ミイラと同じ扱いだったと思われる吸血鬼
「あーちゃん起きれー」
「…………………………クゥ~」
昨日同様ゆすったり布団を剥がしたりして起こしたのだが、今日は昨日より手強かった。
今も上半身を起こしたので起きたのかなと思ったら、全然そんなことはなくその状態のまま器用に寝息をたてている。
顔の前で両手をパァン!と鳴らしても起きる気配はなく、身体をゆするとそのまま布団に寝転んでしまう始末。
これは自発的に起きてもらうまでは無理だなと、キッチンに移動してコンビニで買ったパンと緑茶で朝食を先にいただく事にする。
「めっちゃ久しぶりに焼きそばパン食べるな」
電子レンジで加熱された焼きそばパンは、開封した瞬間お腹を刺激するいい匂いがあたりを包んだ。
「これだよこれ。このソースの匂い、たまんないね~」
あーんと一口かぶりつこうとしたら、急に後ろから肩をたたかれた。
「ようやくお目覚めかお寝坊さんめえぇぇぇー?!」
振り向いその先には、あらぬ方向に顔を向けて白目を向いたあーちゃんがいた。
「……ごめんごめん、ちょっと寝起きが悪いのです私」
テヘペロしながらメロンパンの袋を開くあーちゃん。
「……ちょっと?」
「……ちょっと……以上、かな?」
メロンパンをくわえながら小首をかしげる。
可愛いが、ここはゆずれないな。
「だいぶ悪い、ですよ?」
「……だいぶ悪い、でしたか」
普通の人は寝ながら白目むきつつ歩いたりしない。
流石吸血鬼。寝起きの悪さもアンデッド級。
「……なんだかね、凄く良い匂いがするなぁ~って半分寝ながら気づいてね、そのままお腹空いたなぁ~って考えたら無意識に身体が動いたみたい」
メロンパンを瞬殺して次はチョココロネにかぶりつきながら、ウンウン頷くあーちゃん。
寝ながらご飯は食べられないと言っていたけど、本当かどうか疑わしくなってきたな。
「とりあえず今日はあーちゃんがどうやって日本に来たのか、あーちゃんの生まれ故郷は東欧のどこなのか、この辺りから始めようか」
「……はい。お願いしまーす」
皿にこぼれたチョココロネのチョコをスプーンですくい取っていたあーちゃんの元気な返事を聞きながら、俺はノートパソコンを用意した。
「とりあえず、生まれた場所を特定しようか」
グー○ルマップを開いて航空画像に表示を切り替える。
「これが空からみた画像で、ルーマニアの辺りを映してる。あーちゃんの故郷は上の方が一年中真っ白な雪をかぶってる高い山はなかったって話だからアルプスではなくカルパティア山脈だと思う」
二千メートル級の山だと谷間に万年雪がたまる事はあるが山頂が常に雪で覆われるとなるとよほど寒い地域でないとまずないので、二千メートル級が連なるカルパティア山脈で間違いないだろう。
ほぇ~って感じで口を半開きにしながらグー○ルマップを見ているあーちゃん。
「で、こうやって見ると、地上からの画像にも切り替えられる。どう?」
カルパティア山脈のルーマニアとウクライナ国境あたりのスト○ートビュー地点をいくつか選んであーちゃんに見せてみた。
しかしルーマニアのスト○ートビューはあまり範囲が広くない。
日本だと人里離れた山奥の県道でも見る事が出来るが、ルーマニアだとその先に村があるような所でもわりと途中で途切れたりしている。
日本が異常なほどに道路が舗装されているので撮影しやすい環境だからかな。
「……よくわかんない」
「ほかの場所も映してみようか」
いくつかピックアップしてみるも、あーちゃんはピンとこないようだった。
「そもそも五百年前だとかなり見た目も変わってるか」
「……それもあるかもだけど、私はあまり村の外に出歩かなかったから。見晴らしの良い場所とかにはあまり行かなかったし、領主様のお屋敷も谷間を下った先から馬車に乗り換えていたから」
「領主様のお屋敷まではどれくらいかかったの?」
「……二日くらい」
「途中で夜営する感じ?」
「……馬車に乗った先の途中に山小屋があって、そこで仮眠をとってたよ」
「村は陽があまり差さない高い山と山の谷間だって言ってたけど、村全体はその谷間にある平地に家が密集していたって感じ?」
「……違うよ、家はあまり密集してなくて森の中にそれぞれの家がある感じで、あまり平地でもなかったね」
「陽は西と東、どちらが差してる時間が長かった?」
「……え?うーんと、えーと、どちらもあまり変わらなかった、かな?」
冬のあまり日が差さない時期しか日中は出歩かなかったから多分だけど、とあーちゃんは自信なさげだった。
となると、南北にのびる谷間かもしくは三方か四方を山の稜線に囲まれていたかだな。
やべぇ、そんな場所ばっかだ。
「この地図の地名とかで聞き覚えのあるものは?」
「……この辺かな」
あーちゃんはカルパティア山脈の西側に近いいくつかの場所を指差した。
