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愛しています、死んでください。  作者: 賀田 希道
停滞トランジット
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終わる世界

 「おら、クソガキ。とっとと起きろ」


 毛根のてっぺん部分を蹴られ、ヘルガは目を覚ました。起きた時の酸素の欠乏から異様に頭が重いにも関わらず、驚くほど勢いよく体は飛び上がり、パキリと骨が嫌な音を鳴らした。起き上がると額の部分に錘がいわいつけられたようで、非常に気持ち悪かった。


 「おいこら。なに惚けてんだ。さっさと起きやがれ」


 痛む毛根の付近を抑えつつヘルガが視線を上げると白髪の大男が彼を見下ろしていた。ところどころに包帯を巻き、寄木で固定しているなんとも痛々しい姿の老人だ。アルバ・カスターであるとヘルガが気付くまで数秒を要するくらいには傷だらけだった。


 ひどい傷だな、とヘルガが返すとアルバは恨みつらみを愚痴る若手サラリーマンのような様相でボソボソと話し始めた。聞いてみれば大した話だ。ヘルガが気絶し、再びへクスの虜囚になったところを颯爽と現れ獅子奮迅の活躍で彼を奪還した、という英雄譚だ。


 へクスの猛攻を受け満身創痍なのか、と思いきや実は昨日の戦いでの傷だと聞かされ、ヘルガはマックスのことを思い出した。おそらくは金輪際出会うことはないだろう親友だった少年を一瞬だけ脳裏に描き、彼はマックスのことをアルバに聞いた。


 知らない、とアルバは答えた。彼が目覚めた時、マックスはおろかヘルガもレアリティも周りにはいなかったと真顔で語った。その言葉はおそらく真実なのだろう。なにせヘルガの目の前にレアリティの耳をへクスは投げ捨てたのだ。少なくともへクスがレアリティを確保していると考えていい。アルバを拘束しなかった理由はわからないが、自分の部下にやられるくらいなら放っておいても構わない、とでも思ったのだろう。事実アルバは体の骨が節々まで折られ、今この場に立っていることさえ不思議なほどなのだから。


 「オレのことはどうだっていいんだよ。どのみち戦闘は別のやつにやってもらう手筈になってるからなぁ」

 「僕のこと?」

 「ちげーよハゲ。戦闘ならこいつに任せとけっていう有能だ」


 そう言ってアルバは扉へ歩を進めた。満身創痍のアルバに気を取られて全く気づかなかったが、今ヘルガ達は薄暗い物置小屋のような部屋にいた。机が所狭しと重ねられ、学校の使われていない部屋を連想させる。いや、と壁や木床の色合いを確かめ、ヘルガはここが本当に学校、すなわちアテルラナ学園であることを確認した。


 どうして自分が学校になんて野暮は聞かない。アルバはマックスを倒したと言った。ならば残る起点はあと一つ、つまり校舎から離れた教会に限られる。あの天使ともう一度対峙するのか、と憂鬱になる一方、ヘルガはふとした疑問をアルバに投げかけた。


 「なぁアルバ。僕が教会で天使と戦った時に相手の異能が見えなかったって話したっけ?」

 「してたなぁ。だがオレにはからくりはわからねぇぞ。なんせ実物を拝んじゃいねぇ」


 「その時と同じでへクスの魔術を僕は視れなかったんだ」

 「へぇ。そいつぁ面白い。あらゆる能力殺しの原典とも呼ぶべき『異能殺し(カルネアデス)』が視れない魔術なんざ興味惹かれるじゃねぇか」


 アルバは面白そうに肩を揺らした。肩を揺らす都度かすかにうめくが、それでも楽しそうで何よりだ。危ない老人、いや事実危ない老人であるアルバを心配そうな目で見ながらヘルガは彼の後を追った。


 「——遅か……った……な」


 しばらく歩き、別の教室へ入った時、ただたどしい声がヘルガの耳に届いた。声のした方へ目を向けると、そこには唇のない男が座っていた。椅子にではなく二段にも重ねた机の上に長身の男が座っていた。普通にそんなことをしたら頭が天井に当たってしまうので、ご丁寧に天井をまるまる削り、最上階まで吹き抜けを作っている有り様だ。


 唇のない男、ハガシネオンを視たと同時にヘルガの眼球が白熱する。黒インクをポタポタと垂らしていくかのように塗りつぶされていく男を視ていると自然と殺意が湧いてきた。元よりレアリティを断頭した彼をヘルガが許す道理はなく、自然と右手は内ポケットに吸い寄せられた。だが右手はポケットの中で空を切った。そこにあるべきものがなく、ヘルガは殺意の行き場をなくした。


