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白き嫋(たお)やかなる夏の少女  作者: シン之助
11/15

第11話 一つだけの嘘

 ヒヤー遅れました・・・。意外と今回は長くかったのと、他のサイトで書いている2次小説の方に時間を取られたのと、仕事も忙しくて・・・良い訳ですが・・・。次回は再来週アップします。今回は2回分という事で・・・ご容赦ください。

<あらすじ>

 翔の新たな友人・丈太郎は剣豪・千葉杉作の玄孫だった。千葉道場で聞かされる蒔苗の更なる秘密とは・・・千葉詩織、千葉雪絵・・・美人親子初登場!

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浅間翔:主人公・王閨高校1年特・第128期特待生

牧野薫:翔の親友

千葉丈太郎:翔の同級生・王閨高校1年・第128期特待生

千葉健作:丈太郎の父親・剣豪 千葉杉作の曽孫

千葉詩織:丈太郎の妹

千葉雪絵:丈太郎の母親

千葉沙苗:王閨高校教諭・丈太郎の姉

横堀博人:王閨高校1年・第128期特待生・主席合格

水川聡:王閨高校1年・第128期特待生席・第2位

八木陽太:王閨高校1年・第128期特待生席・水泳日本記録保持者

高坂玲子:黒き少女・生徒会長・高坂家胞衣(エナ)

坂巻竜頭:三坂財閥創始者・明治維新の英雄

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 試合後、這う這う(ほうほう)の体で逃げ出すように帰ろうとした俺を、沙苗先生に目敏く見つけられてしまった。


「シャワーを浴びる前に、ちょっと家によって行きたまえ。喉の様子を見て見ないと・・・。あれを受けて気絶しなかったのは君が初めてだ・・・なに気兼ねなく」


 いやいや・・・千葉杉作の玄孫の家ですよ・・・人間国宝級ではないですか・・・おれは何とか理由を付けては逃げ出そうとしたが、言い合っているところに一人の偉そうなおっちゃんが現れた。


「お父さん・・・いえ師範・・・この試合を見られていたのですか?」


 丈太郎が気まずそうにそう言う。「お父さん?」・・・すると・・・このおっちゃんは・・・ここの道場主・・・千葉丈太郎の、そして千葉沙苗先生の父親にして剣豪・千葉健作その人だ。


「見せてもらったよ。なかなかいい試合だった。君は丈太郎のクラスメートと聞いたが?・・・」


 剣豪・千葉健作がニコニコとしながら俺に問う。その様子はただの高校生の父親だった。


「あっ・・・浅間翔といいます。王閨高校の1年生で丈太郎君とは一緒のクラスになりました。宜しくお願い致します」


 俺は真っ赤になりながらそう自己紹介していた。何度かTVで見たことのある剣道の大家は温厚そうな瞳と、威厳に満ちた口髭を湛えながら、ぺこりと頭を下げた。


「こちらこそ宜しくお願いします。それより、よく丈太郎の攻撃を防ぎ切ったな・・・」

「いえ・・・最後のつきはダメでした。さすが、厳武館剣道は違いますね」


そう言った俺の言葉に温厚そうだった千葉健作の顔が一瞬で厳しくなっていく。


「いや、あのつきは防がれていた。君はとっさに丈太郎のつきを竹刀の芯で受けていた。「必中剣」を使ったね。私なら一本は取らなかったろう」


 そう言って今度はその鋭い視線を丈太郎に向けた。丈太郎は一瞬戸惑った顔をしていたが、どうやら沙苗先生は気が付いて居た様だ。苦笑いを浮かべながら、俺の方を確認するように振り返りながら頷く。