「トランシルバニア地方かな。故郷の村の名前は?」
「……領主様はニウェウスの村って呼んでたよ」
「ファミリーネームか。領主様の名前と住んでいた街の名前は?」
多分だけど、とあーちゃんが口にした街の名前を検索するも、ヒットしなかった。
五百年も経つと街の名前も変わったりするか。
そもそもあーちゃん達は隠れ里的なとこに住んでいたからあまり外部と接触していなかったっぽい。
領主の名前でも検索してみたが、全然関係ない人がヒットしただけだった。
記憶を覗けばもう少しわかるかも、との事だが五百年前の田舎の貴族や地名をわかる人なんてルーマニアの歴史を専門的に研究している人くらいだろう。
とりあえずルーマニアのトランシルバニア地方とわかっただけでも上出来だろう。
「次はどうやって日本に来たか、だけど」
選択肢は二つ。
船か、飛行機か。
「どちらにしろあーちゃんがどうやって運ばれてきたか、だね」
「……どうやって運ばれてきたか?」
「そう。あーちゃんは仮死状態でずっと眠っていたって言ったけど、医学的に生きているとされたのならやっぱり病人みたいな感じで運ばれてくると思うんだ」
「……ベッドに乗せられて運ばれるみたいな?」
「そんな感じ。だけど普通病人にあんないかにも中世のお貴族様みたいな服を着せるかな?って疑問もあるんだよね」
「……確かにあの服は病人用じゃないよね」
「そうなるともう一つの可能性だけど、あーちゃんは死んでいるって思われたんじゃないかな?」
「……事情を知らなければ死んでると思われても不思議はないかな」
「ちなみに仮死状態ってどんな感じなの?」
「……口で説明するのが難しいけど、身体全体、細胞とか髪の先にいたるまで、全てを仮死状態にして活動を停止する感じ?」
「普通の仮死状態とどう違うの?」
「……怪我とか溺れたとかで仮死状態になるのは外的要因からの部分停止。私のは自発的なほぼ全体停止?」
「それでも普通なら身体が持たないんじゃない?」
「……気温とかが大事だったよ。私は洞窟の奥で眠りについたけど、洞窟は物凄く寒くて夏でも奥の方は氷が溶けないくらいだった」
「天然コールドスリープだったのか」
「……コールドスリープ、そんな感じだね」
「なるほどねー。それで死体、この場合だと遺物として日本に送られてきたんじゃないかって事」
「……いぶつ?」
「遺物ってのはあれだ、古い時代の街や城の跡に遺されていた当時の物って意味。この場合だとあーちゃんはミイラみたいな扱いだったんだろうね」
「……ミイラ?」
「えーと、エジプトって国の古代の王様とかが死後も肉体を残したくて遺体に防腐処置を施したものの事を指すのが一般的かな。こんな感じ」
グー○ルでミイラを検索していくつか画像をあーちゃんに見せてみる。
エジプトのいかにもミイラって画像から、わりと最近発見されたインカ人の女の子の画像なんかもあった。
「……この女の子は何年前の子なの?」
あーちゃんはインカ人の女の子の画像が気になったようだ。
「五百年以上前だって」
「……年上なんだ。とてもそうは見えないね」
「あ、そう言えば死蝋なんてのもあったな」
グー○ルで死蝋と検索したら、インカ人の女の子以上にまるで生きているかのような女の子の画像がヒットした。
「これは……マジか。この子死後百年経ってるのか」
「……寝てるようにしか見えない」
「あーちゃんが発見された時もこんな感じだったのかな?」
「……私はガチで寝ていたからきっとそうだと思う」
「そういやあーちゃんが寝ていた洞窟はどこにあったの?」
「……村から山の上の方に登った先。手前に祭壇があって、その一番奥だよ。そこで棺に入って眠りについたんだ」
「棺かぁ。吸血鬼っぽいねー」
「……吸血鬼ですが?」
「その洞窟の存在を知っている人ってどれくらいいたの?」
「……代々村長の一族で管理していた場所だからあまり知られてなかったはず。でも絶対に秘密ってわけでもなかったから村の人は狩りをする人なら偶然行きついて知ってたかもってレベル」
「なるほど」
「……多分家族に何かあって私を起こす人がいなくなってしまって、それで忘れ去られていたところに現代になって偶然発見されたんだと思う」
俺の考えもあーちゃんと一致している。
ただ、ちょっと引っかかる部分があるのも確かだ。
「もしそうだとしたら、もうちょっとニュースとかになっていても良いと思うんだけど」
そんなニュースはまったく聞いた覚えがない。
インカの女の子のニュースですらかなり大きく報じられたのだから、洞窟で何百年前の女の子が仮死状態、あるいはミイラや死蝋になっているところを発見されたら全世界で報道されるくらい大きなニュースになっていたはずだ。
それがされてないってことは、発見者が公にしていないって事だ。
公に出来ない理由はなんだろうか?
