第10話 神明一刀流 厳武館
王閨高校での新たな友人・千葉丈太郎に連れていかれた道場は・・・浅間翔に新たな世界が広がっていく。
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浅間翔:主人公
牧野薫:翔の親友
千葉丈太郎:翔の同級生・王閨高校1年・第128期特待生
横堀博人:王閨高校1年・第128期特待生・主席合格
水川聡:王閨高校1年・第128期特待生席・第2位
八木陽太:王閨高校1年・第128期特待生席・水泳日本記録保持者
千葉沙苗:王閨高校教諭
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「俺はこれから道場に行く。お前も来いよ・・・」
いつの間にか丈太郎は俺の事を「君」から「お前」呼ばわりするようになっていた。きっと親交の証だろう・・・。悪い気はしなかった。俺も丈太郎を気兼ねなく「お前」呼ばわりしよう・・・。
「あっ・・・俺はいいよ。お前は行かないとな・・・どうせそれが特待生の必須条件だろ」
「なんだ?道場破りのこと・・・気にしているのか?」
「そっ・・・そんな訳では・・・」
図星だった。何せ俺は道場破りした後、気絶して何も言わずに剣道場を去ってしまっている。謝罪といった程ではないにしろ、迷惑をおかけしたことを一言、詫びておかねばならないだろう。だがそれもなんだか気まずくて・・・どうしても行きづらい・・・。
「安心しろ、この高校の道場じゃなくて俺んちだ」
「お前のうち?」
そう言って連れていかれたのは、王閨高校から地下鉄で5,6駅ほど離れた千葉丈太郎の実家「神明一刀流 千葉道場・厳武館」だった。都心のまん真ん中、辺りは高いビルだらけの一角に、奇跡のように残った森・・・その都会のオアシスのような一角に古風で風格のある道場とそれに付随する社殿造りの建物が建っていた。ただ古いだけの寂れた「柊木道場」とは全く違う、手入れが行き届き、荘厳な雰囲気すらたたえたその佇まいはまさに別格だった。
「丈太郎・・・ここ・・・あの有名は千葉杉作の・・・えっ?・・お前まさか」
「そう・・・千葉杉作は俺の高祖父・・・ゆくゆくは俺か姉がこの千葉道場の8代目の跡取りになる予定さ」
およそ剣道をやっていて千葉杉作を知らない人間はいない。騎士道や精神論をも伴った前近代的な剣術を、竹刀や防具を使った合理的な練習方法をとりいれた「剣道」を起こしたのは千葉杉作その人だ。
「ほぇ~っ」
俺はその立派な道場を惚れ惚れと見直していた。
「若先生・・・お帰りなさい」
「若・・・お早いお帰りで・・・」
柊木道場の10倍以上もある壮大な道場の入り口で、千葉道場の門下生と思われる中高生が、最敬礼しながら丈太郎を向かい入れる。おやおや・・・ここにも「若」殿がいらっしゃいますよ・・・俺はそう思いながらつい愚痴をこぼしていた。
「なんだやっぱりお前も金持ちのボンボンじゃないか・・・」
「おい・・・道場の経営を舐めんなよ。全国2万人の門下生の道場収入だけでは、この建物と敷地を維持するだけで精いっぱいだ。」
いったい固定資産税だけでいくらになるんですかね?・・・とまるで国宝の建造物を見るようにその建物を見返してしまう。およそ個人所有ではありえない。
「そうさ・・・三坂財閥の後ろ盾がなければウチの道場などとっくに無くなっていたさ。学校剣道に神明一刀流が中心に取り入れられていったのもそのせいさ」
それを聞いて、ことの真相がようやく呑み込めて来ていた。丈太郎が王閨高校の特待生に選ばれた理由も・・・。
「確か坂巻竜頭は・・・」
千葉道場で神明一刀流の免許皆伝を受け塾頭まで務めた男だった。それですべて納得できる。
「今でも三坂財閥の支援を受けているのか?」
「支援を受けているというよりは三坂財閥の一企業みたいなものさ。俺たちは客寄せパンダのようなものさ・・・。だから俺が特待生になるための条件は全国優勝が絶対条件だった」
丈太郎は一瞬さみしそうな表情を浮かべながら壮大な道場を振り返った。
「ちょっと気になっていたんだが・・・さっき王閨学園の歴史をレクチャーしてくれた千葉沙苗先生って・・・もしかして」
「ああ。俺の姉だよ」
「・・・・・・」
やはり・・・そう思った途端つい正直な感想が口をついて出ていた。
「あんまり似てないな・・・」
凛としたたたずまいの端正な顔立ちをした沙苗先生に比べ、丈太郎はどことなく剽軽さを感じる愛嬌のある顔立ちだった。決してブ男という訳ではないが、イケメンとはいいがたい。
