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愛しています、死んでください。  作者: 賀田 希道
停滞トランジット
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天位を示せ

 「随分と派手にやったなぁ、おい。オレらが巻き込まれて死ぬとか考えてなかったの?」


 カソックについた埃を払いながらアルバは天を見続けるレアリティに恐る恐る近づいていった。足取りはたどたどしい。普段の傲岸不遜さの欠片もないひどく憔悴しきった様子でアルバはレアリティを見ていた。


 しかし彼の声に恐怖の感情はあるが、内心では自分のことを怖がってはいないとレアリティは確信をもって言えた。もし本当に恐怖しているなら軽口なんて叩けない。彼女の力、その一端を垣間見ただけでアルバ程度の魔術師ならば普通なら脱兎の如く逃げ出すか、精神錯乱を起こしてその辺の下水処理施設にダイブするのがオチだ。


 「死人に近い血を吸うと一時的にパワーアップできるんだったか?」

 「ほんの10秒程度ね。今はか弱い女の子よ。おかげでちょっとだけ回復してた力も使ってしまったわ」


 「そこで寝てるガキを見捨てりゃこの街を覆う結界にヒビくらいは入れられる余力はあったんじゃねぇか」


 冷徹な意見を口にするアルバにレアリティは首を横に振った。アルバの言う通りハガシネオンを即座に潰し、一撃を加えられる余力はわずか10秒の限定的な力の回復だけとはいえ確かにあった。それをせずにどうして今足元で寝ている少年を助けようと力を割いたのか、レアリティ自身にもわからなかった。わからないままに彼女はアルバの意見を否定した。


 思えばと彼を壊れていない長椅子に座らせ、レアリティは二日前、つまり9月26日の出来事を思い返した。ホディア美術館で蒼白々の幽霊と対峙した時、彼女はヘルガにナイフを投げ渡した。偶然近くにあったなんの変哲もないナイフをなぜか反射的に彼女は投げ渡した。まるでここでナイフを彼に渡せば勝利できるという確信があったかのように無意識的に。


 この二つはきっと無関係ではない。運命に操られたかのように体が勝手に動く。そんな経験は彼女の半生の中で一度たりとてなかった。だから非常に気持ち悪いと感じた。自分以外の何かが自分の体を操っていたと考えるとゾッとする。自由あってこその生涯というものだろう。


 「いっそここで殺そうかしら」


 寝ている学生を殺すくらいなら今のレアリティでも造作もない。そう、かるく首をひねるだけでいい。それだけで簡単に死ぬ。


 いや、それはできない。彼の右手はこの先も必要になる。彼の両眼はこの先も必要になる。この街から出た後も必ずどこかで関わりを持つことになると直感できた。伸ばしかけた左手を引っ込め、レアリティは気分を変えようとアルバへ視線を向けた。


 教会のシンボルとも呼ぶべき十字架をようやく破壊し終えた彼は気持ちよさそうな表情を浮かべていた。着ているカソックに似合わない背神行為をしてもなんとも思っていない。根本的に信仰心がなかった。十字架をひっぺがして薪を割るかのように壊したのがいい証拠だ。


 「——にしてもまさかハガシネオンが出てくるなんてなぁ。一体いつからあんな野郎がこの街に入っていたのやら」

 「知っているの?あの刃物男について」


 「そりゃもちろん。魔術の世界じゃ出会ったら神様に祈れ(気休め)ってくらいにはヤバい存在だからな。間近で見てわかったがありゃ確かにバケモンだ。単一兵器だとか世界の凶刃だとか大層な呼ばれ方をするのも納得がいく。根本的に生物としてオレらとは違う生き物なんだろうなぁ」


 だが魔術師だ。ハガシネオンはあれだけ体を変形させて、変態させて、失ってなお魔術師だ。彼は周囲の瘴素ではなく内部の瘴素を使っていたが、大きいくくりで見れば魔術師であることは変わりない。魔術師と違って体内で瘴素を捻出できるレアリティからすれば親近感すら沸く。