「丈太郎の一本を無効にしたのはその為だ。まさかあれは無意識のまぐれ当たりとは言わんだろうな?」


だが、俺はと言えばとっっさの事で何も覚えてはいなかった。


「「ひっちゅうけん」ですか??」


 意味も分からす首をひねる俺に、沙苗先生も千葉健作も怪訝な表情を向ける。だが現代の剣豪は何か思い当たることがあるらしく更に俺に問い掛ける。


「君はもしかすると牧野君のお弟子さんかな?」

「はい・・・柊木道場で牧野周作先生より剣を学んでいました。でもそんな大それたものは習ったことはありません」


 どうやら師匠とこの剣豪・千葉健作も知り合いのようだ。何だかんだと師匠って顔が広い・・・。


「ああっ・・・なるほど・・・君が牧野君の言っていた秘蔵っ子か・・・」


 厳しかった剣豪の鋭い目がその一言で再び温厚な笑顔に変わっていく。その笑顔は丈太郎のような愛嬌のある微笑みで・・・二人が親子であることを如実に物語っていた。


「まあゆっくりとしていきなさい・・・そうだ今日は皆ですき焼きにしよう。浅間君も食べていきなさい」

「いえ・・・僕はその・・・」


 俺が言い淀んでいると後から、落ち着いた淑やかな女性の声がかかった。


「あら、丁度良かったわ。さっきお弟子さんから和牛の霜降り肉を沢山いただいたのよ。食べきれない程だったからどうしよかと思っていたところなの。ねえ、是非食べていってね」


 後ろを振り返ると40代中ごろの和服を着た麗容な女性が立っていた。よく見るとどことなく沙苗先生と似ている。

母さん。また今全屋の大石さんだね?それはいい肉に決まっているよ。老舗のすき焼き屋さんなんだから。ほら、浅間も遠慮なんかしないで来いよ!」


 やはりこの女性は丈太郎の母親か・・・似てないけど・・・。師匠であり父親である千葉健作から睨まれていた丈太郎は、母親のその言葉に救われたように、俺の肩を抱くとそのまま逃げるように道場を立ち去っていた。


「どうやらお前は父親似で、沙苗先生が母親似だね」


 剣豪の癖にどこか愛嬌がある千葉健作を見て俺は感心しきりだった。


「どうせなら俺も母親に似てればな・・・互いにモテないよな・・・」

(俺は父母どっちに似なんだろう?)


 そう思いながら確かに俺もモテた試しがない事を暴露していた。


「ああっ・・・全くモテん」

(まあどっち似でもパッとしないのは同じだ・・・)


 互いに寂しい苦笑いを浮かべるながら逃げ込むように丈太郎の家、厳武館道場の離れに建てられた社殿づくりの立派な建物の中に入っていった。


「おい・・・お前こんな処に住んでいるのか?」


 おれはひょぇ~とその荘厳な建物を見上げていると丈太郎がしみじみと言った。


「そうだ・・・酷いもんだろ・・・築100年ぐらいたっているらしい。格式だけは良いので立派そうに見えるだろうが、断熱材なんてない時代の建物だ。エアコンは効かないし、夏は蒸して冬は底冷えがする。俺は早く嫁さんを見つけて、この家から出て行くのが将来の夢なんだ」

「なんだか安い夢だな・・・」


「ばあヵ・・・違えよ・・・「蒔苗(マキナ)」になれば自然とこの家から出れるだろ」

「ああっ・・・そうか・・・なんだかんだ言って蒔苗(マキナ)は「婿」だもんな」


「お前はどうなんだよ?」

「えっ?・・・おれ?・・・」


「お前は、あの高坂玲子や、三園木香の婿になる覚悟はあるのか?」

「えっ?・・・・そんな事今日の今日まで考えた事すらなかったよ・・・それにお前何でそんなに良く知ってるんだ?・・・ああっ・・・姉さん情報か・・・」


「おいおい・・・実直一直線の姉さんがそんな事いう訳ないじゃないか。俺は俺なりに情報収集に努めているだけだ。まあ、千葉杉作の玄孫だというのは随分利用させてもらって、塾生やその父兄から情報をたんまり仕入れたけどな。可哀そうに俺が「蒔苗(マキナ)」に選ばれた時点で姉さんは「選考委員会」から外されちまって、ああいった世話役になったがな」


そう言って申し訳なさそうに頭を描いた。


「その三園木香って・・・どんなやつなんだ?」

「高坂玲子が高坂家の胞衣(エナ)・・・そして三園木香が三園木家の胞衣(エナ)さ・・・」


「三園木香?・・・高坂玲子はあの生徒会長だろ・・・(黒き冬の少女だ)・・・三園木香は何年生でどのクラスなんだい・・・。まだ見たこともない」

「当り前さ・・・。三園木香は今、アメリカの全寮制学校に留学中だ。この秋に帰国し、王閨高校に転入する予定だそうだ」


「なんだ・・・まだ日本にすら居ないのか・・・どんな()なんだろう・・・」

「噂では高坂玲子に勝るとも劣らぬ美人だそうだ。ただ高坂玲子以上に冷酷無比で、目的のためなら手段を選ばない女らしい。今回の留学もアメリカの巨大企業の御曹司で有能なやつを「蒔苗(マキナ)」候補として選ぶためだと聞いている。なんだかんだ言ってアメリカのエリート層はWASPの支配する社会だ。そこに食い込むためだったら国際結婚ぐらいやりかねない・・・それが三園木香という女らしい。現に今回、一時帰国の際に一緒に連れて来るらしい」


