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愛しています、死んでください。  作者: 賀田 希道
停滞トランジット
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デイルアート市の真実Ⅱ

「燃えとけ」——アルバ・カスター《魔術師》

 「とりあえず話を聞こうじゃねぇか。そこ座れや」


 ヘルガの嫌悪の目など痒くもないとばかりに神父服の男は玄関から入ってすぐのところに置かれた長机を指さした。キッチンを兼ねているのか、奥には古い薪ストーブが置かれてる。金網の上に置かれたケトルの注ぎ口からかすかに白煙が上っているところを見るに紅茶かなにかを飲もうとしたのだろう。その証拠に木机の上にティーセットが一式置かれていた。


 紫色の炎が燃えるストーブは気味が悪いなと思いながらヘルガが示された椅子に座る。彼が席に座ってすぐ、目の前に空のティーカップが置かれた。レアリティも同様だ。二人の前にティーカップを置き終わると神父服の男はケトルに向き直り湯加減を確かめ始めた。


 「それで僕はいつになったらこの街の真実って奴を教えてもらえるの?」

 「なんだ。そんなことも聞いてねーのか。よくもまぁそれでオレの隠れ家に来る気になったな」


 レアリティへ話しかけたはずなのに反応したのが白髪の老人でヘルガは少し不快感を示す。表情を曇らせる彼の反応が面白かったのか、老人は肩を軽く震わせ三人分のティーカップにお湯を入れ、次いでティーポットに茶葉とお湯を入れた。


 「そうだな。どこから話すべきか。まずは自己紹介でもするか?オレはアルバ・カスター。魔術師だ。で、お前さんは?」


 「僕はヘルガ・ブッフォ。今年で15になるただの学生だよ」


 「ただの学生がそこのレアリティを御使いに行く感覚で殺せるわけねーだろ。ま、お前の正体はおいおい詰めていくとしてだ。やっぱ最初に聞きたいのはあれじゃねーか?デイルアート市がなんで止まっているのかってそこの女が言ったことについてだろ?」


 アルバの問いにヘルガはわずかに逡巡した後、うなずいた。実を言えばアルバが名乗った魔術師という言葉も気になったが、今は話の腰を折るべきではないと考えあえてスルーした。


 「それじゃぁ端的に話してやろう。まず、五年前の7月25日、つまりお前が入学仕立てで最初の夏休みを謳歌してた夏のことだ。その年にデイルアート市を中心とした半径15キロを濃霧が覆った。それが全然晴れねーし、霧の中に入った奴が戻らねーってことで、政府は調査と救出の名目で警察やら軍隊やらを派遣したが、ミイラ取りがミイラになっちまったってわけだ。


 幸いというべきか。霧は広がることはなく、ずーっとデイルアート市周辺に止まってやがる。自分らまでおかしな霧に取り込まれることはないってわかると政府のやつらは原因不明の気象現象ってことにしやがった。事件解決をオレやレアリティみたいな専門家に丸投げにしてな。そんでオレやレアリティがこの街に入ったのが半年前だ。オレらよりも前に何人か入ったみたいだがことごとく帰ってこなかった。当然だがオレらも街から出られねぇ。


 ——ここまででなんか聞きたいことあるか?」


 一旦話を区切り、ティーカップからお湯を捨てながらアルバはヘルガに話しかける。だが当のヘルガは聞きたいことが多すぎて混乱しきっており、とても質問の優先順位が付けられなかった。今まで止まっていた脳細胞が活性化するほど脳が赤熱し、軽い脳震盪を覚えるほどだ。


 「えっとその、専門家っていうのは?」


 かろうじてヘルガが絞り出したのは専門家についての質問だった。先にレアリティが死神と名乗ったことやアルバが魔術師と名乗ったことも踏まえ、ただテレビなどに登場する専門家ではないことはわかりきっていた。


 「超常現象に関する専門家ってことだな。さっきも言っただろ。オレは魔術師だって。スルーされたけどな」

 「レアリティは自分のことを死神って言ってた。それでアルバは魔術師だって?僕はいつの間にかファンタジーの世界にでも来たのかな?」


 霧で街が覆われたなんて話もファンタジー気質がひどい。そんな馬鹿げたことが現実(ノンフィクション)の世界で起きてたまるものか。レアリティの存在を現実のものとして受け止め、彼女に恋慕しながらもヘルガは魔術師だとか霧の街だとかの要素を全力で否定しにかかっていた。


 自分でも大いなる自己矛盾であることは感じている。だがそうでもしなければ事態を理解できない程度には混乱しきっていた。挙句にデイルアート市は停止している、と言われて脳みそがクエスチョンマークのバーゲンセールを始めていた。


 「理解できないのはわからんでもないけど、とりあえず話を先に進めようぜ。その先にお前の知りたい真実があるかもしれねぇぞ」


 ティーポットから紅茶を注ぎ、アルバは冷静にヘルガをなだめる。出会った頃の嫌悪感に満ちた目はもうしておらず、今は哀れな子羊を見る聖職者の目でヘルガを見ていた。


 「霧の中に入って地道に調査を続けてまずわかったことはこの街の大部分の人間が死体だったってことだ。お前にもわかる言い方をすればゾンビだな。それが人間みたいに笑ってんだから吐き気を催す光景だったぜ」


 「ちょっと待って。死体?死体ってどういうこと?」


 「落ち着け。あとでちゃーんと説明してやるから。とにかく今は黙って聞いてろ。どーせ色々聞きてぇこたぁあんだろうがそれはひとまず置いておけ」


 勢いに任せてヘルガは身を乗り出すが、アルバはそれを厳しい口調で制した。興奮のあまり席を立ったヘルガを座らせ、彼は話を続けた。


 「そのゾンビの何体かをこっちで回収して、調べた結果わかったのが一年おきで同じ行動パターンを繰り返していたっていう点だ。オレは死霊術(ネクロマンシー)は専門じゃなかったが、それでも直近五年間は同じ行動パターンを繰り返しただろうことは理解できた。しかもご丁寧に1日1日の細かな行動が決められてな。


 正直なんでそんなことをしてたのかはわからねぇ。加えて例の夜空だ。三ヶ月間観察し続けたがまったく変化しない。死者はともかく生者が疑問に思わねぇはずがない。てっきり生者なんざもういないと思ってたが今日レアリティがお前を見つけてきやがった。しかも今日まで全く日常に違和感を抱いてないときやがる。なんでなんだろうな?」


 そう言ってアルバは大きく乗り出し、ヘルガの眼球を覗き込んだ。彼の息遣いで目が熱くなるほど近づかれ、ヘルガは嫌悪感から席を立った。アルバはそんなヘルガの反応が面白かったのか、鼻で笑った。


 「まぁ、それはおいおい考えるとしてだ。ヘルガって言ったか?オレに何か聞きたいことはあるか?」

 「まず魔術師って奴について教えてくれ」


 したり顔でアルバはニヤリと笑い、どこからかどこにでもありそうなA4紙を取り出した。真っ白な用紙の上に長方形と一部が重なり合った同サイズの正円を描き連ねる。それは見るものによっては集合図にも見え、見るものによっては機何学模様にも見えた。

次話投稿は7月9日21時を予定しています。

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