唐突の撮影会に吸血鬼はちょっと引いた
親父の葬式は思った以上にスムーズに進んだ。
一応お坊さんに念仏唱えてもらってそっから火葬場に直行して骨壺に入れて納骨するだけだからな。
親父の亡骸を見てもこれといって何か特別な感情が浮かんできたわけでもなく、骨になってもやはり何も感じなかった。
俺は実家を出た時に親父は死んだものと思うようにしていたから今さらって感じしかしなかった。
自分が酷く冷めた人間だと思いはしたが。
そんな俺にあーちゃんは何も言うことなくただ一緒に居てくれた。
学おじさんは複雑な顔をしていたが、やはり涙を流す事もなく葬儀を終えた。
親父の所業を考えればこうやって葬儀に出てくれるだけでも学おじさんはとても人間として出来ている人だと思う。
霜谷家は地元では知られた名家で、祖父の代まではどこに行っても下にも置かない扱いを受けていた。
祖父も良くできた人だったと聞いている。
まわりからの信頼は厚く、いろんな所で役員やら相談役やらやっていたらしい。
だけど、後継者の育成は完全に失敗した。
親父は金持ちや名家の悪いところだけを凝縮されたような人間だった。
自分の家の立場や金持ちであることを鼻にかけ、常に周囲の人を見下してはあれこれ暴言を吐いたり無茶な要求を通そうとしていた。
祖父が存命の内は祖父がストッパーだったらしいが、早くに亡くなったがために俺が子供の頃は親父はワガママ放題の屑に成り果てていた。
母さんもなんでこんな奴と結婚したしと思ったが、お見合いでの結婚だったらしいけど、お見合いと言いつつ実際には断れない内容だったようだ。
母さんの実家は地元ではそこそこ名の知れた会社を経営していたのだが、事業で失敗して多額の借金が出来てしまった。
それを祖父に相談したら、資金援助をする代わりにうちの息子との縁談を、という流れだったらしい。
当時親父は県外の大学を卒業して家にもどってきて祖父の後を継ぐべく修行中だったらしいのだが、この当時からすでに夜遊びばかりしていた親父に対して、家庭を持てば落ち着くのではと祖父は考えたようだ。
お見合いの話を進めたのが祖父だったため親父も渋々従ったらしかった。
だけど親父は結婚当初から母さんに対してかなり冷たく接し、俺が生まれた後は最低限の役目は果たしたとばかりに毎日繁華街に繰り出しては朝帰りだったので、俺は親父と食卓を囲んだ事すらろくになかった。むしろ囲まなくて正解だったのだが。
お互い冷えきった関係だったので親父は母さんをお手伝い扱いしていたし、母さんも親父に自分から話しかける事はしなかった。
親父が話かけてくる時は大抵酔っぱらって罵詈雑言を吐いてくる時だけだったし、酔ってない時でもやたらとこちらを否定してくる言葉しか出てこなかった。
そんな毎日遊び歩いて金が尽きないのかと子供の頃は思っていたが、親父は金を稼ぐ事に関しては才能があったらしい。
株や土地の売買で結構な額を稼いでいたようだ。
だが株はともかく土地に関してはかなり悪どくやっていたようで、学おじさんはそのクレーム対応にてんやわんやだった。
別に親父は学おじさんの会社の役員とかではなかったのだが、身内ということで謂われない中傷をされることも珍しくなかったようだ。
学おじさんは何度も親父に抗議したらしいが、聞き入れられる事はなかったとため息をついていた。
そんな親父は母さんが病気になって入院しても一度も見舞いに来る事はなかった。
母さんが息を引き取る時、親父はいつも通り繁華街で遊んでいた。
葬式だって学おじさんが手配しなければあげなかっただろう。
親父は母さんの葬式の時も面倒くさそうな対応に終始して、弔問客が帰った後に何も変わることなく繁華街に繰り出した。
翌朝酔っぱらって帰ってきた親父にどんな神経してやがると文句を言ったら『お手伝いが死んだくらいでぐだぐた言うな、そもそも親にむかって何生意気言ってやがる』とほざきやがった。
俺は親父をボコボコに殴り倒した。
最初こそ親に向かって何をしやがるだとか何とか言っていたが、俺が無表情で殴り続けたら痛い痛い止めてくれと泣き出した。
それでも止めずに殴り続けたら漏らしやがったので、その様を携帯で動画をとり、さらに土下座して母さんに謝れと仏壇の前で土下座する所も動画に納めた。
