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ハロー・エネミー

 ホテルの自室に案内され、考え続けて気疲れをしたヘルガはベッドの上に横になった。柔らかさを感じることもできない乾いたスポンジのような弾力に頬を埋める。


 ちょうどそんな時だ。プルルとポケットの中のスマートフォンが震えた。ベッドの温もりから這い出て、話しやすい様にとヘルガは窓側へと移動する。通話ボタンを押すためにスマートフォンの画面を見ると、非通知と表示されていた。


 訝しみ、一度は電話を切るが、すぐにまたスマートフォンが震えた。ただの迷惑電話ではない、とはっきりしたわけだ。ため息をつきつつも、通話ボタンを押し、ヘルガはスピーカーをオンにした。別に彼の周りに誰かいるわけではない。単純に携帯電話の耳元で囁かれる様な感じが嫌いなだけだ。


 「Allô?」

 「棘のある声だ。一体僕に何の感情を向けているのかな?」


 その声には聞き覚えがあった。そもそもヘルガの知っている生きている人間の中で、こんな丁寧で慇懃な言葉遣いをする人間など一人しかいない。


 「スカパン・ブリゲッラ。なんで僕のスマホの電話番号知ってるんですか?」

 「詐欺師はなんでも知っているものだよ。知らないというのは詐欺師にとって死んでますと言う様なものだからね」


 相も変わらず何を言っているのかよくわからない。それくらいには挙動不審、間の抜けた解答にヘルガはため息をつく。詐欺師とはこうも浅薄な人間だったか。いや実際、彼はしごく真面目に話しているのだろうが、言葉遣いが上品ぶって失敗した田舎者くさいためにどうしても唾を吐きたくなる。ああ、農夫共はスーツを着てもこんな感じなんだな、と鼻で笑いたくなるくらいに丁寧と上品を履き違えたスカパンの言葉はそれだけでヘルガの神経を逆なでする。


 「ヘルガ君。なんで僕が君に電話をしたか、わかるかな?いや、きっとわかるだろうさ。ドラマでこんな展開があればみんなきっとこう言うはずだ。『あ、こいつが犯人だ』ってね」


 「そう。それで?あなたが犯人なんですか?」

 「そうだねぇ。まぁ、そうだね」


 老父に何かをした犯人というわけか。それだけを聞いてヘルガは得心が言っている自分に驚いた。確かに平らな板越しにこちらを笑っているだろう腐れラテン系野郎はそれくらいはする。元来、ねずみと農夫は切っても切れない縁なのだから、小根だってネズミと似るだろう。まして相手は詐欺師、きっと品性はゴキブリ並みに違いない。


 だから老父に何かを仕掛けられた。老父が老母を殺す様な何かを仕掛けることができた。品性が下劣だから。思考がお粗末だから。醜悪な人間性の人間は更生せず、永劫に悪辣で畜生なのならば、もうそれは社会(日常)から排除するしかない。例えばそれはヘルガのような。例えばそれはスカパンのような人間のことだ。


 「何をしたかは聞きません。僕の人生に関係のないことですから」

 「ドライなことで。どうやったら君の感情を揺らすことができるかな?」


 「ドライ?冗談じゃありませんよ。そんなに感情を向けてほしかったのなら、父が自殺した直後に僕の前に現れればよかったんです。そうすれば迷わず僕はナイフを抜いていた」


 「それができればどれだけ良かったか。大体、それは一過性のものだろう。熱しやすく冷めやすいとても感情とは呼べない。言うなれば一時、波が膨らんだようなものじゃないか。永遠に僕を想ってくれるわけじゃないだろう?」


 そうかもしれないが、そうではないかもしれない。少なくとも老父妻の元で過ごしていた時のヘルガだったならば感情が揺れ動き、スカパンへの殺意に変わったかもしれない。でも今のヘルガにはスカパンを恨む気持ちがない。スカパンが殺したのは他人だ。赤の他人、血のつながりのない誰かだ。時間が過ぎ去れば、彼らはヘルガの人生の中で隣に立っていた誰か程度の認識でしかなくなる。


 だから今のヘルガはスカパンを恨むに恨めない。恨む理由がない。


 「実を言うとね。本当は君に君の義父の自殺の瞬間を見せるつもりはなかったんだ」

 「僕に義父を殺させるとかですか?」


 「可能性の一つだね。あのまま精神崩壊になるでもよし、君が殺すもよし、君が家に入る前に義父の死を見るもよし。なんでもよかったんだ」


 「随分としつこいですね。僕はあなたを恨めない。恨む理由がない。だからそうやって僕の地雷を探すのは意味がないですよ」


 そうだろうか、とスカパンはほくそ笑む。ほくそ笑んだようにヘルガは感じた。次に何を言うのかとヘルガは身構える。


 「君は、つい先日まで外国にいたよね?その時、ある街で危ない連中と交戦しなかったかい?」

 「あれを手配したのが貴方だ、と?」


 だとすれば。


 「ああ、そうだ。アレの原因を作ったのは僕だ。()()()()()()()()()()()


 つまりはこういうことじゃないか。


 「——彼女に手枷を付けた僕を君は許せるかい?親しいのだろう?」

 「それで?だから?僕は貴方の刺客を撃退した」


 「ああ。君は僕の放った刺客をすべて退けた。賞賛に値するよ。ただのティーンエイジャーがあれだけの殺し屋相手に大立ち回りを披露するとは想ってもみなかった。だから僕は意趣返しをしようと想った。君が原因で君の里親は死んだんだ」


 殺したのはお前だろう、と言いたくなる気持ちをヘルガはこらえる。その切り返しはスカパンの思っていた通りだ。ここは平静を装わなくてはならない。沈黙もノーならば、ありきたりな切り返しをするしかない。


 「僕にはどうでもいいことだ」

 「強がりだな。君は強がりが好きだな。だから僕から君が本気になれる一言をあげよう」


 スマートフォンを切りたくなる衝動を堪え、ヘルガはスカパンの次の言葉を待った。


 「——僕は彼女を殺す。君が想っているだろう彼女を口の端に上るのも悍ましいと感じるほどに惨めに汚らしく殺そう」


 「——やってみろ。やった瞬間、お前への興味だけで生きてやるよ」


 それは互いの神経を逆なでする宣戦布告。殺し屋(道化師)詐欺師(小悪党)の戦いの合図にほかならなかった。


✳︎

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