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愛しています、死んでください。  作者: 賀田 希道
停滞トランジット
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目覚め

 目が覚めると知っている天井だった。白い天井、特になんの感慨も抱かない見知った天井を見上げ、自分が今自宅の自分のベッドの上で寝ていることを確認したヘルガはゆっくりと体を起こし、固まっていた筋肉を大きく伸ばした。パキパキと小気味いい音が鳴り、体がほぐれていった。


 だいぶ長く寝ていたのかいつもより体のほぐれ具合が気持ちよく感じられた。ふと窓へ視線を向けてみると外はかなり明るく昼ごろあたりだろうことがわかる。真夜中に意識が途切れれば起きるのはこのくらいの時間のだろうかとヘルガがリビングへ降りようとドアノブを回そうとした矢先、ガチャリと扉が開き、初老の神父が顔を出した。


 「おう、目が覚めたか。まる一日くらい寝てたぞってーなんだその顔。オレの顔にゴミでも付いてっっか?」

 「なんだアルバか」


 「なんだとはなんだ?」

 「いやぁ僕ってつくづくツいてないなーと」


 何言ってんだよ、とアルバは呆れた様子でドアを閉めた。


 「お前はツいてる方だろ。なんせオレもレアリティも戦闘不能の状況で起点の守護者を倒したんだぜ?そいつをラッキーボーイと呼ばずしてどうすんだよ」


 ああやっぱりアレは現実なんだとヘルガはわずかに残った手の中のナイフの感触を思い出し嘆息した。ナイフで蒼白々の幽霊の体をえぐった時、まるで暴風雨の中を身一つで走っているときの激しい向かい風と横殴りの雨が押し寄せたような不思議な感覚が右腕を通じて直接脳に叩き込まれた。


 そいつは幽霊の存在すべてを内包したかのようでいて、同時に自分の右手に出力負けする程度の存在だった。薙ぎ払われた幽霊は絶叫と共に消滅し、自分自身も意識がなくなった、というのがヘルガの知りうるすべてだ。


 「あの時、僕はなんていうか万能感に満たされていたんだ。なんていうか自分はなんでもできるって思ってた。ナイフを持っていたからかな?」


 「そのナイフってこれか?」


 言われてアルバはビニールパックの中に入っているナイフを取り出した。綺麗な銀色の刃を持ち、柄元には貴族家の紋章が彫られた見事なこしらえのナイフだ。あの場にあったナイフ、というか自分が握っていたナイフだというのならなそうなのだろう、とヘルガは頷いた。


 「特になーんもされてないふっつうのナイフなんだがなぁ。ネットオークション出せばそこそこの値段で競りには出るだろうけど」


 とりあえず、と前置きしてアルバはナイフをヘルガに手渡した。同時にそのナイフ用の鞘も彼にわたした。


 「これから色々あるだろ。そのためにも身を守る道具は必要だろ?」


 ありがとうと言いナイフを受け取るとゾワリと身体中の神経が逆立った。そのナイフに何かあるわけではない。なぜかナイフを握っていることで多幸感が生まれていた。それはテレビゲームを買ってもらったとき、ヘルガ目線で言えば天体望遠鏡を買ってもらったときと同じ感覚だった。


 言い知れないその感覚は胸を熱くさせ、受け取ったナイフを大事にしようとヘルガはすぐに鞘に刀身をしまった。ポケットにでもしまおうとしたが、自分がパジャマ姿だったことに気がつき、ヘルガはロッカーへ手を伸ばす。だがアルバが新品の制服を投げてよこしたためそれを着ることになった。


 「さっさと着替えとけ。今日の夜には別の起点を壊しに行くんだからな」


 「早すぎない?昨日の今日だろ?」


 アルバのあまりに性急な言葉にヘルガは唖然とする。いくらなんでも急ぎすぎだ。ひと段落入れたって問題はないだろう。


 「あいにくとそこまでまったりとはできない事情ができてなぁ。まぁそれも含めて下に来いよ」


 詳細を話さず部屋から出て行ったアルバに多少の不満は覚えるが、それもこれもリビングへ行けばわかることだ。そう割り切ってヘルガがリビングへ降りていくといつも両親と朝ごはん、夜ごはんを食べていたテーブルにアルバとレアリティが向かい合うように座っていた。