「なるほど・・・三坂財閥も国際化を急いでいるんだな・・・」

「何を暢気なこと言ってるんだよ・・・そいつは多分、蒔苗(マキナ)に決定したようなもんさ。なんだか外国人にもっていかれるのって悔しくないか?」


「最終決定委員会が認めるような凄い奴ならそれで良いじゃないか?もう外国人とかそんな時代じゃないよ」

「俺はそこまで割り切れんよ」

「・・・・・まあ分からんでもないが・・・」


 俺たちはそこで言葉を切った。三坂財閥の力をもってすれば、そのWASPの青年を帰化させ、娘婿にするぐらい朝飯前だろう。だが、日本男子としてはなんだか腹が立つ・・・外国人を差別するわけではないが・・・。多分日本人としての矜持の問題なんだと思う。丈太郎の考え方は至極もっともなような気がした。


「浴室はこの奥だ。先に使って良いよ。今日はお前は客人扱いだからな。風呂から上がったら喉の様子を姉貴に見てもらえよ。その後、家族を紹介するよ」


------------

 その風呂は総檜造りのこれまた立派なお風呂だった。


(ひやっ~・・・何だか立派な温泉に入っているような気分だ~)


 丈太郎に勧められるまま、遠慮なく風呂に浸かっていると脱衣場に人の気配がする。丈太郎が待てなくなって入ってきたのかな、と別に気も留めなかった。千葉家のお風呂は二人の男が入っても十分なほど大きく、湯量も豊富だった。やがてガラッと戸が開けられ人が入ってくる。湯煙に浮かんだシルエットは丈太郎にしては小柄だ・・・・。


「えっ?・・・」


 眼を眇めてよく見ると・・・目の前に「白き夏の少女」が立っていた。しかも全裸で・・・


「キャッーッ!!!」


 その少女は胸と股間を隠しながら、手じかにあった風呂桶や手桶を掴んでは俺に投げつけると再び大音響の叫び声を上げ始めた。よくよく見ると美しい女性だったが「白き少女」とは全くの別人・・・。


「痴漢~!!変態!誰か来て~!!」

「いや違う・・・これはその・・・」


 俺がそう言い終わらないうちに、檜製の手桶の一つが風呂から出る事も出来ず顔だけ出していた俺の顔面を見事に直撃した。避けることは出来たかもしれない。だがうっかり動くと湯船から立ち上がることになって・・・。「白き少女」に似た美少に見惚れていた俺はどうする事も出来ずに顔面で手桶を受け止めてしまっていた。目の前が真っ暗になり、俺は気を失いながらお風呂の中にブクブクと沈み込んでいった。


「何だ・・・大丈夫か詩織・・・」


 叫び声を聞きつけた丈太郎が脱衣場に入っていこうとすると扉が開かない。


「あっ・・・お兄ちゃんは入って来ないで!パパも!!」


 バスタオルを巻いた詩織がそう言ってぴしゃりと脱衣場の扉を閉ざしてしまっている。


「どうしたの詩織・・・・」


 母親だけがさっと脱衣場の中に入っていくと今度は母親の叫び声がこだまする。


「丈太郎!早く来て・・・浅間君が!」

「えっ?お兄ちゃんの友達?!」

「おい・・・浅間・・・・・・・」


----------------

「ハイ浅間です・・・えっ?・・・厳武館?・・・あの有名な千葉道場!・・・・うちの翔がまた何かしでかしましたでしょうか?・・・あの~もしやまた道場破りなど・・・はあ?湯あたりして倒れた?・・・もう、あのバカ!・・・本当に申し訳ございません!!・・・」


 丈太郎の母親がかけた電話に出たお袋のキンキン声が、受話器を通じて俺の方まで聞こえてくる。ことの顛末を正直にお袋に話したら、帰宅後何をされるか分かったものではない。道場破りまがいの行為をした上に痴漢行為まで・・・・ここは「湯あたり」ってことで話を合わせてもらった方が絶対に良い。


