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コーヒー牛乳をイッキ飲みする吸血鬼


「……凄く美味しい」


「久しぶりに食べたけどみどりおばさんの豚バラ大根はやっぱり美味しいなぁ」


 あーちゃんと二人してみどりおばさん特性豚バラ大根を勢いよくぱくつく。


 箸が止まらない美味しさだ。


「あらー嬉しい事言ってくれちゃって。お代わりいる?」


「お願いします」


「……私も」


 上機嫌のみどりおばさんがちょっと待っててねーと鍋に向かうのを見送りながら、この懐かしい光景になんだかひどく安心している自分がいた。


 母さんが亡くなってから、学おじさんとみどりおばさんは気を遣ってよく晩御飯に誘ってくれた。


 俺は最初の頃こそ遠慮していたのだけど、その度におばさんに腕を組まれて強制的に連行されてしまい、すぐに白旗をあげて大人しく誘いを受けるようになった。


 あの頃の記憶がよみがえり、ちょっとグッと来てしまった。


「お父さんから聞いてましたけど、あーちゃん、本当によく食べるんですね」


 その小柄な身体のどこに入っているのだろうかと、葵ちゃんは驚いた様子であーちゃんの箸さばきを眺めていた。


「……お腹が空きやすい体質なんだ。でもそれ以上に日本食が美味しくて」


 葵ちゃんに敬語はいらないよ、と言いながら顔を赤くして照れるあーちゃん。


「あーちゃんは燃費が悪いうえに食い意地が張ってるからな」


「……間違ってはいないけど、表現をもう少しソフトにしてください」


「あーちゃんは健啖家で、何でも美味しくて食べられるからな」


「……よしとしましょう」


「二人とも仲が良いね。ねね、二人はどうやって出合ったの?」


 目を輝かせながら質問する葵ちゃん。


 やはり年頃の女の子、色恋の話は大好物らしい。


 いや、年齢は関係ないかも。お代わりを持ってきてくれたみどりおばさんも興味津々みたいだし。


「大学だよ。俺が大学の恩師に用があって顔を出したらたまたまそこにあーちゃんが居て、そっからだね」


「……総介に日本語を教えてもらったりご飯に連れてってもらったりして、そっから自然と」


「そうなんだ~。総ちゃん面倒見が良いもんね」


「……うん。日本語が上手く喋れない頃はまわりも遠巻きに見てくる事が殆どだったんだけど、総介は最初から普通に話しかけてくれて、あだ名をつけてくれたりとフレンドリーだった」


 嘘と真を織り混ぜながらアドリブで会話をするあーちゃん。


 やるやないけ、と視線を送ると、当然ですとばかりにあーちゃんは得意気に胸を張った。


「いやー本当に仲が良いねー。ちょっと妬けちゃうな~」


 俺達のアイコンタクトをどう受け取ったのか分からないが、葵ちゃんはそう言いながら豚バラを口に放り込んだ。


「……葵ちゃん、昔の総介の話を聞かせて欲しいな」


 いやいや、あなた俺の記憶見てますやん。


 聞かなくても知ってるでしょうが。


「……どんな思い出も本人の印象と周りの人の印象は違うでしょ?」


 俺の考えを読んだあーちゃんに先手をとられてしまった。


「いやー、それでもそんな大した話はないんじゃないかと」


「いくらでも聞いてもらって構わないよ!」


「総君専用アルバムもあるからご飯の後に持ってくるわね~」


 俺の発言を母子で遮ってきおった。


 恥ずかしいからやめてくれと言っても女性三人は盛り上がってしまってこっちの意見をガン無視状態。


 学おじさんに救いを求めるも、妙に優しい眼差しを返されてフルフルと首を横にふるだけだった。


 この後女性陣に散々おもちゃにされた。





「どうも今日はご馳走さまでした」


「……ご馳走さまでした。とっても美味しかったです」


 あれから俺の昔話で盛り上がった後、俺がいない間の葵ちゃんの話が聞きたいなという俺の逆襲によって両親の口から写真からビデオからと過去話を暴露された葵ちゃんが顔を赤くしながらゴロゴロするのをひとしきり楽しんで、本日はお開きとなった。