 「落ち着けヘルガ!今この状況においてはオレらとあいつは敵対しない!」

 「その……通……り。そ……この……魔術……師と……の契約……に……私は同意した。な……にせ……い……まの……私ではこの世界を終わらせることはできないからな」


 「レアリティの野郎に随分と力を削られた見てぇだな。それでもオレの全快時と同じくらいの実力はありそうだが」

 「わ……らう……な。これ……でも……大分無理……を……し……ている。ほ……んらい……で……あれ……ばも……う……少し……養……生した……かった……の……だがな」


 ハガシネオンは言葉を区切り、赤い瞳を窓の向こうへ向けた。釣られて二人も窓の向こうを見る。見渡す限りの黄色の空が、赤へ、青へ、黒へ、白へ、緑へと無作為に変化する。さながらムンクの叫びの絵5枚すべてをミキサーにかけたかのような異常な空の光景にヘルガは両目がひしひしと傷んだ。


 その空に合わせて窓の向こうの草木も変化を始めた。草木は急速に成長したかと思えばあっという間に枯れ細り、鉄柵は錆びたかと思えば新品へと変わる。雨が降ったかと思えば雪が、日照りが、あるいは暴風が、と取り留めなく、夜と昼とが忙しなく変化し続ける窓の向こうの景色は視ているだけで激痛を走らせた。すでにコントロールを失い、街中から悲痛な叫びがこだましているかのように感じさせた。


 「起点を三つ破壊したからだろうな。もうこの学園以外は完全に世界としての整合性が取れてねぇ。大地がひび割れ始めるのも時間の問題だ。その前にこの世界を壊してやんねぇとな」


 「世界が壊れるならそれで良くない?今更僕らが最後の起点を破壊する必要なんてある」


 敵意を隠そうともせず、ハガシネオンをヘルガは睨む。協力する必要がないなら殺してしまいたいという欲望がダダ漏れだった。実際アルバが同意すれば彼は容赦無くハガシネオンに飛びかかっていた。この場で不確定要素を取り除けるなら右手以外のすべてを捧げてもいいと思えるくらいには思い詰めていた。


 そんな意図を感じたのか、アルバが待ったをかける。ヘルガが疑念の視線を向ける中、彼はできるだけマイルドな口調で情報を口にした。


 「まず世界が壊れるってのはちょっと語弊がある。アレだ。爆弾を壊すって言っても爆発して壊れるかちゃんと解体するかの違いみたいなもんだ。定められた手順に乗っ取らなきゃ例え世界が壊れてもオレらは無事に生還はできないってわけだ」


 「だからってなんでこいつなんだよ。アルバが相手の能力を分析して、僕が切り込むでいーじゃん」

 「壁役は多い方がいいだろ?それにお前この前戦った時は逃げるので精一杯って言ってたじゃねぇか」


 痛いところを突かれ、ヘルガは押し黙る。確かに逃げることしかできなかったことは事実だ。事実すぎて反論の余地がない。嫌ではあるが憎悪しているハガシネオンと手を組むしかない状況にヘルガは納得せざるを得なかった。


 「よし、一番うるせーのが黙ったところで話を進めっぞ。とりあえずはお前ら二人が壁役になってその”天使”ってのをなんとかしろ。オレは後ろから援護すっから」


 「私が一人で倒してしまっても構わんが?そ……こ……の……小僧……一人が……逃げら……れる……程度……な……のだろう?」


 「相手の能力がわかんねーからなぁ。下手に突っ込まれて術中にハマられても困るしな。普段のお前ならいざ知らず今は……な?」


 「そーだそーだ!大人しく従っとけ!」


 調子に乗ってヘルガはハガシネオンをなじるが、彼はつまらなそうに鼻を鳴らすにとどまった。それが痛く気に入らなかったのか、煽った側のヘルガが殴りかかろうとしているのを見てすぐさまアルバが止めに入った。


 「お前らちょっとは連携って単語を憶えろ」

 「こんな奴と連携するくらいだったら個人芸で勝った方がマシだ!」

 「ああ。そ……こ……だけは……私も同意見だ」


 「——死ね畜生共が」


 そういったやり取りができる程度にはヘルガも回復した。長身の男性二人、学生一人が物々しい雰囲気を漂わせ校舎の道を歩いていく様はどこかマフィアのカチコミを連想させ、見るものによっては忌避感を覚えさせるだろう。容姿の厳しさも相まって効果は倍増だ。もっとも傍観者なんてもういない。ここにいるのは全員が演者(アクター)にして戯者(プレイヤー)だ。誰一人としてもうこの終わりが見えた演目に興味はなくなっていた。


 「あそこだよ」


 アルバとハガシネオンを連れ立ってヘルガは校舎の片隅にぽつんと立っているこじんまりとした教会を指さした。外壁にはヒビが入り、周りは雑草が腰まで伸びている。


 三人を代表してヘルガが教会の扉へ手を伸ばした。そして彼が扉を開くと、例の天使が聖書を座布団代わりにして教壇の上に座っていた。

次話投稿は8月10日19時に投稿します。

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