「えっ?・・・王閨高校の同級生・・・お食事までご馳走になっている?・・・そのうえ今夜はお泊り?・・・いえそこまで初対面の方のお家で・・・本当に非常識な子で申し訳ございません。すぐに帰宅させて・・・えっ?もう寝巻に着替えている?・・・・はぁ・・・・ええ・・・・帰宅後、きつく言っておきますから。いえ本当に、誠に、切に、くれぐれも・・・すみません・・・本当にバカ息子で・・・すみません・・・よろしくお願いします・・・・」


 お袋の言説に苦笑いを浮かべながら、丈太郎の母親は優しく受話器を俺に渡してくれた。


「どうやらとても心配されているご様子よ。翔君の声も聞かせあげないと・・・」


 この方はお袋と違って気配りが半端ない。心配じゃなくてどう考えても怒っているだけだ・・・・そんなことを考えながら丈太郎の母親から受話器を受け取る。


「あっ?・・・お袋・・・そんな訳で今夜は丈太郎の家に泊まっていくから。心配しないで・・・」

「心配?何言ってるのよ・・・本当にもう・・・死んでも迷惑をおかけするんじゃないよ!」

「(やっぱり・・・世間体第一ですよね・・・・)はいはい」


 風呂で気絶した俺は、その後駆け付けた丈太郎に風呂から助け出されると、千葉健作先生と二人で脱衣場まで運ばれたようだ・・・。その後すぐに千葉健作先生が活を入れてくれたお蔭で、俺はすぐに息を吹き返し、おでこに大きなたんこぶを作っただけで事なきを得た。


「ごめんなさい・・・まさかお客さんが来ていたなんて」


 千葉詩織ちゃんは、恐縮しながら平身低頭して謝ってくれた。俺の妹の瞳と同じ中学3年生か2年生ぐらいだろうか。こうしてよく見てみるとお母さんやお姉さんによく似ている。きっと将来は美人さんになるだろう。いや、その片鱗は十分に発揮されている。顔を真っ赤にしながら目をウルウルさせている姿はとてもかわいくて、憎たらしいだけの瞳とは大違いだった。


「丈太郎・・・翔君がお風呂に入っていることを詩織にちゃんと伝えたの?」


 お母さんがそう言って丈太郎を非難の目でにらみつける。どこの家庭も非難は長男に降りかかるのだろうか?いつの間にか非難の矛先が自分に向かいつつあることを知って丈太郎がばつの悪そうな顔をする。これは長男の宿命だ・・・どうする丈太郎?!


「いや・・・忘れていた・・・こんなに早く詩織がお風呂に入るとは思わなかったし」


 丈太郎があっさりゲロする。


「ソフトボール部の後はすぐにシャワーを浴びるの・・・お兄ちゃんも知ってるでしょ!」

(ソフトボール部?!・・・だからあんなに鋭いボール・・・じゃない手桶を投げることができたのか・・・)


「あっ・・・そうだった・・・・」


 こうして丈太郎の有罪が確定した。


「本当にすまん・・・」


 丈太郎は早々に観念し、殊勝に手を合わせる。それを受けてプクッとほほを膨らませている詩織ちゃんがまた超絶かわいい・・・瞳と交換してもいい・・・。いや、ぜったい交換でしょ?


「もう・・・今日はお兄ちゃんの分のお肉も、浅間さんに食べてもらうからね」


 そう罪状を言い渡した詩織ちゃんが心配そうに俺のおでこを見る。


「浅間さん・・・本当にごめんなさい」

(うん・・・君は本当にかわいいね・・・)