「あら~ありがとう。またいつでも来てちょうだいね。今度は必殺カレーを作るからあーちゃんには是非食べてもらいたいわー」


「……必殺カレー、なんて恐ろしく魅力的な言葉」


 ちなみにあーちゃんはカレーについては理解している。イ○ンでカレー屋の前で質問されて説明したからな。


 食べたいと言い出したが流石にお昼に二件目は却下した。


「ああ、あの学おじさんをゲットしたっていう美味しいカレー」


「はっはっはっはっは、とにかくいつでも歓迎するからね」


「あーちゃん、今日は楽しかったよ。おかげで私と会ってない間の総ちゃんの話も聞けたし。またおしゃべりしよーね!」


 ぐっとサムズアップをする葵ちゃんにあーちゃんもサムズアップを返す。


「……私こそ、今日は楽しかったよ。今度は葵ちゃんの学校の話も聞きたいな」


「うん!また絶対遊ぼうね!」


 精神年齢が近い(実年齢は一番遠い)二人はすっかり仲良しになっていた。


「うんうん。尊きかな」


「……何か変なこと考えてない?」


「考えてません」


「それじゃ、二人とも気をつけて帰ってね。そこまで距離があるわけじゃないけど、夜だからね。総君も運転気をつけてね」


「はい。気をつけます。学おじさん、今日はありがとうございました」


「まだまだやる事は沢山あるけど、今日が一番の山場だったからね。何かあったらすぐに連絡をしてね」


「はい、お世話になります。それでは、おやすみなさーい」


「……おやすみなさーい」


 三人に見送られながら、俺達は車を発進させた。


 


「………………」


 あーちゃんは学おじさんの家を出発してからずっと考え込んでいた。


 どうしたのか聞こうとも思ったが、何となくあーちゃんが何か言うまで待った方がいいかなと思ったので車内は無言の時間が続いていた。


 国道のバイパスに乗ったところであーちゃんがポツリポツリと喋りだした。


「……ご飯、美味しかったね」


「みどりおばさんの豚バラ大根はやっぱり美味しいなぁ」


「……何度もお代わりしちゃった」


「みどりおばさんも喜んでいたよ」


「……学おじさん、久しぶりに葵ちゃんにお酌してもらって嬉しそうだったね」


「ずっと顔がにやけてたね」


「……葵ちゃん、明るくて良い子だったね」


「自慢の従妹だよ」


「……楽しかったね」


「あーちゃんが楽しんでくれて良かったよ」


「……総介、お家に戻ったら、話したい事があるんだ」


「うん。聞かせて欲しいな」


 外灯に照らし出されたあーちゃんの憂いを帯びた横顔は、今までで一番吸血鬼っぽい表情だった。





「……私のフルネームはアリアンナ・ニウェウス。私は村長の娘で、『血を覗く者』の中でも歴代最高の能力を持っているって言われていたんだ」


 お風呂上がりでホカホカ状態のまま、エアコン全開でフルーツオレの入ったコップを片手にあーちゃんは自分の出自を語り始めた。


 ちなみに今日買ったシャンプーとコンディショナーによってフローラルでフルーティーな香りをまとっている。


 あーちゃんは香り以上にあまりのサラサラ具合にビックリしていた。


「……私達は辺りを治める領主様から手厚く保護されて、普段は山奥の村でひっそり暮らしていたんだけど、たまに領主様からお呼ばれして、指定された相手の血を飲んで相手の記憶を覗いていたの」


 フルーツオレをコクコクとイッキ飲みして、お代わり、と空のコップを差し出してくる。


「……相手は大抵が罪人か疑いを持たれている人で、私達は今で言う裁判官や警察官みたいな仕事をしていたんだ。でもあまり公にできないからよっぽどの相手じゃない限りは呼ばれなかったけど」


 再びイッキ飲みしたあーちゃんから空のコップを受け取ると、今度はコーヒー牛乳を注いで渡す。


「……私は『血を覗く』能力が凄く強いって子供の頃から言われていて、わりと小さな頃から領主様の館に呼ばれていたんだ。村長の娘って立場もあったけど、領主様はお貴族様だから会う時に無礼にならないようにあれこれマナーをしつけられて、嫌々覚えたりしてたんだ」


 コーヒー牛乳もイッキ飲みして、ウンウン頷くあーちゃん。


 こっちも気に入ったらしい。


 再びコップに注いで渡す。


「……でもある時飲ませられた血がお貴族様の人の血で、その人の中にあったマナーの記憶を私の中に取り込めないかな、と思ったらあっさり取り込めちゃってビックリした」


 再びのイッキ飲みで空になったコップを受け取ると、今度は冷蔵庫からアイスクリームを持ってきてスプーンとともに手渡した。


「……それを見た両親と領主様に、この事を他の誰にも言ってはいけないとちょっと怖い顔で注意されて、当時は何でだろうと思ったけど、今ならこれがとても恐ろしい能力だって理解できるよ」


 あーちゃんはバニラアイスを口に運んでは、ほわぁ~と蕩けるような顔している。


 可愛いです。


「……それ以降も何度か領主様の元に行ったんだけど、当時は大きな国同士で戦争中だったんだ。領主様は田舎の領主だったから最初はあまり関係なかったんだけど、戦線が近くなって兵を出すよう要請されたりして段々騒がしくなってきたの」


 あーちゃんは俺の抹茶味と一口交換して、これはこれで、という顔をした。


 抹茶もいける口でしたか。


「……ついに出兵する事になって、最初は領主様が自分で兵を率いてご長男様に領主代理を任せようとしたんだけど、ご長男様が自分が兵を率いたいって言って喧嘩になって、最終的にご長男様が出兵する事になったんだ」


 アイスを食べ終えたあーちゃんはスプーンをくわえながらもう一つ欲しいな~って顔をしていたが、晩のアイスは一人一つと決めたでしょ?と言うと渋々スプーンを流し台へと持っていった。


