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愛しています、死んでください。  作者: 賀田 希道
停滞トランジット
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告白

 彼女の言葉にヘルガは目を丸くした。幽霊と言われた方がまだ理解できたが、真顔で「自分は死神だ」と言われては真顔になるしかない。1足す1は2ではなく、10ですと算数の教師が言った冗談を思い返すくらいには内容が衝撃的にすぎた。


 鼻で笑い飛ばすには突飛に過ぎ、真剣な眼差しをするには内容が壮大すぎる。そもそも死神はおろか神様の存在だって疑って久しい世代の人間であるヘルガにとって、神とは宗教家が信者から金を集めるための客寄せパンダくらいのイメージしかない。そんな認識で「私は死神です」と言われても悪質なカルト教の御本尊か何かにヘルガが思い始めるのは自明の理だった。


 「その顔を見る限り信じてないっぽいわね。ちょっとショックだなぁ」

 「唐突に自分は神様です、とか言われて信用しないだろ」

 「まぁ否定はしないけど。でも普通の人間ではないことはもうわかっているでしょ?」


 確かに、とヘルガはクシャクシャに折れ曲がったナイフを見て唾を飲んだ。どれだけマッチョな人間だろうとナイフで刺されれば体は傷つくし、血は出る。ナイフが逆にスクラップになることなどない。ましてバラバラになったはずの人間が五体満足のまま市中を歩いていることなどありえない。


 赤髪の女がまともな人間ではないことは十分に理解した。彼女が異常な存在であり、人智を超えた存在であることも。しかしだからと言って死神を公言するのはカルト的すぎやしないだろうか。疑念の目をなおも向けるヘルガに赤髪の女はふくれっ面のまま文句を垂れた。


 「だって実際死神、死神言われてきたんだもの。信じる信じないは君の勝手だけど」


 突き放した言い方をする赤髪の女はそう言って一歩ヘルガに近づいた。


 「そして死神の私が近づいているのにどうして君は笑っているのかな?」


 「そりゃ僕が君に恋をしているかさ」


 真顔で告白するヘルガに赤髪の女は目を細めてみせた。僅かな機微にすらヘルガの心臓は高鳴り、彼の体は熱くなる。所作すべてがあざとく、男の琴線に触れてくる。まさに運命の女(ファムファタール)だ。


 「髪の毛の一筋、血の一滴、涙の一雫、爪の一垢、体毛の一本、言葉の一声、羊水の一滴すべてが僕は好きだ。すべてがすべて僕の琴線に触れてくる。心臓は高鳴り、血圧は上昇しっぱなしだ。感情的に、性癖的に、肉体的に、相性的に、その他すべてにおいて僕は君を愛せると断言しよう。だからここで僕が君の怪力で押しつぶされたとて恨むことなどありはしない。君の僕に対する行動すべてを僕は肯定する。気持ち悪いと思ったら切り捨てればいい。


 すべての道がローマに通じるようにすべての僕に対する君の行動を僕は恋愛表現に置換する。なぜならそれこそが他人を愛するという行為なんだ。相手の行動全てを肯定した上ではじめて恋愛はスタートラインに立ったと言える。僕は今、恋愛をしているんだ。ただ見ているだけじゃない。手と手を取り合えるほどの距離に僕と君はいるんだから」


 有無を言わさず、ヘルガは赤髪の女の手に触れた。とても滑らかで一流の名工の陶器のような極上の肌触りに一瞬気絶するかとさえ思った。おかげで彼は正気を取り戻した。勢いに押される形で握ってしまったが、それからどうするのかヘルガの脳内辞書には書かれていなかった。それどころか気の向くままとても気持ち悪いことを言った気さえする。


 恋愛感情を覚えていることは事実だ。だがそれは決して下心とかからではなく、もっと高潔な理由からだったはずだ。容姿はもちろんだが、もっと内面的な。いや待てよ、とヘルガは自分がおかしなことを言っていることに気がついた。


 そもそも内面などヘルガは知らない。普段今手を握っている彼女がどういう生活を送り、どういう物を食べ、どういう人間と付き合っているのか、ヘルガはまったく知らない。


 「そりゃ一方的な感情の押し付けになるか」


 「何を言っているの?というかよくもまぁ私に告白するなんてするね君。大抵の人間は私を見たら尻尾巻いて逃げ出すか発狂して斧を振り回すんだけど」


 「それはきっと君の魅力がわからないからだよ」

 「あら、お上手。貴族っぽい学校に通ってるとそういうことも言えるようになるのね」


 軽くあしらわれたが、ヘルガは気にせず彼女から手を離した。そもそもあんな気持ち悪い告白を受けて「はい」と言われたら多分一生後悔する。子供が両親の馴れ初めを聞いて食卓が気まずくなる理由が初めて理解できた気がした。


 「とりあえず君の告白はそのままにしておくとしてさ。外に出ない?もう真っ暗よ」


 ヘルガに背を向け、赤髪の女は部屋を出る。彼がその後に続き、外へ出るといつの間にか空は真っ暗になっていた。街灯の明かりが乏しいおかげで星空がはっきりと見える。9月の空だからこそ見れるアンドロメダやおひつじ座が無数の星々の中で規則正しく輝いている。まさに夜のロマンだ。


 「いや、あれ?」


 しばらく立ち止まって星を眺めていたヘルガはふと首を傾げた。何度かその場で星空を見上げながら回転し、やはり首を傾げた。


 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 「そりゃこのデイルアート市は停止しているからよ。五年前の7月25日の夜からずっと、ね」


 ヘルガの疑問に間髪入れずに赤髪の女は答えた。ゆっくりと視線を赤髪の女に向けると、彼女は手間が省けたとばかりに余裕のある表情でヘルガに歩み寄ってきた。


 「そう、停止しているの。何から何までが。人の流れも季節の流れも時間の流れも。一年の間、ずっと同じ時間が流れ続けている。五年分の月日はすべて同じ一年の積み重ねでしかないのよ」

次回投稿は7月6日です。

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