 俺はむしろにやけていたのかもしれない。美人のお母さんと姉さん、超絶かわいい妹に囲まれて、丈太郎はなんと羨ましいやつなのだろう。


「しばらく様子を見た方がいいな・・・。帰る電車で何かあったら大変だ・・・。そうだ今夜はウチに泊って行ってもらいなさい」


 天下の剣豪がそう言いながら、やはり心配そうに俺のおでこを見た。剣豪からそう言われると、さすがの俺も嫌とは言えなくなってくる。


「まあ!それがいいわ・・・客布団も干してあったし・・・ねえ浅間君泊っていきなさいよ」

「教師の立場から言っても・・・このまま帰るのは賢明とはいえんな。明日から授業開始までの数日は休校だしな」


「やった!・・・ねえ浅間さん・・・泊っていって」


 どうやら俺は千葉家の女性陣に好かれたようだ。


「いえ。そこまでは・・・・。おれは石頭だし、こんなたん瘤はしょっちゅう作ってますから・・」

「ダメ!・・・泊っていくの」


 詩織ちゃんが俺の腕をとり・・・放してくれない。淑やかな主婦と、凛とした教師まで俺を押しとどめようとしていた。俺はついに折れていた。


「うちにはこの件は黙っていてください。その・・・湯あたりで倒れたとか・・・そんな理由で・・・。」


 俺はたん瘤を示しながら千葉家の面々が好きになり始めていた。


--------------

 幸いにも届けられた肉は6人で食べるには十二分の量で、丈太郎もしっかりと大量の肉を味わうことができたようだった。その一家団らんの様子は、浅間家とほとんど変わらず、剣豪一家と思えるようなことは何もなかった。違うとすれば、夫・健作さんへの奥さん・雪江さんの敬意が半端ないことと、3人の女性陣が半端ないくらいの美人ぞろいという点だけだった。もう腹いっぱいだというのに、「お兄ちゃんの分も食べて」「若い方はいくらでも食べられるから」「武道者は身体が基本」と代わる代わる追加の肉を盛るものだから、食べ終わるころには「これはかえって拷問じゃないか?」と思うほど俺の胃袋はとんでもないことになっていた。


その夜。俺は千葉家のいくつもある豪華な客間を固辞して、丈太郎の部屋の床に布団を敷いて寝ることを希望した。丈太郎には聞いておきたいことが山ほどあったし、客間においてある豪華すぎる調度品を壊すのが何より怖かった。


「そうね・・・夜中に体調が急変したら大変だから。丈太郎でもそばにいてくれれば安心だわ」

「よいか丈太郎・・・しかと級友をサポートせい。寝こけたら承知せぬぞ」

「お兄ちゃんだけじゃ心もとないから、あたしも一緒に寝ようか?」


 千葉一家の女性陣から信頼性ゼロ確定を言い渡されながら、丈太郎はそれでも「大丈夫だよ」

と剽軽な笑顔を崩さずに、うなずいているだけだった。


「なんだかお前の評価低すぎ・・・でも打たれ強いな・・・」


---------------

 丈太郎の部屋は意外と整理が行き届き、小ぎれいな事この上なかった。


「お袋がまめに掃除しちゃうから・・・汚れる暇がないんだよ・・・」


 そう迷惑そうに言い放つ。


「何が不満なんだよ・・・うちなんか一度でも掃除してくれたことなんかないぞ・・・」

「いや・・・そっちの方が絶対位にいいよ」


 その顔は真剣そのもので冗談を言っているようには見えなかった。


「そんなもんかな・・・」


 俺は丈太郎の真剣さに気おされて思わずそう言っていた。改めて丈太郎の部屋を見ると、俺のために丈太郎のベットの前にバカ高そうな布団がきちんと敷かれている。


「なんだか高そうな布団で寝ずらいな・・・」

「気にするなよ・・・昔のものだから羽毛なんて使ってないし」


 それでも、きちんと敷かれた布団はやはり丈太郎のお袋さんの行届いた様子がありありと感じられた。


「聞いておきたいことってなんだ?」


 だが、きちんと引かれた客布団を見た途端、急に眠気に襲われた。いやというほどすき焼きを食べて満腹だったのと、今日はいろいろとありすぎてかなり疲れていた。明日は朝稽古で4時起きだともいわれている。早く寝るに越したことはない。


