く触れていないが?牧野が飛んできて俺に耳打ちする。


「この線を2回出ると一本取られるんだよ」


 おいおい。最初に言ってよ。何そのゲームみたいなルール。「付き」無しであのイノシシを留めるのか・・・。


「線を越えなければいいのか?」

「まあ、多分」


 牧野も良く分かっていないのだろう、曖昧な返事。


「先生。やはり川本では酷なのでは?」


 小山田主将が心配そうに尋ねる。


「いや。これでいい」


 再び蹲踞(そんきょ)。川本は完全に俺を嘗めている。自然と隙が増え、打突は強烈がゆえに不正確になる。小手ががらあきになり、そこに絞り込むように振り下ろす。


「小手!~~~」


 竹刀が軽い分、速度が増した気がした。スパンと俺の小手が決まる。


「一本」


 川本が虚を突かれたように俺を振り返る。再び蹲踞(そんきょ)


「はじめ」


 川本から先ほどのにやけた笑いが消えている。鍔迫り合いからの打ち込みが、正確さを取り戻す。体格差から、再びライン際まで追い込まれる。「追い詰めた」「追い詰められた」という意識が、互いに去来した時、追い詰めた側にスキが生じた。脇が甘い。


「胴!~~~」


 川本の面をやり過ごしながら、俺の胴が決まる。


「一本、それまで」


 年下に試合を制されたせいだろう、川本は茫然と面を取る。激しい打ち込みの後で、呼吸が乱れている。俺も面を取ろうとしたとき


「つぎ、吉田君、君が行け」


 板垣先生が次を促す。小山田副将が再び板垣先生を信じられない様子で見つめなおす。


「吉田は昨年度、竜王杯中学生の部の優勝者ですよ」


 何か問題でも?と言いたげに板垣先生が振り返る。


「1年生のホープをぶつけるのか?」


 川名主将もいぶかしげだ。


 「それでいい」


 板垣先生は動じない。呼ばれた吉田は俺と背丈は変わらないが、きりっとした印象だ。静々と構え、互いに蹲踞(そんきょ)する。川本とは違い、全くスキがない。さすが何とか大会の優勝者だ。ところが、鍔迫り合いの後、何か不自然に胴にスキが生じる。多分罠だ。「付き」が打てれば、この罠は突破できる。が、胴の後に面や小手に移行するのはつらい。多分それを狙った面を確実に取ってくるだろう。だが虎穴にいらずんば、と俺はあえて胴を狙ってゆく。


「胴!~~」

「面!~~」


俺の動きを見て、吉田が動く。罠にかかった獲物を狩るために。二人の竹刀が交錯する。


「胴一本!」


 吉田の面をすり抜け、俺の竹刀が吉田の胴を打ち付ける。罠を張った吉田はなぜ当てが外れたか分からない。


「何だ?今の動き」


 在校生たちが驚きの声を上げる。どうやら、彼らは神明流の奥義はまだ取得していないようだ。板垣先生だけがうなずいている。


「次、はじめ」


 再び似たような展開。だが吉田も馬鹿ではない。先ほどのような罠は流石に仕掛けてこない。だが、それが彼のスタイルなのだろう、随所に罠じみた動きが隠されていることに気づく。しからば、俺はそれを利用せざるを得ない。彼があえて仕掛けたすきを突いた。


「面!~~」

「面、一本」


 簡単に2本とられて、茫然とする吉田。罠が罠にならない。仕掛けた隙がそのまま、隙になってしまう。恐怖が彼を襲う。3本目は彼の精神的な負けだった。簡単に小手を取って終了。


「小手一本」


 やあきみ凄いな、と小山田副将が俺に声を掛けてくる。だがその顔には先ほどのような朗らかな笑いは見られなかった。


「道場やぶりだ!」


どこから聞きつけたのか、いつの間にか、道場の外に人垣ができていた・・・・。


(第4話に続く)

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