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愛しています、死んでください。  作者: 賀田 希道
停滞トランジット
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10秒の死闘

 「この……世の……すべ……ての異能……と……人……外は消え……され。あ……るべく……は……私達人類だ」——ハガシネオン《絶対凶器》

 1秒後。そのわずかな間にヘルガの意識が途絶えた。彼の心臓からハガシネオンが手を引き抜くと溜まっていた血液が外へ溢れた。血が教会のタイルに落ちるまで2秒とかからない。そして彼の血がレアリティの首にかかるまではさらに時間がかからなかった。


 2秒後。大量の血がレアリティの頭部を濡らした。ただ濡らすだけではない。スポンジが水を吸い込むようにヘルガの血液がレアリティの表皮に浸透していった。瞳孔から鼻腔から毛穴から口腔から余すことなく頭部の穴という穴からヘルガの血液を吸収し、瞬く間に浴びせられた血液は彼女の血肉と化した。


 3秒後。レアリティの瞳孔に生気が宿った。それまでは死にかけの虫ほどの存在感しかなかったレアリティが活力を取り戻し、首だけで動き始めた。彼女の首の付け根から急速に伸びた骨が倒れ伏した体へとくっつく。それがわずか1秒の出来事、しかしハガシネオンには十分対処可能な時間だった。


 レアリティの首と胴体がくっつこうとした直後、彼の背中が裂け、多関節の巨大な触手が二本出現した。先端から根元にかけて鋭利な刃が光る恐ろしげな凶器を光速を超えた速度でレアリティの首めがけて彼は放つ。最短最速の軌道を描き、一直線に向かうそれをレアリティは()()()()で防御する。


 突如として展開された壁とも雷撃とも取れる絶対不可侵の力を前にして、放たれたハガシネオンの触手は骨に当たる直前で屈折した。彼の意思に反し逃げるように。


 4秒後。完全に体が回復したレアリティが血潮に似た不定形の霧を出現させ、それをヘルガの心臓めがけて放った。まるで足りなくなった血を補填するかのように、排水溝に溜まっていた水が吸い取られるかのように、急速にヘルガの体へと吸い込まれていく血潮はみるみる内に彼の心臓と周辺の表皮、筋肉、神経、血管を再生させてゆく。


 神の御業なんて馬鹿げたことは言わない。粛々と自分の再生能力をレアリティは一時的にヘルガに貸し与えているにすぎない。それもまたわずか10秒かそこらの期限付きの再生能力だが。


 相手の行動の意図がわからないハガシネオンはその再生能力を与えている途中のレアリティめがけて襲いかかった。今度は触手ではなく、自分の脚部を変形させ、無数のチェーンソーが生えたタコ足に似た何かで、レアリティを八枚に下ろそうとする。


 跳躍するハガシネオン、それと真正面からレアリティはぶつかった。彼女の右腕が赤に染まり、真正面から光速で回転するチェーンソーを粉砕した。さしものハガシネオンの表情も歪み、光速の世界でわずかばかりに声を上げようと口が開いた。だがレアリティの攻撃は終わらない。叫び声をあげる暇すら与えない。


 5秒後。ヘルガの治療を終えた左手を剣へと変形させ、ハガシネオンの砕かれた脚部の余りを五千八百九十三の鉄片へと切断した。肉体が徐々に失われていく感触を味わい、ハガシネオンの警戒レベルがマックスまで引き上げられた。


 切断された脚部の断面から無数の刃物、チェーン、ナイフが飛び出、擬似的な足を形成する。中には機械的な刃物も混ざっており、それは電動式チェーンソーであったり、プラゴミ粉砕場のプレスだったりした。とかく世界中の刃物、凶器を集め、内部に収納しているかのようなおぞましさを感じさせる光景だった。


 瞬時に展開されたそれらは通り雨のように、ただ一点、レアリティという絶対強者目掛けて降り注ぐ。ただ落ちるだけでなくすべてがすべてハガシネオンの意思のままに動き四方八方からレアリティを殺さんとした。