「寝ながらで良いか?」

「ああっ・・・朝稽古な・・・俺は慣れているけど。お前はつらいかもな」


 そう言って俺たちは早々に電気を消し、寝床に就いた。俺は寝ながらそれでも聞いておきたいことを尋ねていた。


「クラス分けが行われたとき・・・「なるほど」って言っていたよな?」


 俺はふかふかの布団に囲まれながら、斜め上でベットに寝ている丈太郎にそう聞ていた。


「なんだ・・・覚えていたのか」

「なんで「なるほど」なんだ?それに・・・なんだか早苗先生を睨んでいたように見えたけど。どうしてだ?」


 一呼吸間が空いてから、丈太郎が説明をし始めた。


「王閨学園の説明をしたとき、姉さんは一つだけ噓を言っていたんだ」

「嘘?」


「そう・・・蒔苗(マキナ)がこれから選考されるような口ぶりだっただろ?」

「そうじゃないのか?」


蒔苗(マキナ)候補は各学年にいる6名の高校生18名を中心に、王閨高校全校生徒約1000名がその対象だという事に建前上はなっている」

「そんな説明だったな」


「実際は出来レースなんだよ」

「出来レース??・・・」


「そう・・・蒔苗(マキナ)はもう決まっているのさ。胞衣(エナ)である高坂玲子と、三園木香はすでに蒔苗(マキナ)を選んでいるってことさ」

「・・・・・・」


「選考委員会は実際には二人が選んだ蒔苗(マキナ)が、本当に蒔苗(マキナ)にふさわしい人物かどうかを見極めるだけさ」

「確かに・・・その方が現実的だし、最終的に胞衣(エナ)に拒絶されるよりも確実性が高く、安全だ」


「そう・・・俺たちは「胞衣(エナ)が選んだ蒔苗(マキナ)」を選考委員会が拒絶した時だけ価値が出る「予備」なんだよ」

「なんだ~っ・・・俺たちは副候補のさらに補欠って事か。ずいぶん気が楽になったよ」


「そういう事さ・・・おれは剣道だけは自信があるが、勉強は普通かそれ以下だ。蒔苗(マキナ)には文武両道が求められるからな・・・。どうせ君も剣道だろ?」

「俺か?・・・おれは・・・何だかよく分からないんだよ。多分剣道で良いのかな・・・」


 そう言いつつも俺にも全く自信がなかった。戦績がなさすぎる・・・。面接のときにもそう言われた。道場破りをしたのが実績とは到底思えない。


「王閨高校はスポーツ枠の中でも特に剣道を大事にしている。坂巻竜頭が剣術の達人だったからさ。姉さんは女でも特待生になれたのはその為だ。適齢期の胞衣(エナ)が居なかった当時は選考委員会の候補者として特待生になれたんだ」


 何となく気が抜けていく。ホッとする気持ちがほとんどだったが、では誰がもう内定済みのやつなんだろう?


「もしかして・・・高坂玲子の蒔苗(マキナ)を知ってるんじゃないか?」


 一瞬、丈太郎が沈黙する。


蒔苗(マキナ)にはある規則性がある。伝統的に1組にいるのが高坂家の蒔苗(マキナ)候補と副候補、2組が三園木家の候補と副候補さ・・・そして3組は・・・」

「予備の予備・・・」


 だが、それでも特定には至らない。


「でも、結局、各家の第1候補は在校生だけで3名もいるじゃないか?胞衣(エナ)が何年も前の蒔苗(マキナ)候補を指名してくるかもしれん。誰を選んでいるかまでは誰にも分からんだろ?」

「普通はな・・・。だが、今度9月に三園木香が連れてくるWASP野郎が本命だとすると・・・最終決定委員会は今年度行わえる可能性が高い・・・」


「どうしてそんなことが分かるんだ?」

蒔苗(マキナ)選考委員会は表向き上、胞衣(エナ)が18歳になるまでに蒔苗(マキナ)を選ばなければならない。高坂玲子は今3年生の17才だ・・・・今年が最終年度・・・リーチがかかっている」


「三園木香は今何歳なんだ?・・・・」

「俺たちと同じ高校1年生・・・15歳か16歳だ。まだ余裕はあるが、もし三園木香が蒔苗(マキナ)を見つけているのなら、一気に最終決定委員会開催まで進んでいきかねない。高坂家もそれを見越してすでに蒔苗(マキナ)を1名に絞っているに違いない」


「お前には既に目星がついているんだな?」

「ああ・・・今年は思い当たるヤツが居る」


「もしかすると・・・」

「そう。あの横堀ってやつだ。今までの歴代一組に目ぼしい奴はいなかった。今の2,3年生にもこれと言って大した人物はいない・・・」


「丈太郎・・・ということは・・・お前は・・・」

「そう・・・俺は3組と聞いてすべて悟っちまった。どうやら俺はこの家から出ることはできない」


「・・・ちがうな・・・要はお前の問題だろ。普通の女性と恋に落ちて、普通の結婚をして、その女性の「お婿」になればいいじゃないか・・・」

「それができないんだよ・・・沙苗姉さんは俺のために「選考委員会」から外された・・・。俺が蒔苗(マキナ)になりたいと軽い気持ちで言ったために。だから絶対に蒔苗(マキナ)になれと・・・」