「容姿のことは言うなよ・・・。姉に全部持っていかれたとよく親戚に言われるんだから。道場の跡取りもほぼ姉に決定さ。ああ見えて、姉さんもインターハイはじめ女子の全国大会を総なめにしている」
「俺も牧野と比べられて苦労したな・・・」
「えっ?」
「いやっ・・・何でもない」
「それより・・・あの超高校級の王閨高校剣道部に道場破りを仕掛た、というお前と手合わせをしたい」
「・・・おいおい・・・冗談だろ?神明一刀流の開祖の玄孫とやって勝てるわけないだろ?」
「お前は昨年度の中学生の優勝者を破ったそうじゃないか」
そう言った丈太郎の目は、先ほどまでの剽軽な笑顔がまったくなくなっていた。千葉杉作から受け継がれた確かな武芸者の血が、その鋭いまなざしに垣間見られた。変な謙遜は失礼にあたるだろう。ここしばらく牧野と打ち込みをしていないので、乱稽古に飢えていたせいもある。それ以上に、丈太郎の・・・いや「厳武館剣道」と手合わせしてみたかった。「神明一刀流」の中でも「厳武館」の剣道は正統派中の正統で、千葉杉作の秘剣や隠れた奥儀も伝わっていると聞いている。
「「突き」は入れていいのか?」
「ああ・・・妙な境界線のルールもない。好きなだけ道場の空間を使っていい。地の利を生かすことこそ、兵法者の鉄則だからな」
「剣道用具・・・胴着すら持ってきていないんだけど・・」
「うちの胴着と防具、竹刀を貸すよ。一応「客人用」だぞ。竹刀は君にとっては軽すぎるかもしれないけどね」
さすが同じ神明一刀流だ。こちらの練習方法をよく心得ている。丈太郎はそう言いながら道場内を案内する様に俺を招き入れた。
俺が貸してもらった洗練された防具は「客人用」というだけあって王閨高校にあった汗臭い防具とは比べ物にならなかった。そのうえ竹刀も普段俺が使っているものよりも明らかに高級な品だ。ただし重さは通常の竹刀と同じ。俺が牧野と一緒に使っていたものよりもずいぶんと軽い。
「若先生とご学友が手合わせをするらしいぞ・・・」
その噂はあっという間に道場内に伝わっていった。俺が防具に着替え、道場内に入っていくとひそひそ話が一斉に止み、好奇心と敵意に満ちた視線を一身に浴びてしまう。アウェーの真っただ中に放り込まれた気分・・・。道場の中央にはすでに防具を着た丈太郎が着座の姿勢で待ち構えている。互いに蹲踞の姿勢をとり、いざ勝負を始めようとした途端、俺はふと気が付いた。
「審判はどうするんだ?」
俺が丈太郎にそう聞くと、丈太郎も「あっ」と思い至ったようだ。俺も大概だが、丈太郎は輪をかけて「おちょこちょい」のようだ。周りには師範格の大人はまだ来ておらず、千葉道場の門下生は中高校生が中心で審判が出来そうな者はいなかった。買って出る者はいるだろうが審判としてはいささか心もとないし、「若先生」である丈太郎びいきの判定をしかねない。
その時フッと辺りの雰囲気が変化した。なにか強烈な気配をうしろから感じる。振り返ると見物に集まっていた門下生が、「モーゼの十戒」よろしく左右にぱっと別れ、その中央に真っ白な剣道着を着た一人の女性が立っていた。
「白き夏の少女!」
一瞬俺はそう思ったが、その凛とした佇まいは「白き夏の少女」とは少し様子が違っていた。
「私が審判を承ろう」
その女性が透き通った声でそう言った。
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(はてこの声はどっかで聞いたことがある様な・・・)
そしてすぐに思い至る。王閨学園の歴史をレクチャーしてくれた千葉沙苗先生だった。あの時の教師然とした素朴な雰囲気は全くない。女剣士を思わせる芯の通った華やかさや強さがにじみ出ている。大人の女の魅力と凛とした清潔さが混在し、奇跡のような白い輝きを放っていた。
「姉さん・・・」
ちょっとばつが悪そうに丈太郎がそう言うと、沙苗先生が小声で咳払いする。
「道場ではそういうな。塾頭と呼べ」
「塾頭・・・これはその・・・」
「お前たちが連れ立って帰っていったと聞いたのでな。多分こんなことだろうと思った。安心せい。私も「柊木道場」の太刀筋を見ておきたい。それに牧野さんの秘蔵っ子の腕前もな」
そう言って俺の方をじっと見る。
(千葉先生も師匠のこと事を知っている・・・)
同じ流派なら当たり前の事なのかもしれないが少し意外だった。どちらにせよ師匠の顔に泥を塗るわけにはいかない。今まで柊木道場でしか剣道をしてこなった俺にとって、この前の王閨高校剣道部との試合が初めての対外試合だった。剣道の開祖の道場で俺の剣はどこまで通用するのだろうか?
