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吸血鬼はイ○ンにて腹ペコキャラであることを看破される



「……あー、気持ちいい……」


 ドライヤーをあーちゃんの髪にあてながら、エアコンをガンガンにかける。


 あーちゃんの手には氷水の入ったコップ。


 お風呂上がりはコーヒー牛乳かフルーツ牛乳といきたかったが、流石になかった。


 買い物リストに追加だな。


「湯船は浸かりすぎるとのぼせちゃうから次回から注意しような」


 一応、それを注意してぬるめにしてあったんだが、お風呂に慣れてないから気づかない内にのぼせたらしい。


 本人はフラフラするーって言うくらいで大したことはなかったみたいだが。


「……はーい」


「ドライヤーの使い方は分かった?」


「……総介にお願いしたいです」


「はいはいお姫様」


「……気持ちいい~」


 うーん、たった一日でここまで気を許すとは警戒心薄すぎじゃないかな現代に蘇りし吸血鬼よ。


「はい。髪は乾いたと思うからブラシをかけておきなさい」


「……総介にお願いしたいです」


「だめ。俺もお風呂入ってくるから自分でやりなさい。流石にブラシをかけるくらいは出来るでしょ?」


「……むう。ならしょうがないね。頑張る」


 ブラシを片手に気合いを入れるあーちゃんにがんばれーとエールを送りながら俺も風呂場へ向かった。




「あーちゃん、どう?お肌大丈夫?」


「……お肌は何とか大丈夫だけど、暑いです……」


 まだ昼前だが、やはり夏だけあってもうかなり気温が高い。


 昨晩あーちゃんは夜なのになんでこんなに暑いのだろうかと言っていたが、どうも故郷は涼しい気候の土地だったっぽい。


 いや、そもそも温暖化が進むこのご時世の日本の夏を超える蒸し暑い地域がヨーロッパ、しかも東欧にあるんだろうか。


「イ○ンで日焼け止めグッズを買ってもう少し薄着になれるようにしような」


「……エアコン、恋しいでふ……」


「はいはい。車の中はガンガンに冷えてるから。それじゃ、行くよー」


「……はーい」


 日焼け対策でちょっと厚着なあーちゃんは、日本の夏にやられ気味だった。


 早速エアコンの虜になってるあたり、やはりエアコンは人類史上屈指の大発明だと再認識する。


「……あー、涼しい~」


 エアコンの送風口に手をかざしながら冷たい空気を満喫するあーちゃん。


「あーちゃん、涼むのもいいけどまずはシートベルトよろしく」


「……はーい」


 そんなこんなでとりあえず出発。

 

 イ○ンまでは高速道路を通って三十分ちょいくらいだ。


 こんな田舎に高速道路を通す理由がわからないが、学おじさん曰く街に出るまでの時間が半分になったらしいので地元的には便利になったんだろう。


 十年ぶりの故郷を明るい時間にあらためて走ってみると、変わらないものもあれば変わってしまったものもあった。


 酒屋は、駐車場になっていた。


 本屋は、シャッターが降りてから何年も経っているようだった。


 子供の頃にしょっちゅう行った駄菓子屋も、もうさら地になっていた。


 金券、換金できなくなっちゃったな。


「……おー、やっぱり車は速いね~」


「日差しは大丈夫?」


「……うん。外よりは全然。スーパーUVカットガラスって凄いんだね。日差しはあるのに日焼けしないよ」


 今日は雲が多い日だからそこまで日差しが強いわけじゃないが、それでもまったくないわけでもない。


 しかし俺の車はスーパーUVカットガラスが使われているらしく、紫外線カット率九十九%らしい。


 あーちゃんが言うようにかなりの高性能っぽい。


 しかもフロントガラスとフロントドアガラスの両方に。


 他の車だとフロントガラス以外は普通のUVカットガラスが一般的みたいだ。


 そこを気にして選んだわけじゃないので単なる偶然だが、ちょっと背伸びしてこいつを買ってよかったなぁ。


「よかったよ。これで日焼けがヤバいって話になったら最悪あーちゃんは後部座席でタオルケットかなんかかぶってもらわなきゃならなかったからね」


「……それだと外が見られなかったね。よかったよかった」


「イ○ンつくまで寝るくらいしか出来なかったね」


「……それなら大丈夫。寝るのは得意だよ」


「五百年も寝たくらいだからなぁ」


 



「……うわ~!おっきいー!」


 あーちゃんは初めて見るイ○ンの大きさに興奮を抑えられないようだった。


「……これ、本当にお店?お城や砦じゃなく?」


「お店です。田舎の余りに余った土地を活用して建てられた大型総合商業施設です。この中に沢山のお店が入ってるんだよ」


「……そーごーしょーぎょーしせつ。でも確かにこの大きさならどんなお店も入るよね」


「服から食料から薬や家具まで一通り揃うね」

  

