吸血鬼彼女(仮)は寝起き悪し
「……すごーい!景色を追い抜いてる!」
あーちゃんは動き出した車に大興奮だった。
窓に両手をつけて流れていく景色を眺めながら歓声を上げている。
たまにお国の言葉も出てるな。
英語でもドイツ語でもなかったからどこの国かはまったく想像つかないけど。
ちなみに動き出す前からかなりのテンションで、エンジンをかけたら。
「……何かブォーンって音がした!」
「……ランプが凄く明るい!」
「……本当に音楽が流れ出した!」
と驚きの連続で。
走り出したら馬もいないのに本当に走ってる?!とびっくりして。
スピードを上げたら早い早いとおおはしゃぎ。
涼しい風が出てきた!とエアコンに感動。
コロコロ変わる表情は小さな子供みたいで微笑ましい。
反応が面白くてエアコンの温度を変えさせてみたり音楽の選曲をさせてみたりとあーちゃんの百面相を楽しんだ。
しかし気づいたら日の出まで一時間を切っていた。
実家までのナビの予想到着時刻は一時間。
「ちょっと急ぐかぁ」
あーちゃんを楽しむのはほどほどにして、アクセルを踏み込んで高速道路を走り抜けた。
久しぶりの実家は思った以上に荒れていた。
庭は昔は見映えのよい日本庭園だったのに今は雑草が生え放題で木々も枝がまったく手入れされていない。
所々朽ちてしまっている板塀。
まだうす暗いのにどこか煤けて見える家屋。
パッと見は人が住んでないようにも見えた。
事実、親父が入院して以降は誰も住んでいなかったから当たり前か、と気づいて思わず苦笑する。
しかし遅くと言うか早くと言うか、微妙な時間に着いてしまった。
インターホンを押すのが躊躇われたが、俺は実家の鍵を持っていないのでしょうがない。
意を決して鳴らしてみたら、すぐに中でドタバタと音がして、玄関の戸が開いた。
「お久しぶりです、学おじさん」
「ああ、久しぶりだね、総君」
親父の弟の学おじさん。
十年ぶりに会ったらちょっと頭が寂しくなっていたけど、学おじさんはいつもの人懐っこい笑顔で出迎えてくれた。
「それで、親父は?」
「日付が変わってすぐに、息を引き取ったよ」
やはり、間に合わなかったか。
そんな気はしてたんだが。
ただ、間に合った所でおそらく会話もできるような状況じゃなかったからあまり変わらなかっただろうけど。
「そうですか。じゃあこの後のスケジュールを考えないといけませんね」
「そうだね。とりあえず、中で話そう。お連れさんもいるみたいだしね」
学おじさんの後に続いて十年ぶりの実家に足を踏み入れたのだった。
「へぇ~!ルーマニアの人なんだ。僕、ルーマニア人の人と初めて会うよ」
あーちゃんとはここに着く前にあれこれ話し合い、あーちゃんは俺の彼女のルーマニア人だという事にした。
何故ルーマニアかと言うと、吸血鬼の本場がルーマニアだから。
年齢も成人済みの二十歳。
大学の後輩でたまたま恩師の教授に用があってオフィスに顔を出したら知り合った。
日本語を学びに来た才女ですでに日常会話はペラペラレベル。
今回は俺を心配してついてきてくれた事にした。
記憶で読めるとは言っても一々『なうろーでぃんぐ』されるとあれなので、日本の日常生活についてもある程度レクチャーした。
「……初めまして。アリアンナと言います。この度は誠に御愁傷様でございます。心からお悔やみ申し上げます」
俺の紹介を受けて驚いていた学おじさんに正座した状態で頭を下げて挨拶をするあーちゃん。
学おじさんはさらに面食らった顔をして姿勢を正した。
「これはご丁寧なお言葉をいただき、ありがとうございます。はぁ~。アリアンナさん、めちゃくちゃ日本語がお上手ですねぇ」
「あーちゃんは留学して二年以上経つってのもありますけど、覚えが良いので発音も文法もネイティブと変わらないんですよ」
「……でも、まだ一呼吸おかないときちんと喋れません」
「いやいやそれだけペラペラなら違和感ないですよ。いやーでもまさか総君がこんな綺麗な彼女さんを連れて帰ってくるなんて思いもしなかったよ」
「本当は留守番してもらう予定だったんですが、俺の焦り具合を見てあーちゃんが心配だからってついてきてくれて」
「……総介があんな状態で車を運転したら事故を起こすって思ったからです。私が助手席にいれば無茶な運転はしないから家を出る時に無理矢理車に乗ったんです」
おお、アドリブでもすらすら言葉が出てくるなあーちゃん。
やっぱりこの子、頭良いよな。
「そうなんだ。アリアンナさん、総君を心配してくれてありがとうね」
「……いえ、彼女として当然の事をしたまでです」
「いや~しっかりしたお嬢さんだ。総君もすみにおけないなぁ」