「礼・・・時間無制限、三本勝負・・・始め!」
沙苗先生の透き通った声で開始が告げられる。最初は互いの手の内を見ようと、単調な鍔迫り合いが続く。丈太郎の動きはさすがにスキがなく、迂闊に手が出せない事がその気迫から十分わかる。打ち出される打突はどれもキレがあり一瞬のすきも許されない。こちらもスキを突こうと果敢に打って出るが、そのことごとくを跳ね返されてしまった。こいつやはり強い。互いに有効な打突が出せないまま、時間だけが経過していった。
「ねえ・・・もう5分は経過してるんじゃないの・・・」
「若先生が持久戦に持っていかれるなんて・・・」
「沙苗塾頭はそれを予想して時間無制限に?・・・・」
門下生たちが見知らぬ難敵に感嘆の声を上げ始める。だが俺はもういっぱいいっぱいだった。牧野と乱捕りをしなくなってからもう2か月、胸が焼けるように熱い。明らかに稽古不足が祟ってきている。足が重くなり技の切れが悪くなる。それは丈太郎も同じようだった。互いに息が上がり、動きがピタリと止まってしまう立ち合いが増えだす。攻撃と防御が拮抗し、予測した動きの機先を互いに制し合うため、小競り合いばかりで戦況が膠着状態で一向に進まない。
その時、丈太郎の動きがピタリとやんだ。
一瞬の静寂が訪れる。何かを仕掛けてくる気配なのは明白だった。下手に動くことは出来ない。時間が止まったように俺達は動きをとめた。次の一撃で雌雄が決する。
ドカーン
強烈な突きが喉元に加えられていた。俺は何がなんだか訳がわからず、防御の姿勢すらとることが出来ずに壁に飛ばされていた。丈太郎の動きを捉えることは出来なかった。何とか壁に激突する際に受け身を当て、衝撃を和らげること位しか出来なかった・・・。
「おい・・・君・・・大丈夫か?・・・」
沙苗先生が血相を変えて壁に激突した俺に向かって走りよると優しく抱き起してくれる。はらりと長い髪が俺の顔にたれ掛かり、甘い香りに包まれる。
「ええ・・・」
何か狐につままれた気分だった。「秘剣」という言葉が頭に浮かんだ。何とか起き上がり、喉元を抑える。ひりひりとする痛みが感じられるが何とか試合は続けられそうだ。
「大丈夫・・・まだやれます」
しわがれた声でそう言いながら、俺はふらふらと中央の開始線に向かっていた。
「丈太郎・・・次は「飛天龍」を使うな。めったに使うものではない。全国ですら使わなかったものを」
沙苗先生が叱責するように丈太郎を睨みつける。
「全国大会でも、インターハイでも、使うべき相手も、使う必要もありませんでした。だが彼は違う。浅間にはこの技以外に勝つ手立てがない・・・」
丈太郎はそう言いながら面を外し、姉である沙苗先生をヒタと見返していた。
「・・・・・・」
「この技を隠して、彼に立ち会うことの方が失礼だと、俺はそう考えました」
普段の剽軽な表情は霧散し、剣豪の玄孫としての威厳が顔立ちに現れていた。俺は負けた悔しさよりも、丈太郎の敬意に打たれていた。
「俺もそんな「車角落ち」みたいな試合はしたくないです」
喉の痛みあまだあるが、何とかしわがれ声は治り始めている。ここは潔く3本取られて、大敗を喫するべきだろう。出来れば沙苗先生の言う「ひてんりゅう」という秘剣を見切ってみたい。打ち返せなくとも、防ぎきれなくとも、せめて太刀筋だけでも・・・。
「だめだ・・・あれは封印された技。こんなに門下生の居る中で使っていい技ではない。今日のところはこのままお開きにしたまえ。後日、人払いをした限られた場所と時間に再試合をしたまえ」
そう言うと、沙苗先生はすっと立ち上がり、皆に宣言するようにその場を収めてしまった。
「試合続行不可能と判断しました。この試合、丈太郎の一本を無効として、後日改めて行います」
まあこれが大人の落としどころなのだろう。丈太郎も俺もあまり納得のできるやり方ではなかったが、ひりひりと痛む喉を抱えて、俺は少し助かった気分だった。丈太郎と言えば、肩を軽く竦めて、いつもの剽軽な調子に戻っていた。