「・・・・・・・・・・」

「・・・・なんだか重かったな。明日は早い・・・もう寝ようぜ・・・」


ホッとしている俺を羨ましそうに見ながら、丈太郎は照明を落とした。


「おう・・・おやすみ・・・」

「・・・・・・・」


俺がそう言いかけたとき、スマホが突然鳴り響いた。


「浅間君・・・大変申し訳ないんだが、明日、また神楽米を踊ってくれないか?」


新しく柊木神社の宮司になった森永さんだった。明日は確か柊木神社の例大祭の日だ。


「えっ?・・・また随分と急な申し入れですね。どうしたんですか?」

「伊勢から駆けつけてくれる予定だった薫君が捕まらないんだ・・・」


「師匠・・・ええと牧野さんにお聞きになれば」

「それが・・・二人とも伊勢神宮は1月かそこらで引き払ったと・・・。こちらの問い合わせにあちらの神官さんも困惑気味だったよ・・・」


森永宮司も心配している様子だった。そこに割って入るように巫女頭の桜木さんの声が聞こえてくる。


「そこでおぬしに白羽が立った。理由は分からぬが、奇跡に近いことに、あり得ぬこととはいえお主にもそれなりにファンがいるらしい。全く信じられんが・・・お主の見るに堪えないあの神楽でもそれなりに役に立つ。若の売り上げの100分の1でもあれば巫女のアルバイト代ぐらいにはなろう。」

「ハイハイ…その全力でけなしているのかお褒めいただいているのか分かりませんが、俺にもそれなりに忙しくてですね・・・」


「王閨高校は明日から休みだとお母上が申しておったぞ。どうせ家事など手伝わぬからぜひ神社でビシビシ使ってくれと・・・」


あの鬼母め・・・酷い・・・・


「あっ・・・今思い出しました・・・その・・・妹の買い物に付き合わなければ・・・」

「瞳ちゃんはお前の神楽を見てみたいそうだ。友人の一人がえらく褒めていたと言って、確かめてみたいそうだ・・・俄かには信じがたいのだろうな。まあ無理もない」


 なんか一言一言が引っかかるな・・・そう思いつつ、ベッドの上の丈太郎と目が合う。


「お!・・・おほん・・・丈太郎君・・・君と約束があありましたね。名門千葉道場での朝稽古もあるし」


 俺は全力で話を合わせろと丈太郎に目配せした。


「おおっ~・・・神楽舞か・・・うん朝稽古がスキップできる・・・俺も友人として付き合わねばな・・・神社・・・神楽舞なんて見たことないし」


 その声が桜木サンに漏れ聞こえてしまったのだろう・・・うれしそうな声が返ってくる。


「よし・・・それでは決まりだ明日の朝8時に境内に集合だ」


 丈太郎のバカデカイ声が桜木さんにまで聞こえてしまったのだろう・・・うれしそうな声が返ってくるとスマホはガチャリと切れてしまった。。


「この声・・・きっと美人さんだよね」


 のほほんと丈太郎はそう言うとすぐに横になり、ガーガーと鼾をかき始めてしまった。


「性格は最悪だけどな・・・」


 俺はぽつりと悪口を言いながら、ふと牧野の顔が浮かんだ。


「お前・・・どうしたんだ?・・・」


 新たな連絡先すら聞いていない。


「引っ越しの都合でスマホ会社も変えるから、いままでの番号は使えなくなる。しばらく連絡が途絶えるけど心配しないで。新しい電話番号が決まったらすぐ知らせるから・・・」


そうLineの連絡が来てから1か月以上が経過していた。


(NMPが利かないことなんてあるのかな?)


 そんなことをボヤっと考えながら、俺は特に気に留めることなくその言葉を聞き流していた。

 

 そして・・・牧野は中学の卒業式にも来なかった。


 俺も王閨高校の入学準備に追われて、牧野と連絡が途絶えたことに全く気が付かないでいた。なんだか嫌な予感がした。丈太郎の鼾もあって俺はなかなか寝付けないでいた。


たった今出来ました。まだ構成も何も出来てない段階で上げます。数日後には書き変わっているかも・・・誤字脱字があったらお知らせください。もちろん感想やコメント大歓迎です。


2022/11/09 最後の10行程度を加筆しました。

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