「……なるほど。凄いね、イ○ン」


 とりあえず地下駐車場なら絶対陽が当たらないだろうと車を停めて、あーちゃんにイ○ン内に入る前に店内での心構えを説いた。


「まず、走るのはだめ。他のお客さんとぶつかったら危ないからね」


「……それは当たり前だね。ケガしちゃうもんね」


「次に、大きな声を出さない」


「…………努力します」


「知らない人についていかない」


「……私人見知りだから大丈夫」


「うそやん。後は勝手に俺から離れない。中は広いからすぐに迷子になるよ」


「………………気をつけます」


 ちょっと不安な返答もありながらも、とりあえず入ってみようと自動ドアをくぐる。


「……おお、本当に勝手に開いた」


 あーちゃんには来る途中に自動ドアやエレベーター、エスカレーターの説明はしてあったのだけど、実物を見るとちょっと感動していた。


 店内は平日とあって人が少ない。


 これならゆっくり回って見られるな。


「まずは喪服から見に行こうか」


 振り向くと、あーちゃんの姿は影も形もなかった。


「秒じゃねーか!」


 慌てて来た道を戻ると、入ってすぐのブースに陳列していた浮き輪の大きなシャチを眺めていた。


 ほぇ~、みたいな表情はちょっと可愛いが。


「アリアンナさん?」


「……総介、これ何?」


「それは浮き輪だ」


「……でもこっちのと違って輪っかの形してないよ?」


「輪の形をしていないけど浮くから便宜上浮き輪だ。シャチの形をしたスタンダードなタイプだな」


「……シャチ?」


「その辺は今度説明するけど、アリアンナさん。何か俺に言わなければならないのではないでしょうか?」


「……シャチ、家の子にしたい」


「違う!俺から離れないようにって言ったでしょ?」


「…………あ」


 ようやく自分の失敗に気づいたらしいあーちゃんは、素直に謝った。


「……ごめんなさい、総介」


「うん。分かってもらえればいいよ。とりあえずここから移動しようか」


 あーちゃんの手を握りそそくさと移動する。


 見た目がモデルみたいなあーちゃんは人が少ない店内でも人目を引きまくるので、何事かなと周囲の人の視線を集めていた。


「とりあえず目的の物を先に買ったらゆっくり見て回るからそれまでは拘束させていただきますよお姫様」


「……ならしょうがない。大人しく拘束されます」


 小柄なあーちゃんの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。


 あーちゃんは歩きながらもあっちこっちに視線を巡らせて忙しそうにしている。


 見るもの全てが珍しいんだから当たり前だよなぁ。


 一応、日常生活の範囲内の知識、例えば照明だったりテレビだったりスマホだったりは説明したが、説明しきれない物が多すぎるのでひとまずありのままを受け入れてもらう。


 そしてこうやって色んな物を直に見て知って、それから『なうろーでぃんぐ』して補完する感じにしようという結論になった。


 リスみたいにキョロキョロしているあーちゃんは可愛らしかったが、とりあえず最初の目的地、婦人服売場に到着した。


「……服がいっぱい」


「レディースの喪服だとワンピースタイプかな?」


「……着やすいのがいいな」


「この辺かな」


 一通り見て、夏用の涼しい素材の膝下丈のワンピースを購入。


 ついでにUVカットタイプの靴下とアームカバーとそれっぽいレースの手袋も購入。


「次はあーちゃんの私服と靴だな。専門店街に行こう」


「……服はここのじゃだめなの?」


「だめじゃないけど、せっかくだから見てまわろう。それに下着に関してはプロの目線が必要だからね」


「……なるほど。専門店街はプロのお店なんだね」


「間違ってはいない」


 専門店街は違う棟にあるらしく、そちらに移動する。



「……総介、このTシャツ日本っぽい」


「やめろそれはネタTだ」


「……じゃあこっちは?」


「とりあえず日本語が入ってないTシャツ買おうな」




「……総介、この靴、底が高すぎて怖い。絶対つまずく。今はいてるのくらいの低さがいいです」


「似合ってるんだけどなぁ」


「……実を申しますと私はよく転ぶ子として地元では有名だったんです」


「うん。何か納得」




「この帽子なら喪服にも合うかな」


「……総介、この帽子猫の耳みたいなのがついてる」


「ちょっとかぶってみ?」


「……総介、スマホとり出して何する気?」




「……こっちとこっち、どっちが良いかな?」


「どっちも似合うと思うよ」


「……総介、ちゃんと見て。こっちの黒いセクシーな方とこっちの青くて可愛いの、どっちが良い?」


「アリアンナさんわざとやってません?」


「………………そんな事ないですよ?」



 あれこれ見てまわったらあっという間にお昼を過ぎていた。


「お腹空いたな」


「……お腹空きました」


「あーちゃんは何か食べたいものある?」


「……お茶漬けみたいな美味しいものがいいな」


「また難しい注文を」


 永○園のお茶漬けを超える美味いものって中々ないぞ。


 同じレベルならご○んで○よとかか?


