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愛しています、死んでください。  作者: 賀田 希道
停滞トランジット
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魔術師についてアルバは語る

 「まず魔術師っていうのは単純に言えばここに位置している人間だな」


 アルバが示したのは同サイズの正円が重なり合った場所にできた空間だ。集合図ならば共通部分と呼ばれている空間だ。斜線でその空間を塗りつぶし、アルバは正円をそれぞれA、Bで分けた。


 「魔術師っていうのはその名前が示す通りに魔術を使う人間の総称だ。そんで魔術っていうのは、まぁこういう力だよ」


 説明が面倒くさかったのか、アルバは手のひらに紫色の炎を出してみせた。手品などではないことは明白で、素肌の上で揺らぐ炎はほのかな暖かさすら感じられた。不思議そうにヘルガは炎を凝視する。目の奥が熱くなる感覚すら覚える摩訶不思議な炎だった。


 話を進めよう、とアルバはその炎を握り潰す。その際に彼の握った拳から黒い煙が上ったが、なぜか手のひらには火傷の跡すらなかった。


 「エーテルとかマナとか聞いたことないか?魔術師は瘴素って呼んでんだが、そいつを使ってオレらは魔術を使ってんだ。一応魔術師はこいつを感じることができるんだが、お前みてぇーなパンピーは無理だなぁ。だから魔術っていうのはなんかすごい技術だって思った方が楽だぜ、理解するの」


 小馬鹿にしたような調子でアルバは話を続けた。


 「話はこの図に戻るんだが、魔術師ってのはこの図の塗りつぶした部分にいる人種だ。ちなみに大部分の人間はAの方な。で、レアリティとかはBの方、人外って呼ばれてるグループだ。これについちゃまたいつか話すとしてだ、魔術師の話に戻るぞ。オレはさっき超常現象の専門家って言ったよな。そいつはオレを含めごく一部の魔術師だけだ。大部分はロクでもねー奴ばっかだよ。ちょうどこの街を霧の中に包んだ奴みたいにな」


 やっぱり、とヘルガは深刻気な表情でアルバの言葉を飲み込んだ。これだけ魔術師だ、魔術だ、と言われ今のデイルアート市の状況と無関係であるはずがなかった。アルバの言い分をすべて信じたわけではないが、少なくとも魔術が関係していることは察せられた。


 「僕にもその、魔術ってのは使えるの?」


 「無理だな。一応魔術師になる手法だけ教えとくと、まず地獄から帰ってくる必要があるんだ。それも臨死体験とかじゃなく、ちゃんとした生者として地獄を巡っていく。ここでいう地獄っていうのはダンテの『神曲』って本を思い浮かべてくれていいぜ。まぁクソガキは知らねーだろうけどな。


 とにかくその地獄をどんどん降っていって魔術師は地獄ひいては人外の技術との親和性を高めていくんだ。より深く降るほど魔術の高みに登れるだけの力を得ることができるからな。だがより深く降りるほど地獄の怨嗟と憎悪で精神は削れていくし、精神が弱い奴は初めの方の第三の圏谷(たに)で精神崩壊する。


 自分が限界を感じたら戻ればいいとか思ったら大間違い。極東の童謡にもあるだろ?『行きは良い良い、帰りは怖い』ってな。地獄から出ようとすれば同時に降る時以上の怨嗟と憎悪が押し寄せてくる。そんな危険な旅路に出れるか?」


 いちいちこちらを小馬鹿にしてくるアルバの口調には憤りを感じるが、彼の言っていることにヘルガは反論できなかった。そもそもダンテの「神曲」をヘルガは知らなかったが、眼前で傲岸不遜にふるまっている老人が何度も行くな、やめとけ、というくらいにはおぞましい場所なのだろうことは想像できた。


 生きて戻れる保証もないのに行くなんて考えられず、実行する以前の問題だった。そう思った矢先、ふとヘルガの脳裏に疑問が生じた。


 「なぁアルバ。どうしてそんな危険な目に遭うってわかってるのに魔術師は地獄へ向かうんだ?」


 「家とかの事情だな。あと外部の瘴素を操れるようになるためだな」


 「外部の瘴素?」


 「ああ。魔術師だけじゃなくて人間ってのは生まれながらに体の中に少量だが瘴素が生成されているんだ。けどそれじゃ魔術の研究のためには全然足りねー。そんな中現れたのがダンテ・アリギエーリっていう魔術師だ。そいつが広めたお手軽な大気中の瘴素を使用方法がさっきオレが言った地獄に行くってやり方だ。


 そんでもって魔術師の目的ってのは……いや、こっから先は別に話さなくてもいいだろ。とにかく自分のための研究をするために魔術師は地獄に潜る。そういう理解でいいんじゃねーの?」


 納得のいかない話だったが、これ以上突っ込んでも自分の脳みそが混乱しそうだったのでヘルガは身を引いた。代わりに彼は別の質問を口にした。


 「じゃぁさっきアルバが言ってた死体っていうのは?僕はこの街に長く住んでるけど死体なんて見たことないよ?」

 「ああ、そりゃ簡単だ。これのことだな」


 言うが早いかアルバは木床を蹴り付けた。直後勢いよく棺桶が木床はおろか長机を突き破って出現し、その蓋がべタンという音と共に前のめりに倒れた。露わになったのは身体中に縫合痕が走った男性の遺体、色素はほとんどなく漂う異臭からは彼が完全に死んでいることがわかる。いままでこんなものが眠っている真上で紅茶を飲んでいたのかと考えると喉奥から込み上げてくるものがあった。


 「オレが回収してる死体の中じゃ一番マシな部類だ。じゃ、動かしてみるか」

 「ちょっとアル」


 レアリティが止めようと立ち上がるよりも早く、棺の中の遺体が突然歯を剥き出しにし、ヘルガに襲いかかった。

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