「……戦争が終わってご長男様がお帰りになったんだけど、ご長男様はすっかり変わってしまわれていたの。優しい顔だちだったのにげっそりやつれて、でも眼だけはギラギラしてて、そして凄く怒りっぽくなっちゃってたんだ」


 俺が洗ったコップや皿の泡を水で流して拭いていくあーちゃん。


 洗剤の汚れの落ち具合に目を丸くして驚いている。


「……ご長男様は私や両親に対しても怖い目で睨み付けてくるようになってしまっていて、領主様にもあれこれ反発するようになったんだ」


 歯を磨いて布団を用意したあーちゃんは、枕のフカフカ具合を楽しんでいる。


 俺の枕は低反発タイプなので、フカフカはしない。


「……ある時領主様に呼ばれて館に行ったら、ご長男様が私達の能力を国全体で活用すべきだと領主様に意見していたの。でも、領主様はそれはとても危険な考えだと拒否されて、それに怒ったご長男様はもういい!って領主様のお部屋から飛び出して行っちゃったの」


 エアコンを切って扇風機に切り替える。


 扇風機の前に陣取っていたあーちゃんの綺麗な髪がサワサワと風に揺られて、なんかCMっぽいなとちょっと見とれてしまった。


「……その日はいつも通り血を覗いてその結果をお伝えして終わったんだけど、後日領主様に緊急だって呼ばれてお伺いしたら、領主様の元に領主様より偉いお貴族様からの使者がやってきて、私を差し出すよう命令されたって伝えられたの」


 扇風機をひとしきり楽しんだあーちゃんは、タオルケットをかぶって横になった。


「……ご長男様は戦争で上司だった偉いお貴族様に私達の事を話したみたいで、断れば兵を差し向けられる、だが私を差し出してもおそらくあまり良い扱いを受けない、国は教会と結託しているから最悪裁判にかけられて悪魔の手先だと言われて処刑されるかもしれない、息子にはそれが理解できなかった、すまないって謝られてしまったの」


 電気を消すと、真っ暗になった室内であーちゃんの真っ白な肌がぼんやりと浮かび上がる。


「……両親と領主様と話し合った結果、私は死んだことにしようってなったの。それで私は自分の血の記憶を覗いて色々方法を探して、それで自分を仮死状態にして眠るって方法を取ったの。それで一度仮に埋葬されて、偉いお貴族様からの手から逃れられたら起こしてもらうって約束して」


 あーちゃんは天井を眺めながら話していたが、不意にこちらを向いた。


 紫色の綺麗な瞳はこちらをジッと見つめている。


「……でも私が起きたのは五百年後の故郷から遠く離れた日本の高速道路のパーキングエリアでよくわからないけど寝落ちしていて、そこで総介に助けてもらった。私は凄く怪しい外国人だったのに。それなのに総介は私に服とか色んな物を買ってくれて、美味しいご飯やスイーツをご馳走してくれて、総介の彼女だって嘘をついて学おじさんやみどりおばさん、葵ちゃんに紹介してもらって、とっても良くしてもらって」


 あーちゃんはすがるような視線で俺の瞳を覗き込んでくる。


「……総介、私は多分凄く運が良かったと思ってる。私を拾ってくれたのがあなたで良かったよ。でも、私は何もお返しが出来ない、今のところは。あ、でもお金のあてはあるんだよ?多分今まで私にかかった費用はすぐに返せると思う」


 どんなあて?と聞くと、あーちゃんにウインクされてまだ秘密だよ、と返された。


 可愛いけど気になる。


「……でも、お金はどうにかなっても、立場は無理。私は現代に蘇った国籍不明住所不定無職の吸血鬼。学おじさんとみどりおばさん、葵ちゃん、あんなに良いご家族に嘘をつくのはやっぱり心苦しい。だから、私が何でここにいて、何で現代に蘇ったのか、その真相究明に協力してほしいの」


「最初からそのつもりだよ」


 興味が湧いたからとこの子を連れてきたのは俺だし、途中で投げ出すほど情のない人間のつもりはない。


 最後まで面倒をみる覚悟で連れてきた。


 しばらくはあーちゃんの事を調べる事に時間を費やそう。


 どのみち、遺産相続のあれこれは一ヶ月くらいかかるかもしれないようだし。


 時期的にちょうど大学は夏休みだからあーちゃんが一ヶ月こっちにいても言い訳はできるし。


 そうとなれば、仕事も辞めるかな。


 幸い一生遊んで暮らせるほどの金を相続予定だしね。


 今の職場はブラックでもなくホワイトでもなく人間関係もそれなりに居心地がよかったけども、宝くじ当たったら辞めようとか考えるくらいには未練がないしな。


「……ありがとう、総介」


 あーちゃんは安心したように微笑むと、そのまま睡魔に意識を拐われてしまった。


「辞表、書くかぁ」


 俺もやってきた睡魔に抵抗することなく意識を明け渡したのだった。



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