あーちゃんが五百年前の女の子だと知らなかった場合は多分この子はなんで生きた状態で棺にいるんだってとこから始まって植物状態だって判明した後にどこの子なんだって疑問が出てきて……。
出てきてなんだ?
どうして日本に来るんだ?
植物状態の人間を治療できる凄腕ドクターがいるのか?
でもどこの誰とも知らない女の子のために高額な移送費と医療費出すかね?
逆に五百年前の女の子だと判明していたのだとしたらどっかの研究機関が金を出しそうだな。
その場合はやはり何か判明するまでは情報を伏せておくってのはありそうだ。
そして日本にはやはり顔に傷のありそうな凄腕ドクターに治療を依頼しに来たと。
この案がある意味一番平和的な内容だな。
次に、あーちゃんが何者かってのを知っていた場合。
これが一番物騒な理由だろーな。
何せあーちゃんは血を一舐めすれば相手を丸裸にできるちょっと残念な吸血鬼能力の持ち主だ。
各国首脳や政治家、軍人、大企業のトップ。
これらの人々の記憶が覗ければ世界を裏から支配出来ちゃうかもしれない。
どの国も、どの企業も、どのテロリストも欲しがる逸材だろう。
そんな物騒な存在は絶対に隠すに決まっている。
そして日本に来た理由は凄腕ドクターか、もしくは発見者かその関係者が日本人ってとこかな。
ただ、この可能性が一番低いだろうとは思っている。
何故なら、あーちゃんの能力を知っているのがどんな手合いであれ、五百年も放置するはずがないからだ。
「そういえば、あーちゃんは俺と出会う前、パーキングエリアに歩き着くまでに何か覚えてる?」
よく覚えてない、とは言ってたけどあの時は五百年ぶりの寝起きだったというのもあって大分頭が働いてない印象だった。
今なら何か思い出せるんじゃないかな?
もしくは自分の記憶を覗いてみるとか。
「……えーと、えーと」
あーちゃんはウンウン唸った後、自分の記憶を覗いてみるね、と言いながら俺の手元にあったあんパンを所望した。
自分の記憶でも覗くにはカロリー消費が大きいらしい。
コンビニの時と同様口を半開きにして記憶を覗いたあーちゃんは、普通の表情に戻るとポンッと手を打った。
「……そういえば私棺に入ってたんだった。目が覚めた時」
袋を空けながら、あーちゃんはそーいやそうだっな~と言ってあんパンにかじりついた。
あんパンもお気に召したらしく目を輝かせている。
「マジか。じゃあ遺物確定じゃない?」
「……そう言われるとそうかも。病人扱いだったら流石に棺には入れないもんね」
縁起が悪すぎるよね、とウンウン頷くあーちゃん。
「それで、棺の中で目が覚めてからパーキングエリアで寝落ちするまでは?」
「……何か起きたらおでこがヒリヒリしてて、サウナに入っているみたいだなって思ったくらい棺の中が蒸し蒸ししてたんだ。棺を押し開けたら何故か高速道路上で、道路の先に見えたトンネルで火災が起きてて、なんだかあれは怖いなぁと思って振り返ったら満月で、何だか安心してそっちに向かって歩きだしたの」
「待て待て聞き捨てならないワードがいくつかあったぞ」
高速道路上に放置されていた?
#9910案件じゃねーか。
いやいやそれ以前にトンネル火災?
それってお巡りさんが言ってた逆車線側の事故の事じゃないか?
「三日前、高速道路、トンネル事故」
グー○ルで検索をかけるとすぐに地元の新聞記事がヒットした。
記事の内容を読んでいくと日時的にも間違いないようだった。
中型トラックの単独事故で、横転して炎上、幸い運転手と同乗者は軽傷で済んだらしい。
住宅街から離れた山間部、しかも深夜という時間帯だったので渋滞なども起こらなかったとの事。
そのためか記事自体はあまり大きく取り上げられておらず、これ以上詳しいことは分からない。
この事故、まず間違いなくあーちゃんが関わっているはず。
とゆーかあーちゃんはこのトラックで移送されていた可能性が高い。
恐らくだが、トラックが横転した際にあーちゃんが入った棺はうまいことトラックの前方に向かって放り出されて道路上を滑っていったのだろう。
トラックはそのままトンネル内で炎上してしまったのだからあーちゃんは運が悪ければ目覚める事なく灰になっていた可能性もあったって事だ。
で、運良くおでこをぶつけただけで済んだあーちゃんはそのままパーキングエリアまで歩いてきて寝落ちした、と。
あんパンを食べ終えてご満悦なあーちゃんを眺めながら、彼女の強運に思わずウ~ム、と唸ってしまうのだった。