「あーちゃんは年下ですけど俺なんかよりよっぽどしっかりしてますよ。今回も最初から最後まで付き添ってくれる事前提で来てくれたみたいなんで」
「……ただ、日本での葬儀の作法が分からず、地元から持ってきた礼服を着てきたのですが、やはりちょっとそぐわない格好だったなと反省しています」
「ちょっとサイズは違うけど母さんの喪服を着てみる?」
「……そうだね、お借りしていいのなら」
「ああ、それなんだけど総君。式はどうする?」
「直葬でいいでしょう。葬式にしたって参加する人もろくにいないでしょうし。態々お偉方の代理人に来てもらうのも気を遣うだけですしね」
「総君がそう言うならそうしようか。葬儀社は僕の知人に頼んでおくから総君はひとまず家の中の整理をお願いできるかな?相続人は君一人だからひとまず相続関係で確認しなければならないものや必要なものだけでもピックアップしないと。入院の手続きの時にその辺のものは僕の家にある程度持っていったけど、兄の事だ。どんな物があるか分かったものじゃない」
「わかりました」
「さて、それじゃあ悪いけど僕は一度家に帰るよ。また午後になったら一度連絡してからこっちに顔を出しに来るから」
「学おじさん、本当にありがとうございます。何から何までお世話になってしまって」
「総君、僕にとっても実の兄なんだからこれは当然の事だよ」
「それでも、俺は逃げ出した人間ですから」
「それを責める資格は僕にはないよ。それじゃ、二人ともまた後でね。お休みー」
「ありがとうございます。おやすみなさーい」
「……おやすみなさい」
学おじさんが家を出ていった後、とりあえず軽く仮眠を取ろうって事になったが、その前にあーちゃんの服をどうにかしなければ、となった。
「母さんの服で着れそうなものを何着か借りるとしよう」
「……サイズ、合うかな?」
「母さんも大きい方じゃなかったけど、あーちゃんはけっこう小柄だからな。でも一着も無いって事はないだろうし、ジーンズとかならガチャベルトかリングベルトをきつめにしめれば履けるだろうし」
ひとまず見てみようと母さんの部屋に入ってみる。
「完全に物置だな」
部屋の中は色んな物が雑多に積み重ねられていた。
とりあえず少し移動させてタンスの前にスペースを作る。
「やっぱり手付かずのままだったか」
親父の事だから絶対放置してあると思ったらその通りだった。
綺麗に畳まれた衣服が、当時のままに残されている。
虫食いとかもなさそうだ。
「とりあえず、いくつか出してみて気に入った物を着てみようか」
「……そうだね」
それからはあーちゃんのファッションショーみたいな感じになった。
まずは適当なジーンズにロンTのラフなスタイル。
「うん、ちょいダボ感が逆にカジュアルで可愛いよ」
「……ゆったりしててなんか新鮮な着心地だね」
長袖のワンピース。
「ちょっと肩幅が広いかな?」
「……これ以外も多分着れなさそう。残念」
タイトなスカートにブラウス。
「モデルみたいだね」
「……でもやっぱりちょっとスカートのサイズが合わないな……」
喪服。
「うーん、母さんの喪服はオーダーメイドだったか」
「……ピシッとした服装はサイズが合わないと違和感が凄いね」
結論。
今日はあーちゃんの服を買いに行く事に決定。
「街の方にイ○ンが建ったらしいから。そこなら何でもそろうから」
「……イ○ン。何だかわからないけど凄いお店なんだね」
「田舎の代名詞みたいな、どの地方にも高確率で存在するお店だね」
とりあえずお店が開く時間まで仮眠を取ることにした。
学おじさんが布団を用意してくれていたが、親父の部屋何かで寝たくはないし、俺の部屋や他の部屋はそもそも掃除がされていない。
必然的に二人とも居間に布団を敷いて寝る事になった。
畳みに布団を直に敷くスタイルにあーちゃんはちょっと驚いていたが、中に入った瞬間即寝息をたて始めた。
あーちゃんのの○太レベルの寝付きの良さに驚きつつ、俺も直ぐに睡魔に襲われた。
翌朝、と言っても十時を過ぎた遅めの時間に目が覚めた。
起きてすぐはあれ?ここどこ?ってなったが、横で寝息をたてているあーちゃんを見てそういや実家に帰ってきたんだなと思い出した。
とりあえずあーちゃんに声をかけるも、あーちゃんは起きる気配がない。
昨晩は彼女は色々激動の一日だったからしょうがないかなと思ったが、でもこの娘五百年寝たって言ってたから別に寝足りないなんてないんじゃね?と思い直した。
「あーちゃん起きてー。朝御飯にしよーぜー」
ゆっさゆっさ。
肩を揺らしてみるが起きる気配がない。
「あーちゃーん。あーさーだーよー」
ゆっさゆっさ。
すー。すー。
これだけ揺らしても規則正しい寝息。
ガバッ!
