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愛しています、死んでください。  作者: 賀田 希道
停滞トランジット
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黄金の妖精

 「バカなの?実はヘルガ君ってバカだったの?」


 夜、9月29日から30日に移る夜、ヘルガを罵倒するレアリティの声が森の中を反響した。顔をそむけ恥ずかしそうにするヘルガだったが、そんな彼の首を自分に向けさせ、レアリティはさらにまくしたてた。


 「どうしてわざわざちょっかいをかけるようなことをしたの?死んだかもしれないのに」


 眉間に皺をよせる彼女にしどろもどろになるヘルガを見てアルバはからからと笑った。側から見れば世話付きの女房に戒められる夫にしか見えない。緊張感に欠ける一方、この光景は好ましく思う。ありのままの日常の風景だ。平時から闘争に身をおいているせいで、ついつい忘れてしまいがちだが、気の張り詰めていない今のような時間は重要だ。この世界から脱出できたら地中海でバカンスもいいかもな、とアルバは潮の香りを思い出し、青い海と白い街を想像した。


 すでに外の世界と隔絶されて半年、外は今どうなっているのだろうか。半年で変わることなんて高が知れているが、それでも変化は変化だ。たとえ一年で10メートルしか動かない氷河だろうと、観測記録にはちゃんと動いた、位置が変化した、とちゃんと記される。


 60を過ぎてからというものそれまで以上に変化には疎くなった。ティーンエイジャーだった頃は街中で青年誌の中身を見て心を踊らせ、二十代の頃は下半身の赴くままに遊び呆けたものだが、三十路を過ぎたあたりからだんだん机と向き合っている時間が増え始め研究に没頭するようになっていった。時間の流れが希薄に感じられるようになったのはそのあたりからだ。


 後ろで喧嘩している二人などはそんな中で時間の流れを感じさせてくれる。彩りが豊かになると形容すればいいのだろうか。無味無臭モノクロームの世界に華やかさを覚えるのだ。自然と込み上げてくる笑いのせいでカンテラが揺れ、中の紫色の炎がゆらゆらと左右に移動する。その灯りがささやかな(いおり)のように立ち並ぶ木々を闇夜の中で照らした。


 「事実僕は死ななかった。まぁ最後にちょっと手痛い一撃は食らったけど、それでも死ななかった。こうして無事にレアのところにいるんだ。喜んでよ」


 「ええ、喜ばしいわ。でも心配がそれを上回るの。わかっていて?今一番あなたがいなくなることがこ・ま・る・の!」


 頬を引っ張られヘルガは涙を流す。それが悲しさからか嬉しさからかはわかるわけはないが、微笑ましい光景だ。出会った時は凶刃のように殺気を放っていたレアリティにしろ、頼りなさそうに見えたヘルガにしろ、どちらもこの事件で互いのエゴ以上に大事なものが生まれたようで。最初に会ったときの評価も変えるべきかな、とアルバが密かに思案していると、不意に小川のせせらぎが聞こえてきた。


 目的地についた、という合図だ。カンテラの扉を閉めアルバは砂利の川沿いへと足を踏み入れた。その場所は普段ならばキャンプ場として使われている場所だとヘルガからは聞いている。川沿いの風車小屋が綺麗な風光明媚な場所であり、5年前ならばキャンプスポットとして有名だった。河原で遊ぶ子供達やバーベキューに勤しむ人々などで活気にあふれていた。


 だが今はその名残もない。水面や河岸には雑多に木の葉が落ち、動物の死骸やその残骸が浮かんでいたり河岸に打ち捨てられていた。5年間、外部と切断されていた結果初めの一年で動物の食べ物はなくなってしまったのだろう。死人がほとんど、生者は少量の中荒れに荒れた荒野とも言える環境で5年も生物が保つはずがない。虫やみみずのような小動物ならばともかく哺乳類や鳥類は水面に浮かんでいるように全滅だ。


 普段飛んでいる野鳥、道路を横断するネズミやシカも不意にいなくなれば疑問は抱きそうなものだが、この街の住人はその機微に気づかない。ヘルガに仕掛けられていたように生者は全員暗示がかけられていると見ていい。だがそうなると、とアルバは首をひねった。


 そんな無駄なことをするくらいなら全員殺してしまえばいいのではないだろうか?