「うん、そういやあーちゃんは何が好きかも知らなかったな」


 まだ出逢ってから十時間くらいだからしょうがないよね!


「……好物?甘い果物とか好きだよ」


「主食でお願いします」


「……豚肉、かな」


 故郷では豚肉料理を沢山食べていたとのこと。


 肉料理がメインだったがその中でも豚肉料理が一番頻度が多かったらしい。


「豚肉かー」


 トンカツかカツ丼か。


 何?日本っぽい食べ物が食べたい?ならカツ丼かな。


 

「……うっま」


 あーちゃんは器用に箸を使いながらカツ丼をかっこんでいた。


 箸の使い方も『インストール』したらしい。


 じゃあ例えばスポーツや武術をインストールしたらいきなりプロや達人並みになれるの?と聞いたら本体の能力があまり高くないので無理です、との事。


 よく転ぶ子であるあーちゃんは身体を動かすのが苦手らしい。

 

 箸は日本人なら誰もが使えるものだからなんとかいけるんだよ、と頬に米粒つけながら答えるあーちゃん。


 会話しながらも箸を動かすスピードが落ちない。


 どうやら気に入っていただけたらしい。 


「……私はわかったよ総介。私は現代の美味しい日本料理を食べるために蘇ったんだよ」


「キリッとした顔でそう言われましても。左の頬に米粒ついてますよ?」


「……ここ?」


「違う逆。逆のここ」


「……総介にお願いしたいです」


「はいはい」


 紙ナプキンであーちゃんの頬についた米粒をとってやり、自分も注文したトンカツ定食をいただく。


 何気に久しぶりにトンカツ食べるなーと思いながら一切れ口に運ぶと、あーちゃんが興味津々な顔で俺のトンカツ見ていた。


「……美味しい?」


「美味しいよ」


「……凄く?」


「揚げたては凄く美味しいね」


「……凄く美味しいんだ」


「そんなガン見されると食べにくいんですけど」


「……一切れ欲しいな」


「なら一切れ交換な」


「……お肉、全部食べちゃったからお米で」


「交換レートが合わないので拒否します」


「…………………」


「ガン見するの遠慮してもらえます?」


 結局根負けして一切れあげた。


 食い意地のはった吸血鬼とお買い物を再開。


 身の回りのものは大体買ったので、次は晩飯に惣菜でも買うかなと思ったら、学おじさんから電話がきた。


 そういや一度電話くれるって言ってたな。


 あーちゃんに自販機で買ったジュースを渡してベンチに座らせると、少し離れてから電話に出た。


「もしもし、総君?」


「どうも、学おじさん」


「今大丈夫?家にいる?」


「大丈夫です。家ではなくイ○ンです。あーちゃんの喪服買いに来てます」


 そのあーちゃんはジュースを一口飲んで目を輝かせていた。


 吸血鬼にもコーラはうけたらしい。


「そうかい。とりあえず葬儀社に依頼したから明日の午前から火葬して、そのままお墓に行く感じだね。お寺さんにも話は通したから。仏さんはその葬儀社の霊安室に預かってもらう予定だよ」


「お経は火葬場であげてもらうだけですよね?」


「そうだね。その後に司法書士と税理士に会ってもらう予定だよ。どちらも古くから付き合いのあるとこだからスムーズに進むと思うよ」


「何から何まですみません」


「いずれこうなることは分かっていたからね、事前に準備はしてあったから問題ないよ」


「わかりました。学おじさんは今日はこっち来ます?」


「行こうかなと思っていたけど、総君達がイ○ンにいるならそっちの近くで晩御飯でもどうだい?馴染みの店があるんだ。あ、でもあーちゃんは好き嫌いどうかな?」


「見た目に似合わず食い意地のはった子なんで大丈夫でしょう」


 コーラを早々に飲み干したあーちゃんはベンチから見える位置にあるクレープ屋をロックオンしてチラチラとこっちを伺っている。


「そうかい。ならイ○ンから駅前に行く途中にある総君が行ってた高校、あそこの近くにある『ますだ寿司』って分かる?」


「あー、あの、坂を下ったとこの、コンビニの近くの」


「そうそうあそこ。寿司屋だけど寿司以外も色々メニューがあって美味しいんだ。個室も用意してもらえるから」


「わかりました。時間はどうします?」


「夕方の六時か七時でどう?」


「なら七時でお願いします」


「了解。じゃあ七時に現地で」


「はーい」


 さて、期待のこもった目でこちらを見ている食い意地のはった美少女吸血鬼さんをどうしようかねぇ?

 

 思わず苦笑いしながらあーちゃんの元に戻るのだった。



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