 力を取り戻す前、つまり断頭された時、動きが全く見えず、困惑すら覚えた。普通の人間の境地ではない。神か何かが憑いているのでは、と思ったがやはりどこまでも彼は人間だった。多少人間離れした変態を遂げてはいたが。


 「とにかくしばらくはあいつも襲ってこないだろ。なんせ頭以外のパーツが全部なくなっちまったからなぁ」

 「そうね。まぁ私としては貴方が使った魔術式の方が気になるけれど。貴方とは半年の付き合いだったけれど一度だって使ったことなかったじゃない。なんなら一昨日の美術館でも」


 「あん時は使おうとした矢先に誰かさんが吹っ飛んできたんだよ。大体自分の切り札をあけっぴろんに教える奴がどこにいんだよ」


 それもそうね、と苦虫を嚙みつぶしたような顔で嫌悪感を丸出しにするアルバにレアリティは返した。それほどには魔術式は秘匿すべき秘中の秘だ。


 「確か神の座へ至るための道標、だったかしら。式とはどうあれそういうものだけれど、貴方のアレはちょっと違うように見えたのよね。なんていうか、その場限りの式というか、一発芸というか。とにかく稚拙よね。小学生がかけ算とたし算をごちゃ混ぜにしてよくわからないまま計算して偶然答えが合いました、みたいな。なんでかしら?」


 通常ならば魔術式はちゃんと順序立てて使うものだ。数式と同じようにいきなり答えを求めることはできない。基本はたし算、ひき算、かけ算、わり算の合わせ技でも専用の計算式があって指数関数だとか微分積分だったりがバリエーションとして存在する。


 より洗練された魔術式であればあるほどに複雑さは増していく。なにせ神の座にいたる道標なのだから、セフィロトなんかよりもよっぽど複雑だ。


 だがアルバが使った魔術式はそういった計算を一切無視して、筆算するのではなく電卓かコンピューターか何かで計算したかのようにすぐに答えを、つまり魔術を出力していた。通常ならありえないことだ。単発、単純、簡易的な魔術ならばまだしも魔術式はそう易々とショートカットは用意されていない。


 秘密を教えるか否かを逡巡した様子を見せるかと思ってレアリティはアルバに視線を向けたが、彼女の予想とは裏腹にアルバは目を丸くしてちょっと驚いたような顔をした。そして何か合点がいったのか、ちょっと小馬鹿にした口調で彼女が求めていた答えを口にした。


 「オレがやったのは魔術式の限定開放(インストール)だよ。本来だったら発揮される効果を全部破壊力に割り振って、一時的に術式を前借りした感じだな。つまり一瞬だけ。一瞬だけの気休めにもならない産物だよ」


 というか、とさらにアルバは付け加えた。


 「結構ありふれた技術だぜ?なんで知らねーんだよ」

 「そうなの?私の知り合いでそんな技術を使っている人なんていなかったから、てっきりアルバの秘蔵技術か何かだと思ったのだけれど」


 「んなわきゃねーだろ。単にお前の知り合いが時代遅れってだけの話だよ」


 自分とアルバの間の魔術の知識に関するギャップにレアリティは驚くと共に彼女に魔術の知識を与えた知り合いを少しだけ恨んだ。あの野郎時代遅れの知識を教えやがって、と思いながら同時に未知って素晴らしいなと実感した。さまざまなことを経験したがまだこの世は未知に満ち溢れている。


 そうこうしていると寝ていたヘルガが体を揺らした。うっすらと目を開け、瞳を左右上下に動かした。そしてレアリティを見た時、わずかに瞳の筋肉が歪んだように見えた。しかし顔には出さずすぐに寝ていた長椅子から立ち上がると彼は三色(まだら)の瞳を輝かせたまま、「レアが生きていて僕は嬉しいよ。あ、アルバは生きてるの知ってたから別になんとも思ってないよ」と言った。


 直後、彼の後頭部にアルバの蹴りが炸裂したことはいうまでもない。


✳︎

次話投稿は22日を予定しています。

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