 元来魔術師は合理思考と偏屈さを併せ持った御し難い思考回路の人種だ。トロッコ問題では迷いなく数が少ない方へレールを向けるし、臓器くじならば迷わず健康な個人から臓器を切り出し、必要としている人々に配るだろう。善や悪といった価値観は魔術師にはない。概念として理解はできても実践はできない。


 しかしアルバはすぐに考えを打ち捨てた。その考えは英雄的ではない。魔術師的にすぎる。


 「魔術師、魔術師と考えすぎるのも考えものだな。そもそもどんな術でこの街の人間を殺したのかすらまだわかっていないんだからなぁ」


 星々を仰げば常にさそり座が見えている。さそり座に由来する魔術であることは予想できる。さそり座の伝承に由来するならば人殺しはたやすい。色々と考えてみたが、候補が多過ぎて判別ができない。この円形の街(デイルアート市)を使えばなんでもできてしまいそうだ。


 「っと。そうこうしている間に、か。おいレアリティ、ヘルガ!そろそろ喧嘩は終わりだ!目的地に着いたぞ」


 そう言ってアルバはわずかにカンテラの扉を開き、目の前の風車小屋を照らした。風車は止まり、屋根にはところどころに穴が空いているオンボロ小屋はかつては綺麗に整えられていた、と言われても信じられない。5年前まではリクライニングチェアが置かれていた玄関口のベランダも今では落ち葉と煤で汚れきっている。そのくせドアだけは立派で、怪しさ満点だ。


 「とりあえずヘルガ、お前あの扉開けろや」

 「僕は警報機じゃないんだけど」


 「似たようなもんだろ?さっさとやってくれ。入口に仕掛けがあってもお前の眼なら見抜けるし、右手なら壊すことはできるだろう?」


 「うわー。僕って今世界一不憫」


 とほほぎす、とよくわからないことを言いながら肩を落とし背中を曲げてヘルガはドアノブに手を伸ばした。だが彼が風車小屋のベランダに続く木製の階段に足を踏み入れたと同時にドアは開いた。中の呼び鈴がチリンと鳴り、暗闇の中にすとんと音が落ちていった。


 三人の目がドアの向こう側に目に釘付けになった。現れたのは背丈が高い少年だ。まだ若く、ティーンエイジャーくらいだろうとアルバは予想した。そんな中、なぜかヘルガの肩が震えていることにアルバは気がついた。まるで目の前の少年を見知っているかのようだ。


 「どうしてだよ?」


 「どうしてって、見たまんまだって」


 「なんでマックスがここにいるんだよ」


 「そりゃ俺がここの起点を守ってるからだよ」


 こともなげにあるいは嘲るように言うマックスと呼ばれた金髪の少年にヘルガは憤りを覚えているように見えた。見知った仲のようにアルバには見えた。彼らが着ている服が同じだからきっと学友なのだろう。だが裏切られたとみるべきかもしれない。


 ふつふつとヘルガの中で怒りが湧き上がっているように見える。だがその根源がアルバにはわからなかった。裏切られたから、という理由だけでどうしてああも怒りを発露できる?感情の起伏が激しいにしても激しすぎる。


 「改めて名乗ろうか。俺はマックス・ヴォルフ。第三の起点の守護者にして、この街を支配する魔術師様の一の子分ってやつさ」


 「その口縫い付けて排水溝に放流してやるよ」


 ナイフを突きつけ、ヘルガはアルバの静止も聞かずに突撃した。馬鹿野郎とアルバは炎を彼とマックスの間に放った。魔術師が自信満々に姿を晒した時は大抵仕込みが済んでいるということだ。血気盛ん、感情の赴くままは決して悪いことではないが、度が過ぎれば毒にしかならない。


 「なんで止めるんだよ!」

 「ヴァーカ。ちょっとは落ち着け。そしてアレを見ろ」


 足が止まったヘルガを引き戻し、アルバはマックスを指さした。正面のマックスはなにやら怪しげな人形を7体、手元に抱え、やや残念そうな表情でヘルガを見つめていた。同時にヘルガの表情が曇った。彼の瞳が三色(まだら)に光り、眼球付近の神経が浮き上がっていた。


 面倒だな、とアルバは早めに金の懐中時計を取り出した。そして針を操作し、秒針を3の文字盤に移動した。


 「まぁ、頑張ってくれ!俺の小人はつぇえからなぁ!」


 マックスは準備が整うのを待っていたのか、余裕綽々とした態度で手に持っていた7つの人形を上空に向かって投げた。彼の手元を離れたとともに投げられた人形達が大きくなった。瞬く間にオイル缶ほどのサイズとなり、手に持っていたツルハシや槌、斧も同じサイズになった。


 「なんだこりゃぁ?」


 現れた人形達は三角帽子を被った坑夫のような外見の小人達だ。ドワーフと言った方が表現として正しいかもしれない。そしてその小人達は真っ直ぐヘルガ、レアリティ、アルバに3:1:3に分かれ突貫した。

次話投稿は28日19時を予定しています。

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