この情けない動画を繁華街でばら蒔かれたくなかったら金輪際母さんを貶すような言葉を吐くな、俺にも一切関わるなと脅しをかけて、俺と親父は同じ家に住んではいたがまったくの他人となった。
やった当初は何かやり返されるかもと家の中でも気が抜けなかったが、親父は俺が思っていた以上に気が小さい奴だったらしく、むしろ俺と家の中で会うのを必死に避けていた。
その一年後、俺は遠く離れた首都圏の大学に合格し、親父に一言も告げる事なく家を出たのだった。
家を出る時の金もバイトして貯めた貯金と母さんが残してくれた俺名義の預金で何とかなったし、保証人は学おじさんがなってくれた。
大学も返還不要の奨学金がもらえたので四年間生活費だけを稼ぐだけで良かったからバイトの給料だけで不自由なく生きていけた。
完全に親父とは縁の切れた生活を送っていた。
それが終りを告げたのが、先週の月曜日の夜だった。
学おじさんから電話がかかってきて、親父が繁華街で倒れて救急車で運ばれた、と伝えられた。
容体は悪く、意識不明。恐らくもう長くないだろうと。
俺はその時何故か物凄い怒りが沸いてきた。
あいつはまだ生きていて、最後まで人に迷惑をかけているのだ、と。
とりあえず会社で最低限の引き継ぎを終えようとあれこれやって火曜の夜にいざ出発しようとしたら、学おじさんから電話がきて、恐らく今夜がヤマだろうと伝えられた。
最初は怒りが先行してそれなりに飛ばしていたが、途中で頭が冷めて安全運転に切り替えた。
親父は俺が高速道路を走っている間に死んだらしい。
最後まで俺とはもう会いたくなかったのだろう。
そして今、親父は小さな骨壺の中に入って納骨された。
ざまあみろだとか、最後まで迷惑かけやがってとか、どこかでそんな感情が沸いてくるかと思ったが、本当に何にも感じる事なくあっさりと終わった。
俺にとってはもう死んだ人間、葬式だけ今になってしまっただけ。
そう思う事にした。
「さて、外にいても暑いだけだし次に行きましょうか」
「そう、だね。今日はスケジュールがタイトだし、さっさと移動しようか。最初は司法書士からだね」
今日も雲の多い日とはいえ、あまり長い間あーちゃんを外に立たせるのも負担になるなと学おじさんに声をかけて、とりあえず次の目的地へと移動する事にした。
「つ、疲れた。仕事より疲れた……」
間に昼飯(あーちゃんの希望でカツ屋だった)を挟んで半日、タイトなスケジュールをこなした俺は疲労困憊で実家の居間で机に突っ伏していた。
「大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないです。正直、想像以上でした」
親父の事だから俺に遺産なんか残そうとなんかしないんじゃないかと思ったが、あいつは自分の死後とか何にも考えてなかったらしい。
結果的に全て俺が相続する事になった。
飛び交う非日常的な数字。
よくわからない書類の山。
司法書士の事務所でも税理士の事務所でも内容のわからないままあれこれ書いたり判を捺したりともうパンク寸前だった。
「……お疲れ様、総介。横で聞いてるだけでも疲れちゃうくらいだったから、大変だったよね」
優しく背中をさすってくれるあーちゃんも顔に若干疲労が浮かんでいる。
やはり真夏に外で立ち続けるのは体力的に辛かったらしい。
「あーちゃんも付き合ってくれてありがとうな。途中ちょっと日が照って辛かったでしょ」
「……日傘をさしてたからそこまでじゃなかったよ」
「僕からもお礼を言うよあーちゃん。体質的に辛かったのに総君についていてくれて、ありがとう」
「……彼女として当然ですし、総介には日本に来て以来物凄くお世話になってますから」
嘘は言っていないよとばかりにこちらに向かってニコリと笑うあーちゃん。
そーな、昨日もコンビニでアイス買ってあげたもんな。
「総君は本当にいい子を見つけたね。さて、今晩だけど良かったら我が家に来ないかい?うちの奥さんが久しぶりに総君に会いたがっていてね。もちろん彼女のあーちゃんにも興味津々なんだ。晩御飯は奥さん得意の豚バラ大根だよ」
