吸血鬼、思ってたのと何か違う
ヴァンパイア。
それは世界でもっとも有名な怪物。
曰く、彼らは人の血を欲する不死者にして夜を統べる者。
空を自在に飛び。
様々な動物に変身し。
身体を霧に変えることができ。
人を大きく上回る力を持ち。
鋭いキバをはやし。
鏡に映らず。
心臓に杭を打たないと殺せない。
ただ招かれないと家の中に入れないし日の光を浴びると灰になるし何故かニンニク苦手だし川を越えられないらしい。
「つまりあれか、吸血鬼ってのは実際には霧にもコウモリにもネズミにも変化できないし他人の血を吸って下僕や家来を増やすこともできないし別に十字架なんか苦手なわけでもないし日光に当たると灰になるわけでもない単に血を舐めれば相手を丸裸にできるびっくり体質人間ってとこ?」
あーちゃんから吸血鬼の説明を受けた俺は若干残念な気持ちになっていた。
吸血鬼って、ゲームやアニメとかでもかなり強い部類に入る上級魔族的な立ち位置だったのに。
「………びっくり体質の一言で済ませられるとちょっとひっかかるけど、大体そんな感じ」
あーちゃんは大分会話に慣れてきたのか返答までの時間がちょっと早くなってきた。
「そうか。思ったより残念な人達なんだな、吸血鬼」
「………そこまでがっかりされるほど残念じゃない。それに血を吸った相手を家来にした人もいるから全部が全部間違ってるわけじゃない、はず」
「いやそりゃ相手の記憶を盗み見れば脅迫し放題だろうけど」
「………脅迫って。もちろんそういった事をした人達はいたけど、生まれついた才能と言うか……強弱みたいなものもあるから血をなめても過去の記憶を全部きれいに見ることのできる人はそう多くなかったよ。だから、力の弱い人たちは占い師とか失せモノ探しとかになってた」
「失せ物はわかるとして占いってなんだ?」
血液型占いの古典版なんだろうか。
血をなめると血液型がわかるとか?
「………占いは、占って欲しい人の血をなめて、その人の過去の記憶から行動パターンを知って、占ってほしい内容と照らし合わせた上で先のことを示唆する感じ、かも」
ハイグレード版血液型占いだった。
むしろ吸血占い?
「力が弱いから占いっていったけど、過去が見られないとできないのでは?」
「………血をなめた人の一人分の記憶なら力の弱い人でも全部ではないにしろ数日から数週間分は見られるよ。で、その人の人となりであれやこれや判断して答えをだす、感じ、かも」
「……コールドリーディングとホットリーディングを足して上位変換したみたいなチートスキルだな。いや血が必要だからチートは言い過ぎなのか?」
しかし、占いとはいえ目の前でお前の血をよこせなんて言われたら引くんじゃねーか?
そんな俺の疑問にその通りだとあーちゃんは頷いた。
「………でも血を舐める量で記憶を見る量が変わるわけじゃないから一滴でもあれば十分。例えば私が会ったことのある占い師の人は器に入った水に一滴血を垂らせとかなんとか言って、その水で魔法陣ぽいものを書いてみたりだとか、ろうそくにむかって水しぶきをかけるだとかして何かしらのフェイク動作をした後に考えるふりをしてその水を舐めることによって記憶を見るんだって言ってた」
こんなふうに、と言いながら口を軽く覆うように手のひらを顔に当てて、むむむッて感じの表情をするあーちゃん。
なんか可愛い。
「水で薄まっても大丈夫なんだ」
「………時間をおくと全部水にとけちゃうけどすぐにやれば大丈夫だって言ってた」
なんか、無駄に手間な気もしないでもないが、いきなり直で血をなめるよりかはいい、のか?
「しかし、やりかたはどうあれかなり当たる確率の高そうな占いだよな」
現代のどの占いよりあたる確率が高そうだ。
下手すりゃ八割とかいくんじゃないか?
「………実際、凄い的中率で毎日行列ができるくらい人気のお店だって聞いたよ」
「血を飲まないと生きていけないってわけではないんだよな?」
「………記憶が見える以外は私達は普通の人間。むしろ美味しくないから飲みたくない」
「八重歯みたいだけど、吸血鬼にお馴染みの血を吸う長い牙はないみたいだしなぁ」
「………私の住んでた村は、みんなこんな歯だったよ。そもそも、そんな血を吸えるくらい長くて尖った牙がはえてたら自分の口の中を刺しちゃいそう」
「魔術的な力で伸び縮み可能とか」
何か映画でそんなシーンを見たおぼえがある。
「………魔術や魔法はおとぎ話だよ総介」
「おとぎ話の存在に言われてもなぁ」
記憶が見えるのも体質であって魔術ではないらしい。
ファンタジー風に言えば固有スキル?