 そいつをレアリティは圧倒的な膂力で粉砕する。右手の親指、人差し指、中指の三本で空間を掴んだと思えば、ドアノブを回すような仕草で()()()()()()()()。さながら螺旋を描くように赤い斥力がハガシネオンの凶器の雨の中を駆け巡り、出鱈目なまでの力の反発の中で彼の凶器を引きちぎった。


 6秒後。ハガシネオンの両手が変形し、五本の指が長方形のナイフへと変化する。さながら肉切り包丁のようなそれを空中にいたハガシネオンはレアリティへぶつけ、彼女は赤い斥力でその刃を受け止めた。そしてすぐさま斥力を四方八方へ向け、受け止めたばかりのハガシネオンの体を左右上下前後ろ、考えうる限りの全ての方向に引っ張った。


 ハガシネオンも坐してそのままでいられるわけがない。失った脚部のわずかばかりの刃物をすべてレアリティへ向け彼女に刺突を食らわした。彼女の腹部を鋭いランスともレイピアとも取れるガラクタの塊が貫いた。それだけでも十分すぎるくらいには快挙なのだが、ハガシネオンはさらに欲張りレアリティの首を再び断頭しようと自分の背筋、肺、腸、腎臓その他心臓以外のすべての内臓を刃物へと変形させた。


 背筋は無数の刃の腕を収納したカブトムシの前ばねに似た姿に、肺は胸筋を貫きキリキリと音を立てるドリルに、腸はどれほど伸びてもちぎれぬ強靭なチェーンに、腎臓は鍛え抜かれた鉄刀へと変形し、そのすべてが一斉にレアリティへ牙を剥いた。


 7秒後。無数の刃がレアリティの体をズタズタに引き裂いた。彼女の斥力の力も消え失せわずかな吐息がハガシネオンの口からこぼれ落ちる。


 それを見計らったかのようにレアリティの両腕部が一対の剣へと変形し、彼の体を寸断した。血潮ではなく無数のボルトや鉄片が飛び散る中、なおもハガシネオンは体を震わせレアリティに噛みついた。


 レアリティは飛び跳ね、ハガシネオンの頭上から赤い獣を叩き落とす。それは狼ともドラゴンとも取れる不可思議な獣だった。バラバラになった体を寄せ集めハガシネオンはその獣の尾骨めがけて凶器の嵐を放った。おおよそ有限しかし強固にして鋭利な彼の刃は撃ち出された獣を真っ二つに両断する。


 8秒後。ハガシネオンの突き出された両腕を亜光速の速度で突貫してきたレアリティが叩き潰した。負けるとこの時初めてハガシネオンは理解し、逃げに徹しようと頭部以外のすべてを、心臓すら生贄に捧げて一基の鉄兵を彼は作り上げる。


 全身凶器、全身殺意、全身異能。この世の切断の摂理をすべて込めた、まごうことなきハガシネオンの切り札だ。彼の心臓から作り出されたその強固かつ鋭利かつ不変の絶対殺戮者はわずか0.数秒の間に身体中を持ちうるすべての、考えうるすべての、想像しうるすべての刃物へと姿を変え、雪崩のようにレアリティに襲いかかった。


 9秒後。レアリティの背後から出現した無数の赤いエネルギーが押し寄せる雪崩と衝突し、耐えきれずハガシネオンの最後の鉄兵は鉄片すら残さず砕け散った。


 そして10秒後。天井がなくなった教会で動いている存在はレアリティをのぞいて誰もいなかった。常にさそり座が頭上に写る空間で一人彼女は笑った。艶やかな笑みで笑った。彼女もハガシネオンも分の世界に生きていない。秒の世界にも生きていない。プランクの世界に生きている。少なくともハガシネオンは。


 だからどちらも分の世界に生きるヘルガやアルバとは根本的に相容れない。そんな自分をどうして愛したい、と言うのかレアリティにはわからなかった。本当にわからなかった。


✳︎

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