「みどりおばさんの豚バラ大根は絶品ですから久しぶりに食べたいですね。あーちゃんはどう?」
「……お邪魔でなければ」
「もちろん!歓迎するよ」
絶品、という言葉にキラーンと目を光らせたあーちゃんとともに、俺達は学おじさんの家にお邪魔することになった。
「顔ちっちゃい!肌キレイ!髪もキレイ!可愛いー!」
みどりおばさんはあーちゃんと自己紹介をするなりわあ~わあ~と言いながら近寄ってきて、あーちゃんを色んな角度から観察しながら可愛いを連呼した。
「総君、この娘の写真とらせて!」
「えーと、本人が良いと言えば」
「……総介と一緒ならいいよ」
「だ、そうです」
「日本語上手!」
「こら、みどり。あーちゃんが困っているだろう。ごめんねあーちゃん。うちの奥さん可愛い子に目がなくて」
みどりおばさんは相変わらずだった。
小さな頃からお世話になっているが、とにかく可愛いものに目がなくて、俺も幼稚園くらいの時に女の子の服(みどりおばさん自作)を着させられたんだよと生前母さんから何度もネタにされていた。
「……えーと、なんかポーズとった方が良いのかな?」
「いや、気にしなくていいと思うよ」
キャーキャー言いながらスマホでパッシャパシャ撮影するみどりおばさんに、あーちゃんはちょっと面食らったようだった。
「普段はもうちょっと落ち着いた人なんだけど、あーちゃんが可愛くてどストライクだったみたいでちょっと我を忘れてるみたいだね」
「本当にごめんねあーちゃん。僕からも後で叱っておくから」
「……ちょっと驚いたけど、大丈夫です」
そう言いつつ若干引いているあーちゃん。
「ちょっとお母さん何やってんの?!」
どこで止めに入ろうかなと悩んでいたら、家の奥から現れた美少女JKがみどりおばさんからスマホを引ったくった。
「葵、返してよ~」
「返してよ~、じゃない!お客様を家の中にお通しもせず玄関先で撮影会するなんて何考えてんの!」
ごもっともな発言をしてみどりおばさんに説教をかました美少女JKこと葵ちゃんは、こちらをふりむくとニッコリ笑って挨拶をした。
「総ちゃん久しぶり!全然会えなくて寂しかったんだから!」
「葵ちゃん久しぶり。いやーすっかり綺麗になっちゃって」
俺はあの元気溌剌系日焼け小学生が見た目だけなら清楚系色白美少女JKに変貌を遂げていた事に素直に驚いていた。
おばさんとのやり取りで中身はまったく変わってないようだなとわかったが。
「総ちゃんはあんまり変わってないね。ファッションがちょっと大人っぽくなった感じ以外は昔のまま。あ、悪い意味じゃなくてね、嬉しいんだ。あの頃の総ちゃんのままで。でも一番の変化は…」
ちらりとあーちゃんの方を見た葵ちゃんは、ハァ~と感嘆のタメ息をついた。
「こんな綺麗な彼女さんが出来た事だね。えーと、初めまして。霜谷葵です。総ちゃんの従妹で、妹みたいな者です」
ペコリと頭を下げる葵ちゃんに、あーちゃんはニッコリ笑って挨拶を返した。
「……初めまして。アリアンナと申します。総介とお付き合いさせていただいております。気軽にあーちゃんと呼んで下さい」
「はい、あーちゃん。私の事もちゃん付けで呼んで下さい。にしても凄く日本語がお上手ですね」
「……総介に教えてもらいました」
教えたと言うか、日本語ソフトツールをあげたと言うか。
ニコニコ笑いながら俺の手を握る力を強くするあーちゃん。
余計な事を考えないでと釘を刺された気がする。
「もう、なんとゆーか、お母さんが暴走するのも理解出来てしまうくらい可愛いですね。髪とか凄く綺麗な色でサラサラで、睫毛も同じように綺麗で長くって、すっごいお肌も綺麗だし」
葵ちゃんの横でウンウン頷くみどりおばさん。
「……葵ちゃんも凄く綺麗な黒髪だね。背も高くてスタイルが良いから羨ましいな」
あーちゃんの言葉にそんな~と言いながら照れている葵ちゃん。
確かに葵ちゃんはけっこう背が高くてスラッとしている。
あーちゃんより十センチくらい高い。
この辺りはおばさんに似たんだろうな。
「さて、自己紹介が終わった所で中に入って夕食にしようか。積もる話もあるだろうしね」
学おじさんの言葉に葵ちゃんも我に返って、どうぞお上がりくださいとあーちゃんを招き入れたのだった。