「しかし、白人だから肌が白いのは当たり前なんだろうけどそれにしても色白だよな」
シミひとつない綺麗な、雪のような肌ってやつだ。
美肌CMとかに出てきそう。
「………八重歯と一緒でお肌が弱くて強い日差しが苦手な人が多かった。私もそうだけど。アルビノ?って体質、かも」
「あー、なるほどアルビノかぁ」
アルビノは、極端に肌や髪が白くて、目も赤かったりするんだっけ。
あーちゃんは青っぽい薄い紫色だけど人によって違うのかな?
疑問に思ってそのまま質問してみると、赤い目をした人なんかもいたらしい。
赤い目も吸血鬼のイメージにあるな。
そういえばアルビノ体質の人は何万人に1人って割合だってなんかのテレビ番組で言ってたのを思い出したけど村人ほとんどがアルビノってすげー確率だな。
しかし、吸血鬼が日光に弱いってのは単にお肌が弱い体質だからってだけなら、現代に伝わってる浴びると灰になるとかどんだけ過剰な話になってんだよ。
「………お肌が弱いから皆日が沈むくらいから起き出して、夜の内に仕事をして、朝日が昇るくらいにベッドに入るって感じだった」
「なるほど、夜行性だったのか」
「……………夜行性。まあ、そうなんだけど。でも昼間も一応起きて働いている時期もあったよ。村の場所は小さな山間部で普段から山の影に隠れがちだっけど、陽の短くて曇りや雪の日が多い冬になるとさらに陽の指さない日が続くから冬前後はわりと昼間に活動していたよ」
何故かそこまで夜行性でもないとばかりに反論するあーちゃん。
別に俺は夜行性に否定的なわけでもないんだけどな。
そもそも俺自身仕事で泊まりがあったりして昼夜逆転している時も多いし。
「夜行性については正直どっちでもいいんだけどさ、つまりあーちゃんはこのままいくと陽の光を浴びてお肌が酷い日焼けになってしまうって事だよな」
「………うん」
「行く当てもないと」
「………うん」
あーちゃんは捨てられた子犬みたいな瞳でこちらを見ている。
正直、この子が言っている事がどこまで本当でどこまで嘘かは分からない。
話の内容でなく話している表情や声色は嘘を言っているようにも思えない。
いや、自分に正直になろう。
俺はこの外人娘に興味を持った。
「じゃあさ、ひとまず俺と来る?」
「……………いいの?」
またもやツチノコ見たような顔で俺を見るあーちゃん。
「………総介、私の話をあまり信じてないでしょ?私は怪しい奴だって自分でも思うよ?」
本当に本当にいいの?そんな感情だだ漏れのあーちゃん。
「正直に言えば確かにあーちゃんの話を全部信じることは出来ないけど、あーちゃんは俺を騙そうとしていない事も、本当に行く当てがないのも分かるよ。ぶっちゃけ君に興味が湧いたってのが一番の理由かな」
「………興味?」
「そ。だって俺が誰にも話していない秘密を知っていたり、怪我を不思議な力で癒してくれたり、声に出さないで直接頭の中に話しかけたりと色々説明できない事が多いからさ」
「………それは」
「ストップ。その答えはまた後からじっくり聞くとして、あーちゃんこそ俺を信用出来るの?別にさっきのお巡りさんみたいな国に所属している人達に保護してもらうって手もあるんだよ?」
「………多分、さっきのお巡りさんみたいな立場の人は、私の話を全部作り話だって決めつけて相手にしてくれない気がする」
「それは、まぁ、そうかな?」
変な外人娘が『私吸血鬼なんです~あなたの恥ずかしい過去も丸裸よ!』なんて言い出したらはいはいアキバにでも行ってねって追い返すよなぁ。
「………それに、総介は信用出来ると思う。記憶を勝手に見ちゃったけど、総介は良い人だと思う」
「あー、そうか。俺の人生丸裸状態だから俺の普段の行いも丸分かりなんだった。まあいいや、普段の行いを評価されたと思おう」
「………あらためて、ごめんなさい。勝手に記憶を見ちゃって」
あーちゃんは頭を下げて謝罪した。
真面目な子だなぁ。
「必要だったんでしょ?」
「………うん。私、今日本語をしゃべっているけどこれも総介の血をなめたからしゃべれるようになったの」
そこは俺も気になっていた。