 いつものドレスではなくその辺の町娘が着ているようなカジュアルな服装、白いブラウスと黒のロングスカートに黒ブーツという格好だが、モデルがいいと何を着ても似合う。赤い髪がよく映える白、そして彼女の赤の輪郭を覚えさせる黒はベストマッチだ。しかし悲しきかな。彼女を見ているとヘルガの両眼が反応し一瞬で影法師と化した。


 思わず舌打ちがこぼれた。ヘルガが降りてきたことに気がついたレアリティが彼に自分の隣に座るように進め、座るとすぐに目の前にティーカップを置いた。その頃合いを見計らってアルバが口を開いた。


 「実はな。昨日から街のいろんなところでこれまでとはちょっと違う動きが見えてな。その原因が多分オレらが美術館の起点を壊したことにあるんだろうなぁ」


 そう言ってアルバは机の上に根本がぽっきりと折れた燭台を置いた。かなり強引に折ったのか折れ方が雑だ。そんな雑な折れ方を燭台が壊れただけでこの世界は動揺するというのか。


 「元々あった極彩色の世界に黒いインクを垂らしたところで、それは同じ極彩色で塗りつぶすことができる。有り体に言えば名画に筆を入れたところですぐに修正されるだろって話だ。結果的にこの世界は崩れ去る。この世界の支配者はそれを良しとしないだろうなぁ。全力で殺そうとしてくるだろうぜ、オレらを」


 嫌だなぁと思いながら脳裏で描くのはついこの前襲ってきた巨兵の姿だ。運良く勝てはしたが肉体性能がまったく自分と異なる巨兵の力を考えればアルバがどうして性急な行動をするのか理解できた。


 「それで次はどこに行くの?」

 「教会だ。なんて名前だったか。あー聖ビナン教会だったか。えーっとこの国の重要文化財に指定されてるらしいな」


 確か11世紀からある古い教会だとヘルガは記憶している。他のことは全く自信が持てなかったが、デイルアート市の名所だけは確信をもって言えた。


 ビレッタという名前の聖人の聖骸が安置されている「教会」にとっての不可侵領域。そんな不可侵の領域に結界の起点を作るだなんてこの世界の支配者は背神的だ。冒涜を好んでいる節すら感じられる。


 「今夜、そこを襲う」

 「わかった。それでそこにはレアも参加するんだよね?」

 「あら、私はお邪魔?」

 「そうじゃないけどさ」


 あまり言いたくはなかったが、ヘルガの眼から見てレアリティは多少動ける人間程度の認識しかない。傷付けば死ぬ。死んでも蘇るけど体は壊れるし、痛みは伴う。十全であろうがなかろうが。


 だからはっきり言えば邪魔だ。愛している異性にこんなことを言うことははばかられるが、やはり邪魔は邪魔だ。今回のホディア美術館の一件でレアリティの強さはわかったけどそれでもやっぱりどこまで行っても彼女は人だ。死んで蘇っても人なんだ。


 「僕はレアが傷つくのは嫌だよ」

 「体なんていくらでも再生するわ。私は君の異能殺し(カルネアデス)でも殺せない。死にはするけど」

 「そうだよね。でもやっぱり僕としては嫌なんだよ。愛している人がさ、傷つくってのは」


 「自分で傷つけるのはいいのに?」


 そうだよなぁ。

 自分で傷つけるのはいい。単純に他人が傷つけるのが嫌なんだ。まさにダブルスタンダード、「他人がすれば不倫、自分がやればロマンス」。手前勝手で独善的。共感なんて百億人に聞いて一人からも得られない程度には間違った思考だ。


 だとしても嫌だ。嫌なものは嫌だ。エゴを押し通せなかった時点でそいつはもうだめだ。そいつはもう誰かに愛を伝えるべきじゃない。エゴの押し付けこそ恋愛なんだ。


 「——でも結局レアは来るんだよねぇ」

 「当たり前でしょ?」


 薄暗い夜のデイルアート市の市街を横切り、目的の教会の前に到着したヘルガがそう呟いた。ナイフをポケットから取り出し、ヘルガはアルバが教会の扉を開ける瞬間を待つ。そして彼が開けると同時にアルバ、ヘルガ、レアリティの順番で三人は教会の中へなだれ込み、目の前の光景に目を見張った。


 祭壇の上に座り込み、茜色の瞳を輝かせる男が海賊風の男をミンチになるほどに切り刻んでいていた。

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