かけ布団を剥いでみる。
寝間着代わりに貸したTシャツで寝ているあーちゃん。
着やせするタイプだったんだなという小柄ながら自己主張している胸がやはり規則正しく上下していた。
「あーちゃん朝ですよー起きてくださーい」
ゆっさゆっさ。
肩をゆらすと胸もゆらゆらと揺れていた。
何かいけないことしている気分になってきた。
「むぅ……。ひとまず風呂を洗って朝飯の用意をするか」
その間に起きてくれる事を願いつつ、俺は風呂場へと向かった。
意外にもリフォームされて小綺麗になっていた風呂場に驚きながらも一般家庭の二倍くらいある広い風呂場を綺麗に掃除して、湯船に湯を張る。
台所を見てみるが、何もない。
冷静に考えれば親父が料理なんかする筈がなかった。
調味料はあるが他は缶詰めすらない。
白米はかろうじてあった。
封があいてないから食べるのには問題ないだろう。
白米があるならと色々探してみたら、永○園のお茶漬けのもとを発見。
賞味期限も大丈夫だったので朝御飯はこれに決定。
最後にいつ起動したのかわからない炊飯器を綺麗にした後スイッチオン。
ここまでやってから居間を覗いてみたら、あーちゃんが目を覚まして布団の上でボーっとしていた。
「おはよう、あーちゃん」
俺が声をかけるもボーっとしたまま身動き一つしない。
「おーい。あーちゃーん?」
目の前で手を振ってみる。
やっと俺の存在に気づいてゆっくりとこちらに振り向いた。
「おはよう」
「○✕¥£*?」
「あーちゃん、すまん。日本語で頼む」
寝ぼけまなこのあーちゃんは謎言語で何かを言っているのだが、さっぱりわかりません。
「……日本語。日本。ここは日本であなたは総介、私はあーちゃん」
「そうそう。俺は総介で君はあーちゃんことアリアンナ」
徐々に意識が覚醒し始めたあーちゃん。
うん、昨晩出会った時から思ってたけど、この娘はきっと寝起きが悪いタイプだ。
「……おはよう、総介」
「おはようあーちゃん。お風呂が湧いたから先ずはお風呂入ろうか」
「……お風呂?」
起きたとはいえ未だふらふらしているあーちゃんを引っ張って風呂場へと案内する。
「ここがこの家のお風呂。ちょっと広いんだ」
「……お湯が入ってる」
「あーちゃんの地元にはお風呂あった?」
「……えーっと基本水で拭く感じ。冬は寒いからお湯で拭くよ。あと領主様のお屋敷には湯気でいっぱいのお風呂があったよ」
あーちゃんの故郷の村は五百年前だとあまりお風呂文化が発達していない地域だったみたいだ。
領主様はサウナ風呂完備だったらしい。
北欧のイメージがあるサウナ風呂だけど、山脈にほど近い場所なら冬場は寒そうだしな。
とりあえず日本式お風呂の入り方をレクチャーする。
一緒に入ればいいのにというあーちゃんに、家族でもこの年齢では一緒に入らないよと言ってボディソープやらシャンプーやらの使い方を教えるのだった。
この時気づいたが、この家はリンスがない。
折角綺麗な髪をしているあーちゃんのためにも女性用のリンスも買わないとな。
とにかくあーちゃんがお風呂に入ってる間にあーちゃんの服をあれこれ用意。
昨日のジーンズとロンTに靴下。
日差し対策に薄手の手袋と日傘とUVカットサングラス、スカーフに麦わら帽子も用意。
日焼け止めはなかったのでこちらも忘れずに購入しないとな。
「……総介~助けて~」
お風呂場から弱々しい声でSOSが聞こえてきた。
「あーちゃん、どうしたー?」
「……シャンプー、目に染みる~」
「……目を閉じるんだ」
「……閉じると洗えないよ~」
「一度、シャワーで洗い流しなさい」
「……シャワー、シャワー」
ジャージャー。
「……洗い流したよ」
「あーちゃんは髪が長いから先ずは先端から徐々に洗っていきなさい」
「……先端から徐々に」
「で、耳の高さくらいまで洗ったら目を閉じてその上まで洗いなさい」
「……耳の高さまで」
「全部洗い終えたらシャワーで流しなさい」
「……シャワー、シャワー」
ジャージャー。
「身体もきちんと洗った?」
「……洗ったよ」
「じゃあ後は好きな時間湯船に浸かって、出たらバスタオル、大きなタオルの事ね。これで身体と髪を拭いたら服を着て出てきなさい」
「……はーい」
後でドライヤーの使い方も教えてあげないとなぁ。
ちなみにあーちゃんはちょっとのぼせた状態で出てきたのだった。