本当に五百年眠っていたとしたらいつ日本語覚えたんだよって。
「………吸血鬼は血をなめると記憶が読めると言ったけど、実は私は読めるだけじゃなくて……えっと、どう表現すればいいのかな、取り込める?体験した記憶を取り込めるって体質」
「あー、パソコンやスマホに新しいソフトやアプリをインストールするみたいな感じ?」
「………よくわからないけどそうなのかな?」
「よくわからない?俺の記憶にパソコンやスマホをいじるシーンあったっしょ?」
「………実は記憶を読むことは出来るけど、その読み込んだ記憶をスミからスミまで全部読もうと思うと時間が凄くかかるの」
あー、そらそうか。
二十八年と数ヶ月の記憶を全部読もうなんて思ったらそら時間かかるよな。
「………しかも私は五百年ぶりに起きたから五百年分の空白を読もうとしたら余計に時間がかかっちゃう」
五百年前と今じゃまったく違う世界だからなぁ。
スマホどころか電気がないところからやってきたわけだし。
「………だからとりあえず日本語の記憶と総介の記憶を選んで読んだだけだから、スマホが総介の持ち物とは分かるしスマホででんわ?をしたりちゃっと?したりゲームをしたり出来る事も知ってるけどでんわやちゃっとが何なのかはわからない。だからといってスマホが何かを読み取るとスマホの歴史まで読み取らなきゃいけなくなって一々動けなくなっちゃう」
「あ、血をなめた直後のあの怪しい表情しながら固まった後にフォーンとか言ってたのはそのせいなのか」
なうろーでぃんぐ中だったんですね。
友人の家で見た初代プ○ステみたいな感じになってたんだな。
「………怪しい表情だった?」
「かなり。なんか薬物でもやったかのような顔だった」
「………そう、なんだ。今まで言われたことなかったからちょっとショック」
あーちゃんはガーンという擬音を背中に背負ったような表情で凹んでいた。
「いや、今回は読み込む時間が長かったからじゃない?」
たまたまじゃない?って俺のフォローにあーちゃんは遠い目をしながら苦笑いをした。
「………昔、別の国の人の記憶を読み込んだ時はそれなりに細かく読み込んだから二、三時間は同じ表情していたと思う」
何かその後に周囲の人が凄く気を遣ってくれたのはそのせいだったのかなとあーちゃんはさらに凹でしまった。
何かごめんよ。
「あー、とりあえずさ、あーちゃんが血をなめることによって色々出来るってことは分かったけど、五百年寝たってのもその能力のおかげ?」
「………うん。記憶の中に仮死状態で生き延びる方法があったから使ってみたの。でも成功するかは分からなかったし五百年ももつなんて思ってもみなかったよ」
「でもさ、服は五百年もたないよね?今着ている服はどうしたの?」
「………言われてみるとそうだった。私こんな服持ってなかったし、何かブラジャーも凄いしっかりしたものみたいだし、パンツもなんか小さくて凄くフィットしてる」
自分の服装を上から下から眺めながら、知らない人が聞いていたらセクハラ案件になりかねない発言をするあーちゃん。
他に人がいなくてよかったよ。
「多分ヨーロッパ人なあーちゃんが日本に居る時点で誰かがあーちゃんを何らかの目的で運んできたってことだろーね。その時に着替えさせられたと」
「………とりあえず、この服可愛いけど動きづらい」
「真っ裸で放り出されなかっただけよしとしようよ」
「………確かに。その可能性もゼロじゃなかった」
「えーと、とりあえずあーちゃんはお肌の事もあるし日が昇る前に早く建物の中に避難しよう」
夏は日が昇るのが早いから余計にね、というとあーちゃんはコクコク頷いた。
「あーちゃん裸足だから今何か履くものをもってくるよ」
俺は車に積みっぱなしだったサンダルをあーちゃんに貸し出して、二人で車に乗り込んだ。
あーちゃんはこれが車かぁと驚きながら助手席に座った。
シートベルトの付け方をレクチャーし、ちょっと緊張気味なあーちゃんに大丈夫だよと笑いかける。
助手席に吸血鬼を乗せて高速道路を走るのは人生初だなと思いながらエンジンをかけたのだった。